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第三十一話 道はある

 ピピピピ

 朝4時半。俺はいつもより遅れ気味にアラームを止めた。

「はあ……」

 俺はベッドの中で寝ていたい気持ちを抑えて渋々ベッドから起き上がった。電気をつけ、カーテンを開けた。5月末の空はまだそこまで明るいとは言えなかった。

 俺は着替えると、ゆっくりと下に降り、顔を洗い、歯を磨いた。そうしてもう一度部屋に戻った。

 4時50分になった。俺は机の上にある小型の通信機を耳元に付けた。

「AI。天満山まで転送を頼む」

「了解しました。座標確認。転送準備に入ります。10秒後転送開始します」

 俺を信頼してとのことで、この通信機を貸してくれたけど、本当に便利だな。天満山にしか行けないけど。

「転送開始します」


 ―――天満山に着いた俺はシンさんが来るまで準備体操をしていた。

 5時ちょうど。シンさんがやってきた。

「ハアー……おはよう焔君」

 絶対この人の寝起きだろ。

「おはようございます」

「はいこれ」

 そう言って、黒いリストバンドみたいなものを4つと処方箋みたいなものを渡された。

「何ですかこれ?」

「あー、その黒いリストバンドみたいなやつは手足に着ける重りみたいなもんだよ。焔君に合わせた負荷をくれるから。そしてそっちの処方箋には2種類の薬が入ってるから。一つはいつも君が寝る前に飲んでるやつで、もう一つは怪我したときに飲むやつ。骨折までの怪我なら30分動かずにいれば治るから」

 へー、すげー。これなら怪我も怖くないな……ってなるわけないだろ。え? この訓練って骨折もする可能性もあるの……こわ。

 俺は言いたい気持ちをグッと堪えた。

「じゃ、俺は帰って、もうひと眠りするよ。お休み」

「え? ちょっと……シンさん!!……ってもう行っちゃったよ」

 まあ、あの人俺が特訓中の時に特に何もしてなかったし、今回ぶっ倒れる心配もないし。別に良いか。俺は例の黒いリストバンドを手足に付けた。機械なんだろうけど、伸縮性もあるし、付けたらフィットするし、シリコンみたいな感触がする。不思議だ。

「よし、行くか」

 俺は呟くように独り言を言った。

 登り始めて、30分は経っただろうか。全力ダッシュよりかは大分マシだが、これも普通にきつい。自分が体力ではなく、気力で登っていたんだなということが身にしみてわかるな。俺は一定のリズムでなるべくペースを落とさないように且つ、自分がペースを保てる限界の速さで走った。

「ハア……ハア……ハア……やっと……着いた……」

 山頂に着いた時、俺は肩で息をし、汗を垂れ流していた。

 やべー。きつい。横っ腹くそ痛いし、肺も痛い。足も震える。めっちゃ鍛えたつもりだったんだけどな。使う筋肉が違うのかな……。ま、良いや。

 俺はいつもシンさんが座っていた岩場をちらっと見た。すると、そこにはペットボトルとタオルが置いてあった。すぐにピーンと来た。

「AI。あそこの岩場に置いているタオルとペットボトルって」

「あれはシンさんが置いて行ったものです。それと伝言を預かっています」

「伝言って?」

「お疲れさーん。だそうです」

 おいおい。相変わらず緩いなー。でもこれは普通にありがたいな。

 俺は岩場に座り、タオルで汗を拭きながら、ペットボトルの水を勢いよく飲んだ。

「ハアー……結構いい眺めだな」

 俺は独り言のように呟いたつもりだったが

「そうですね」

 AIが俺の言葉に反応したので、少しビクッとした。

「え? AIって視覚みたいなものってあるの?」

「はい。この通信機にはカメラが付いているので、それで焔さんと同じ目線でものを見ることができるんです」

「へ、へー……ところで今何時?」

「今は6時40分です。ちなみに、登るまでにかかった時間は1時間34分です」

 う……人工知能に先を読まれた。

「普通の人ってどんぐらいかかるの?」

「……シンさんのタイムなら教えても良いですよ」

 え? シンさんじゃなくて、一般のタイムを知りたいんだけどな……でも、気になるな。

「じゃあ、教えください」

「35分です」

「え?」

 俺は開いた口がふさがらなかった。それほどに衝撃的だった。俺が3分の1ぐらいを登り終わったころにはもうここにたどり着いていたってことだよな。やば。シンさんってやっぱすげーな。

「もう一つシンさんからこのことを聞かれた時ようの伝言を預かっています」

 はあ……どうせ自慢かなんかだろ。

「焔君、他人と比べたい気持ちはよくわかるよ。でもね、他人と比較して一喜一憂しているようじゃ、決して更に上には行けないよ。そんなことをしている暇があるなら、どうすればもっと上に行けるのか、どうすればもっと強くなれるのか、決して驕らず、自身の力を過信せず、己のできることを知り、できないことを知る。弱さを知る。そうすれば、きっと君はより高みへ行くことができる。そして、その高みには俺が待っている。俺が君の指標となる。だから迷わず、進め。青蓮寺焔」

 ……そうだよな。他人と比較して一喜一憂しているようじゃ、ダメだよな。それに道はシンさんがもう引いてくれてるんだ。だったら、俺のやることは確実に進むこと。きっと長くて、苦しい道のりだけど、必ず……

「はあ……こういう不意打ちはずるいよな」

「シンさんはああ見えて、しっかりとした人ですからね」

「ああ……そうだな」

「私も全力でサポートするので、頑張りましょう」

「おお!! ところで、もし合格できなかったらどうなるの?」

「私たち組織に関する記憶の一斉を消去したのち、今まで通りの生活を送ってもらいます」

「ん? てことは俺、高校卒業後、合格しなかったら……いきなり無職ってこと?」

「……はい」

 ……頑張ろ。本当に。


 2週間後


 ―――ピピピピ

 朝4時半。俺は素早くアラームを止め、すぐに起き上がった。そこからいつものように準備をし、耳に通信機を付け、手足に自動負荷装置、例の黒いリストバンドを付けた。

「AI。天満山へ頼む」

「了解。すでに転送準備完了しています。転送開始します」

「仕事が早くて助かるねー。さ、今日も頑張るか」

「はい」

(焔さん。あなたは合格するかどうか、不安にしていましたけど……その心配はおそらく杞憂に終わりそうですね)

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