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第三十話 止める力

 ピピピピ

 朝6時。俺はアラームを止めた。そして、起きてすぐに気づいた。昨日の特訓が嘘みたいに体が軽かった。ベッドから起き上がり、その場でジャンプする。

「すげー。全然大丈夫だ」

 心なしか昨日より筋肉がついたような……いや、確実についてるな。相当きついけど、目に見える成長って言うのは何か良いな。

 よし!! この調子でドンドン強くなってやる。


 ―――2週間後

 俺は毎日全力で山登りをした。その間、毎日山頂付近にたどり着いたが、気絶もしてしまっていた。この日だけは何とか意識を保ったまま、山頂にたどり着いた……が、

「ハアー!!……ハアー!!……ハアー!!……うっ……ゲホッ!! ゲホッ!!」

 呼吸がうまくできない。吐き気もする。全身が震える。手足が……喉が……走っているときよりも、数倍きつい。無我夢中で気づかなかった疲れや痛みがどっと押し寄せた感じだ。

 次第に薄れゆく意識の中で、心臓の音と、呼吸の音以外に、AIの声が聞こえた。

「過呼吸発作並びに、脱水症状を確認。それらにより引き起こされる症状も確認」

 え? なにそれ……


 ―――「焔さん、焔さん。起きてください」

 ん? また気絶してたみたいだな。だけど、さっきまでの過呼吸や疲れ、胸の痛みが全くなくなってる。走った時の足の疲れや痛みはあるけど……ていうか、何で2週間もの間、こんなことに気づかなかったんだ。

「やあ、焔君。お目覚めだね。いやー、毎回毎回ぶっ倒れるまで走れるなんて凄いねー」

 俺はゆっくりと立ち上がった。

「あの、シンさん。実は―――」

 俺はAIが言っていたこと、そして目覚めた後に、その症状が全くなくなっていることを話した。

「あ、バレちゃった。いやー、実は焔君が意識を失っている間に、ちょっとこの注射を打って、君のその症状を治していたんだよ」

 そう言って、シンさんは空になった注射器を取り出した。

「もし君にこのことを言っていたら、きっと頭にチラついちゃって、集中できないんじゃないかと思って、黙ってたんだ。ごめんね」

 ……全部お見通しってわけか。毎日成長する自分を見て、浮かれてたけど全然まだまだだな。

「でも、もうこの訓練は終わりだから、別にばれても良かったけどね」

 終わり……終わり!! 

「よっしゃー!!」

 あ……あまりにもうれしくて叫んじゃった。シンさんもクスクス笑っている。恥ずかしい……けど、やっぱりうれしい!! ようやくこの訓練も終わるのか。きつかったー。本当にきつかった。

「焔君のがんばりで思った以上に早くに俺の想定していた筋肉がついた、いや、正確には明日つく予定だから、ひとまずこの訓練は終わり。おめでとう」

「ありがとうございます」

「この訓練の目的をおさらいしておくと、筋力アップということだったんだけど、本当は他にも目的があったんだよね」

「え? その目的って何ですか?」

「それはダッシュ力のアップだね」

 ダッシュ力? 俺はいまいちピンとこなかった。

「俺の勝手な認識だけど、焔君って銃じゃなくて、拳とか剣とかの近接戦闘を望んでると思ってたんだけど、あってるよね?」

「んー……そうですね。銃とか扱ったことなかったし、できれば、剣とかそういう武器を持って戦いたいですね。後、普通のよりも刃渡りは小さいほうがいいですね」

「だよね。すると、焔君は必然的に敵に近づいて戦わないといけない。さらに言えば、君は背が小さくてリーチもないから、普通の人よりも相手に近づかなきゃ攻撃は届かない。その際、ダッシュ力があれば、より速く相手の懐に潜り込めるだろ。君の場合、小さいからより効果的だと思うんだよね。レッドアイの最後の一撃を加えた時にピーンと来たんだよね」

 ハアー……なるほどね。ダッシュ力……なんかすげーカッコいい。

 俺が目を輝かせていたのがわかったのか、シンさんはニヤッと笑った。

「焔君。ちょっとやってみるかい?」

「え? いいんですか?」

「うん。いいよ」

 そう言って、シンさんは俺から距離を取った。

「今は本調子じゃないし、疲れもあると思うけど、十分成長は感じれると思うよ」

 言い終わると、シンさんこちらを向いて、手招きをした。

「師匠として、胸を貸しえてあげるよ。全力でおいで」

「……はい!!」

 思わず俺もにやけてしまった。緊張、そして期待、それから楽しみ……そんな感情が俺の中では混じりあっていた。

 俺は大きく息を吸いゆっくり吐いた……それからもう一度大きく息を吸った。その直後、足に思いっきり力を入れ、シンさんの懐に飛び込んだ。

 すると、自分の想像を超える速さで、シンさんの元にたどり着いた。正確にはまだたどり着いていないが、もう一瞬でたどり着く、そんなことが容易に想像できた。その瞬間、シンさんが右方向へ動くのを察知し、俺も方向を変えようとした時だった。

