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第三話 あの日の魔法が、纏わりつく

 「そうだ、いいこと考えた!」
 出会ったばかりの精霊を隣に、小学生の頃の私は笑顔で魔法を使っていた。遠くにあるものを近くに寄せる魔法、たった一つの飴をたくさんの飴に変える魔法、散らかった部屋を片付ける魔法。その度に精霊から注意を受けては、笑ってごまかしていたのだった。
「はぁ……、また変な魔法を使うんだミャ……」
「早苗ちゃんがずっと私と一緒にいてくれますように!」
 そう口にした瞬間、今まで呆れていただけだった精霊がむっと顔をしかめて声を荒げた。
「いい加減にするミャ! その力は世界を守るための力、ユイのワガママのために使っていいものじゃないミャ!」
 初めて怒った精霊に対して少し驚いて、それから少しばつが悪くなったのを今でも覚えている。手に入れた力を何に使うべきなのかもわからずに、私は日々を過ごしていたのだ。
 隣に本物がいることを知らない早苗は、よく私に魔法少女の話をした。彼女にとってそれは憧れであり、夢だった。そんな彼女とは裏腹に、アニメで流れる魔法少女に対して憧れすら持っていなかった私は、ただ彼女と一緒にいるためだけにそれを好きなフリをしていた。
「私も魔法少女になれたらいいのに。そしたら悪者をやっつけて、みんなの世界を救うの!」
 彼女が語る魔法少女像はいつだって勇敢で、私はそれを話しながら目を輝かせる彼女を見るのが好きだった。だから、冗談半分で私だけが魔法少女に選ばれたらどうするかを聞いて彼女が泣いてしまったときには、もう一生、真実は明かさないでおこうと誓ったのだった。彼女の前で魔法を使うことも、きっとこの先ないのだろう、と。
 それなのに、その日は突然やってきた。早苗が私を家に誘ってくれたその日、学校からの帰り道で怪人が現れたのだ。アニメの中では妖艶な女性や、筋肉質で大きな男性でしかなかったそれが、人間が生み出したイメージでしかなかったのだと初めて理解した。私たちの目の前に現れたそれはとても醜く、ひどい臭いと耳をつんざくような唸り声が特徴的だった。怪人がまっすぐ私に向かってくるのを見て、恐怖のあまりにその場にしゃがみ込み、怪人に負けないくらいの大声で泣いた。もう死ぬのだと、そう感じた。
「優衣ちゃん!」
 痛みを感じると思っていたタイミングに痛みはなくて、代わりに聞こえたどさりという物音に目を開けると、そこに早苗が倒れていた。意識を失ったのか目を閉じ、ぐったりとした体はぴくりとも動かない。真っ赤な血がどくどくと止め処なく流れ出すのを見て、私の頭にはあのときの言葉がよみがえった。
――私も魔法少女になれたらいいのに。そしたら悪者をやっつけて、みんなの世界を救うの!
 どうして気付かなかったのかと、そのとき後悔した。魔法は決して私のためにあるものではなかったのだ。それまで以上に大きな声で泣き叫ぶと、いつか精霊が私の腕につけた腕輪が光る。恐る恐るその腕輪に右手を添えると、次の瞬間には私はアニメで見た魔法少女のように、衣服も髪型も変わっていた。
「ユイ、イメージするミャ。その手から炎の渦が巻き起こってあいつを燃や……」
 隣で話す精霊の背後を勢いよく誰かが駆け抜けて、気付いたときには怪人の胸に大きな穴ができていた。うめき声を上げながら黒い塵になって消えていく怪人の先には、ひらりとスカートを揺らす少女が一人立っていた。その場にへたりとしゃがみ込みまた泣き出すと、ため息が聞こえる。
「あんたも魔法少女なのに、何もできないのね。みんなの世界を救う覚悟はないの?」
 先ほどの場所から動かずに私を見る少女は、早苗も口にしたセリフを淡々と吐いたのだった。
 病院に運ばれた早苗は、医師の質問に小さな声で答えた後、力が抜けたように眠った。一緒にいながら守れなかった、ともう何度も繰り返した心の声が、ふと思考を停止させた。
――早苗ちゃんがずっと私と一緒にいてくれますように!
 何かで刺されたように胸が痛み、さっきまで以上に涙が溢れた。早苗の寝顔を見ながら、誰にも聞かれない懺悔をした。
「……ごめんね。私がこの前、早苗ちゃんが私とずっと一緒にいてくれますようになんて『魔法』をかけたから」
 思い立ったように椅子から立ち上がり、病室の扉を開ける。廊下にはあのとき怪人を倒した少女が壁にもたれかかって私を待っていた。
「私があんたに戦い方を教えてあげる。そろそろ、みんなの世界を守る覚悟はできた?」
 私は少しだけ目を瞑って、ごくりと唾を飲み込んでから目を開けた。
「……『みんなの世界』? そんなもの知らない。私は、『早苗ちゃんの世界』を守る」
「……上等ね」
 早苗の病室から離れるほどに、決意は固まっていく。あの日の魔法は取り消せない。それなら、私が彼女を守るしかない。そうやって、私は生きていくと決めた――忘れることが許されない、その魔法と。
「……あの魔法をかけてしまった責任を果たすために、私が守り続けなきゃ」
 そのとき左手の腕輪を胸に引き寄せて呟いた言葉は、誰にも届かずに消えた。

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