開店準備
先日、店員見習い - 本人的には用心棒 - として店に住み込みで働くことになった、鬼人(オーガピープル)のイエロ。
彼女は女性のため、今まで僕の使っていたベッドを使ってもらおうとしたのだけど
「ご主人殿の寝床を使わせていただくなぞ、もってのほか!」
と頑なに拒否されてしまい、結局、折衷案として、ソファを使ってもらうことに。
部屋も、完全に荷物置き場になっていた店舗2階の僕の隣室をなんとかこじ開け、そこを使ってもらうことに。
これに、なんかえらく感動されてしまったのだけど、なんでも鬼人というのは、この世界では基本的に蔑まれている種族らしく、まともな仕事に就けるのは稀なんだとか。
イエロも辺境の街を放浪しながら用心棒稼業で日銭を稼いで、その日暮らしをしていたらしいのだが、待遇としては、いつも店の残り物をあてがわれ、寝る場は、営業が終了した店の片隅ということが常だったそうで……
「拙者専用の部屋をあてがっていただけた上に……このような厚遇……」
卓上に並んでいる朝食を前にして、イエロは今にも泣き出しそうな表情をしていた。
「他はどうかはわかりませんけど。僕は僕のやり方でさせていただきますから」
イエロの申し出は衣食住の補償だったわけだし、僕は雇用主としてこれを遵守しているに過ぎない。
とはいえ、こんなに喜ばれると、やはり悪い気はしないわけ……
……だったの持つかの間
食事の際の、僕の笑顔は、今、凍り付いていた。
用心棒とはいえ、あくまで店員として雇用させてもらったつもりなので、店での業務の手伝いの手順を覚えてもらおうと思い
○商品補充
「これをここに入れたらいいのですな?」
そう言いながら、イエロはおにぎりを力いっぱい棚にドスン!と
次の瞬間、その衝撃のため、全棚が崩れ落ちたのは言うまでもない。
当然おにぎりも無残な姿に……
○店内清掃
モップで床を拭く作業を、まずは僕がお手本としてやってみせたのだが
「ご主人殿、それならばこの方が手っ取り早いでござる!」
そういうと、イエロは手に持った刀を一閃した。
確かに、床の上のゴミなどは、すべて風圧で吹き飛ばされた。
同時に、棚類も全部風圧で吹き飛ばされ壁に衝突していたのは言うまでもない。
○レジ打ち
イエロにレジを使用してもらった場合。
「破壊」の2文字しか脳裏に浮かばなかった僕は、
この世界では補充不可能な機械のために、この機械の使用はご遠慮願った。
……太陽光発電のおかげで、なんとか使用出来ているレジだし
やはり使える間は使いたいし……イエロ、ごめんなさい。
と、まぁ、そんなわけで、
イエロにしてもらえそうな業務というのが、文字通り困ったお客さんがいらっしゃった際の用心棒しかなさそうという結論にいたったわけなのだが
「……拙者は……どうにかご主人殿のお役にたちたいのだが……」
店の裏で、肩をすくめて大きなため息をついているイエロの後ろ姿というのは、どうにも心苦しいわけで……
これはこれでなんとかしなければ、とは思うのだけど
開店に向けて準備すべきことは山のようにあるわけで、イエロには申し訳ないけど、しばし他の仕事をこなすことに。
まず、店で販売するものの選定。
雑誌類はこの世界で売るにはどうか、と思ってしまうため、とりあえずすべて撤去した。
日持ちするお菓子類は、地下倉庫にも結構な在庫があるのでしばらくは販売に困らない。
あと、この都市は農業が主産業らしいので、軍手や鎌・鍬といった商品も販売してみようと思う……というか、親父……なんでこんな物が大量に在庫であったんだ?
