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狩れそうだけども



 と、まあ、そんなこんなでクラナたちも交えて施設の話し合いをするテーブル。
 ただし、やんちゃ坊主たちは数分でそれに飽きたので、クラナ以外には「動物たちを厩舎に戻す」仕事を与えた。
 シュシュの助けがあっても慣れないと大変だろう。
 思う存分苦戦して時間を潰して来い。
 そしてメリンナ先生より、ファーラを筆頭に環境変化で具合が悪くなった時の対処法。
 大人と子どもでは対処が違う症状が色々ある、という……のは、分かったのだが……。

「う、美しい……」
「ありがとう。さっきも聞いたけどね。……『青竜アルセジオス』の人ってみんなこうなのかい?」
「…………そうですね、比較的……」

 と、答えるのはラナである。
 メリンナ先生の隣を陣取って、瞳をキラキラさせながらそう呟くカルンネさんを指しての言葉だ。
 しかし、ラナは俺を一度見て、それから視線をメリンナ先生に戻して「フランを見ても分かる通り」と付け加える。
 はあ?
 俺は他国の文化も多少弁えてるから、あんなあからさまに褒めたりしないけど?

「「「あぁ……」」」
「待って。なんでみんな納得してるの」
「えーと、そのー、『青竜アルセジオス』は『紳士は淑女を褒めるのが礼儀』という文化があるんです」

 ラナが説明する。
 そして、ラナはこの『青竜アルセジオス』の文化について「溺愛ジャンルの恋愛ものだからヒロインが褒めちぎられる世界なのよ」と頬を膨らませていた。
 俺には言っている意味があまり分からなかったけど、つまり……『青竜アルセジオス』の文化、風習はこの世界が『恋愛小説』だから、と言いたいようだ。
 ヒロイン……リファナ嬢は逆ハーレムという世界設定で高い地位の男たちにちやほや褒めちぎられる日々。
 それが『溺愛』のジャンルというものなんだってさー。
 確かに思い返してもリファナ嬢への扱いはそう呼ぶに相応しいものだろう。
 まあ、周りから見ると『贔屓』以外のなんでもないのだが……。
 しかし、彼女が『聖なる輝き』を持つ者である以上贔屓はされて然るべきだし、地位の高い奴らが彼女をちやほやしてご機嫌取りするのも無理らしからぬ事。
 予想外だったのは、その『ご機嫌取り』が『本気』になってしまった点。
 おそろしい限りだよ、ほんと。

「なるほどねぇ。それでユーフランはうちのアイリンに……」
「?」
「…………」

 なぜかアイリンに顔を真っ赤にして睨まれる。
 くっくっ、と酒を煽りながら笑うメリンナ先生。
 そして、目を逸らすラナ。
 一体なんなんだ。
 ラナはメリンナ先生が含んだ言い方をする理由を知ってるのか?

「お酒に関してはまず『コメ』ネ。探してみるワ」
「ええ、よろしくねレグルス」
「じゃあ次ネ。学校の授業に関してだけど、開校は十月になるワ。教師も生徒も集まったし、ユーフランちゃんは講師として週三回通ってちょうだイ」
「あ、ああ、うん」
「授業内容は他の常勤講師たちが決めてくれたんだ」

 と、エールレートが紙の束を渡してくる。
 ええ、これ全部確認するの? めんどくせー。

「ア! そうだワ、二人とも今月の『狩猟祭』はもちろん参加するわよネェ?」
「? 『狩猟祭』?」

 首を傾げるラナが今日も可愛い。
 この世界の平和が凝縮されているようだ……。
 ……あ、違う。
 えーと、なんの話だっけ?

「『狩猟祭』……それって、収穫前にボアを狩るやつ、だっけ?」
「そうヨ。収穫前に畑を荒らすボアをやっつけておくノ。でもただ狩るだけじゃ面白くないから『狩猟祭』として、一番大きな獲物を狩った人に金一封が贈られるようになったのヨ!」
「「き、金一封!」」

 それは美味しい!
 子どもたちの迎え入れ準備でかなり出費したし、店舗の代金まだ残ってるし!

