第三十五話 クラスマッチ2日目
俺たちは体育館を4つのコートに分けた時、舞台があるほうのグラウンド側で試合をする。体育館はネットで上下2等分されていた。対戦相手は3年3組。バレー部は一人もいないが、全員運動部で、それなりにバレーもできるため、かなりの強敵。
俺たちは試合があるコートに行き、龍二とともに準備運動を始めた。そこに蓮が現れた。
「お? 何だお前たち。えらく気合入ってんな。流石に俺たちじゃ勝てねーよ。お前たちは俺を引き立ててくれりゃそれだけでいいんだよ」
相変わらず、腹立つやつだな。でもまあ、ここは……
「いやいや、俺たちもそんなことはわきまえてるよ。ただ、俺たちもカッコ悪い姿は見せたくないからな。それに、ちょっとでもお前にスパイク打つチャンスをあげたいからさ」
「そうそう。3年3組に対抗できるのは蓮だけなんだからさ」
「フッ、何だよそういうことかよ。なら早く言えよ~。お前らもわかってんじゃないか。良いトス期待してるからな」
蓮はご満悦そうに笑った。俺たちはそれをしり目に、互いに目を合わせ、グッドポーズをした。
いよいよ試合をする時間になった。試合は先に2セット取ったほうの勝ちだ。ちなみに点数は20点。
ピー!!
試合が始まった。サーブは相手側。俺は後ろの左側、その斜め右に龍二、その右隣りが蓮という位置関係だ。
相手側がボールを上げ、そのままサーブを打った。いたってスタンダート的なサーブだ。
真ん中に飛んだボールは後ろ側で処理され、低く前に上がったボールにすかさず龍二が落下地点に入る。
「へいへい!! 龍二こっちだ!!」
蓮はさっきと同じ位置で、龍二のトスを待っていた。
「いっくぞー!!」
そう言って、龍二は高くトスを上げた……が、ボールは蓮とは全くの反対方向に飛んでいた。
周りからはため息が、蓮からは怒声。
「おい龍二!! 何やってんだよ!! こっちだろ!!」
だが、龍二はボールを見ながら、笑っていた。
「いや、多分こっちであってるはずだ……ほら、ドンピシャ」
トスが上がった落下地点にはクラスメイトの田中君しかおらず、その田中君はどうしたらいいか分からず、たどたどしくしていた……が、それを遮るように一つの小さな影が現れた。
ネット上空で落下途中のボールに対し、皆が注目する中、突如とそこに焔が姿を現したのだ。
「ナイストス、龍二」
焔は思いっきりボールを叩きつけた。ボールは一直線に相手のコート上空を貫き、真ん中あたりに大きな音を立てながら、叩きつけられた。
他のコートでは歓声やらなんやらで騒がしくしていたが、焔たちのいるコートの周りでは時が止まったように、ただただ皆ボールを皆が見ていた。焔がジーっと審判を見ていると、その視線にようやく気付いたのか、慌てて笛を鳴らした。
ピー!!
