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第五十三話 決意を新たに

「お! やっぱり焔だったか! お前身長伸びなかったのか!? 可哀そうに……そっちにいるのは龍二か! お前でかくなったな!! で、そっちは綾香か!? えらく可愛くなったな!! いやーみんな久しぶりだなー」

 冬馬は笑顔で俺たちに語りかけてくる。焔たちも再会は嬉しかった。だが、久しぶりに見た冬馬の姿にどんな顔でどんなことを言えばいいのか3人ともわからなかった。そんな中、焔が引きつった笑顔で口を開いた。

「と、冬馬……お前……な、何で車いすになんか乗ってんだ? こ、骨折でもしたのか、ハハ……ハ……」

 わかっていた。冬馬が骨折や単なる足のケガなんかではないことを。わかっていたが……信じたくなかった。

「ああ、これか? ちょっとドジっちまってな」

 そう言って見せた笑顔はどこか切なかった。


 それから焔たちは冬馬の車いすを押しながら詳しい話を聞いた。

 冬馬は東京の進学校に通っていた。日夜、医者になるために勉強に明け暮れていたそうだ。そんな高校2年の夏休みに入ってすぐの頃だった。

 冬馬は事故にあった。そして、下半身不随になった。

 少女を救った代償に冬馬は立ち上がることが、歩くことができなくなった。

 それからはここ地元に帰って来たそうだ。今は、祖父母の家で母親と暮らしている。ここには特別支援学校があるのと、都会よりも田舎の方が暮らしやすいと言うことで帰ってきたみたいだ。

 冬馬は笑いながら話してくれたが、焔たちは良い気分ではなかった。

「冬馬、治る見込みはないの?」

 未だに信じたくない綾香は冬馬に食い下がるが、冬馬は首を縦に振らなかった。

「無理だよ。今の医療技術じゃどうしたって治らないよ。それにもういいんだ。過ぎたことをいつまでもうじうじ言ったって仕方ないしさ」

 そうだな。そんなことはわかってる。でも……そんな悲しい笑顔で言うんじゃねえよ。

 周りの騒がしさとは裏腹に焔たちの間では沈黙が流れる。


 パン!!


 その沈黙を破ったのは龍二だった。大きく手を叩き焔たちの注目を集める。

「はい!! この話はここで終わりだ。今は楽しい楽しい文化祭だ。さ、楽しもうぜ!!」

 それからみんなの顔に再び活気が戻った。

 やっぱこいつには敵わないな。よく周りを見てる。

 久しぶりの再会ともあって、俺たち4人は色んな話をした。少々絹子は蚊帳の外だったが……まあ、今日ぐらいは許してくれるだろ。

 俺がレッドアイを倒したと聞いた時、冬馬は滅茶苦茶驚いていた。俺よりすごいことしてんじゃねえよって。だが、俺のやったことと冬馬のやったことは何ら変わらない。それに、見ず知らずの子のために自分のことを犠牲にした冬馬のほうが俺はすごいと思うけどな。そんなすごいことしたのに何でお前はそんな顔で笑うんだ、冬馬。

 
 俺たちがしゃべりながら歩いていると後ろから他校のガラの悪い生徒たちが俺たちを抜かしていった。その際、あいつらは俺たちに聞こえるようにハッキリと言った。

「チッ……何だよ、道理でとろいわけだ」
「人込みの中こういうやつがいるとマジで迷惑なんだよな」
「恥ずかしくねえのかな? マジ邪魔。出てくんなよな」

 は?

「アハハ……どうもすいません」

 は?

 焔は冬馬が乗っている車いすを止めた。冬馬は少し不思議そうに焔の方に目を向けるが、焔はそんなことには目も向けず龍二に冬馬のことを頼むと、さっきのやつらのところまで歩いて行った。

「おいお前ら」

 その言葉にさっきの3人組が焔の方に顔を向ける。

「あ? 俺たちのこと?」

「そうだ……さっきお前ら何て言った?」

「さっき?」

 3人組の1人が焔の後ろの方にチラッと目を向け、心配そうにこちらに目を向ける集団に気づくと、

「ああ!! あの車いすの野郎のことか!! こんなとこにいたら邪魔だって言ったんだよ。てかお前あいつの友だちか? だったら邪魔だから2度と人込みの中に来るなって言っとけ」

 そう言って、男は焔の頭の上に手を置いた。

「てか、俺なら恥ずかしくてこんなとここれねえわ」
「それな。てか、俺なら死ぬわ」

「アハハハハッ!!」

 嘲り笑う3人組に焔はずっと下を向いていたが、とうとう限界が来た。

 焔は自分の頭に置かれた腕の手首をつかむ。

「あ? 何だお前……ッ……!!」

 嘲っていた顔がどんどんと歪んでいく。それまで笑っていた2人の表情も固まる。

「おいお前ら。あいつはな、ただ単に文化祭を楽しむためにここに来たんだよ。それなのになぜその雰囲気はぶち壊すんだ」

 次第に掴む手にも力が入る。

「邪魔だ……恥ずかしいだ……ふざけるな!! お前らに俺たちは何かしたか? 俺たちはただ単に歩いてただけだ。それなのになぜ冬馬はお前たちにそんなことを言われなきゃならないんだ!! 冬馬はな、苦しみにも負けず、前向いて歩いてんだよ!! お前らよりも何十倍、何百倍も必死こいて毎日生きてんだ! そんな人間を馬鹿にする資格なんてお前たちにはない!!」

「わかった!! わかったからもう放せ!!」

 あまりの痛みに膝から崩れ落ちた男は焔に懇願する。焔はゆっくりと手を放した。

 2人の男が地べたに座り込んでいる男の元へ駆け寄ると、1人の男が立ち上がり、焔の方に振り向く。

「調子づいてんじゃねえぞ!! このくそチビが!!」

 放たれる拳をスッと焔はかわした。そして、焔もまた右拳に力を入れる。


 ダメだ。怒りを抑えらんねえ。


 焔は顔面目掛けて拳を放つ。


 パン!!


