どっちを向いても異世界地方都市!?
コンビニチェーン「おもてなし」
創立者であるじいちゃんの代には、中国地方でも結構大手のコンビニだった。
ところが、2代目社長の親父の代になると、折からのコンビニ出店ラッシュの波に飲み込まれ、展開規模は右肩下がり。
気が付けば、全フランチャイズが閉店か、他の大手コンビニに鞍替えしてしまい、
親父の急逝を受けて、3代目社長に就任した、僕、田倉良一(たくらりょういち)は、コンビニおもてなし最後の1店舗である、本店を切り盛りしている。
とある中国地方の地方都市、草社(そうやしろ)市の町はずれに位置しているこの店舗。
他のコンビニが7件に加えて、24時間営業のスーパーが3件点在しているこの市の中では、経営は正直かなり苦しい……
かなり無理をして、屋上にソーラー自家発電を導入し、店内の電気代を自前でまかなったり、店内で販売するおにぎりや弁当はすべて店内製造し、外注コストを削減したりと……まぁ、経費を必死に切り詰めてはいるものの、焼け石に水な感じではあるわけで……
AM4:00
けたたましくなり始めた目覚ましを止めると、僕は布団からはい出した。
ここは、コンビニの2階にある僕の部屋。
閉店したFCから返品された商品が、地下倉庫だけでは入りきらず、すでにこの部屋の大半を埋め尽くしている。
うちの店は、朝5時開店深夜0時閉店で、夜間は営業していない。
店には、極力僕自身が入るようにしていて、バイト代も節約しているわけで、まぁ、仕方ないといえば仕方ない…… (溜息)
開店してから昼過ぎまでの時間帯は、当店においてもっとも大事な時間帯だ。
地産地消をモットーに、地元でとれた食材をふんだんに使用した弁当類は、販売を始めて以降、結構なヒット商品になっている。
……もっとも、調理員を雇う余裕もないので、僕が全部調理しているわけなんだけど……
つくづく調理師免許を取っててよかったと思っている。
小一時間後
いつものように、弁当・おにぎりの準備を終えた僕は、店の表に届いるはずの雑誌類を店内に運び込もうと、裏口の扉を開けた。
……はい!?
僕はゆっくりその扉を閉めた。
そこには、見慣れた田園風景……ではなく、
見慣れないレンガ作りの壁がそそり立っていた……ように見えた。
僕は、再び扉を開けた。
そこには、見慣れないレンガ作りの壁がそそり立っていた。
……何?これ?
僕は慌てて2階の自室へ駆け込み、窓を開けた。
いつもなら、そこには幹線道路を隔てて、なだらかな田園風景が広がっているはずだった。
が、
今の僕の眼下には、レンガ作りの道路を挟んで、レンガや木造と思われる見慣れない家々が立ち並んだ光景が広がっている。
……学生時代によく読んだラノベなんかだと……こういうのって異世界トリップとかなんとかで、そこでチートな能力とか発揮して世界を救っちゃったりとかしちゃう展開だったりするのかもしれないけど……なんというか……30代半ばの、このおじさんに片足突っ込んでる僕に、そんな展開があるわけがないだろう……と、思いたいんだけど……
完全に思考停止状態の僕の額に、嫌な汗が伝っていた。
◇◇
「ちょっと、そこのアンタ」
2階の窓から周囲を見回していた僕にむかって、階下の道路から声がした。
そこには……猫耳……だよな、あれ……の、女性が立っていて、腕組した姿勢で僕を見上げていた。
「ここ、昨日までは空店舗だったはずだけど、一晩で出店準備しちゃったわけ?」
……は? ……空店舗? ……出店準備?
