ああ、面倒くさい【3】
黙り込む俺とラナとクーロウさん。
困った事になった、という割にレグルスの爽やかな笑顔。
……不気味だ……不気味すぎる……。
これを警戒するなという方が無理だろう。
「……み、店の方で詳しく聞きましょうか……」
「アーン、さすがエラーナちゃん話が早くて助かるワァ〜」
「……テ、テンション高ェ……なんかヤベェ……」
「ダ、ダージス、お前外で村の人たちと待ってなよ……。あとで紹介するから」
「お、おう……って、え? いや別に知り合いになりたくは……」
「商人だから知り合っておいた方がいい」
「……マジか……」
マジだ。
がくりとうなだれるダージスを、村の人たちとともに残して店内へ。
ラナが椅子を集めてきて、お茶を出す。
「アーラ、テーブルや椅子も揃ってきたじゃないン」
「だいぶね〜。けど、来月開店は諦めたわ。とにかくまずは小麦パン屋を無事に開店させて軌道に乗せないとよね」
「エエ、アタシもそう思うワ。手広くやるのもいいけど、続かないんじゃ商売としては二流だものネ」
うんうん、と頷き合うこの二人。
いや、レグルスは分かるけどラナはどこを目指してるんだ。
「で? 厄介ごとっつーのはなんだ?」
「エェ、『エンジュの町』でドゥルトーニル様には話してきたし、許可ももらってきたんだけどネ」
……外堀埋めてきてる。
いやもうそれじゃクーロウさんなら拒否権ないじゃん。
顔、顔!
クーロウさん、その果てしなく嫌そうな絶望感漂う顔、気持ちは分かるけど少し隠して!
「夢が叶ったのヨ」
「夢……が、叶った?」
なんの話、と俺が訝しげにする。
その手前に座っていたラナの瞳がキラキラと輝き出した。
「まさか……養護施設が買い取れたの!?」
「エェ」
……ああ、そういえば言ってたな。
レグルスとグライスさんは『赤竜三島ヘルディオス』の出身。
その中でも、親がいなくなった、親が育児を放棄した子どもの養護施設の出。
いつかあの養護施設を、買い取りたい。
……なぜか?
『赤竜三島ヘルディオス』の児童養護施設は他国からの援助で成り立っているからだ。
『赤竜三島ヘルディオス』だけは胴体大陸から離れ、独自の文化が強い。
あの国では権力者……強い者が生きる権利を持ち、弱い者はそれがない。
とにかく過酷な土地なのだ。
加えて、支配者がそんな考え方なので親がいなくなったり、育児放棄された子どもは……。
そこを援助という形で他国が養護施設を作り、そこを窓口にしている。
他国としてもその養護施設がなくなるのは困るはずだ。
……だが、それを買い取った、という事は……。
ラナは純粋にレグルスの夢が叶った事を喜んでるみたいだけど……ああ、嫌な予感しかしなーい。
「待って待って待って。どうやったらそんな事出来るの。児童養護施設って、確かアレでしょ? 複数の国の支援で成り立ってるでしょ? それを買い取るなんて……」
少なくとも他国が黙ってない。
『赤竜三島ヘルディオス』とどうしても繋がりを持っていたい、とこだわりの強い国があるわけではないけど……あえて断ちたいはずもないわけで……。
それなのに、どうやって『窓口』を買い取れるの。
「フフフ、簡単ヨ。確かに養護施設は複数の国の支援で成り立っていたワ。目的は『赤竜三島ヘルディオス』との窓口よネ。エェ、ダ・カ・ラ〜、
「…………」
頭を抱えた。
ラナも一瞬顔に「?」を浮かべたが、すぐにその意味に気がついたのかギョッとする。
クーロウさんもすでにげっそり顔。
「む、無茶な……」
「そうでもないワ。あの国に残っていたアタシの弟分が協力してくれる事になったもノ」
「そ、そもそも、よくそんな事を『赤竜三島ヘルディオス』の族長が認めたね?」
聞けばかなりの保守的思想の持ち主が族長になると聞く。
そんな相手を、どうやって説得したのだろう。
それとも『赤竜三島ヘルディオス』側からすると他国との繋がりなんて最初からいらなかった?
