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第四話 沈んだ心を、奮い立たせるのは

 はっと目を開けると、昔の思い出を夢を見ていたことに気が付いた。幼い頃の早苗との日々を大切にしながらもあまり思い出さないようにしていたからこそ、不意打ちで見たその夢に気持ちが滅入った。時計を見ると朝になっていて、戦いの疲れからか随分と寝ていたことに気が付く。こうして嫌な気持ちになったときは、決まって昔から早苗と一緒にいるようにしていた。綺麗なものを見ると心が癒される人がいるように、私にとっての彼女は「綺麗なもの」で、鎮静剤や万能薬のようだった。
 教室に入って彼女の席に目をやると、一瞬彼女と目が合う。そのまま彼女の前にある空席に腰かけて口を開いた。
「早苗、今日の放課後空いてたら……」
「ごめん、今日は美紀たちと遊ぶ約束してて」
 ちくり、と胸が痛んだ後すぐに高揚感が押し寄せてきた。もしかしたら、私のかけた魔法は年月と共に弱まってきているのではないだろうか。彼女が本来あるべき人間関係を築いていこうとしていることを考えるとなんだか私の罪が軽くなる気がして、笑って「分かった」と言えた自分がいた。さっと立ち上がって自分の席へと向かいながら、緩んでいた口元をきゅっと結んだ。もしもその罪がなくなったのなら、そのとき、私たちの関係は変えられるだろうか。
 放課後になってから魔法少女たちに誘われて街に出かけると、しばらく見ない間にお店は随分と変わっていた。それでも行き交う人はいつも通りで、その平和な景色を守れていることが少し誇らしかった。
「そういえばひかり。今日転校生がくるって言ってたけどどんな子だったの?」
 ウェーブがかかった長い髪を風にそよがせて麗奈は口を開いた。魔法少女としてのいろはを教えてくれた麗奈は、同じ学年だとは思えないほど大人びている。変身後の紫のカラーは、そんな彼女にぴったりだった。麗奈の声に怒った表情で振り返ったのは、落ち着きがなく、毎日どたばたと慌ただしく走り回っているひかりだった。
「それがさぁ、れーなー! もうさいっあくな男なの! ちょっと顔がいいからって調子に乗ってるのよ!」
 その平和な景色に私たちも溶け込んでいることが、私の日常と化していた戦場の記憶を一瞬打ち消してくれるような感覚を覚えた。笑い合いながら歩く皆を見ながら、おそらくそう思えたのは彼女たちを「仲間」とする認識があってこそなのだということを、私もどこかで理解していた。人混みを騒ぎながら歩いても誰も私に目を向けないこの時間が、魔法に囚われている自分を女子中学生に戻してくれるようだった。
「ユイ、あっちに早苗ちゃんの残り香があるミャ」
 精霊に言われて振り向くと、そこにはアクセサリーショップがあった。仲間に一言添えてから近付いていくと、店先には散っていく花をモチーフにしたキーホルダーが並んでいた。白い花の儚さと美しさはまるで早苗を表しているように思える。いつか貰ったミサンガを思い出して、少し迷った後意を決してキーホルダーに手を伸ばそうとしたとき、ふいに横から伸びてきた手がそれを取った。まじまじと見つめる少し年上の女性に焦って、鞄を持つ手にぎゅっと力を入れて口を開いた。
「あのっ……!」
 見事に裏返ったその声に女性は振り向いて、恥ずかしがる私に微笑んでキーホルダーを手渡してくれた。
 次の日の朝は前日とは打って変わって気持ちの良い目覚めだった。鞄からキーホルダーを入れた茶色い紙袋を手に取った私は、時計を見てから玄関へと向かった。
「あれ、もう行くの?」
 母親からそう言われて胸が高鳴り、漏れるはずのない心臓の音が聞こえないようにと背を向けながら返事をした。扉を開けて学校へと向かう途中、ずっと考え事をしていた。自分からプレゼントをするなんて初めてかもしれない。ミサンガのお礼にと思って買ってはみたものの、魔法が解けつつある今これを渡すことが迷惑になってしまわないかと気が気でなかった。そもそも気に入ってもらえなかったらどうしよう、付けてくれなかったらどうしよう。そんなことを何度も繰り返して考えている間に、学校に着いていた。
 直接渡すのは恥ずかしいからと一番乗りに来た教室には誰も居なくて、安心から少しだけ大きく息を吐いた。自分の席に着いて紙袋とルーズリーフを取り出した瞬間、左腕の腕輪から電子音が鳴り響く。慌てて右手で押さえながら、あたりを見渡した。
ぽん、という音と共に目の前に現れた精霊は焦った様子で飛び回った。
「ユイ、急いで昨日の街に向かうミャ! あたりの植物が枯れ始めてる、原因は恐らく怪人ミャ!」
 この音が鳴る度、私の生きる世界は「こっち側」なのだといつも再認識させられる。幼少期に思い描いていたものとは違う、魔法の力でしか生きていけない世界。ため息を吐きそうになった私の目に飛び込んできたのは、机に置いた茶色い紙袋だった。
――私は、『早苗ちゃんの世界』を守る
 急いで出したボールペンでルーズリーフに一言だけ書いて、乱暴にちぎった。紙袋に詰め込んだ後早苗の机にそれを入れると、腕輪が揺れる左手で机を優しくなぞってから、走って校舎を出た。
 「……麗奈?」
 校舎を出て目の前にある桜の木の下、紫のスカートが揺れているのを見つけて足を止めた。息を切らせながら近付くと、麗奈は私を見た。振り返ったときの目が潤んでいるように見えたのは一瞬で、麗奈は私に笑いかけながら「行こうか」とだけ言った。私は勢いよく返事をして腕輪をなぞる。黒いスカートをひらりと揺らしながら、麗奈と一緒に学校を出た。季節を問わず満開に咲き誇ることで、学校中から「狂い桜」と呼ばれるその桜を背にして。

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