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カラリ
「センセ。来たよ」
私もいつも通りに相談室の扉を開けた。
そこにはやっぱりいつも通りのセンセの姿。
白い白衣を身にまとってお茶を入れている。
私は傍にあるイスに座った。
「どうぞ」
そう言って持っていたカップを私に渡してくれた。
「珍しい物ってこれ?」
問いかけた私にセンセは無言で微笑む。
私はとりあえずそのお茶を一口飲む。
紅茶のように見えるその飲み物は不思議な味がした。
なんだろう?
先生は持っていたカップを口も付けずに机に置いた。
「ところで、あの日このノートを見た?」
・・・・・
先生の声が低く部屋に響く。
空気が張りつめている。
「あ・・・。えっと、ごめんなさい」
私はバカ正直に謝っていた。
言ったすぐ後で後悔した。
だって・・・
「やっぱりか。だったら、ちょうど良かった」
センセのこんな顔初めて見る。
無表情な顔。無機質な声。
そして、冷たい視線。
えっ・・・。
私の体がぐらりと揺れた。
「君には・・・に・・・」
センセの声が遠のく。
何?これ・・・。
お茶!!あれに何か?
「セ・・・ン・・セ?」
私を抱き留めてくれる腕。
静かに響く声。
まとわりつくイヤな予感。
「・・・め・・・ね」
先生の声が途切れた。
そして、最後に聞こえたのは・・・
うっ・・・ん。
なんだろう?
頭が重い。 吐き気がする。
私・・・?
考えることもめんどくさい。
瞼は重くあがりそうにない。
体はまるで石のように動かない。
でも・・・。
違和感。
肌に触れている風が異様なほどに乾いている。
砂が頬にあったっている。
すな?
私は重たい瞼をこじ開けた。
そして、上半身を持ち上げる。
!!
「な・・・に?」
私はボーゼンとその景色を眺めた。
広がる荒野。
赤茶けた砂。
乾いた風。
目の前に広がっているのはそんな風景。
何でこんな場所にいるの?
ここは何処?
頭の中が混乱している。
私何処にいた?
何をしていた?
記憶が奥深くに沈んでいる。
何?何故?どうして?
疑問が膨れあがる。
冷たい空気がじんわりと私を包む。
確か、センセとお茶をしていて。
そのお茶に何かが入っていて。
そのまま気を失って。
落ち着いて記憶を呼び戻す。
センセが私をどこかに運んだ?
そう考えれば今のこの状況も説明が付きそうだ。
ここは私の知らない異国?
まず、ここがどこだか確かめなきゃ。
私は固まっている足に力を込め立ち上がる。
グラッ
体が揺らぐ。
まるで自分の体じゃないみたい。
鈍い動き。重い感覚。痺れてる指先。
それでも、1歩1歩と足を進めた。
あれから、どれくらい歩いたのだろう。
暑さと疲れが体を襲う。
陽はいっこうに沈まない。
月も出る様子はない。
何かがおかしい。
これは私が居た星?
だって、人一人見あたらないどころか生きているものさえ目に付かない。
動いているのは私と乾いた風に舞う砂だけ。
植物さえ見つからない。
私は休もうと岩の影へと向かった。
水もない・・・。
岩の影は陽の当たらない分涼しい。
あれ?
岩の透き間に何か見える。・・・光?
私はその岩づたいに歩いてみた。
しばらくすると、中に入れそうな穴を見つけた。
岩の中は空洞になっていた。
もちろん暗くて何も見えない。
ポウっと遠くに明かりが見えた。
外で見えたのはきっとこれだ。
その明かりに向かって歩きだす。
!!
街・・・。その光の元に街があった。
天井が光苔に覆われているように淡く光っている。
この街・・・。まさか!!
私の足は次第に早足になり、そして駆けだしていた。
あの場所へと。
やっぱり。
そこに見慣れた家あった。
この街は私が居た街だ。
そう言えば、外に人はいなかった・・・・
でも、家の中にはいるかも。
私は期待を胸に家の戸を開く。
「た・・ただいま」
返事はない。私は家の中へと入った。
「母さん?」
台所に母さんの後ろ姿が見えた。
返事は相変わらずない。
「ねぇ・・・」
私は母さんに手を伸ばす。
「ひっ」
触れた部分からボロボロと砂になって崩れてゆく。
何?どうなってるの?
父さん!!
私は父さんの書斎に駆け込んでいた。
そして、父さんに抱きつこうとした。
!!
「あ・・・あ・・・・」
父さんも触れた部分からボロボロと崩れてゆく。
何?なんで?私のせい?
何が起きてるの?
何なの?
私はぺたんとそこに座り込んだ。
思考が止まって、何も考えられない。
呆然としたまま時間だけが過ぎた。
気が狂いそうだ。
止まっていた思考が動き出す。
ぐったりとした体と頭が嫌々ながらも冷静になる。
私には分からないことばかり
どうなっている?
何時から?
・・・・。あの時。センセ?
どこ・・・?学校。
そうだ、学校に何かある?
体が静かに動き足が学校へと向く。
学校には生徒がいた。
みんな止まったまま、動こうともしない。
触れれば砂になってしまう。
だから私は誰にも触れないようにした。
相談室。
センセはいなかった。
ただ、ノートだけが私を待っていたように開かれている。
これに書かれていたのは、この星一つ消せる爆弾。
今の科学力の最高傑作。
私は開かれたノートを手にする。
それには実際に使う決行日・投下場所・時間などが書かれている。
この街はシェルターの中に移されたらしい、
でもそれも、爆弾のあまりの威力に耐えられなかった。
そして、最後のページには
『生きていると言うことを僕は知らない。だから・・・』
センセの字でそう書かれてあった。
痛いほどの想いが伝わってくる。
熱い滴が頬を伝ってノートに落ちる。
生きることを知らなかったセンセは全ての生を奪った。
なぜ・・・?どうして?
そんなに簡単に死を選べたの?
疑問符に答えてくれるセンセはもういない。
私には一人で生きてゆく気力などない。
机の上にあるカッターが目に付いた。
それを手に取り、左の手首に当てる。
私も・・・・。
紅い花びらはきれいに舞う。
魅入るほどに美しく、華やかに・・・
そして、乾いた砂がこの街を埋め尽くす。