影法師と人形遣い
寝る準備を済ませて寝台に横になると、天井を見上げたまま先程の続きを思案する。
ボクに出来る事と言っても、然程多くはない。戦う事と創る事、多分それぐらいだろう。
とはいえ、戦闘に関しては微妙なところではある。その代り、魔法道具の創造に関してはかなりのモノのはずだ。それでもプラタには及ばなそうだが。
後はそうだな、最近でいえば指導している事だろう。ジーニアス魔法学園の時を除けば、まだタシのみの実績だが・・・それもまだ途中か。むむむ。
自分の事といっても、結構難しいものなのだな。これといったモノがない。というか、ボクに取り得はない? 何を考えても結局はプラタの下位互換が精々なんだが。
難しい。非常に難しい問題だ。これは今後の自身の方向性を決め得るかもしれない難題だ。いや、もはや命題かもしれない。
「如何なさいましたか? ご主人様」
ボクが寝台に横になったまま眠らずにうんうんと唸っていると、寝台横に立っていたプラタが心配そうに問い掛けてくる。
「いや、ちょっと考え事をね」
「そうでしたか」
頷いたプラタは、そのままじっとこちらに目を向ける。これはまぁ、いつも通りか。今の心情のせいか、その目に問い詰められているような気になってくるな。
しかし、あまり心配させすぎてもいけないから、ここらで一旦切り上げるとするか。それにしても、ボクにも何か取り得があるといいな。そんなことを考えながらプラタと就寝の挨拶を交わすと、そのまま目を瞑った。
◆
翌日も平常通り修練の日々。午前はタシへの指導、午後はプラタとの模擬戦。
それが終わって夕食まで済ませると、昨日の資料を取り出して読んでいく。まずはこれを読み終わるのが先だな。多分明日には読み終わると思うし。
隣では、昨日同様に用意した机と椅子で執務を行うプラタの姿。ちゃんと昨日同様に許可を取りに来たが、別に書類仕事ぐらいであれば好きにすればいいのにと思った。
昨日と同じ紙を捲る音と、何かを書く硬質な音が小さく響く静かな時間。集中するには適度な静寂で、資料を読むのも捗るというもの。問題は、それをとれだけ覚えていられるかだが。
暗記は苦手分野の一つだ。何かを記憶するというのは中々に面倒で至難の業だ。
そもそもどうやればしっかりと記憶出来るというのか。こっちは人の顔と名前を覚えるのにも必死だというのに。
困ったものだ。そんなどうでもいい事を考えている間も資料を読み進めていく。覚えるべき場所もその要点とやらだけになるのかもしれないが、そもそもまだその段階に至っていないしな。記憶しても使う事はなさそうだし。
読み終えた資料を背嚢に仕舞い、次の資料を取り出すと、残りの資料を確かめてみる。・・・思ったよりもまだ残っているな。
おかげで少しやる気が削がれたが、隣のプラタの奮闘を見れば、放り出す訳にも行くまい。
それでも少し疲れたので、背嚢から資料を取り出した後、小さく息を吐き出した。それに幾分かため息が混ざっていたのはしょうがない。これぐらいは見逃してほしいものだ。
さて、僅かな休息を挿んだ事で資料に目を通していく。今見ているのは各街の人口の推移についてだ。周囲を死の支配者の軍勢が固めているので、人口の増加はそれ以前と比べると非常に緩やかだ。
それでも子どもの数は順調に増えているので、その部分で言えば今のところ未来は明るい。後は死の支配者次第か。
各街の人口の推移はここ数ヵ月は何処も横ばい。少し前まで首都と商店街の人口が増えていたが、それも今や横ばいだ。
地盤が固まったのか、単に外から人を連れて来れなくなったからか。おそらくその両方だな。
代わりという訳ではないだろうが、海と山の人口が増えている。
山は人口が増えていると言っても、元々の人口が十数人程度だったので、数組の夫婦が子どもを産んだだけでかなり増えた事になる。
海の方はなんでだろう? 疑問に思いつつ資料に目を通していくと、どうも海の住民の中に卵生の種族が居るらしく、その出産が重なった結果らしい。ジュライ連邦の海の中は安全且つ食料が豊富なので、卵の数がほとんど減らなかったのも大きいようだ。
