04.邂逅
城門をくぐり抜けた怜央は歩きながら地図を取り出した。
まず最初に目に入ったのはクレイユ王国の形状である。
(へー……この国って雪だるまみたいな形してるのか。面白い。――んで、問題の寮は……これか)
地図には1箇所だけ赤色で示された建物が載っていた。
そこは中央噴水広場より少し南西に逸れた所。
現在位置は南門から真っ直ぐに伸びた大きめの街道で、人通りも多い。
寮の場所のおおよその見当をつけた怜央は地図から顔を上げ周囲を見渡す。
そこには日常生活を送るクレイユ王国の人々が目に映ったのだが、その人々は普通の
怜央がわかるだけでも獣人、魔人、エルフにドワーフと多様な種族が居た。
しかも、偏に獣人と言えど獣耳に尻尾を生やしただけの比較的人間に近い獣人もいれば、全身毛に覆われて動物そのものに近い獣人もいる。
日本で育った怜央からは非常に新鮮味のある光景で、かつ、こういったことからも異世界に来たことを実感していた。
(色んな種族がいるにも関わらず、ここの人は普通に生活をしている。人間のみでないというのが当たり前の世界なんだな……)
買い物をしたり、挨拶を交わす現地民を見た怜央の考察は捗った。
(街並みだけ見れば中世ヨーロッパ風の城郭都市。ただ受付でも思ったが、ここの文明レベルが本当に中世レベルなのかは疑わしい。通りすがりの人の服装からもそれはわかる。明らかに現代っぽい服を来てる人もいるし、民族衣装っぽい人もいる。武器を携帯した一般人らしき人も自然と周囲に溶け込んでいる。俺みたいな異世界から来た人が多いからこうなってるのか……?)
現地民に統一感が無いのは何故なのか。
そんなことをしばらく考えてた怜央は気づけば寮までたどり着いてしまった。
地図と建物、その近辺を確認した怜央は目の前の建物が自分の寮であることを確信する。
その寮は怜央の想像してた寮ではなく、どちらかといえば宿屋という外観であった。
入口横にあるベットの描かれた木製の看板にも、『ウェルシュの宿屋』と書かれていたので、実際宿屋なのかもしれない。
怜央は扉を押し開け中に入ると、正面にあった受付には1人の獣人が座っていた。
ケモノ度合いの高い、コーギー犬の特徴を持つ老齢の獣人である。
小さな丸メガネで目を凝らして読書している時に怜央はやってきたのだ。
来客に気付いた彼女は本を閉じると歓迎の言葉をかける。
「いらっしゃい。ウチは素泊まり3000ペグ、朝食夕食をつけるならプラス1000ペグだよ」
彼女の弱々しくゆっくりと喋る様はお年寄り特有のもので、温かみと優しさを感じさせる。
この建物を学生寮だと思っていた怜央はいきなり値段の話をされて一瞬戸惑った。
「あれ、えーっと……ここは宿ですか? 学園の寮だと思って来たのですが……」
「あぁ、学生さんかね。それならそれで間違いではないよ。名前はなんと言うんだい?」
彼女は受付台からクリップボードを取り出したので、名簿を見ているのだと推測できた。
「自分は夏目と言います。夏目怜央」
「――おや、それじゃああの学園長さんのお孫さんというのはあなたのことかい?」
怜央は頷いてそうだと答える。
「あー。それはそれは。申し遅れました、私「レティシア・クラーク」と申します。夏目様のお爺様には大変お世話になっていましてね。何か困ったことがあれば何でも仰って下さい。きっとお力になりますから」
怜央がお礼を述べるとレティシアは手続きを済ませ、部屋の鍵を手渡してきた。
「それではこれがお部屋の鍵になります。夏目様のお部屋はあちらの階段を登って一番奥にあります203号室になります」
「そうですか。ありがとうございます」
怜央が階段の方へ向かおうとすると、レティシアは立ち上がった。
「また何か、不明な点がございましたらいつでもお聞きください。私はいつも、ここにいますから」
「ええ、どうも」
怜央は軽い会釈をして、自分の部屋へと向かった。
◇◆◇
怜央は203号室のドア前に立つと、自分以外の人は既に居るという職員の話から、3回ノックをした。
すると案の定、部屋の中から「どうぞ」と返ってきた。
相部屋の人物について色々な妄想が進む中、意を決して中へと入る。
そこでまず、怜央の目に入ってきたのは2人の人物。
1人は乾いた様な金髪で耳が長く、森での生活に特化したような服装をした所謂エルフらしき男。
もう1人はやや高貴さが滲み出る漆黒のドレスを着た身長150cmちょっとの少女。
エルフとは反対に、しっとりとした金髪は後ろでツインテールにされていた。
その顔付きは幼く、赤い瞳にツリ目気味で何故かムスッとしていた。
次に部屋の内装が目に付いた。
お世辞にも良いとは言えぬ内装で、安っぽいベッドに小さなチェストが4つずつ、四角いテーブルが部屋の中央に1つ、付随する椅子が4つと非常に質素な部屋である。
日本での暮らしと比べると相対的に、今までの生活が
しかし過去に浸っている暇はない。
出会いは最初が肝心。
初めの印象が後々まで与える影響は非常に大きい。
その事を理解している怜央は愛想よく振る舞う。
「初めましてこんにちわ。夏目怜央と言います。よろしくお願いします」