言われている意味がまったくわからないものの、
とりあえず情報収集はできるかも、と、僕は女性の元へと駆け寄った。
……っていうか……やっぱここ、異世界ってことか……
彼女の、ピコピコ動く耳と尻尾を見ながら、僕は若干のめまいを覚えていた。
なんでこんなことに……と、嘆いていても始まらないわけで、
「出店準備というか……いろいろあって、僕、ここについたばっかなんで……」
「じゃあ、組合に届出もすんでないわけ?」
「組合?」
「なんだまだなんだ、仕方ないなぁ、じゃ、アタシが案内したげるよ、ついといで」
そういうと猫耳の彼女は僕を連れて歩き出した。
彼女の話によると、
ここは、王都パルマというこの世界最大の都市からかなり辺境の方にある地方都市ガタコンベであり、その中にあるズアーズ商店街の一角にあたるらしい。
……この名前からして、ここってやっぱり異世界なんだよなぁ
僕は軽く頭痛がするのを感じながら、猫耳の彼女の後をついていく。
こういった地方都市には、ドワーフや猫人(キャットピープル)、エルフといった亜人が多く暮らしており、僕みたいな人種は人族といわれ、だいたいは王都かその近隣にしかいないらしい。
「まぁ、こんな辺境に店を構えた人族なんだし、なんか訳ありなんだろうけどさ」
彼女はニッと笑って
「この街じゃそんなことは気にしなくていいから、気楽にいこうよ」
右手を差し出した。
「アタシはルア。アンタの店の真向かいで武器屋をやってるよ。よろしくな」
……確かに訳あり (いきなり異世界にとばされた) ではあるんだけど
……夜逃げでもしてきたって感じに思われてるんだろうな……この様子だと
僕は、苦笑しながら、
「僕は田倉良一。こちらこそよろしくお願いします」
とりあえず、その手を握り返したのだが、
……こないだ雇ったばかりのバイトの滝ちゃん、悪いことしたなぁ……最初のバイト代払うの今日だったのに……
◇◇
ルアに案内されて、僕はこの商店街の組合事務所へと入っていった。
早朝だというのに、事務所の中ではすでに何人かの亜人達が事務仕事を行っていた。
「あら、ルア様。今日もお早いですわね」
僕とルアの前に、頭から触覚の生えている小柄な女性が現れた。
「エレエこそ、相変わらず働き者じゃない」
そういって、ルアは、俺を指さし
「こちら、タクラリョーイチ。閉店してたブルスの酒場の跡地に店を出すんだってさ」
僕のことを紹介してくれる。
それを聞いたエレエは、目を丸くし
「えぇ!? そうなのですか? そんなお話、わたくし全く聞いておりませんですわ」
手に抱えている書類の束を大慌てでめくり始める。
そりゃそうだ……僕自身、こんなとこに移転するなんて夢にも思ってなかったわけだし
とりあえず、事前の手続きがまったく出来ていなかったことに関しては、
「今後はお気を付けくださいませね!」
というエレエのきついお小言1つですませてもらえたのだが……いいのか? こんなにゆるくて?
その後、エレエから商店街に出店するための申請書類を渡され……って……なぜか文字が全部日本語なのは……まぁ、突っ込むまいか……
その後、
・組合費を毎月事務所へ納めないといけない
・自警団への参加が義務
などの基本的な決まりを教えてもらい、書類を提出したところで
「では、タクラ様。ズアーズ商店街へようこそなのです」
エレエににっこり微笑んでもらい、僕はこの商店街の一員になれた……らしい。
ちなみに、エレエは蟻人(アントピープル)だそうだ。
◇◇コンビニ「おもてなし」店内
成り行きとはいえ、組合事務所での手続きを終え、この商店街の一員になった僕。
とりあえず、いつ帰れるか……というか、帰ることが出来るかどうかも怪しいわけなので、とりあえずはこの世界で生きていくためにも、この店の営業を再開してみるか……と思ったわけで、店内の状況確認を行うことにした。
奇跡的だったのが、電気が使用可能なこと。
これは、店の屋上に相当無理して設置していた太陽光発電システムのおかげだ。
逆に、水回りに関しては少々困った状況になっていた。
上下水道が途中で完全に遮断されているため、水道・トイレが使用不可能となっていた。
とりあえず、店内のトイレは当面使用禁止にして、そのうち対応を考えよう。
