07.ヤバイ女
怜央達が学校を出た頃には日が傾き始めていた。
街は夕暮れに染まり、夜の訪れを予感させる。
街灯には明かりが付き始め、幻想的で情緒溢れる古き街並みの中を2人は歩いていた。
「この街には硬貨がないって知ってたか?」
コバートはポケットに手を突っ込み歩きながら怜央に話しかける。
「今日来たばっかだから見る機会もなかったが……そうなのか?」
「ああ、キャッシュレスらしい。んなもんで、買い物する時は携帯か指輪が無いとできないんだ」
「というと?」
「店にある機械にそれらをかざすと口座から引き落とされる。いちいち計算しなくて済むし小銭がかさばらないから楽だ。それに、認証機能があるから盗まれてもそいつには使えない安全性もある」
「俺のいた世界より進んでるなー」
2人が学生街を進んでいると、喧騒に混じって少し離れたところからコバートを呼ぶ声が聞こえた。
「コバート、誰かに呼ばれてないか?」
「んんっ、ああ。そう……かもな」
コバートを呼ぶ声は徐々に大きくなり、その声の主を見つけることが出来た。
遠目ではあったが、派手目かつ露出の多い女性ということはわかった。
「おいあれ、知り合いか」
「ま、まあちょっとなっ!」
コバートからは焦りの感情が感じられ、目は泳いでいた。
「わりぃ怜央! 先に帰っててくれ!」
そう言うとすぐさま駆け出し、人の合間を縫うようにしてその女性の方へと走り出した。
「ちょ、おいコバート!? 説明無しか!? 」
突然の出来事に着いていけない怜央と、わりぃと言って誤魔化すコバート。
あの慌てぶりから何かあると悟った怜央は、引き止めるのも無粋と思い、1人で帰ることにした。
◆◇◆
怜央は街並みを見物するようにゆっくりと歩き、方々に目をやって歩いていると、細い路地を通り過ぎる瞬間何人かの人だかりが出来ているのに気付いた。
2、3歩戻って再度よく見ると、1人の女性を相手取って3人の男達が囲んでいるようだった。
トラブルの匂いを感じた怜央はどうしたものかと考えたが、トラブルでない可能性も考慮して一応確認することにした。
通行人を装って聞き耳をたてるという作戦だ。
この狭い路地を好き好んで通る物好きな通行人になるのはスマートとは言い難い作戦だが、他にやりようのない怜央にはこれしかなかったのだ。
意を決するとゆっくりかつ自然な風体で路地へと入った。
前方の集団に近づくにつれ、どんな話をしているのか聞き取れるようになる。
「だからよぉ……なんべんも同じ事言わせてんじゃねーぞ!? 無理なもんは無理なんだよ!」
「そうだぜお嬢ちゃん。こいつの言う通りさ。世の中自分の思い通りになることばかりじゃねぇ」
「あぁっ、もう我慢の限界だ! 早いとこやっちまおうぜ!」
いきり立つ輩達は間もなく襲いかかるであろう雰囲気だ。
マズいと思った怜央は男達を押しのけて無理やり女性の前に割り込んだ。
その時、一瞬見えたその女性に見覚えのある怜央。
(あれ、この人さっき武器屋で店員と揉めてた……)
しかし、状況が状況だけにその女性には構ってられず、すぐに背を向け男達に備える。
「まあまあ、何があったか存じませんが暴力はいけません」
身振り手振りで落ち着いてとアピールする怜央だったが、興奮気味の男達には逆効果だった。
「んだこらぁ!テメェ!」
「死にてぇのかぁ!? あぁ゛!?」
「――たく、今日はついてねぇ……」
真ん中に居る長身の男だけは冷めた目でうんざりとした様子。
高そうな帽子に立派なスーツを着てることから、恐らくこの中では1番身分の高い人物だったのだろう。
しかもその人物は胸元に『水』と書かれた金色の小さなバッジを付けていた。
ヤバい匂いしかしないが交渉の余地があるとすればコイツしかいない。
そう考えた怜央はその人物の目を見て話した。
「大の男3人が1人の女性を襲うのはよくないですよ」
そういうと、取り巻き2人は罵詈雑言を浴びせにかかるが怜央の関心はあくまで真ん中の人のみ。
「あのなあ、別に俺ら――」
長身の男が何かを言おうとしたその時、怜央のすぐ後ろから銃声が轟いた。
乾いた音が1発だけ。
自分の横を通り過ぎる物体と尖った破裂音に怜央はかなり驚いた。
「い゛い゛!?」
慌てて振り向くと後ろにいた女の片手には拳銃がーーLugerP-08が握られていた。
その銃は先程の非売品。
撃ったのは誰か、疑いを入れる余地など無かった。
「――あら、外れちゃったわ」
女の放った弾丸は真ん中にいた人物の帽子を吹き飛ばし、広い通りの方へ抜けていった。
悲鳴が聞こえないことから奇跡的に、誰にも当たらなかったようだが問題はそこではない。
容赦なく人命を狙うこの女は明らかに異質だった。
怜央はその暴挙に唖然としていたが、取り巻きは黙っていなかった。
「この女(あま)……!」
「野郎ぉ……!」
2人が懐に手を入れた瞬間、怜央は殺し合いを覚悟した。
しかし、真ん中の男が2人を静止したことで難を逃れる。
取り巻きは納得の行かない様子だったがそれでも無理やり抑え込む男。
「俺らに手を出したことーーいつか後悔するぜ……! おい、ずらかるぞ!」
女に睨みを効かせると子分を連れて去っていく男達。
女が撃ってからは生きた心地のしなかった怜央もようやく胸を撫で下ろせた。
「ったく、びっくりしたなーもう」
「初めてにしてもこの距離で外すのはさすがに笑えるわ。次は外さないから心配しないで」
「いやばかっ、そういう問題じゃないって!」
「……?」
女は嘘か誠か、本当にわからないという感じで両手を上げる。
怜央がため息を吐くと、これまた突然後ろから肩を掴まれた。
先ほどの連中かと焦った怜央は勢いよく振り向いたのだが、そこに居たのはコバートであった。
「おう、やっぱり怜央だったか。まだ帰ってなかったのか? 」
「あ、ああ。色々……あってな」
怜央が疲れた顔をしているのを不思議に思ったコバートだが、その先に居た女をみて腑に落ちた。
「あっれテミス嬢じゃん。こんなとこでなにやってんの?」
「!?」
テミス嬢という言葉に聞き覚えのあった怜央は勢いよく反応した。
バッと振り返りテミスの顔を見て、今一度確認する。
「まじで!? テミス!? 彼女が!?」
予想以上の怒涛の詰問にコバートは少し引いた。
「お、おう。そうだけど……何かあったのか?」
怜央は額に手をあてこの偶然を嘆いた。
同時に、コバートとアリータの言っていた『ヤバイ女』の一端を理解したのだった。