少し硬いかとも思ったが、軽い礼もした。
すると、エルフ男は徐に近付き手を差し出した。
「俺はコバートってんだ。よろしくな!」
「ええ、よろしく」
怜央とコバートは力強く握手を交わした。
「これから一緒に過ごすわけだしそんな調子だと疲れるだろう?硬っ苦しいのは無しにしようぜ! 怜央って呼んでもいいか?」
「もちろん!」
「よし怜央! 我らがパーティーの1人を紹介しよう! コイツはツン子。 仲良くしてやってくれ!」
コバートは親指で隣の奥に居た少女を示した。
その少女は瞬時に反応し、鋭い目付きで睨んでくる。
「いい加減その名前で呼ぶのやめなさいよ! ――はぁ……ほんと、こんな奴らと一緒とかサイアクね」
ツン子と呼ばれた少女は悪態をつき、心底うんざりというため息を吐いた。
「このツン子も今日来たんだ。そしたら男女相部屋ということをここに来て初めて知ったっつってよ。ずっとこの調子なんだわ」
「誰だってこの部屋にくればそうなるわよ!軟派なチャラエルフに冴えない地味男、頭のイカれた女が一緒だなんて……! あぁ……絶望よぉ……」
少女は自分の布団に顔面からダイブして、どれくらい絶望しているのかを露わにしていた。
怜央は苦笑いしつつ、ちょっとへこんだ。
「そんなこと言われても……。なあ、ちなみにそのやばい女ってのは?」
「ああ、『テミス嬢』のことだな。あいつはまぁ……へへっ、会ってみりゃわかるぜ 」
コバートの含みのある言い方に一抹の不安を感じる怜央。
「怜央のベットは右角な。この手前のが俺。左奥がテミス嬢で左手前がツン子だ」
「だからツン子言うな! ――レオーとやら。本来なら貴様程度、名乗る程の相手でも無いが変な名前で呼ばれても困る。私はアリータ・フォン・ベルナロッテ。アリータ様と呼びなさい」
キリッとした決め顔で怜央に命令するアリータ。
コバートは手をひらひらさせて従わなくてもいいと伝えてくる。
「様だなんて堅苦しいだろ。執事じゃあるめーしな。ツン子って呼べばいいさ、怜央」
「じゃあ、間を取って普通にアリータでどう? 同じ部屋のメンバーなんだしさ」
「……ふんっ、勝手にすれば?」
アリータはそっぽ向いてしまった。
(なかなか癖のあるメンバーだな。上手くやってけるか心配になってきた……)
怜央は早くも不安に駆られていると、不意にドアが開き見知らぬ女性が入ってきた。
「失礼します。――コバート様、頼まれていたクリーニングが終わりましたので、こちらの方に仕舞っておきますね」
「おう!ありがとな!」
コバートの衣服をチェストに納める彼女は、メイド服に身を包んだ獣人であった。
人寄りの狼型獣人で、長く、ふわふわな、輝くような銀髪が特徴的である。
彼女の身長はこの場の誰よりも高く、180cmは超えていた。
浅黒い肌でやや筋肉質、狼のような獣耳はピンと立っており、尻尾も太く長めだ。
彼女の蒼い瞳は見る者に凛々しく、知的なイメージを与えた。
「なあ、聞いてた話と違うがまさか、彼女がテミスか?」
4人部屋に集まった、最後の一人をテミスと思った怜央は近場にいたコバートに小声で尋ねた。
「違う違う。彼女はこの部屋専用のお手伝いさん。何でも、各部屋に一人はお手伝いさんがいるらしい。 すげー話だよな」
「そりゃあ……すげーなぁ」
という小声でのやり取りをその立派な耳で全て聞いていた彼女は、服を片付けると怜央の前に立った。
「夏目様……ですね」
彼女は合わせた視線を一瞬不自然に逸らしたが、直ぐに戻し自己紹介を始めた。
「私はリヴィアと申します。こちらのパーティーのお世話を仰せつかっております。何か御用がありましたらお声がけ……下さい……」
何故か途中から声が小さくなり、再び目を逸らすリヴィア。
その様子に怜央も違和感を覚えるが、人見知りなのかなと自己解決させて名乗った。
「夏目怜央です。よろしくお願いします。リヴィアさん」
怜央の会釈に合わせリヴィアも深々と頭を下げると早々に、
「御用があるときは入口横にあるベルを。……失礼致します」
と言って、早々に退室してしまった。
「リヴィアさんて人見知りなのかな?」
「んなことねーと思うぜ? 少なくともさっきあった時はもっと普通だったしな」
「嫌われてんじゃないの? アンタ」
「そうだとしたら傷つくな……はは……」
乾いた笑いしか出てこない怜央。
コバートはスマホを取り出すと怜央とアリータにある提案をした。
「さってーと、お二人さん。今日来た2人にはこの街の事なんてわからんだろ。良かったら案内するぜ!」
コバートは親指を使って外に行こうと示す。
怜央はその提案に乗っかった。
「いいね! 丁度歩き回りたいと思ってたんだ」
「よっしゃ!行こうぜ! ツン子はどうすんだ?」
「アタシはパース。とてもそんな気分じゃないわ」
「しゃーねー。じゃ怜央、一緒に行くか! 貰ったスマホ忘れんなよ!」
コバートは自分のスマホを見せつけて、怜央に促した。
「じゃあ、しばらく出かけてくるわ!」
アリータに声を掛けると、力なく手が振られる。
無言での「行ってこい」ということらしい。
それを受けて、怜央とコバートは異世界の街へと繰り出した。