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海賊の野望

「世界を滅ぼす力を人間どもに見せつけろ」

夜の闇の中で低くすごみのある声が恐ろしい内容をさらりと告げた。それに答えたのはたった今目覚めたばかりの同じく低い声だったが、こちらは有機的なトーンではなく冷えた空気のように冷徹に響く調子であり、半ば人工的な雰囲気を漂わせるものだった。その声は突如下された指令には答えず、質問した。
「お前は何者だ?一体どんな権利があって私に命令を…」
「海賊だ。名だたる高貴な血をひく人間のうちの一人」
遮るように返した抑揚のない声には明確な悪意が感じられた。まるでこれから自分が話しかけている存在と共に非道きわまりない悪行を成し遂げることが楽しみだとでも言わんばかりの口振りで。
物理的な空間によって妨げられることのない両者の会話が成立しているのは、海賊の手に握られている小さな青い石に内蔵された通信機能によるものだった。丸みを帯びた発光しているそれを通じて彼の意識上で語りかける声がどこに眠っているとも知れない話し相手に時空を超えて行き届いていた。海賊の話し相手は人間でも知的生命体でもなかった。
「人間か」その存在は言った。軽蔑したような口調だった。
「具体的にどこの誰が話しているのか私には不明瞭だが、お前には同じ人間の仲間を蹴落とそうとしているように思えるな。そんなお前の話から人間に対して想起できる見解はただ一つ。それは現在の世界にのさばる人間たちに果たして存続し続ける価値があるのか、甚だ疑問に思っていたことだ。私が生まれた遥か太古の時代からずっと不思議だった。なぜ、紛争の絶えない者たち同士でこのちっぽけな世界に寄せ集まって生きているのか。私が健在だった過去の時代において、なぜそんな種族に服従しなければならなかったのか。いつの時代になっても学習できない、救いようのない思考回路の持ち主たちなのか、と」
「俺がその疑問を解決してやる」海賊が畳みかけるように言った。そして「ただし、俺の命令に従うならばな」と付け加えた。
提示された条件を飲み込むには至らず、その存在は反発した。
「私の疑問に対する答えに沿う要望ではない。たった今言ったはずだ。私は人間に服従するような考えには賛同しないと。たとえその決断が世界全体の存亡にとって相応しくない選択だとしてもだ」
「だが、今お前はその解決方法に矛盾するようで矛盾しない答えを導き出した。その疑問を解決するための方法。それはお前自身が世界を滅ぼしてでも独自の考えに一貫性を持たせる選択肢を採択することに全うできることだ。俺以外の今の人間たちに追従する考えには目もくれなくていい」
意図がひそかに仕込まれたような海賊の発言に、その存在の意識に微妙な変化が見られた。その証拠に青い石が発する光がわずかばかり明るみを増す。
「昔から海賊という形態に分類される人間たちは、他の同胞とやらにともすれば「学のない連中」と一方的に揶揄されてきたようだが、海賊を名乗るお前にしては多少なりの学識を有しているようだ。そういう知的な隠喩的言語を用いた表現は嫌いではない。お前の言いたいことは分かるぞ。それはつまり………」
「それはつまり、お前が人類を滅ぼすということだ。そのための適切な指示をこの俺が下してやる」
「そうか」その存在は短く答えた。半ば嘲っているような言い方だった。
「しかし、そういう提案を私に提示するお前にはたった一つ、生まれながらにして致命的な欠陥がある。それはお前が人間だということだ。そしてそこから導き出される答えは私は人間の端くれであるちっぽけなお前に服従する義務はないということだ。つまり、今のお前の発言した内容は、人類を軽視していいと言い張るそもそものお前が人間であることからその発言を呈する権利はなきに等しいという矛盾をはらんでいる。よって、私がお前に服従する理由は何一つとしてない」そう論破した後に「人間という者はいつになく自我を破滅させる論理を自ら表現したがる。実に面白い」と付け足した。
提案に論理的欠点を指摘されても、海賊は落ち着いていた。
「俺が人間であるかどうかなどそんな論点は金輪際関係ない。大体俺は、『人間ではない者』の血をひく血統の出身なのだからな。その他大勢の群れを成すヒツジたちとは訳が違う。どちらにせよ、世界は今大きな転換点を迎えている。人間ではないお前にとって新たな世界を創造するまたとない転機だ。お前のために、そして新しい世界の到来のために、力を貸して欲しい」
ほんの数秒間、両者の会話に沈黙が生じた。お互い生命を持つ者と持たざる者との違いがあることはどちらも理解している。しかしどこか抜け目のなさを互いに併せ持っていることを推察したのか、その存在は海賊に何か勝算があるのかもしれないと感じ、気になる点を問うてみた。
「お前の言うその『人間ではない者』とは何なのだ?」
その存在には確認できなかったが、海賊は自身の傷だらけの顔に繕った邪悪な表情の中に自信満々たる余裕を示した。
「トランセンダーだ」
その存在の思考回路が突如著しく変更し始めた。その名を知っているが故に、生命を持たない者と言えども人間の動揺に値するような意識の変容が起こった。
その可能性を吟味するように「お前は本当にその血を引いているのか?」と念を押した。
「間違いない」海賊の声に荒い口調が混じった。
「おれの父は、他でもない比類なきあの種族と同化した人間の直系、つまりその息子のおれはトランセンダーということになる。トランセンダーということはつまり、俺にはかの有名な海賊が残した秘宝を手にする資格があるということだ。これがどれだけ大きな意味を持つか、多くのヒツジたちは知りもしない」
「人間より優良な知能を持つこの私から、お前にある権利を与える」
トランセンダーと聞いて気が変わった。しかし、それが誠か否かを見極める必要がある。その真偽を確かめる術はただ一つ。それは………。
「一度私の所へ来るがいい。到着したらこの私を解放しろ。その時にトランセンダーとしての証拠を見せるのだ。場所はバルシャスターナ時代から現存しているパータリップ島の海岸からそこまで離れていない港町だ。トレクトファンズ海域の近辺に位置している」
「話が早くて実に感嘆する」海賊は自分なりの敬意を示すような言い方をした。「今すぐに現在地から出発しよう。明日の夜には着く」
「もし、真実ならお前の画策する計画を聞こう。虚偽であるならば………その時はお前を死に至らしめる。そのつもりでいるがよい」
「心しておく」
青い石から手を離す前に、海賊はもう一度話しかけた。
「一つ言い忘れていた。おれの名はヴィスコンバル。ヴィスコンバル・レイナレス。世界を変える男の名だ。そして最後に聞きたい。古代知能として高度な情報処理能力を持つお前の本当の呼び名は何だ?」
「エクセリクト」冷たい声が答えた。
「進化を意味する、かつて実在したかの有名な海洋王国、バルシャスターナの人間たちによって創造された『大いなるもの』だ」


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