「まあ、去年から始まった祭りなんで、猟友会の奴ら以外には浸透してないんだがな」
「そうなんですね! でも、金一封は是非私たちもほしいところ! これは参加するしかないでしょう!」
「うんうん。狩りはそれなりに得意だし、金一封と聞いたからには参加しないわけにはいかないね。……もちろん俺が参加するのでラナは参加しないでください」
「なんで!?」
「淑女がボアを狩るとかおかしいでしょ」
「そうなの?」
「そうなの」

 なんだその絶妙な常識外れ!
 貴族令嬢が狩とか聞いた事ない。
 少なくとも『青竜アルセジオス』にその文化はありません。

「ウフフ、とても元貴族とは思えないやる気満々具合ネェ〜! イイわヨ、イイわヨ〜」

 なるほど?
 メリンナ先生曰く、浸透していない理由はそのあとにすぐ大市や『肉加工祭』が開催されるから。
 町の人たちは猟友会の働きに感謝はするが、彼らが競い合ったところで自分たちには関係ない。
 賞金は羨ましいが、猟銃の扱いやボアやベアと遭遇する危険性を思うとおいそれと参加出来るものではないのだそうだ。
 まあ、その通りだけど。
 だが、俺はアレファルドたちの代わりに獣を狩るのも解体するのも幾度となくやってきている。
 参加に躊躇する理由もないので参加決定。
 早々に猟銃は購入しなければ。

「じゃあ参加の方向で話を進めておくぞ?」
「ああ、うんいいよ」

 主催はクーロウさんのようだ。
 カールレート兄さんが紙にメモをしてエールレートに渡し、エールレートからクーロウさんにそのメモが渡る。
 俺が『狩猟祭』に参加する事を忘れないようにするためだろう。
 うんうん、頷いてからエールレートが戻ってきて、次の話題に移ろうとした時だ。

「おう! 狩猟で思い出した。ユーフラン、オメェ、まだ猟銃を買ってねぇんだったな? これから買いに行くぞ」
「は? 急にどうして?」

 クーロウさんが立ち上がって近づいてきた。
 しかも今から猟銃を買いに行くと言い出す。
 待って待って、意味が分からない。
 確かに『狩猟祭』とやらに参加するつもりだけど、今から猟銃を買いに行くのが条件だとでも!?

「実は東の森から五メートル近いクローベアが一頭迷い込んできたみたいでなぁ。この間追っ払ったんだが、あまりのでかさに仕留めるまでいかなかった」
「五メートル!?」

 しかもクローベア!
 ——クローベア……手と爪が異様に発達した、最大のベア種。
 だが五メートル近いのはさすがに規格外の部類だろう。
 仕留め損なうのも無理ない、けど……。

「この辺りをうろついているかも知れん。護身用に持っておいた方がいいだろう」
「っ、そ、そう……そういう事なら確かに急いで買ってきた方がいいね」
「イヤだわン。クローベアって大きい種類のベアよネェ? ココ、畑も家畜も多いから寄ってくるんじゃあないノ〜?」
「対策した方がいいかしら?」

 レグルスの言葉にラナが心配そうになる。
 まあ、そんなのがうろついているかも知れないと思えばそんな顔にもなるけど、対策として出来る事は柵を増やすくらいだろう。
 クローベアの腕と爪には秒で壊されるけど、ないよりはマシ。
 手が大きい分、他のベア種より手先が不器用で扉を開けるとか器用な真似は出来ない。
 ……まあ、その分ぶっ壊すのは大の得意なのだが。
 五メートルにもなるクローベアが相手では猟銃の一発二発で倒せるか微妙だ。
 これはちょっと、万が一の事を考えて色々他の対策や準備もしておいた方がいいな。

「じゃあ、ちょっと席を外すね?」
「ええ、いってらっしゃい。気をつけてね? フラン……」
「ああ、まあ、街道では遇わないと思うから」

 心配してもらえるのは嬉しいけど、そのクローベアは人間に一度追い払われているようだし……多分自ら進んで襲っては来ないだろう。
 ベア種は賢い。
 一度負けた相手に挑みかかったりはしないはずだ。
 ただ、それは『人間に対して』であって畑の作物……最悪なのは畜舎の動物たちには当てはまらない。
 こっちとしてはそっちの方がダメージ大きいんだよな。
 もちろん、精神的な面の。

「そうヨ、早く帰って来なさいヨ。可愛い新妻が不安になっちゃうでショ」

 などとレグルスが茶化してくる。
 む、むう……なんとなくムカつくけど、ラナが不安そうなのは本当の事だし。

「分かってる、猟銃を買ったらすぐ帰ってくるよ……」
「…………っ」

 とりあえず少しだけでも安心してほしい。
 ラナが待ってるならすごい急いで帰ってくるし。
 そういう意味合いを込めて笑いかける。
 肩が跳ね、目が見開かれた。
 それは、伝わったという意味で受け取っていいのかな?

「よし、じゃあさっさと行ってさっさと帰ってくるぞ」
「はーい」

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