パン類に関しては、もともと店内製造の出来立てパンを売りの1つにしていたこともあり、焼くのは問題ない。あとで市場か雑貨屋あたりで小麦粉的な物を入手できるかどうか確認しておかないと。
店内販売していたお弁当やおにぎりに関しても、当面は冷凍庫に保管している材料でなんとかしのげそうだが、ゆくゆくはこっちも野菜など、素材の安定入手方法を考えなければならない。
一通り店内の整理を行った僕は、昼から市場へと向かった。
イエロにも、用心棒として同行してもらったのだけど
「うむ! ようやく拙者がお役にたてますな!」
と、必要以上に気合を入れてくれて……あの……道行く人たちが、みんな道をあけてくれるのは、いかがなものかと……
市場には、組合のエレエが話を通してくれていたこともあって、すんなりと案内してもらえた。
市場を案内してくれたのは、犬人(ドッグピープル)のテイルス。
「このガタコンベ市場は組合加盟のお客さん以外はお断りです。当然、組合加盟 の方が、市場納入生産者と、市場を介さず直接取引をすることも禁止されておりますのでお気を付けください」
う~ん……直接取引は、内心考えていたので、ちょっと困ったな、と、思ったけど、この世界の初心者としては、やはり今は無難なところで落ち着くべきだろうと考え、これに従うことにした。
市場で扱っている野菜類は、やはりというか、僕の元いた世界のものとはかなり姿形が異なっている。
とりあえず、一通りのサンプルを購入した。
持ち帰って、試してみないことには何も始まらないしね。
ただ、ありがたかったのが、米と小麦粉が普通に流通していたこと。
これで、店の弁当・おにぎり、それにパンを継続製造していける目途がたった。
「で、肉はどこで扱ってます?」
僕の言葉に、テイルスは顔を曇らせた。
「当市場では、肉類は扱っていないんですよ……正確には、扱えないんです」
なんでも、この街の周囲の森には、結構凶暴なモンスターが出没することもしばしばだそうで、安定して仕入れを行うことが難しいため、扱っていないとのこと。
「肉類に関しては、どこのお店も、ハンターから直接購入しているんですよ」
また、ハンター達も、だいたい肉を降ろす店が決まっているため、僕が割り込むのは難しいのではないかとのことで、
「相応にお金を積めば無理とはいいませんが……」
……う~ん……それは困る……
僕としても、仕入れが高くなるのは避けたいわけで、
……まてよ
……肉……獣……狩猟……
ハッと振り返った僕の視線の先で、イエロが顔を輝かせていた
「ご主人殿! 拙者の出番でございますな! えぇ、この地の獣どもなぞ、一網打尽にしてくれますとも!」
とりあえず、根絶やしにしてもらっては困るので、狩り過ぎて根絶やしにしないよう、念入りにお願いした上で、イエロに狩猟をお願いした。
数刻もしないうちに、イエロは自分の3倍はあろうかという獣を担いで店に帰ってきた。
「このタテガミライオンの肉は絶品ですぞ!」
そう言って、豪快に笑うイエロだったのだが
「……あの……タテガミライオンって……確かにお肉おいしいけどさ…… ハンター10人がかりでやっと1匹仕留められるかどうかっていう猛獣なんだけど……」
向かいの武器屋の猫人ルアの言葉に、僕は苦笑するしかなかった。
とはいえ、とりあえずシンプルに塩コショウで焼いてみた肉は、確かに絶品だった。なんでもない腹肉が、まるで松坂牛の霜降りか!? ってなぐらいにとろけるのである。
肉は、結構な量を確保できたので、弁当試作用に必要な分を冷凍保存し、以外の肉を使用して、店の近所の方々を招いて、バーベキューを行うことにした。
「タテガミライオンのお肉なんて、私は生まれて初めてですよ」
市場でお世話になったテイルスは、感動で涙を流しながら肉を頬張っている。
「何? この『カンビイル』っていうの?面白い味だけど、冷えててシュワシュワしてて、肉にあうねぇ」
ルアも上機嫌で肉を頬張りながら、店の在庫から持ってきた缶ビールをおいしそうに飲んでいる。
「っていうか、こんなにキンキンに冷えてるって、すごいじゃん!」
太陽光発電のおかげで、冷蔵庫の使用が可能になっているおかげではあるが、
これも、機械がいつまでもつかにもよるわけだし、そもそも、ビールも在庫がそうあるわけではない。
「ご主人殿! どうされました?」
ビールと肉で上機嫌なイエロが、僕の肩をグイっとつかむ。
「こういう場では、楽しむのが嗜みというものですぞ! お仕事はあとあと! で、ござる」
正直、不安はいっぱいなわけだけど、
今は、イエロの言うように、今はしっかり皆と楽しむべきだな、と思い、僕もビールを手に取った。
元の世界にいた時の僕は、日々の売り上げに一喜一憂し続けていた。
こんな時間を過ごす、精神的な余裕もなかったよな……
今日は、皆ととことん飲もう!そう決めた。