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結人と夜月の過去 ~小学校一年生⑥~




帰りの会前 悠斗の教室


「悠斗。 ちょっと」
その日の放課後。 帰りの会が始まる前に、結人は隣の教室へ行き悠斗をこっそり呼び出した。 できるだけ未来に、気付かれないように。
「ユイ? どうしたの?」
呼ばれた悠斗は、不思議そうな顔をしながら結人のいるドアへと足を進める。 そんな彼に向かって、申し訳なさそうな表情を浮かべながら口を開いた。
「僕、しばらくは悠斗たちと一緒に帰れそうにないんだ。 ごめんね」
苦笑しながら言うと、悠斗の表情も不安そうなものに一瞬にして変わる。
「え、どうして? 何かあったの?」
「・・・」
あっさり了解してくれると思っていた結人は、まさか心配をかけられるとは思ってもみなく、言葉に詰まってしまった。 そこで咄嗟に思い付いた嘘をつく。
「いや、何もないよ。 ただ、習い事を始めるから忙しくなりそうで・・・」
「それは嘘でしょ?」
「・・・」
またもやあっさりと返されたのは、嘘を見抜いた言葉だった。 なおも心配そうな面持ちで結人のことを見ている彼と、目を合わすことができず視線をそらす。
「・・・とにかく、ごめん。 みんなにも伝えておいて。 じゃあ」
そう言って、気まずい空気が耐えられなくなりこの場から去ろうとすると、急に腕を掴まれた。 そして悠斗は、真剣な表情で尋ねてくる。
「どうしてそれを僕に言ったの?」
「・・・ごめん」
その問いに対して、何も答えることができなかった結人は――――彼の手を振り払い、この場から去った。 夜月には当然、話しかけても無視されるため言うことができない。
理玖には先刻あんな発言をしてしまったため、もう声はかけられない。 そして未来に言ってしまうと止められそうだったため、残りの悠斗にこのことを話したのだ。
それ以外に――――理由なんてなかった。





帰り道


結人は慣れてきた道を、今は一人で歩いている。 いつもなら周りに友達がいるはずだが、今日は誰もいなかった。 
学校が終わった後、すぐに理玖は結人のもとへ駆け付け何かを言ってくると思ったため、帰りの会後すぐに走って教室から出たのだ。
今周りには、他の小学校の生徒も含め楽しそうに友達と会話をしながら帰宅しているのが目に入る。 
そして――――5人揃って下校をしている生徒たちを見ると、何故だか胸が苦しくなった。





結人の家


「ただいま」
家の鍵を取り出しドアを開け中へ入るが、挨拶をしても返事が来ない。
―――あれ・・・お母さん、まだ帰っていないのかな。
靴を脱ぎ手を洗い、自分の部屋へと足を運ぶ。 そして机の上にランドセルを置くと、キッチンへ向かった。 冷蔵庫からお茶を取り出し、コップに入れて一口飲む。 
今の結人の複雑な感情を綺麗に洗い流してくれるような、とても冷たいお茶が喉を通った。

―――本当にこのまま、感情が全部流れちゃえばいいのに。

そんなことを思いながら、リビングへ行ってコップをテーブルに置き椅子に座る。 そして、机上に顔を伏せた。
―――これから・・・どうしよう。
結人の精神はとても強いわけではない。 理玖とは違って空元気が得意な方ではあるが、心はとても苦しかった。
―――・・・夜月くんはともかく、教室で理玖と会うのは苦しいなぁ・・・。
―――さっきので悠斗とも、気まずくなっちゃったし・・・。
―――悠斗のことだから、既に未来にも言っているんだろうなぁ・・・。
そしてなおもこの状態のまま、小さく溜め息をつく。 

―ガチャ。

これから先のことを考え思い悩んでいると、突然ドアが開く音が聞こえた。
―――お母さんだ。
結人はその音が聞こえた瞬間、走って玄関へと向かう。
「お母さん、おかえりなさい」
たくさんの買い物袋を持っている母に向かって優しい表情でそう言うと、彼女は一瞬驚いた表情を見せるがすぐ笑顔になった。
「あら結人、帰っていたの? 今日も理玖くんたちと一緒に帰ってきた?」
「ッ・・・」
理玖たちのことは、母には話してあった。 その質問に一瞬引きつった顔を見せてしまうが、すぐに笑顔を作る。
「あぁ、うん。 まぁ」
「そう」
「お母さん、今日は帰ってくるの遅かったね」
早くこの話題から離れようと、さり気なく違う話題を出してみた。 そしたら母は、荷物を置き靴を脱ぎながら淡々とした口調で答えていく。

「そうねぇ。 近所が騒がしくて人だかりができていたから、通れなかったのよ。 だから遠回りしていたら、遅くなっちゃった」

―――近所が・・・騒がしい?

