03.クレイユ王国
クレイユ王国の南門前では新入生受付事務所が設置されていた。
そこは一時的な仮設事務所らしく、簡易的なテントに折り畳みの机・椅子、数名の人員に大きなカプセル状の機械が幾つか置かれるのみであった。
今のところ新入生らしき人物は1人もおらず、職員らが暇そうにしていた時に、怜央はやってきた。
職員らの居る受付前の空間が歪んだと思ったら、突如として人が現れたのだ。
勿論、その人こそが怜央である。
日本から遥々異世界までやってきたのだ。
(おお、本当に移動した。すげぇ……)
怜央は目の前にそびえ立つ巌の様な城壁を見て、異世界への転移成功を確信した。
内心感動し、前を向いて歩きだそうとしたその時、ある異変が彼を襲った。
(……? あれ、目が回る……)
怜央はふらつき、よろけた勢いで片膝を地面に付けた。
その様子を見ていた職員は心配そうに立ち上がり声を掛けた。
「君、大丈夫かい?」
「……ええ、一応」
怜央は力なく頷きながら片手を上げて大丈夫だとアピールした。
具合が落ち着いて立ち上がると、数歩歩いて受付の所までたどり着く。
職員は未だ心配そうに怜央を見ていた。
「一体、どうしたんだい? 具合でも悪いのか?」
「なんというか……乗り物酔い? みたいな感じになってまして、とりあえず時間が経てば良くなると思います」
職員は顎に手を当て考えると、何かに思い当たったようだった。
「あれかな。もしかして、転移酔い? 珍しいけどない事じゃないからね。そういった体質なのかな?」
「んー……。 どうなんでしょうね。転移と言っても今日初めてやったものですから」
怜央は未だ顔色は悪く余裕は無いものの、愛想よく笑みを浮かべる。
「ああ、じゃあやっぱり新入生さんか。 具合の悪いところ申し訳ないけど、先に名前だけ教えてもらってもいいかな?」
「ええ、自分は夏目怜央と言います」
「夏目怜央君ね」
職員は机の上に置いてあった名簿に目を通し、夏目怜央の文字を探し始めた。
「えーと、夏目夏目……ん? あれ!? 君があの……!? ちょっと待っててくれ!」
職員は怜央の名を聞いて、ふと何かを思い出したようで、急いでテントの中へ入っていった。
テントの中からは誰かと話している声が漏れ聞こえ、上司に相談しているようだった。
職員が戻ってきたときには女性を1人、連れて戻ってきた。
紫色の服に身を包み、大雑把に言えば魔女風の格好をしていた女性。
その人は、クレイユ王国でも知らない人の方が少ないと言われる『魔法学部学部長』ドロシーその人だった。
怜央は、ドロシーが近づくにつれて、歪む視界に映る彼女の顔が不機嫌そうにしていると気づく。
「まったく……君がどれほど迷惑をかけたのかわかっているのかい?」
ドロシーは机越しにずいっと身を乗り出し、出会って早々半ギレ気味に怜央を叱った。
怜央も状況的に自分に言っているのだと理解できたが、ドロシーとの面識もなく、何のことを言われているのか思い当たらなかった。
そのため余計に混乱した怜央は、自分を指差し「俺ですか?」と無言で確認を入れた。
「そうだ。君以外に誰がいると言うんだ! まったく、まさか自分の仕出かしたことすら分からんわけではないだろうね!?」
そのまさかであった怜央は、どう言っても地雷を踏み抜く予感を覚え、一瞬考える振りをしたあと苦笑いをして誤魔化しにかかった。
それがドロシーの苛立ちに、油を注ぐ結果となる。
「君ってやつは……! それなら説明してやる! 締め切り後に届いた願書によって不必要な臨時会議に継ぐ臨時会議。受け入れのための準備、緊急の人数合わせ、根回しのてh……いや、今のは何でもない。 とにかく、君のせいでここ数週間は苦労させられっぱなしなのだよ! 」
「は、はぁ……。 すみません(というか願書出したのは俺じゃなく親父……)」
怜央は今回叱られている原因に自分の責任は無く、理不尽なものと理解したが、それを伝えたところで状況が好転する訳でもない。
そう考えてとりあえず謝ることにしたのだった。
「まあまあ、ドロシー先生。それくらいにしてあげて下さい。今日は彼がこの世界に来た記念の日なんですから」
怜央の様子を心配してくれた職員が間に入って取り持ってくれる。
ドロシーも言いたいことを言ってスッキリしたのか、幾分か溜飲も下がったようだ。