水に関しては、ルアに聞いたところ、すぐ裏に川が流れており、商店街の皆はそこの水を使用しているとのことだったので、僕もそれを利用することにしよう。
とりあえず、そこまで考えたところで、僕は街に出てみることにした。
何しろ、この世界に来てまだ1日もたっていないわけで、圧倒的に情報量が少なすぎる。
コンビニを再開するにしても、この世界・この街でどういった物が売れるのか、また、お金の相場、街の世代構成など、いわゆる市場リサーチをしておかないことには始まらないのだが……とはいえ、現時点で僕はこの世界の通貨を全く所持していないわけで
ー数刻後・街の広場
僕は、店頭販売用として倉庫にしまってあったリアカー屋台を引っ張り出すと、今朝作成したばかりの弁当とおにぎりをこれにのせて、広場で試験販売をすることにした。
実際問題、いつもの調子で作ってしまっていたお弁当達は、1人で食べるには多すぎるし、そのまま置いておいてももったいないというか、無駄になりかねないわけだし、だったら少しでも売り上げになってくれれて、この世界の通貨獲得の役にたってくれれば、と思ったわけで。
……とはいえ
ただでさえ、初お目見えの僕、しかもこの地方では珍しい人族のリアカーの屋台である。
行き交う人たちは、横目でチラチラと屋台を見てはいるものの、皆そのまま素通りしてしまう。
ある程度予期はしていたけど、これは困ったな……
そう、思っていたところに、
「…………」
えらく汚れたマントを身にまとった1人の女がフラフラと屋台に近寄ってきた。
女は、屋台の端に手をかけると、クンクン鼻をならし
「……これは……食い物なのか?」
そう、弱弱しい声を発する。
どうやら、相当空腹らしい
まぁ、どのみちこのままでは全部廃棄になりかねないわけだし
「えぇ、そうですよ。よかったら1ついかがですか? サービスしておきますよ」
営業スマイルとともに、弁当を1つ差し出す。
その言葉に、瞬時に反応したその女は、僕から弁当を奪い取ると、そのまますごい勢いで、手づかみで口に運んでいく。
「な……なんだこれは……食べたことのない味だが……最高にうまいではないか!」
その、絶叫に近い一言が広場に響き渡ると同時に
それまで屋台を遠巻きにしていた人々が、一切に僕の屋台に殺到した。
◇◇
ほどなくして、僕の屋台は完売となった。
それでも、噂を聞きつけた人々が次々に押し寄せてくるため、僕は大慌てで屋台を引いて店に戻った。
ちなみに、さきほど最初に弁当を食べて絶叫した女は、人ごみの整理を自主的に行ってくれた上に、屋台を押してもくれた。
「なんか、すいませんでした。お手伝いまでしてもらっちゃって」
僕の言葉に、その女は、大仰に首を左右に振りながら
「め、め、……滅相もない!!礼を申し上げるのはこちらのほうである!」
床に正座し、深々と土下座した……って……この世界にも土下座があるんだ。
「ご主人殿のお心遣いがなければ、拙者、あの場でのたれ死んでおったはず……重ねて御礼申し上げる」
ルアや、エレエみたいな人がいるこの街だし、それはないだろうと苦笑しながら、僕は土下座はいいから、と、頭を上げるようにお願いした。
「時にご主人殿、ここは何やら物売りのお店とお見受けいたしますが……」
周囲を見回しながら、
「もしよろしかったら、拙者をこの店の用心棒として雇ってはいただけませぬか? 剣の腕には少々覚えがございます、損はさせませぬぞ」
そう言いながら、フードを取る。
その頭頂部には、かなりの角が生えており
「我が名はイエロ。鬼人(オーガピープル)の剣使いでござる」
深々と、その頭を下げた。
とりあえず、ここは異世界なわけだし、僕には無双なチート能力があるわけでもないわけで……と、色々考えた挙げ句、イエロの申し出を受けることにした。
決して、彼女の胸がかなりのボリュームだったから、というわけではない……多分。
とりあえず、給料とかをどうしようかと思ったのだが、
「衣食住のみお約束いただければそれで十分でござる」
と言ってくれたので、正直助かった。
でもまぁ、女性なんだし……とりあえず居住区は別に準備しないと……僕的には一緒でもゲフンゲフン
こうして、
コンビニおもてなしと、僕の異世界初日はドタバタのうちに暮れていったのだった。