その音を合図として、盛大に沸き立った。もちろん、その全ての歓声は焔に注がれていた。
歓声沸き立つ中、焔と龍二は互いに歩み寄り、ハイタッチをした。
「いやー、完璧なトスだったな龍二」
「ハハッ。俺としてはちょっと半信半疑だったんだけどな。次からもガンガントス出すからな」
「任せろ!! っとその前に、蓮ー!! ナイスアシスト」
その言葉を聞き、蓮はすぐに顔が鬼のように真っ赤な怖い表情になっていった。それを見て、二人はケラケラ笑い、焔は定位置に戻って行った。その刹那、一瞬龍二の表情が変わった。
(焔……お前は一体どんな特訓をすればあんなに……やっぱ敵わねえな)
焔は戻っているとき、一瞬観客がいるほうを見て、ピースサインをして見せた。キャーキャー騒ぐ女子の中で、一人だけ胸元で小さくピースサインをしていた。
「いやー、すごいね。焔君は」
そう言って、体育館の隅の方で、遠目で焔のことを見ている猫目の男。
「一瞬でボールの落下地点まで行き、そのまま2メートル近くの大ジャンプか……前の彼なら、そのまま止まることが出来ず、前方にこけたか、テンポが遅れてボールはネットの下に落ちてたね。一先ずこれで次の段階に進めそうだ」
そう呟くと、男は姿を消した。その直後、再び大きな歓声が上がった。
―――「どうした? あんまし浮かないみたいだな」
誰もいなくなった教室の中、龍二が焔に話しかける。
「いやー、うれしくないわけじゃないんだけど、どうせなら優勝したかったなーって」
「ハハハッ!! 無理言うなよ。決勝の相手は5人がバレー部だったんだぜ。そんな中でも、良く健闘したもんだと思うぜ。あんまり贅沢言うなよ。みんな頑張ったんだから」
「……そうだよな。そうだよ。みんな頑張ったんだ」
「そうだ……それに、蓮のあんな顔見られたんだしな」
二人で目を合わせ、大笑いした。
ガラガラ
二人で音のしたほうに振り返ると、そこには綾香がいた。
「あ。やっぱりここにいたんだ」
「あれ? 綾香もう帰ったんじゃ……」
焔が不思議そうに言うと
「ああ、さっき帰ろうとしたんだけど、まだ焔の靴が……って別にそんなことどうでもいいでしょ!!」
焔は不思議そうにしていたが、龍二はその意味がわかったのか、ニヤニヤしていた。
恥ずかしそうな表情をしていたのも束の間で、綾香は二人のほうに向きなおった。
「二人とも本当にすごかったね!! 焔はバンバン得点するし、龍二は毎回焔に的確なトス上げるし、何か頭の中で会話でもしてるんじゃないかってぐらいお互い息ぴったりだったよ」
焔と龍二は互いに目を合わせ、照れくさそうにしていた。そんな二人を見て、綾香はぼそっと呟いた。
「良いな……そんなこと、私にはできないよ」
「え? 何か言った?」
焔が聞き返したが、すぐに綾香は首を振った。
「ううん、何でもない。ところで、焔今日は早く帰らなくていいの?」
「ああ、今日はもう特訓はなしってシンさんが……まあ、とにかく今日は大丈夫だ!!」
俺は言い訳を考えるのが面倒になり、声量で何とか押し切ろうとした。それに、もうバレてると思っていたから、下手な言い訳を考えるのも馬鹿らしく思えた。二人も笑っていたし。
「じゃあさ、これからどっか食べに行かない? 準優勝祝いってことで」
綾香の提案にすぐさま龍二が食いついた。
「お! 行こうぜ行こうぜ!! もう昼だし、運動したからめっちゃ腹減ってたとこなんだよ」
龍二は机に置いていたリュックを背負い、教室を出る準備をした。それを見て、焔も同じように準備をした。
「そうだな。行くか」
俺たちは教室を出た。
「なあなあ、何食う? 俺はお好み焼きが良いな。あそこの店のお好み焼きはうまいんだよ。あ、もちろん焔君のおごりね」
「は? 何で俺なんだよ。俺が一番活躍しただろ」
「はてさて、誰のおかげで得点することができたんでしょうね?」
焔と龍二は横に並び、互いに言い合いをしていた。その二人の姿を離れて歩いている綾香が静かに見守っていた。そんな綾香に気づいた焔はその場で立ち止まって綾香の方に向き返り、こう言った。
「遅いぞ綾香ー。早く来いよ」
何気なく発した言葉だった。だが、綾香にとってそれはとても懐かしく、とても優しい言葉だった。
「……うん!!」
この少しの沈黙の間に綾香がどんな表情をして、どんなことを考えていたか焔は知らない。ただ、知っているのは大きな返事とともに見せた綾香の笑顔だけ。だが、それだけ分かってれば十分だろう。
日がまだ高い昼頃、電気が消された狭い廊下の中を3人の生徒が肩を寄せ合いながら歩いていた。
数分間、学校から楽しそうな笑い声がこだましていたと言う。