後は無事にある程度まで育てば安定するようだが、そちらもまた問題はないだろうから、今後もこのまま増えていきそうだな。・・・そんなに増えて大丈夫だろうか? まぁ、余裕はあるようだから周囲を掘り進めて湖を拡張すればいいか、それでも駄目なら一部の者を海に戻すなりすれば何とかなるだろう。その頃までには死の支配者との諍いをどうにかしておきたいところだが。
そんな感想を抱いて資料を読み進めていく。数字がずらずらと記されている部分は読むのも多少慣れたものだが、それでも大量に並んだ数字というのは堪えるモノがあるな。
「うーん・・・はぁ」
一区切りつけて伸びをすると、思わず息が漏れる。
昨日よりもまだ早い時間。読んだ量も昨日よりは少ないが、連日で疲れたので少し休憩するとしよう。
それを見計らってプラタがお茶を用意してくれようとしたが、それを手で制して自分で自分の飲むお茶を用意する。プラタの分は必要ない。
休憩すると言っても、プラタの作業の邪魔をするつもりはない。なんてったって資料を読むだけのボクとは重要度が全然違うのだから。
プラタはお茶を飲まないので自分の分だけお茶を用意した後、席についてゆっくりとお茶を飲む。
「あちっ」
お茶を淹れたお湯の温度が思っていたよりも高かったようで、口をつけて直ぐに離す。
その後にふぅふぅと息を吹きかけて少し冷ました後、再度口をつけた。
まだ熱いものの飲めないほどではなくなったので、ちびりちびりと唇を濡らす程度に少量ずつ飲んでいく。
その間もプラタは書類仕事を行っている。その様子を休憩しながら眺めていると、改めてその異様な処理速度が解るというもの。
「・・・・・・」
手を休めることなく黙々と作業しているプラタ。気づけばお茶も温くなっているが、おかげで一気に飲めるようになった。
お茶を乾した後、休憩を終えて資料に目を通す。
それから少しして、昨日と同じ時間になったので今日は寝る事にした。今日で九割近くまで読み終えたので、明日には残りの資料に目を通して終わるだろう。
そう思いながら、プラタと就寝前の挨拶を交わして、疲れた頭を休める事にした。
◆
「んー? ふむ。世界の変革のおかげで、定められていたモノが色々と取り払われたのはいいが、まだ大きな変化には時間が掛かりそうだな。それにしても、流石に順応が早い。それとも流石は? まあ何でもいいか。それでもまだもう少し時間が必要そうだな。それでも面白い。これはひょっとすると、ひょっとするか? まだ途上とはいえ、この成長速度はやっぱり異常だねぇ」
巨人の森に在るとある地下施設で、ソシオは眠気と気怠さの混ざる声に楽しげな響きを含ませながら、考察を交えて思案する。
「あれらも中々に面白い。正式な契約がなされた証か。だが如何せん力の使い方がな。こればかりは慣れと発見に期待するしかないのか。いい線は行っているとは思うが、まだこちらも途上か。素養は在るはずなのだが・・・しかし、そうなると向こうが気に掛かる。今は別方向に意識が向いているが、それもいつまで続くのやら」
ソシオは目の前で壁に寄りかかるように座っている人形の脇の下に手を入れると、赤子を高い高いと持ち上げるかのように手を上げて目の前に持ってきた。
その人形はソシオそっくりで、見た目だけではなく背丈も同じ。なので、高く持ち上げたところで人形のつま先が僅かに地面についている。
「これもまだ改良の余地はあるはずなんだがな・・・」
軽く前後に揺すってカタカタと人形を動かす。
それで満足したのか、ソシオは優しく人形を下ろして壁に寄りかかるように座らせる。その後に人形を見下ろしながら顎に手を当てて、ふむと呟いた。
「せめてこの身体と同等まで性能を上げたいところだが、あと一歩何かが足りない。何だろうな。あの方は簡単に創っていたのに・・・」
ソシオは視線を地下室中に彷徨わせてうんうんと唸る。
あれでもないこれでもないと小さく漏らしながら、設置してある機器や素材に目を向けていく。
「魔力に関しては蓄魔石の改良で大幅に増大したが、その魔力を身体中に張り巡らせる経路の見直しをしてみるか。伝導効率を上げればもう少し魔法の威力や発現までの時間を見直せそうだし・・・他にも魔力の取り込みの速度と最適化の処理速度上昇も図らないとな・・・うーん・・・難しいが不可能ではないか。まずはこの人形で実験してみるとしよう。材料は・・・ちょっと足りないか。気は進まないが採りに行かないとな。いや、それこそ人形自身に任せてみるとするか」
