②
「ーーて、訳で、この子にそろそろ生身の男に興味もってほしいわけなのよ」
こ洒落たオープンカフェで佳子ちゃんが言い終わると、男の子達はそれぞれ飲み食いしていた手を止め、パチパチと瞬きをした。
「引いちゃったんじゃないの、これ」
もう一人の友人、美咲ちゃんが綺麗にカールした毛先を指に巻きつけながら呟いた。
ベリーショートの金髪の男の子が、グラスにささったストローを弄りながら、あのさ、とわたしに声をかけてきた。
「俺ら男子校なんだけどさ、半年ちょい前に転校生が来てさ。そいつが真雛ちゃんのいう、『艶ちゃん』とおんなじ名前なんだよね」
「そうそう。名字は違うんだけどね」
茶髪の、ふわふわした髪の毛の男の子が後に続く。
「艶、なんて名前、めったにいないし。それにそいつ、子供の頃、ここら辺に住んでたって」
心臓が、どくんと大きく脈打った。艶ちゃんが、帰国しているかもしれない。すごくすごく近くにいるかもしれない。そう考えると、途端にそわそわしてしまう。
「実は今日、呼んであるんだよね。用事すませてから来るって言ってたからもうすぐ……あ、来た」
茶髪の子が、中腰になって片手をゆるく振った。ばっくん、と、一際大きく心臓が跳ねる。カフェの向こう側の道路を軽快に渡りながら、背の高い男の子がこちらに駆けてくる。
「遅くなった!悪い」
わたしの真向かいの椅子を引いた背の高い男の子は、快活な声で笑った。変わったヘアスタイルをしていて、思わずまじまじと見てしまう。前髪は全部編み込みにして後ろに流している。後ろは、ストレートの黒髪に所々白いメッシュを入れて、髪にボリュームを出し、肩甲骨までの長さのそれを、赤い紐できゅっと括っていた。
鶏のとさかを そのまま太い尾に変えたみたいな、個性的な髪型だった。だけど、整った顔立ちが見事にカバーしている。野性味を帯びた髪型と、綺麗な顔立ちが妙にマッチしていて、とても魅力的な男の子だ。
他の男の子達も別席の女の子達がチラチラこっちを見てくるくらい格好いいけど、目の前の彼は艶っぽくて、妙な色気がある。イケメン好きの佳子ちゃんも美咲ちゃんも、さぞや彼にみとれているんだろうな、と思いながら、目の前の彼を見つめた。
艶ちゃんは確かに、幼い頃から整った顔をしていた。だけど目の前の彼は、幼い頃の艶ちゃんの面影は微塵もない。本当に目の前の彼が艶ちゃんなんだろうか。じっと見ていると、彼が椅子に腰をおろした拍子に、程よく着くずした制服から、シャラリと音をたて、ロザリオが出てきた。
中心にマリア様をいだくそのロザリオは、わたしがあの日艶ちゃんにあげたものと酷似していた。ばっくん、と心臓が、相手に音が聞こえるんじゃないかと思うくらい、大きく脈打った。人違いかもしれない。でも、もし本当に本人なら。どうやって確かめよう。いっそ、艶ちゃん、と、名前を呼んでみようか。そんな事を悶々と考えあぐねていると、隣の男の子と笑いあっていた彼が、ふいにこっちを向いた。
「よう、ピヨコ。久しぶりだな、元気にしてたか?」
まるで天気の話でもするみたいな気軽さで、彼はわたしに笑いかけた。その笑顔が、幼い頃の艶ちゃんとかぶる。
「……艶ちゃん?」
震える声で呟けば、彼はロザリオをつまみ、揺らしてみせた。
「本物……?」
たずねるわたしに、にやりと笑って、
「こんないい男、世界に何人もいるかよ」
そううそぶいてみせた。
ああ、艶ちゃんだ。ストンと納得した途端、ぶわりと涙が溢れ、見る間に視界が揺れる。
「艶ちゃあん……」
喉を震わせ名を呼べば、艶ちゃんはぶはっとふきだし、
「泣き方ガキの頃のまんまかよ。変わってねえなあ」
テーブルの上にあった未使用のおしぼりでわたしの目元をぐしぐしと拭いてくれる、少し乱暴な手つきは、だけどとても優しい。
艶ちゃんがいる。わたしの大好きな男の子が。嬉しくて嬉しくて、笑いながらぽろぽろ涙を流すわたしを、艶ちゃんは昔と同じ、お日様みたいな笑顔で見つめていた。
つづく