「あれ?」

 俺は派手ににすっ転んで、ズザーっと地面を転がった。

「どうだい? 自分の成長を感じれただろ?」

 相変わらずの笑顔でシンさんは言った。その意味を俺は仰向けになりながら考えた。

 え? 成長? ちょっと待て。いったんさっき起こったことを整理しよう。確かにダッシュ力は上がった。結構距離を取っていたが、その差を一瞬で縮めれるほどに。だが、俺が方向転換をした時何故かうまくできなかった。え? なんで?

 俺が悩んでいるのをしり目に、シンさんは普通に笑っていた。

 おいおい。胸を貸してくれるんじゃなかったのかよ。

「シンさん、お手上げです。何が起こったのか教えてください」

 そう言って、俺は汚れをはたきながら立ち上がった。

「あー、いいよ。でも、今起こったことは超シンプルで、ただ単に君のダッシュ力が上がりすぎて、それを止める力が追いついてないってことなんだよ」

「止める力……ですか」

「そう、止める力。例え相手の懐に一瞬で潜り込めるダッシュ力があったとしても、ちゃんとそこで止まらなければ、攻撃にうまく力が乗らなかったり、狙ったところに攻撃がいかなかったり、その後の行動に支障が起こったりする。さっきの君みたいにね」

 なるほどな。止める力か……ということは、

「次の特訓って……この止める力を鍛えるってことですか?」

「そゆこと。ま、次もこの山で特訓をするんだけどね。今後は今やってる逆のことをする」

「逆ってことは……次は下山ってことですか」

「そう。こっちはこっちで結構きついよ」

「でしょうね」

 やばいな。こっちはこっちでおそらく相当きついぞ。

「じゃ、もう事のついでで、明日からの特訓の内容を説明しておくよ。いいかな?」

「はい大丈夫です」

 シンさんはニコッと笑った。本当にいつも笑っている人だな。

「明日からは、君には2つのことを同時進行してもらう。一つはさっき言ったように、止める力を鍛えるために、下山してもらう。今回はある目標を立てておこうと思う」

「ある目標って?」

「それは全力で下山できるようになること。ただし、一度もこけずに」

 一度もこけずに?……ということは

「予め言っておくけど、今回の特訓で君はめっちゃけがをすると思う。なぜなら、こんな山をスピードを出して、下山しようものなら、確実にこけるからね。クネクネ曲がりくねった道、雑に置かれた石道、ろくに整備もされてなくて、木の根っこが飛び出ているところもあるしね。覚悟しておいてよ。ほむらくん」

 何か最後の言い方腹立つな。しかし、マジかよ。こりゃ結構かかりそうだな。

「これを攻略するにはまず一つ目は、しっかりと止まる力をつけること。二つ目は、適切な位置取りを毎回選び続けるという集中力。三つ目は、けがをするという恐怖心から打ち勝つこと」

 マジか。しかも、もうそろそろあの時期だから……絶対地獄だ。

「あともう一つの特訓は、普通に体力アップを図ろうと思う。これは特に目標とかないから、なんか予定とかない限り毎日続けてもらうつもりだ。内容は、今までやった通り山を登ってもらう。ただ普通に体力アップが目的だから全力では登らなくてもいい。ただ一つだけ君にはこの訓練でやってほしいことがある」

「やってほしいことですか?」

「ああ。感覚的にでもいいから、自分の力を知ってほしいんだ」

「自分の力ですか?」

「そう、焔君の力。最初の頃は体力をつけることに専念してもらって構わないが、そのうち余裕が出てくるだろうから、その時に、君に君自身の力を探ってほしいんだ。ま、これは言っても分からないと思うし、俺もよくわからないんだけどね。AIによれば、君の力には波があるらしいからね。何か困ったことがあったらAIに聞くといいよ」

「はあ」

 自分の力を知る……か。確かに俺自分のこと何にも知らないかも、これは良い機会かもな。まだ先になりそうだけど。

「じゃ、明日は朝5時から体力アップの訓練、そして学校から帰ったら、止める力の訓練ってことで」

「え!? 5時からですか!?」

「そう」

「しかも毎日!?」

「毎日」

 焔は絶望的な表情を、シンは相変わらずニヤニヤした表情をそれぞれ浮かべているのだった。



 

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