 焔の拳は相手の顔に当たる直前のところで止まった。いや、止められた。

「シンさん……」

 そこにはシンがいた。焔はゆっくりとシンの手から拳を離し、シンに頭を下げる。

「すんませんシンさん。俺……」

「いや、別に焔君は謝る必要はない。ただ、もうちょっと力加減してほしかったけどね」

 そう言って、シンは痛そうに手を振った。

「さてと……」

 シンは3人組に振り返った。

「3人とも今日のところはもう帰ってくれないか?」

 優しく話すシンだったが、当然3人も引き下がらなかった。

「は? なんで俺たちが帰らなきゃならないんだ!! だいたい先にやったのはあいつ―――」

「いいから帰れ……!!」

 3人組はシンの顔を見ると、情けない声を漏らして恐怖に満ちた表情に変っていった。それから3人は悔しそうな表情を浮かべ帰って行った。

 くるっと焔たちに向き返ったシンの表情はいつも通りの笑顔だった。

「これで解決……かと思ったけど、少々注目を集めすぎたね」

 その言葉に焔は周りを見渡す。確かに、皆焔の方に目を向けていた。

「焔君には少し話したいこともあるし、一旦ここから離れようか」

「……はい」

 焔はシンの後をつけ、その場から離れようとした。その際、冬馬の横を通り過ぎようとした。

「焔……」

 焔に話しかけようとする冬馬を遮り、焔は口を開く。

「冬馬……謝んじゃねえよ。お前は何も謝るようなことはしてないんだ。頼むから気を使わないでくれ。頼むから自分で自分を蔑まないでくれ」

「焔……お前……そうだな。わかった。約束する」

「……ありがとう」

 そう言って、焔は冬馬たちの前から姿を消した。

「初めてだよ。怪我してから怒られたの」

 冬馬は正面向いたままおもむろに口を開く。

「ハハ。でも、怒られてよかったんじゃないか。いつまでも無理して笑ってると疲れるだろ」

「ハハハハ!! 龍二にもバレてたわけだ」

「そういうことだ。冬馬、今の自分から目をそらすなよ。自分の意思を消すなよ」

(下半身不随になってから俺は自分のことをずっと下に見ていた。どうせ他人の力を借りなければ生きることはできないんだから、生きるためには他人の言うことを聞き、媚びへつらえばいいと思っていたが……どうやらそれは間違いだったようだな。自分のことを蔑むな、自分の意思を消すな……か)

「龍二……俺前からあそこのもんじゃ焼き食いたいと思ってたんだ!! 行ってくれるか?」

 冬馬は振り返り、ニコッと笑って見せる。

「お! 行こうぜ!!」

「私も行きたかったんだ!! 絹ちゃんもいいでしょ?」

「うん。行こ」

 そこにはさっきとは違う冗談も言う、からかいもする本当の冬馬の姿があった。


―――「良いのかい焔君? 彼の足を治しても? もし君がテストに落ちた場合、彼は再び絶望を味わうことになる。それでも良いのかい?」

「……はい」

「……わかった」



 翌日


 ―――焔が校門を自転車で通ろうとした時だった。

「焔!!」

 再びどこか懐かしい声に呼び止められる。振り向くと、そこには冬馬がいた。立っていた。

「焔……俺……立てた……立てたんだよ!! 何でか知らないけど、朝起きたら足が動くようになってたんだ!!」

 おぼつかない足取りで焔の元に歩み寄る冬馬に焔は自転車を止め、冬馬の元に駆け寄る。冬馬は焔の肩につかまった。

「焔……俺、俺!!」

 そう言って、顔を上げ、焔の顔を見る冬馬だったが、一瞬表情が固まる。

「……良かったな」

 焔の何かを悟ったようなその笑顔に冬馬は何かを感じ取った。

「焔……お前……」

「ん? 何だ?」

「い、いや、やっぱ何でもねえ(……まさかな)」

 その後、お母さんが車いすを出し、ゆっくりと腰を下ろす。

 冬馬は今から病院に行き、検査を受けに行くらしい。その前にどうしても焔たちに最初に会いに来たかったみたいだ。焔と冬馬は別れを告げた。去り際、焔は冬馬に一言告げる。

「冬馬、痛みを知ったお前ならきっと良い医者になれるよ。だから、また頑張れよ」

「……ああ!! 頑張るよ」

 冬馬を見送る焔。その目には強い意志がこもっていた。

 さあ、これで絶対に落ちるわけにはいかなくなった。冬馬、俺ももっともっと頑張って強くなるぞ!!


「他人の人生を背負った時、そのプレッシャーに負けるのか、それともそれすら己の力に変えるのか……俺は後者だって信じてるよ。青蓮寺焔」


 遠くで不敵に笑う猫目の男に焔は気付くことはなかった。


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