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第十八話 決着

 焔とレッドアイが戦い始めてからおよそ5分が経った。廊下にはいまだに金属音が響き続けていた。
 しかし、焔にある異変が起こり始めた。


 体が重い……震える……汗が噴き出る……呼吸が荒い……意識が朦朧とする……
 どうしてだ!! まだ5分ぐらいしかたってないぞ……!! これほどまでに真剣での戦いは体力が削られるのか……!! 俺には……無理だったのか……
 ダメだ!! 弱気になるな焔!! まだレッドアイの動きには対応できるんだ。ここで諦めてたまるか!!


 しかし、焔の思いとは裏腹にドンドン動きが鈍くなっていく。その変化には、レッドアイも気づいていた。


(一気に焔の動きが鈍くなったな。真剣での勝負などおそらく初めてだろう。死に対する恐怖、一瞬のミスも許されないという緊張感。見たところ動きも素人同然、背も小さく、筋肉も人並み程度、そんなやつがよく5分間も俺の本気の攻撃を耐えたよ。だが……もう終わりにしよう……!!)


 ここぞとばかりに、レッドアイは焔に畳みかける。焔も耐える。耐える耐える。辛そうな声をもらしながら。だが、一瞬焔は反応するのが遅れてしまった。レッドアイのナイフの軌道上に焔の右足を捉えていた。ハサミで受けるのは無理だと悟った焔、即座に右足を後ろに引く。しかし、刃は焔の右足に一筋の赤い線を描いた。体勢を崩す焔、レッドアイはその隙を見逃さなかった。すぐさま左足に向かって、ナイフを振り下ろす。左のふとももにナイフが刺さろうとした瞬間、間一髪のところでナイフにハサミをぶつけることができた。


「うおぉおおおお!!」


 焔は今出せる全力の力をナイフにぶつける。その一撃は確かにレッドアイを後退させた。


(くそ……!! 焔……まだこんな力を残していたのか。手がしびれてうまくナイフが握れない。でも、もはや時間の問題か……)


 焔は先ほど切り付けられた右足を抱え、うなり声をあげていた。


 傷は浅い、でも……これで思うように動けなくなった。痛みで、右足に力を入れられない。
 やっぱり、俺なんかじゃ……


 その時、不意に教室の方に目を向ける。そこには、今にも泣きそうにしている綾香、そして、何もできない自分に対して、悔しそうな顔をして拳を握りしめている龍二が見えた。
 

 そうだった。俺には守られければならないものがある。そのためにも……俺は……!!!


 そう意を決した焔だったが、レッドアイの方に向きなおしたその目をとても虚ろで、汗がポタポタと地面に垂れ流し、今にも倒れそうなほど、体は揺らついていた。


(今度こそ、本当に限界のようだな。手のしびれも回復した。次の攻撃で終わらせる……!!)


 そう意気込み、足に力を入れた瞬間だった。


 パリーン


 レッドアイのすぐ後ろの窓が割れた。即座に振り返るレッドアイ。


(何が起こった……!! 焔は一切動いていなかった。……あれは……石か!! 誰かが石を投げたというのか……でもいったい誰が……)


 ここまで思考したところで、ハッと我に返った。そしてすぐさま焔の方に振り返った。かかった時間は本当にわずかだった。おそらく2秒もかかってなかっただろう。
 だが、このわずかな隙を焔は見逃さなかった。


 ―――窓が割れた。いや、そんなことはどうでもいい。レッドアイが後ろを向いている。こんなチャンスもう二度とないぞ……!! 体力も気力ももう限界だ。だったら……やるしかない……!!


 焔は足に力を入れる。その際、右足の傷が痛む。


 痛い……けど、まだ動く!!!


 ―――振り返るレッドアイ。しかし、そこには焔の姿はなかった。一瞬考えて、すぐに理解した。
 すぐさま真下に顔を向ける。そこには体制を屈め、右こぶしに力を溜めている焔の姿が目に入る。一瞬で焔がやろうとしていることを理解する。すぐにあごの防御するために手を入れようとする。だが、その動きよりも速く焔は動き出す。
 思いっきり地面をけり上げ、拳はあごめがけて、突き上げていた。


「これで終わりだあああ!!! レッドアイ!!」


 刹那的にレッドアイはもう自分の防御は間に合わないと悟った。そして、最後に一言。


「ほぉおおおおむぅうううらぁあああああ!!!」


 最後に敵の名前を叫ぶなんていかにも悪役の最後らしいとレッドアイも感じていた。だが、最後にどうしても焔の名前を言っておきたかった。自分の心に刻み込んでおくために。


 焔の一撃は見事にレッドアイの顎を貫く。仮面は真上に飛び上がり、レッドアイはそのまま後ろに倒れこむ。意識が飛ぶ瞬間、レッドアイには一人の大切な人の顔が浮かんでいた。


(ああ、焔よ。もし、お前みたいなやつが娘のそばにいてくれたなら……きっと……)


 レッドアイはガラスの破片が散らばっているところに倒れこんだ。そして、廊下には一人の男が拳を突き上げたまま、静かに佇んでいた。

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