第二十六話 気持ちを新たに
その後、喫茶店に戻りシンさんと連絡先を交換すると、俺はそのまま家に帰った。
「ただいまー」
「お帰りー。今日は遅かったわね。何かあったの?」
「いや、別に」
本当はすごいことがあったんだけどな。
「もうすぐご飯だから、ちゃっちゃと風呂でも入ってきなさい」
「へーい」
風呂に入り、ご飯を食べ、歯を磨き、自分の部屋に戻り、ベッドにあおむけで寝転がった。その間、ずっと頭がぼんやりとしていた。おかげでお母さんから何度も心配された。そりゃ仕方ないよ。今日はいろんなことがありすぎて、頭がついていけないわ。もしかしたら夢なんかじゃないかと何度も思った。そのたびに何度も携帯の連絡先の画面を見た。そこには確かに『シン』という名前が載っていた。
俺は真っ暗な部屋の中でぼんやりと天井を眺めていた。
今日は疲れた。もう寝よう。俺はそっと目を閉じた。
時はさかのぼり、喫茶店を焔が後にした時
―――「じゃ、焔君また後日連絡させてもらうからね」
「わかりました」
「じゃ、またねー」
そう言って、シンは笑顔で手を振った。それに対し、焔は小さく会釈し、自転車にまたがり帰路に着いた。
「うまくいったみたいだな」
手を振り終えたシンに対し、レオは静かにしゃべり始めた。
「最初はどうなることかと思ったが、教官の称号は伊達ではなかったみたいだな」
「それはどうも。でも、俺焔君に一つ嘘ついちゃったよ」
「ふーん……で、どんな嘘ついたんだ?」
「俺が彼を推薦した理由のことだよ。本当は1つじゃなくて2つあったんだけどなー」
「……そいつは仕方ないだろ。なんせあいつはあの人がこの組織にいたこと……いや、あの人の存在すら知らないんだからな」
「それもそうか」
シンは焔が完全に見えなくなったのを確認すると、大きく背伸びをした。
「んー……はあー、よし!! これから忙しくなるぞー。なんせあの人の最後の置き土産なんだ。絶対にあの人より強くしてみせるよ」
その言葉を聞き、鼻で笑うレオ。
「馬鹿かお前。あの人を越すことなんてできっこないんだよ……」
馬鹿にした口調でレオは言ったが、その目はどこか遠くを見据えていた。
「まあ2年後を楽しみにしてなよ」
そう言い残すと、2人はその場から姿を消した。
―――ピピピピ
朝の六時。俺はアラームを止め、ベッドから起き上がると、いつものように学校に行く準備をした。
ひとしきり終わった俺はリビングで朝食を食べながら、テレビニュースに目を通していた。すると、携帯から通知音が鳴った。俺はすかさず画面を見た。シンさんからメッセージが届いていた。
やあ、焔君。君にはまだちゃんと俺たちの組織のことを話していなかったと思うから、それの詳しい説明と今後の君の方針について話をしたいから、今日の4時ごろ、あの喫茶店で落ち合うことってできるかな? もしいいなら、返信待ってます。なおこちらの都合で日にちや時間を変更することもあるので、悪しからず……。
俺はすぐさま『わかりました。』と返信した。
今後の方針か……確か、シンさんが俺のことを鍛えてくれるみたいな感じのこと言ってたから、多分そのことだろうな。大丈夫かな……付いていけるかな……
ダメだな。こんなこと考えてちゃ。あの時決めただろ。本気でヒーローを目指すって。
……よし!!
俺は急いで自分の部屋に戻り、リュックからノートと筆記用具を取り出し、机の上に広げた。ノートの一番後ろのページを雑に破くと、黒のマジックペンである文章を書いた。机の引き出しから画びょうを取り出し、その紙を壁に貼り付けた。
「……よし!!」
今度は自分を奮い立たせるように声に出した。そうだ。変わるんだ。
ドタドタドタ
「じゃ、行ってきまーす」
「行ってらっしゃーい」
焔の部屋に飾られた、その雑に破られたであろうノート用紙には、決してうまいとは言えないが、気持ちのこもった字でこう書かれていた。
過去の弱い自分と一緒に諦めは置いてくる