名案だとばかりにしっかりと頷いたソシオは、とりあえず現在施せる処置を行うことにした。
「まずは順序を間違えないようにしなければ。でなければ、お使いもまともに出来なくなるかもしれないし」
人形を持ち上げて近くの台の上に丁寧に寝かせると、ソシオは人形の表面を指先で撫でるようになぞっていく。
「まずは各回路の確認・・・損傷は無し。確認出来る不具合も無いな。これならば手を加えても壊れはしないだろう。まずは安全な部分から――」
虚空から幾つかの素材を取り出して近くの台の上に置いていくと、ソシオは早速とばかりに作業に取り掛かった。
作業自体は然程難しい内容ではないが、今後の性能上昇の為の礎だと思えば、熱も籠るというもの。
それでも人形を壊してしまわないように細心の注意を払いつつ、人形の構造に手を加えていく。
集中して人形に手を加えて数日が経ち、まずソシオが現状出来るだけの改良を終える。
「次は材料の調達だが・・・うん。まずは試運転がてら近場の薬草取りでも試してみるか。いきなり貴重な素材回収よりはよほど現実的だろう。今は出来得るだけ素早く動ける方がいいから・・・」
少し考えたソシオは、まずは人形自身に強力な身体強化を掛けさせてみることにした。それだけしっかりと戦闘特化の人形は能力強化をしているという訳だが、それでも油断すれば痛い目をみるかもしれない。
ソシオは強化を終えた人形に素材調達を任せて外に出す。必要なモノは伝えてあるので大丈夫だろう。ソシオは人形と視界や知識を共有する事も可能だし、何だったら操作するのも可能なので、必要ならば遠隔でソシオ自らが操ればいい。
「ま、近場だし問題ないだろう。遅くとも数時間もすりゃ戻っく来るだろうし・・・ついでに氷雪華の回収もさせておくか」
氷雪華という少々特殊な実験をする際に必要な素材の採取も追加で人形に伝えておく。魔力を介した遠距離でのやり取りはお手の物である。
それを伝えると、直ぐに人形から了承の意思が返ってくる。人形はソシオが創った物だが、扱いとしては部下のようなモノだった。
「氷雪華の飼育も上手くいっているからな。もっと早くに着手すればよかった。数を揃えて、常に空腹の氷雪華が手に入るようにするというのも難しくはなかったな・・・新種はまだだけれど」
まあいいかと息を吐くと、ソシオは人形を強化する用意をしておく。素材が揃うのはまだ先ではあるが、機材の用意や手元にある必要な素材の下処理など事前にやっておく事はある。
そういった事を行いながらソシオは巨人の森の外、世界の南部について考える。現在その地はソシオの支配地域になっていた。
「あの方の置き土産を大切に頂いたおかげで大分調子がいいな。あれの軍勢程度はもう人形だけで問題ない。迷い込んでいた管理者も吸収したのがよかったのだろうか。あれはいい収穫だったな」
ソシオが南部を支配する前、ソシオは元々南部を支配していた魔物の長を吸収して力をつけた後はこの世界を出ようかと考えていた。ソシオの敵はこの世界に於いて最上位権限を有している世界の管理者なので、ソシオでは勝てそうにもなかったから。
その管理者も自身が管理する世界の外では十全に力が振るえないので、仮に追ってきた場合は返り討ちにする事が出来る可能性が在る。
そういった考えからも世界を出るつもりだったソシオだったが、そこに新たな出会いがあった。それは、隠れ潜んでいた別世界の管理者との邂逅。
「何があったのか、あの管理者は相当弱っていた様子だったからな。それに一つ二つの世界を管理していた程度ではない、かなり良質な素材であったな」
ソシオが見つけて取り込んだ管理者。それは一部では始祖とも呼ばれる神でもあった。つまりはかなりの数の世界を管理していた上位の管理者。その内包する力はとても膨大なモノ。しかし、ソシオが見つけた時にはその管理者はかなり衰弱していた。なので、ソシオは何事もなくその管理者を取り込んだ。
「本来の力でいえば、おそらくあれと同程度か若干落ちる程度。つまりはそれをそのまま取り込んだから、能力だけではこちらが上という可能性もあるが・・・この世界内ではまだ難しいか。あとは管理権限に干渉できればまだ可能性が在るかも?」
