第八話 綾香
「焔! 龍二! 二人ともめっちゃカッコよかったよ!」
そう言うと、綾香は俺の方に振り返り、満面の笑みでこう言った。
「特に焔のあんな真剣な顔久しぶりに見たから、惚れちゃいそうになったよ」
少しドキッとした。
おいおい、彼氏がいるのにこんなこと言っていいのかよ。
「もし、お前の彼氏がその言葉を聞いたら、俺殺されてたかもな」
「え? 綾香って彼氏いんの?」
あ……つい条件反射で言っちゃった。
実はこのことは蓮から皆には言うなと口止めされてたんだ。
―――その日は教室で龍二に勉強を教えていた。
「だーもう! わかんねーよ! ほむら~」
「つべこべ言わずに言われたことをやれ。明日の小テストで50点以下だったら補習なんだぞ」
「あー集中切れた。ちょっとトイレ行ってくる」
「さっさと戻って来いよ」
龍二はのそのそと教室を出て、トイレに向かっていった。
静かなだな。
誰もいない教室っていうのは静かだ。
そんなことを思いながら、少しオレンジ色になっている景色を窓から眺めていた。
ガラガラ
教室の扉が開く音がした。
龍二が帰ってくるには早すぎると思い、音のしたほうに目を向けると、蓮が入ってきた。
「よー焔、こんなとこで何してんだよ」
お前こそ部活はどうしたんだよ。
「ああ、龍二に勉強を教えてたんだよ」
「その龍二はトイレか」
何で知ってんだよ。
「ああ、トイレに行ったよ」
「てことは……お前一人だな」
なんだその質問は?
気持ち悪いな。
「ああ、そうだよ」
そう答えると、蓮はニヤリと口角をあげ、俺に近づいてきて、小声で話し始めた。
「実はな、言っちゃダメだって言われたんだけどな。俺……綾香と付き合ってんだよ」
は? お前みたいなやつと綾香が付き合うわけねーだろ。
と……思った……が、案外まんざらでもないかもな。
蓮は綾香の一つ後ろの席で、休み時間とかいつも楽しそうにしゃべってるな。
帰りも並んで歩いてるのをよく見るし。
綾香はこいつの本当の姿を知らないから無理ないか。
「へー。そいつは良かったな」
「どうだ。うらやましいだろ」
正直こんなやつと綾香が付き合っているなんて信じたくないが、綾香が選んだことに俺が口出しするのは違うな。
「で? なんでわざわざ内緒のことを俺に言うんだ」
「いやー、ただ誰かにしゃべりたくなってな。お前なら誰かにしゃべったりしねーと思ってな」
「そいつはどうも」
「じゃ、俺もう行くわ。綾香が待ってるからな」
いちいちむかつくこと言いやがって。
笑いながら教室を出ようと扉に向かっていくと、立ち止まってこっちを向いた。
「おい焔、このことは絶対に誰にも言うんじゃねーぞ。綾香にもな」
「はいはい、わかったからさっさと行けよ」
ニヤリと笑い、蓮は教室を出て行った。
その後、すぐにまた扉が開く音がした。
龍二だ。
「おい、今蓮がご機嫌な顔してすれ違ってったけど……なんかあったのか?」
あいつ……
「いや、ちょっとした自慢話に付き合わされただけだよ」
「ふーん、ちょっとした自慢話ねー」
「さ、続きやるぞー」
「えー」
―――ということがあった。
やばいな。
うまくごまかさないとな。
「え? 私って彼氏いたの?」
綾香が驚いたように俺に聞く。
「え? 蓮と付き合ってんだろ」
「えー? あんなゲス男と付き合うわけないじゃん」
「あいつの性格知ってんのかよ……」
「大体の女子は知ってるよ。それでもほとんどの女子は彼のことが好きみたいだけどね。で、さっきの話どういうこと?」
こちらに強い視線が突き刺さる。
俺は降参だとばかりに両手を挙げて、下を向いて答えた。
「わかったわかった。話すからそう睨むなよ」
そして、俺はあの日教室であったことをすべて話した。
―――「もう本当に気持ち悪い男ね」
「おい焔。これクラスのみんなに話してやろうぜ。また、あいつの面白い顔を拝めるぜ」
龍二はゲラゲラ笑いながら言った。
「いや、めんどくさいことになるかもしれないからやめとこーぜ」
「ま、お前ならそう言うと思ったけどな」
「それはそうと綾香、何であいつは俺にあんなうそをついたんだ? なんか知ってんだろ」
「は? どういうことだよ」
「……後ろの席からずーっと自分の自慢話とか話してくるから、他の男の話でもすればもう話しかけてこないかなーと思って……」
綾香の声は次第に小さくなっていった。
はあ・・・まあだいたい察しはついたが、一応聞いておくか。
「で、他の男って言うのは」
綾香は下を向いて、もじもじしながら小さな声で答える。
「焔」
はーやっぱりな。
これで合点がいった。
なぜあいつが俺にあんなことをいったのか。
なぜあいつが俺にこんなにちょっかいをかけてくるのか。
「ヒューヒュー、あついね焔君」
「ちゃかすな」
そう言い、龍二の腹に拳を埋め込む。
「ぐふっ」
俺は綾香の方にもう一度振り返った。
「おい綾香、もう蓮に俺の話をするな。また、調子づくからな」
「えー、でも焔との昔話すると、止まらなくなっちゃって」
そりゃ、好きな奴が他の男の昔話されたら、嫉妬するわな。
「いいからもうやめとけ。嫌なら、あいつのことが嫌いな……グループ? かなんかににかくまってもらえ」
綾香はちょっと考えるようなしぐさをみせたが、すぐにこちらに向き返り、笑顔を見せる。
「それもそーね。ただもうちょっと昔話したかったけど。じゃーちょっとかくまってもらえるように相談してくるね!」
そう言って、女子の集団が歩いているところに走っていった。
焔はその後姿を少しの間、目で追った。
「そろそろ、俺たちも戻ろうぜ龍二」
「そうだな」
教室へ帰っている途中、焔はふと思った。
昔話……ね。
―――「待ってよ焔ー!ねえ待ってー!」
「遅いぞ綾香ー。待ってやるから早く来いよ」
「うん!!」