第十五話 譲れないもの
レッドアイは腹を抱えてゲラゲラ笑った。
「ハーハッハッハッハ!! お前それ本気で言ってんのか?」
「ああ、本気だよ」
その言葉を聞いた瞬間、レッドアイの口調が変わった。
「だったら止めとけ。この1か月、俺に挑んでくるやつはかなりいた。彼女を守るためだったり、俺を倒す動画をとるためだったりとな。全員腕っぷしには自信があるやつばかりだった……だがどうだ、実際に戦ってみると何の戦略もなく、その場の勢いに任せた攻撃。少しでもナイフで切りつけられるとすぐに怖気づいて、許しを請う。そして女を見捨てる……まったくもって覚悟が足りない。お前もそうなんだろ? 大した覚悟も度胸もないなら、おとなしく教室に戻れ。そうすれば何も危害を加えない」
確かにレッドアイは強い。
束になって挑もうが、実力者が相手だろうが、レッドアイは圧倒してきた。
普通に戦っても絶対に勝てない……だが
「焔!!」
教室の方に目を向ける。
綾香だった。
涙はもう出ていなかったが、目元が赤くなっていた。
何か言いたそうに俺の顔を見ていた。
その表情から何を言いたいかはすぐにわかった。
"逃げて。私のことは気にしないで。焔の傷つく姿を見たくない"
ほら、ものすごく心配そうな顔で俺を見つめている。
でも……ここで折れるわけにはいかないんだ。
だって……
俺はレッドアイの方に向きなおし、呟いた。
「約束したからな」
数秒後、綾香からとても小さい声だったが、確かに「うん」と聞こえた。
その言葉を聞き、俺は呼吸を整え、レッドアイに言い放つ。
「レッドアイ、お前はさっき俺もお前が倒してきた男たちとおんなじみたいなこと言ってたな」
「ああ、確かにそう言った」
「だがな、それは間違っている。俺には覚悟がある。そして、戦略もな」
「ほお、覚悟があるかは後々わかるとして、この短時間でどんな戦略を考えたんだ? 逃げ場もない。見たところ力もなさそうなお前が俺をどう倒すって言うんだ?」
「俺にあんたを倒す力はない。だから俺はあんたの攻撃を避けることだけに専念するつもりだ」
「それがお前の戦略か?」
「そうだ」
「ならやってみろ。それがいかに愚策か自分と確かめるんだな」
戦闘態勢をとった。
いよいよ戦うのか。
覚悟はしていた。だが、この張り詰めたような緊張感。
初めての感覚だ。少しでも気を抜けば、全身から震えが止まらなくなる。
それほどの威圧感だった。
だが、俺も負けられない。今から約45分間、レッドアイの攻撃を避け続ける。
何かナイフを防げるものがあれば、というかないとマジできつい。
でも、そんなもの周りには全然なかった。
なら、なしでやるしかない。最低、腕は犠牲に……
こんなことを頭の中で張り巡らせていると、教室から龍二の声が聞こえた。
「焔!! これを受け取れ!!」
そう言って、俺に向けてはさみを投げた。
このはさみは教卓の中に入っていた刃の部分が普通のものより長くなっている。
本当に良い友達を持ったよ。いつも俺のことを考えてくれて、助けてくれる。
ま、正直に言うと龍二が何かしらしてくれると期待している自分もいたけどな。
「サンキュー龍二。お前は最高の友達だよ」
「焔、お前ならやれる。信じてるからな」
龍二は笑顔で、拳を握りしめ俺の方に突き出す。
俺はうなずき、はさみを握りしめ、レッドアイの方に刃を向け、そこに左手を添えるような構えをとった。
「なかなかいい友達をもったな、小僧」
レッドアイが口を開いた。
このチャンスを逃すな。少しでも時間を稼がないと。
俺はすかさず反応した。
「ああ、その通りだな。本当に良い友達を持ったよ。レッドアイ、あんたにはそんな友達はいなかったのか?」
やばい。
ちょっと挑発気味になってしまったか。
「ああ、いたよ。だが、皆戦場で死んでしまったがな」
俺は一瞬で理解した。
「あんた軍人か!?」
「元軍人だがな」
なるほど。そりゃ強いわけだ。
だがそれならなぜ……
「ならなんで市民を守る立場にあったあんたがこんなことをしているんだ?」
少しの沈黙のあと、レッドアイは急に声を荒げて叫んだ。