どうだろうかと首を傾げるソシオ。管理権限にまで力が及べば、もしかしたら管理者という立場を乗っ取る事も出来るかもしれない。
「流石にあの方が決めた管理者という立場を奪うつもりはないが、それでもこちらに影響がないようにしたいところ・・・そうすれば倒さずとも抑え込むことが可能なのだが・・・そこまで都合よくは無理だろうな」
ソシオは思案するも、そもそも管理者という立場は伊達ではない。管理者になるには強大な力だけでなく、卓越した処理能力も必要になってくる。それほど世界を管理するのに必要な管理権限というのは複雑なのだ。そこに干渉するというのは、僅かでもかなり難しい。
「うーん、ぼくはそっち方面はそこまで詳しくないからな。まずは調査からやってはみるが、期待は出来まい。暫く遊んで力を蓄えたら、やっぱりこの世界から出ていくとするかな。それまでに死なないようにしとかなければ」
思案しながらも準備を終えたソシオは、扉の方に目を向ける。そこで外に出していた人形が帰ってきた。その手には頼んでおいた素材が抱えられている。
「うん、問題ないね。それじゃあ必要な素材を頼もうかな。この籠も持っていくといい。必要量ぐらいは軽く中に入るから」
人形が持って帰ってきた素材を受け取った後、ソシオは必要素材の名前と量が書かれた紙と共に蔦を編んで作った籠を人形に手渡す。それは収納魔法を組み込んだ籠で、ソシオのように虚空に収納出来ない人形の為に創っておいたものであった。
それを受け取った人形は、再度外に出ていく。
それを見送ったソシオは、人形が持ってきた素材を虚空に収納した後に、待っている間に自分の実験を行う事にした。
「さて、どれぐらいで帰ってくるかな、十日以内だと嬉しいんだが、貴重な素材も在るからこの辺りは運次第かな」
かつて空腹の氷雪華を探して長々と森を彷徨った事を思い出したソシオは、思わず苦笑いを浮かべてしまう。
しかし、今回人形に頼んだ素材はあの時ほどに発見が難しい訳ではないので、そこまで遅くはならないだろう。ついでに巨人の森の外に設置している人形の一体にも素材の収集を命じておく。必要な素材は森の中だけで揃うモノばかりではなかったからだ。
とはいえ、そちらは珍しいというほどの素材ではないので、直ぐに集まるだろう。後は集まった素材をソシオが回収してくればそちらは直ぐに終わる。
その辺りの日数も考えつつ、実験を行っていく。今はまだ世界は平穏なままであった。
◆
手のひらに小さな火の塊を現出させる。
「・・・・・・ふむ」
暫くそれをジッと見詰めた後、霧散させて次は水の塊を現出させる。それも暫く見つめた後、次の魔法を現出させていく。
小規模ながらもそれを幾度も繰り返し、どんどん発現させる魔法を強力な魔法に変えていく。
今は午後に行っている魔法の修練の時間。プラタはタシを連れて兵士の訓練に参加しているので現在訓練部屋には一人なのだが、気分を変える為にやって来た第二訓練部屋の床に胡坐をかきながら、先程から同じ事を延々と繰り返している。
今が何時なのかも気にかけず、ずっとずっと同じ事を繰り返しているのは、偏に魔法というモノを見極める為。
といっても、何も魔法というものの深淵を覗こうとか、魔法の真理を解き明かそうとか、そういった高尚なものではなく、単純に魔法の強さというか、魔法を構成している魔力の量を見極める為だ。
これは簡単だが意外と難しい。というのも、発現した瞬間の魔法であれば魔力量を見極めるのは結構容易なのだが、その先が魔法の種類や階梯、術者の実力や環境などの影響により魔力の減る速度が変わってくるのだ。
まず魔法の種類というのは、要は系統だ。これは周囲への影響力や威力の高さによって変わってくる。
威力の高さというのは魔法によって標準的な威力という基準が存在するらしく、他の要素を全て考慮しないのであれば、一流の魔法使いと見習い魔法使いがそれぞれ同じ魔法を使用しても、魔力の減る量は変わらないのだ。
そして魔法の影響力というのは、これは環境の影響とほとんど同じなのだが、例えば寒い場所で火の魔法を発現させた場合、火の影響力が高まって消耗が激しくなるのだ。逆に寒い中で水の魔法を使用した場合、余程極端な環境ではない限りは消耗が幾分か抑えられる。
