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55.協力要請

 夕方、コバートを除く3人は、高級な部類に入るレストランに集合していた。
 身なりの良さから貴賓席に通された3人は、そこに用意されていた寝台に寝そべりながら、順次運ばれるてくる数々の料理に手をつけている。
食事の席での話題は勿論、収集した情報についてであった。

「ねえ、知ってる? ここの床に描いてある魚の骨って魔除の意味があるらしいのよ。ここのヤツらってエビの殻とか貝の食べかすを床に放るじゃない? それなのになんでか、床に落としたものは不吉だーって言って、奴隷に片付けさせるらしいの」
「それってそもそも床に捨てなければいい話なのに、よくわからないわね」

テミスの返しにアリータが肩を竦めるあいだも、怜央は2人の報告をメモにまとめていた。

「――オッケー、他には?」

怜央が問いかけるとテミスが答えた。

「そういえばもう、円形闘技場は見た? なにやらあそこで見せ物をやってるらしいわね」
「見せ物? どんな?」

アリータは別方向を探索してたため、闘技場を知らない。

「今日はやってなかったから実際に見たわけじゃないけど、剣闘士が戦うらしいわ。相手は獣だったり、同じ剣闘士だったり。それはもう、血湧き肉躍る見せ物だって言ってたわね」
「へー。鮮血が飛び交うところはちょっと興味あるかも。明日、見に行こうかしら」
「野蛮だな……」

 怜央はメモしながらボソッと呟いた。
そんなのを見て喜ぶ奴の気が知れないとでも言いたげである。

「でも残念。明日もやらないらしいわ」
「えー!? なんでよ!」
「明日はこの街で、年に1度のお祭りがあるらしいの」

アリータはムスーっとして尋ねた。

「私の邪魔をするそのお祭りはどんなお祭りなの? つまらないものだったら許せないわ!」
「詳しくは聞かなかったんだけど、何か美味しい料理が振る舞われるらしいわ。まあそれも、一部の有力者と大金を払える金持ちにだけらしいけど」
「はーっ、つっかえ! そんな祭りの何がいいんだか!」

アリータが呆れて喚いていると、遅れてきたコバートが入ってきた。
その表情は暗く、いつものコバートではない。
怜央もすぐに察した。

「おうコバート、お前おそか――どうした? そんな浮かない顔して」
「ああ、ちょっとな……」

怜央は起き上がり、寝台の半分を空けることで、コバートに座るよう促した。
目論見通りそこに腰を下ろしたコバートだったが、やはり元気がない。
何か思い詰めたようなコバートの表情に、怜央もほっとくことはできない。

「コバート、お前がそんなんになるなんてだいぶ変だ。一体何があった?」
「……明日、お祭りがあるって知ってるか?」
「ああ、それなら丁度聞いたよ。なんか一部のやつは美味いもん食べれるってやつだろ?」
「その美味いもんが――問題なんだ……!」
「というと?」
「人間……だ!」

怜央はコバートの口から出た言葉に、思わず眉を顰めた(ひそめた)。
アリータ・テミスも同様に、お互いの顔を見合う。

「人間てそりゃあ……人を食べるってことだよな?」
「ああそうだ。生きた人間を引き裂き、神への供物として捧げたあとみんなで食べる。――イカれた祭りだよ……!」

コバートの目からは憤りの色が見て取れた。
それを察したテミスは尋ねる。

「コバートが気に入らないのは分かったけど、それはなぜ? だってコバートには直接関係のないことじゃない。嫌なら見なければいい――そうでしょ?」

テミスの言葉にも一理あると感じた怜央・アリータは、コバートの方を見て、答えを待つ。
コバートは顔に影を落とし、やがて口を開いた。

「運がいいのか悪いのか――俺はその、たった1人の少女(いけにえ)と出会い、彼女の気持ちを知っちまった……」

コバートは話した。
ラフマから聞いた全てを。
思ったことの全てを。


◆◇◆


 あれは、みんなと別れてそう間もない頃。
俺は1人の少女に出会った。
最初はなんてことない、課題のために話しかけただけだったんだ。
 それから俺は、話の流れでとんでもない話を聞いちまった。
目の前の少女が、ラフマが、明日の祭りの生贄に選ばれているってことだ。
 俺は勿論尋ねた。