「女子高生が、女子高生という存在が憎いからだよおおお!!!」
こう叫んだあと、レッドアイは静かに語り始めた。
―――俺には一人の娘がいる。母親を早くに病気で亡くし、俺も家にいないことが多かったせいか、小さい頃から一人で何でもできるようになっていった。そして、俺が軍人だったこともあって、とても正義感のある子に育ってくれた。だが、その正義感があだとなり娘はいじめなれるようになった。
娘は女子高に入った。その高校にはいじめがあった。娘は良かれと思い、いじめにあっている子を助けた。それから娘もいじめにあうようになったが、娘はそれに全然屈しなかった。
どんどんいじめはエスカレートしていき、暴力を振るわれるようになった。クラスのやつらは全く娘を助けようとはしなかった。だが、娘はそれでも学校に行き続けた。誰にも相談することなく、一人で我慢して。当然俺も知らなかった。自分のことで心配をかけて、仕事に影響を与えたくなかったんだろう。
そしてある日、事件は起きた。
放課後使われてない教室で娘は椅子に縛り付けられ、ガムテープで口をふさがれ、クラスの全員からナイフで切りつけられた。全員を共犯者にすることで口外されるのを防ぐ目的のためだった。娘がいじめから救った女子も娘に切りつけた。クラスの誰も止めようとはしなかった。
どれだけ娘が泣こうが、どれだけもだえ苦しもうが。最後にいじめの主犯格の女が娘に言った。『おい、今から警察呼ぶけど、この傷は顔を隠した知らない男からやられたって言えよ。じゃないと、どうなるかわかるよな?』
こうして、いじめの主犯格とそのグループだけが残り、警察呼んで、さも娘が血だらけの状態なっているのを見つけた発見者に成り代わった。娘は警察に事情を聴かれた時、主犯格の言う通りに話した。幸い傷は深くなかったが、痕は消えなかった。
それから娘はひきこもるようになった。俺は犯人がまだ見つかってないから、家を出ようとしないのだと思っていた。だが、それは大きな間違いだった。
1週間が経ったあと、俺にだけ娘は真相を話してくれた。俺はこの時初めて知った。娘が学校でいじめられてたこと、ひきこもっている理由は女子高生という存在をもう信じることができなくなってしまった、そして怖くなってしまったから。今まで声をかけてくれた子、いじめから助けた子が、こんなにも簡単に自分を裏切ったことに。
だが、もう遅かった。学校側も、警察も誰も信じようとはしなかった。証拠も全くなかったから。
娘がこんな目にあったのに、なんで他のやつらはのうのうと過ごしているんだ? 正しいことをやっただけなのになぜ娘がこんな目に合わなきゃいけないんだ?
このとき俺は誓った。この世の女子高生すべて娘と同じような目に合わせてやると。
そのために俺はレッドアイとなった。嘘を誠にしてやったんだ
―――レッドアイにこんな事情があったなんて。
確かにレッドアイの娘をいじめたやつらは到底許されるべきではない。
だが、すべての女子高生を同じ目に合わせるっていう発想に行きつくなんて狂ってるぞ。
全員が全員娘をいじめたやつらではないだろうに。
……それほどこいつは周りが見えなくなってるということか。
だったら……だったら俺が止めてやる!!
「わかったよ。あんたがなぜそんなにも女子高生に固執しているのか。だがな、こちらにも譲れないものがある。だから、全力で止めに行くぞ、レッドアイ」
(……なるほど。こいつは確かに今まで俺に挑んできたやつらとは違うみたいだな。目が今までのやつらとは決定的に違う。「倒す」ではなく、「止める」か……フッ)
「おい小僧、お前の名前を聞かせろ」
「……青蓮寺焔だ」
「青蓮寺焔か……俺にもこれだけは譲れないんだよ。俺も全力をもってお前をねじ伏せる。俺を失望させるなよ。青蓮寺焔!!」
来る!!
青蓮寺焔。お前は英雄じゃないんだ。だから一度でも足や腹を刺されれば、それでおしまいだ。
だから見逃すな! レッドアイの動き全てを見ろ! 瞬きもするな! 全神経集中させろ!!
レッドアイは左足を踏み込み、焔の顔に向かって、ナイフを突き出した。