この辺りは想像力も関与してくるから、これだけで非常に見極めが難しいのだが、まあそれはとりあえず今は横に措く。
次は階梯だ。これはそのまま、階梯が上の魔法程消耗が激しいという事。もっとも、そういった魔法は発現させる為に大量の魔力を用いているので、消費量が増えていても元の魔力量が多いので直ぐに消えるという訳ではないが。それでも発現に必要な魔力量が多いので、連発は難しい。
その次は術者の実力だが、これもそのままだな。どれだけ上手く効率的に魔法を組めるかというやつだ。これが上手いと、減っていく魔力量を抑えることが出来るし、下手だと逆に消費魔力量が増えたりもする。
最後に環境。これは魔法の周囲への影響と同じ意味もあるが、魔力量の多寡という意味も含まれている。
この世界は魔力で満ちているが、しかしそれは何処でも均一かといえばそうではない。魔力視で視ていれば直ぐに理解出来るが、世界に満ちる魔力には濃淡が存在している。
なので、魔法を発現した際に周囲の魔力が薄いと、発現させた魔力から漏れ出ていく魔力量が増加するのだ。逆に周囲の魔力が濃いと、魔法から出ていく魔力量が減少する。これは発現させた魔法と周囲の魔力との濃淡差によるもの。周囲の魔力濃度は短時間であれば意図的に変化させる事が可能なので、その辺りの把握も難しい。
「その流れで、周囲の魔力濃度が魔法よりも高いと逆に魔法へと魔力が流れていって強化してくれるとか、同じ濃度であれば魔力が消耗しないといった話もあったな。まぁ、ただの冗談の類いの理論ではあるが。話としては面白いとはいえ、残念ながらそんな訳はないからな。むしろ発現時の魔法に魔力が逆に流入してくるとか、事実だとしたら強化どころか弱体化だ。迷惑な話でしかないし、濃度が同じなら魔力消費が無くなるというのは、魔力が減る要素は他にも在るからおかしな話だ。結局は軽減でしかない」
そもそも魔法は魔力を基にして新しく創ったようなものだ。それが解けて魔力に還る事はあっても、細工も無しに魔力が魔法になるという事はありえない話だった。仮にそうなるのだとしたら、それは魔法側から周囲の魔力へと何かしらの仕掛けが施されている。
他にも魔力が減る要因はあるが、大きな要因としてはそんなところだろう。そう言った部分を見極める為にまずは自分の魔法で確認している訳だ。
では何故そんな事をしているかだが、それはボクの魔力特性による。これは同量の魔力を吸収するという特性だが、これを用いて無駄なく相手の魔法を吸収する為に見極めようとしているのだ。
この吸収だが、良くも悪くも魔力量の減少にも影響してくる。
それは、魔力特性は魔力量と同量の魔力を吸収するというものなので、元となる魔力量が減少してしまえば、当然ながら吸収可能な魔力量も減ってしまうのだ。
しかし魔力を吸収した場合だが、その時は一時的にだが減った分を補充する事が可能なのだ。それも元となった魔力量を越えて補充する事も可能。つまりそれは、魔法の持続時間が大幅に上昇するという事に繋がる。
もっとも、この吸収した分と魔力特性を使用した魔力は特性を失い魔力を吸収出来ないのだが。吸収した魔力は基は別の魔力だし、それを吸収した魔力は、吸収するのに特性を使用したのだから普通の魔力に戻るのは当然ではあるけれど。
そこはしょうがないが、それを踏まえてもやはりこの魔力特性は優秀という訳だ。
そういった様々な要素を計算して、発現させる魔法の規模を決めなければならない。無論、魔力量の減りを考慮するのは両方の魔法でだ。
ボクは人よりは魔力量が多いとは思うが、それでも無尽蔵ではないし、種族によっては魔力量では勝てない種族も存在する。
これから先、上に挑むとなればその辺りも無駄には出来ないだろう。要はこれも魔力の節約だ。強さの向上というのは、こういったところも考えなければな。
「若干の誤差であれば問題ないが・・・」
仮に予想よりも相手の魔法の減りが少なく、衝突時に相手の魔法の方が大きかったとしても相手の魔力を吸収出来るので、残りはそのまま食い潰せばいいだけだ。