「結人、今日の晩御飯はハンバーグよ。 お父さんが帰ってくる前に、作っておかないとね」
笑顔でそう言うと、再び買い物袋を持ちリビングへと足を進めた。 だがそんな彼女と反するよう、自分は玄関にある靴を履いていく。
「結人? どこへ行くの?」
そんな結人の行動に疑問を持った母は振り返りながらそう言うと、靴を履き終え後ろへ振り返りながら答えた。
「ご飯までまだだから、少し外を歩いてくるよ」
そう言って、外へ出て静かにドアを閉める。 

そして適当に家の近くを歩き回り始めた。
―――騒がしい・・・近所が、騒がしい・・・。
結人は母が言ったその一言に興味を持ち、何が起きているのか一目見ようと外へ飛び出したのだ。 

歩き始めてから、数分後――――やっとの思いで、人だかりを発見する。
―――あ・・・あそこだ!
走ってそこまで行き、自分の小さい身体を上手く使いながら、人と人との間を縫って前へと進んだ。 
そして次第に目の前の人が少なくなっていくにつれ、人だかりになっている原因のものが近付いてくる。 それと同時に、複数の声が聞こえてきた。

「僕大丈夫?」 「しっかりして!」 「救急車は呼んだ?」 「早く助けを!」

それらの声に疑問を抱きつつも、足を休めずに前へと進める。 すると――――

―――・・・え?

結人はこの瞬間、一人の少年を目にした。 

たくさんの大人の人たちに囲まれている――――理玖の姿を。 

―――どう、して・・・?

理玖の姿はボロボロで、力なくその場に倒れていた。 彼は当然目を開けておらず、大人たちによって支えられている。

―――理玖が、事故に・・・ッ!

気付いた時には、結人は家に向かって走っていた。 悲しんでいる暇も泣いている暇もなく、足だけは動き続けた。
「お母さん! 大変だ! 今すぐに来て!」
「え? え、何よ結人、どうしたの?」
家に着きキッチンへ行くなり、母の腕を引っ張りながら事故現場へと誘導する。 彼女は突然の出来事だったが一度料理している作業を止め、素直に付いてきてくれた。
そして先程の人だかりへ着くと、人混みの中で倒れている少年を指差しながら母に向かって口を開く。
「お母さん! あの倒れている子が理玖なんだ!」
「え!?」
その一言を聞き一瞬にして青ざめた表情になると、母は自ら人混みの中へと入っていき理玖の近くまで足を運んだ。
「あの、この子は大丈夫なんですか?」
「分からない。 でも呼吸はちゃんとしている。 救急車を呼んだから、もうじき来るはずだ」
彼女は周りにいる大人たちから、理玖の状態を聞いてくれている。 そんな光景を、結人は黙って見ていることしかできなかった。 
そして――――悲しいという感情も、湧き起らなかった。
「結人!」
今度に母は、一人突っ立っている結人の方へ走って向かってくる。 そして結人の小さな身体を、何も言わずに優しく抱きしめてくれた。
そんな母親からの温もりを感じていながらも、涙を流すことができない。

―――理玖が・・・どうして、ここに?
―――どうして、事故に遭ったのが理玖なの?

理玖は倒れているままで何も動かない。 周囲にいる人々は、その少年に向かって声をかけ続けていた。 そして母は、何も言わずに自分を抱きしめ続けている。
そんな中結人は、何も言葉を発することができず、涙を流すこともできず、何も行動に移すこともできず――――ただ、その場に立ち尽くすことしかできなかった。

―――理玖は・・・もう、目覚めないの?

結人の中ではそれらの疑問が、永遠と繰り返されていた。


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