「それってつまり、ラフマは死ぬってことだろ? 嫌じゃないのか!?」

そしたらラフマは言うんだ。

「ううん、名誉なことだから」

って。
 口では望んでいるように言うが、顔を見ていればわかる。
本当の意味で、好きでやりたいだなんて思ってないことぐらいな。

 だから俺は無遠慮に、根掘り葉掘り聞いた。
そしたら、ラフマは親に売られた奴隷であることがわかったんだ。
そのために、本来なら断る生贄役を、半ば無理やりやらされていることもわかった。
 どうみても彼女は、自分の心に嘘をついて、自分を守ろうとしている。

最後に俺は聞いた。

「もし、明日の役目から逃げれるとしたら、ラフマは逃げたいか?」
「運命からは逃げられないよ……それにみんなが、許してくれない」
「……いいかラフマ。他人のことなど気にせず、自分の心に素直になって、正直に教えてくれ。ラフマ、もし逃げれるなら、その役目から逃げたいか?」

 するとラフマは周囲を気にして、小さく頷いたんだ。
だから俺は、ラフマの手を取って約束した。

「わかった。明日のことなら俺に任せろ。絶対にお前を助けてやるからな」


◆◇◆


「ええ……コバートってロリコンだったの? まさか私をそんな目で今まで……!?」
「いやそういうのいいから、ふざけてる場面じゃないでしょ」

雰囲気が雰囲気だけに、怜央は空気を読んで間に入った。

「まあ……事情はわかったよ。んで――俺は何を手伝えばいい?」

コバートはまさか、自分から協力を申し出てくれるとは思っておらず、まさに僥倖であった。

「手伝ってくれるのか、怜央!?」
「当たり前だろ。俺とお前の仲だ……!」

怜央は右手を振りかぶり、コバートも同様にして、お互いの手を力強く握った。

「いや、なにその友情。あんたらそういう関係だったの?」
「お前は物事を素直に受け取れないのか」

水を差すアリータに怜央は呆れた。

「正直、怜央は協力してくれると信じてたんだ。んで、できることならアリータにもテミスにも、力を借りたいんだけど……?」

期待を込めてコバートはチラリと見遣った。
しかし、その甲斐虚しくテミスは不参加を表明した。

「私はパスするわ」
「え、マジで? テミス嬢のことだから、むしろ自分から乗ってくると思ってたんだが……」
「だってそれ、要はここの神への供物を横取りするってことでしょ? 触らぬ神に祟りなしって言葉もあるように、手を出さない方が賢明なのよ。特に、神様同士はね!」

テミスは親指を立てながらウィンクして、自分が神であるのだと強調する。
最早いつものことなのでそこまで気にすることもなかったのだが、予想外なことに、そのふざけた理論をアリータも支持した。

「私も同意見ね。今回ばかりはテミスの言ってることが正しい」
「ツン子も!? おいおい、まじかよコレェ……」

コバートは当てが外れたようで、額に手を当てた。

「神ってのはね、あんたらが思ってるよりよっぽど強大な存在よ? ちょっかい出してタダで済むとは思えないわ」
「……そもそも神様ってのはいるのか? 実際に見たことないからどうにもね」

怜央は首を傾げるが、別に神様が居ないと思ってるわけではない。
ただ存在するという確証を持てないだけである。
その問にテミスは激しく自分を指差すが、怜央は無視した。

「居るか居ないか――そんなの、居るに決まってるじゃない。自分で見えないから居ないと決めつけるだなんて、愚か者のすることだわ。自分の見えてる範囲(とこ)だけが世界じゃないのよ?」
「む……アリータの割にすごい正論じみた事を言うな」
「私の割にってなによ。失礼しちゃうわね」

コバートは少し悩んでいる様子だったが、やがて吹っ切れた。

「まあ、最低でも俺と怜央がいればなんとかならーな」
「計画はあるのか?」
「ああ、俺の頭の中に最強の作戦があるぜ!」

自信あり気なコバートとは裏腹に、怜央はなんとも言えぬ気持ちに苛まれる。

(不安だ……)

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