46.ブレイクタイム
敵の追っ手を完全に撒いて、見事辿り着いたのはラニング博士の“師匠”の研究所だった。
とは言ってもその師匠は既に亡くなっているし、個人の別荘兼研究所ということで、潮の香りが漂う程海の近くにあった。
1晩を明かした一行は、テラスで優雅に朝食を取っていた。
「いやーっ、最高だね! 後で海いこっと!」
コバートは初めて見た海に興奮していた。
「たかが海如きでよくもまあ、そんなに喜べるものね。それより博士、例のアンドロイドはどんな具合?」
「うむ、修理は順調だ。徹夜した甲斐もあって細かい所もそこそこ治った。あとは部品の結合とソースコードの修正ぐらいだ」
「……まあよくはわからないけど、頑張って頂戴」
アリータは優雅に紅茶を啜っている。
それは面の割れていないシエロが近くの店で買ってきた物の一つだった。
片や早々に食べ終わった怜央とテミスは、持ち運びのできる小さなテレビのニュースに目を通していた。
「やっぱり、昨夜の戦いは一大ニュースとなって報道されてるわね」
「そりゃ、あれだけ暴れればそうなるだろうな……」
怜央やコバート・アリータ・ラニング博士は顔写真付きで、テミスはフードをした状態の写真が載っていた。
テロップにはテロリストと書いてあり、要するに指名手配だ。
「でも昨日のあれ、あの判断が幸を奏したってとこよね」
「昨日のあれ?」
「車を変えたことよ」
「あー、あれね。我ながら英断だった」
怜央は昨晩のことを思い返した。
◆◇◆
「――ということで、ここなら直ぐには見つからないだろう。それに一世代前のだが、修理には十分な施設もある。どうだ?」
「……分かりました。そこに向かいましょう」
怜央は目的地を定めると、運転するテミスの横から顔を出した。
「テミス、目的地が決まった。これから言うルートで走ってくれ」
「わかったわ――」
そうしてハイウェイに乗り、トンネルに差し掛かった時更なる指示を加えた。
「よし、ここだ。ここなら人目に付きにくい。テミス、先に出てカメラの類があるか見てくれ」
「あったらどうするの?」
「壊してくれると助かる」
そうして映像にあった通りの行動をしたあと、怜央の指示に従って、テミスはバスを召喚した。
「皆、車を乗り換えるぞ」
「ええ? なんでそんなことするのよ面倒くさい」
「これも逃げるためだって、追っ手の居ない今がチャンスなんだ。急いでくれ」
アリータは肩を竦めながら嫌々従った。
他の一同の乗り換えが完了すると、装甲車はテミスに仕舞わせた。
そしてバスの運転はまたもやテミス。
このようにして、追っ手からうまく逃れたのだった。
◆◇◆
「まあ、あれも完璧じゃない。他の通行車両も幾つか通ったし、トンネル内で突然現れたバスに気付かれたら結局バレる。ただまあ、修理の時間くらいなら稼げると思う」
「……修理が終わったら彼女はどうするの?」
「――ああ、そこなんだよなあ……」
怜央はしばし沈黙し、この世界に来てからの出来事を振り返った。
「成り行きで拾って来ちまったとはいえ、今更捨てるなんてことは絶対に考えられない。博士には直してもらって連れて帰る――かな」
「そしてギルドに?」
「そういうこと。――まあ、本人がいいって言ってくれるならだけど」
「博士はどうするの? 一緒に連れて帰るの?」
「ワシはアテがある。心配無用だ」
「――アテ? どんなですか?」
「ワシは……海外に亡命しようと思う。彼女の機密データは立派な交渉材料だ。幸い、それを欲しがる国は沢山あるしな」
「……なんか裏切り者みたいでいい感じはしませんが、私が口を挟むことでもない……ですかね。彼女を助けて貰ってる恩もありますし私も手伝いましょう」
「おお、それじゃ1つ頼み事が」
「何です?」
「
「送るって、そんな機能あるんですか?」
「直しててわかったのだが、彼女にはつい最近実験の成功が発表された反重力装置が着いていたんだ。まさか実用段階まで漕ぎ着けてるとは思はなかったが、あれがあれば海なんて一瞬だ」
「……それ、博士が頼んでもやってくれると思いますよ? 直した張本人ですし」
博士は怜央に手招きし、小声で話した。
「ログを解析してわかったのだが、実は彼女、この前まで持主が登録されてない状態だったらしい。だがここに至るまでの間に、君が持主ということになっていたんだ」
「はぁ……? 自分は特に何もしてませんけど、その持主になると何かあるんですか?」
「基本アンドロイドは持主の言う事しか聞かん。彼女のシステム全てを解明した訳じゃないから絶対とは言わんが……他の機体と同じ可能性は高い」
怜央は肩を竦めると、アンドロイドの様子を見たいと申し出た。