逆は問題ない。相手の防御魔法でもついでに少し削ってくれれば十分だろう。その程度の誤差であれば許容範囲だ。そもそもプラタのような優れた処理能力が在る訳でもないのだ、完璧にそれこなせるとも思えない。
まぁ、理想は理想として頭の片隅にでも措いておくとしてだ。今は各魔法の魔力消費量をしっかりと理解するところからだ。思えばここまでしっかりと見極めようとしたことは今までなかったな。少し調べた事はあったけれど。
やはり階梯の高い魔法程直ぐに魔力が無くなる。ただ、これは展開させている規模が小さいからなので、通常行使する場合はもっと規模を大きくする。
「そうなると問題は、その魔法を直接ぶつけてくるかどうか、なんだよな」
階梯の高い魔法は大抵大規模魔法なので、威力がかなり大きい。
そうなった場合、対象に直接ぶつけなくとも対象の近くに落とすだけでその魔法の衝撃に巻き込んで対象を攻撃することが出来る。それに魔法をぶつけるというのも意外と大変なのだ。
「効果を及ぼす規模が大きいからといって、魔法まで大きいとは限らないからな」
魔力を濃縮して創造する魔法だと、小さい見た目の魔法で大きな威力を秘めている事もある。それを近くにでも落とされると、狙いを定めるのが難しい。
まずは何処を狙っているのかから割り出さないといけないし、その上で規模も考えなければならない。後は魔力吸収といっても一瞬で全ての魔力を吸収出来る訳でもないので、地面に落ちるまでに間に合うかという問題もあった。
しかしそれを言ったら空中で爆発させる魔法だってあるから、更に厄介なのだが。
「うーん。全てとなると難しいな。とりあえず向かってくる魔法に限定して考えるか。それでも大変だが」
直接狙ってこない大規模魔法は未来の自分に託し、今のボクはこちらを狙ってくる魔法について思案していく。
正直、魔力特性を秘めた結界なり障壁なりで迎い撃てば解決しそうだが、それはそれで味気ない。というか、攻撃面で弱くなってしまう。
やはり相手の攻撃を活かしながら、同時に相手を潰せるというのがいいと思う訳で。
「攻撃は最大の防御なんて言うつもりはないが、それでも攻めも考えなければやっぱりきついよな」
これが味方が自分一人ではないのであれば素直に防御に専念してもいいのだが、今後どうなるか分からないし、油断は出来ない。
一応防御面でも考えてはいるが、こちらは魔力特性を秘めた防御魔法で解決しそうだからな。結構多く魔力を注ぎこんでやれば、それ以上の魔法が来ない限りは確実に耐えられる訳だし。
そうなると、やはり攻撃面だ。相手の魔法を吸収しつつ叩き込める攻撃。一撃で決められるのであればここまで考えなくていいのだが、さすがにそれは楽観に過ぎる。
難しいものだが、まずは地道な調査だ。これが花開けばいいが。
「そういえば、込めた魔力量では減りは変わらないのだろうか?」
要は重さとでもいえばいいか。魔力に重みがあるとも思えないが、環境の要因でもあるように、魔法内の濃度の違いでも魔力が抜ける量が変わってくるかもしれない。この辺りは階梯が高い魔法の説明にもなりそうだし。
「うーん。やはり難しい」
調べながら思いついては考えて、更に調べながら思いついたら考えて。そんな事を繰り返していると、ふと現在の時間を確認する。
「もう真夜中か」
時間を調べてみると、結構な時間が経っていた。というか、ギリギリもう朝とも呼べそうな時間になっていた。
「プラタ達帰ってきているかな?」
そこで兵士達の訓練の方に向かったプラタ達の事を思い出す。プラタは夜には帰ってくると言っていたので、戻ってきているかもしれないな。
別に悪い事をしている訳でもないのだが、それ思えばなんだが申し訳なくなってくる。
そんな思いが浮かぶと、魔法の修練を終えて伸びをする。立ち上がると、少しふらついてしまった。
長い間座っていたからなと思いながら、設置された転移魔法を利用して自室近くの空き部屋に戻った。以前は自室に直通にしようとしたが、流石に危ないからと自室への設置は反対されてしまった。今ではそれもいい思い出だろう。
それでもわざわざ地下三階に飛んで、そこから地下二階まで上がってくるよりは早いので文句はなかったが。
さて、タシは少しは成長したのだろうか?