まあ、そういう思想とは聞いてたしな?
い、いやぁ、でも……。
「あっちの方が簡単だったワ〜。ヘルディン族は変化が嫌いなんだけど、竜石道具は大好きなノ。守護竜様のお力を感じられるモノ、守護竜様のお力を借りて動かすモノだからネ」
「……」
それは、ああ、まあ……そう言われてみると……。
行った事がないから、あまり竜石道具が進歩してるイメージはないが、確かにヘルディン族からすれば信奉してやまない守護竜の力の一端で使うモノだからむしろありがたいモノ……?
と聞くと満足げに頷かれた。
そして……俺とラナがレグルスに餞別として持たせたのはラナの前世にあった『クーラー』という冷たい風が出る竜石道具。
……察した。
「なるほど……『クーラー』は施設一つ売り飛ばしても構わないってほど、お気に召したと……」
「エェ、一気に族長に会えて交渉が楽ちんだったワ。もちろん、すでに注文殺到ヨ☆」
ウインクとかいりません。
「他国にはうちの商会が窓口になるって事で手を打ってもらったノ。……施設の子たちは、連れて帰ってきたワ。あの国は……子どもには生きにくいったらないからネェ」
嬉しそうに……しかしどこか無理しているような笑顔。
行った事のない俺には話でしか聞いた事のない過酷な環境。
生きづらい、とは……きっと言葉通りなんだろう。
その点『緑竜セルジジオス』は空気も綺麗だし気温も高くならない。
『青竜アルセジオス』の方がまだ湿度高くて過ごしにくいくらいかも。
食糧も野菜や果物が年中採れるし、質のいい草が生えてるから食肉用の家畜の育ちもいい。
この国は多分、世界一食に関して困らないだろう。
「んで、連れて帰ってきたっつー事は……」
「エェ、今は『エクシの町』のうちの店に預けてきたワ。それで、ここからが相談なんだけどネ? 竜石職人学校の横に、子どもたちが住める建物を作ってもらえないかしラ? お金はもちろんアタシのポケットマネーから出すから〜ン」
「ンなもん当たりめぇだろ!」
「……世話はどうするつもりなんだ?」
「施設の子たちは自立出来てるワ、割とネ。最年長の子もしっかりしてるし、自分たちで大概の事はなんとかしちゃうわヨォ。なにしろ“あの土地”で生き抜いてきたんだもノ〜」
「…………」
聞いただけの知識ではあるが、説得力を感じるなぁ。
……ふむ、しかしまあ、最低限の世話でいいんなら、職人学校の側で十分という事か。
さすがに町から離れた場所には置いておけないし、とはいえ慣れない土地に慣れるまでは時間がいるはずだ。
ラナは図太かったけど、子どもともなると…………いや、待て。
「レグルス……」
「ア〜〜ン、そんな怖い顔しないでェ? ユーフランちゃん好きでショ? コ・ド・モ」
「あ……」
ラナも察したらしい。
ああ、そうだ。
レグルスは町から離れすぎず、かつ牧場からも行きやすい職人学校の側に子どもたちの施設を建てたいと言った。
子どもたちは自立出来るとはいえ、やはり最低限の支援は必要。
おそらく急な環境の変化に対応は難しい。
しばらくは注意深く面倒を見る必要がある。
それなら町中の方がいいに決まっているだろう。
それなのに、あえて町から少し離れた場所に施設を建てたいというその意味。
……『赤竜三島ヘルディオス』出身者は赤毛、紅い瞳が特徴の者が多いからだ。
この国、『緑竜セルジジオス』は『赤』は緑を燃やす火を連想させるため忌避される。
『エクシの町』には、施設は作れない。
幸いな事に?
牧場には『桃色の髪と真紅の瞳』の大人の男がいる。
それも、元貴族。
教養も常識もあるし?
ついでに子ども好きで子どもに関しては大変面倒見がいいときたものだ。