「……それもそうだな。では手はず通りに頼む」
職員は頷いて了解の意を表すと、怜央に指示を出す。
「それじゃ隣にある機械。あれで身体スキャンするから中に入って貰えるかい? 具合が悪かったらもうしばらく休んでもらっても構わないからね」
「お気遣いありがとうございます。とりあえずは大丈夫です」
怜央は人1人が収まる程度の近未来的かつ無機質で飾り気のないカプセルに入ると、ドアはスライドして閉まった。
するとすぐに、緑色のレーザー光が怜央の体を上から下まで入念になぞり上げ、あっという間にスキャンは終わった。
カプセルの口が開くと職員の誘導に従って再び受付の方へと移動した。
「すごいね。ほとんどの項目は人並みか少し下回るくらいだけど、飛び抜けて魔力が優秀だ。量も質もすごくいいよ!」
職員がノートパソコンを弄りながら怜央を褒めていると、ドロシーは怜央の頭に手を置きぐしゃぐしゃと髪を撫でた。
「当たり前だろ。こいつを誰だと思ってる。」
ぐわんぐわんと頭を揺らされる怜央は対応に困り呻くが、結局されるがままであった。
「恐れ多くもかの学園長、夏目煌龍の孫だからな」
ドロシーはそう言うと、ぞんざいに扱った怜央の頭から叩くようにして手を離した。
(無茶苦茶な人だなぁ……って、あれ。酔いが消えた……?)
不思議なことに頭を揺らされて具合が悪くなるどころか、逆に回復してしまったのだ。
それがおそらく、ドロシーと関係していることは怜央も容易に想像できた。
「あのっ」
怜央がドロシーに声をかけようとした時、タイミング悪くドロシーの携帯が鳴り出した。
すかさず応答するドロシーに、怜央は機会を逸した。
(てか、よく考えたらなんなんだこの世界は……。市壁や城門、その間から見える街並みは中世風なのに、受付にはノーパソがあるし、スキャンの機械は前の世界よりもずっと発達した技術力がありそうだった。それに魔力を機械で検出出来るということは魔法も科学もこの世界では相当進んでるってことか……?)
怜央はふとスイッチが入り、異世界についての考察を始めた。
龍雪から学園の説明は聞いていたが、この異世界自体についての説明はさほど聞いていなかったのだ。
少しばかり自分の世界に入り込んでいた怜央は職員に声をかけられて元の世界に戻った。
「それじゃこれが夏目君の配布物ね」
職員は紙袋をずいっと押し出し怜央に渡す。
「中には君専用のスマホや寮の場所を印した地図、予定表や学園でのQ&Aが載ってる分厚い冊子があるからね。それと――」
職員がノートパソコンとケーブルで接続されている小さな立体の機械に目をやると、真ん中から横一線に裂けて蒸気を放出しながら開いた。
その様は貝が開くと同様で、中には真珠の代わりに指輪が1つ。
たった今、型どられたと言わんばかりに灼熱の赤から色が落ち着いて行き、白く透明なクリスタルへと変化した。
「これが君の階級を表す指輪です。学生であると証明する為にも常に身に付けておいて下さいね」
「はい。ちなみにこれって何からできているんですか? ガラス?」
「いえ、これはダイアモンドです」
「えっ、宝石を配ってるんですか!?」
「そうですよ。階級が上がればグリーンやブルーイエローダイアモンドなどの指輪と交換になります」
(まじか。滅茶苦茶太っ腹な学園だな……)
怜央は指輪を受け取ると簡易的な説明を受けて街中に入ることを促される。
「この後は寮を確認して貰って講義日まで自由行動となります。街を見歩くもよし、同じ部屋の寮生と依頼をこなすも良し。お勧めは冊子にも載っている学園チュートリアルに参加することですね。全てクリアすると報奨金も貰えますし、学園のことが効率的にわかるようになってますから」
「なるほど。ちなみに寮ってことは相部屋ですか?」
「そうです。四人部屋で、夏目君のチームは――」
職員はノートパソコンを弄り、データベースからある情報を確認した。
「全員既に着いてるようですね。早い人だと一週間前に来ていたようです」
「そうですか。わかりました、ありがとうございます」
怜央は紙袋を手にすると一礼してから門の方へと向かう。
その際、奥に行ったドロシーを一瞥するも、未だ誰かと連絡をしていることを確認した怜央。
(……忙しそうだしまたでいいか)
結局、この時は話を聞くことを諦めた。