〈Destruction and creation 〉
俺が家出してから、約五ヶ月が経っていた。季節はクリスマス。十二月になっていた。
俺たちがあの廃墟にいたのは一ヶ月ぐらい。後は転々と場所を変えていた。不思議なことに、アリーシャといるとお金に困ることもなく、泊まるところにも困らなかった。
それが、アリーシャの持つ力なのだろう。道端で一万円を一日で五回も拾ったり、ホテルに無料で泊まれる券を見ず知らずの人に突然貰ったりしても、あまり驚かなくなっていた。
他には俺たちを車に乗せて長距離まで運んでくれた人が、実は不動産をいくつか持っていた。俺たちのことを気に入ってくれたから、空き部屋をしばらく自由に使っていいと言ってくれる出来事もあった。
アリーシャと家出した当初はまだ、運が悪い方だったのだ。運が悪いとは言っても、やっぱり混んでいるレストランで相席になった人が奢ってくれたし、お金があまり無いときは無料券や割引券を拾うことが多かった。
俺は学校に戻る気でいたのに、アリーシャと今も行動を共にしている。なぜだろう。アリーシャと関係を持ってから、アリーシャから逃げられなくなった気がしていた。
アリーシャの持つ能力のおかげで、俺たちは生活に困らない。それも大きいと思う。
何もしなくても生活に困らないから、ただ毎日をだらだらと過ごしてしまう。だけどそんな生活を送っていても許される。
勉強しなくていい。面倒な人間関係もない。特待生になるために努力しなくて済む。嫌な親から逃げられる。
それも全て、アリーシャといるからだ。アリーシャのおかげで俺は楽な日常を送れている。
だから、アリーシャといれば俺はそこまで頑張らなくていい。お金は向こうからやってくるから働かなくていいし…勉強も何も、神経を張りつめた今までの生活も、苦しいことはしないでいい。
そうしないで済むのは、全てアリーシャのおかげ。
だから、アリーシャの為に俺は何かしないといけない…アリーシャのためにできることは、俺がアリーシャの傍にいることだ…だってアリーシャは俺がいないと一人ぼっちだ。俺がいるからアリーシャは一人にならないで済む…だからアリーシャの為にできることは、アリーシャから離れずに一緒にいることだ。
その為に俺はアリーシャの傍にずっといる。アリーシャがいるから俺は楽ができる。
良い関係だ。俺とアリーシャはこれ以上ないぐらいに、良い関係を築いている。
俺とアリーシャは買い物をしに、大型ショッピングモールへと来ていた。偶然拾った宝くじで当てた五万円で、新しい服を買うためだ。
「同じ服を何回も着ているからね。そろそろ新しい服を新調しないと。スロアの服も買ってあげるよ。」
「本当?ありがとうアリーシャ。」
いつもの日常だ。こんな日常が、ずっと続けばいいのに。
俺はふと、電器店でつけっぱなしにされているテレビの方を見た。そこには、俺の顔が映っていた。
「!?」
驚いて、よく見ようとテレビの方へ駆け出した。「スロア?!」アリーシャの声が後ろから聞こえてくる。
テレビを見ると、何度見ても確かに俺が映っている。
「こちらは約半年前から行方不明になっている少年でー」
画面の向こうでは、女の人が俺について話している。画面が切り替わり、俺の父親がでてきた。
「真面目で努力家な子でした。親としては、一刻も早く見つかることを願っています。」
神妙な顔でそんなことを喋っている。嘘付け、お前は世間体を気にして俺を心配しているふりをしているだけだー心の中で俺は毒を吐いた。
また画面が切り替わった。今度はリアがでてきたので、俺はびっくりした。
「本当に良い人で、よく勉強を手伝ってくれました。行方不明になっていると聞いて、とても心配だし、悲しいです。」
リアは暗い表情をしている。リアの言葉は素直に嬉しかった。俺のことを気にかけてくれていたのか。
「この少年について何か知っている人、もしくは見かけたことがある人は下記の番号にご連絡下さい。」
画面に赤字で、電話番号が表示された。俺のニュースはそこで終わり、次は有名なアイドルが電撃結婚したというニュースに変わった。
「…今のって、スロアだよね。」
気付くと横にはアリーシャがいた。アリーシャもニュースを見たのか。
「…ニュースになるとは思わなかったな。」
「良かったじゃん、スロア!」
アリーシャは満面の笑顔だ。
「え、何が?」
「こうやってニュースになっているということは、両親が心配して捜索願を出したのよ。つまり、スロアは多少は大事な存在ってことになるよ。」
「…どうかな。単純に、子供がいなくなっているのに届けをださないのは変だと思われるから、体裁を気にして出しただけじゃないか。」
「スロア、捻くれているなあ。」
「絶対、そうだ。」
アリーシャとそう会話しながら、俺たちは買い物に戻った。念のために、白いキャップを買って被っておいた。アリーシャが黒いキャップだから、俺は白いキャップだ。
アリーシャがアパレル店でサックス色のコートを買っているとき、妙に俺のことを見てくる客がいた。
俺はなるべく見られないように帽子を目深に被り直して、その客に対して後ろ向きになる。
アリーシャがレジを済ませると、俺たちは店をでた。店から少し離れたときに後ろを振り向くと、その客とばっちり目があった。
俺は何となく不安になった。
それから二日後。俺とアリーシャは福引の抽選で遊園地のチケットを当てたので、遊園地に向かっているところだった。
だが途中で足止めをくらった。
「君たち、ちょっといいかな。話を聞きたいんだけど。」
五十代ぐらいに見えるおじさんに声をかけられた。俺は警戒するが、アリーシャは「何ですか?」と調子よく返事する。
「まず、年齢と名前、それから学校か職業を教えてくれないかな?」
「年齢は二十歳で、名前はユリア。学校は卒業していて、今は普通の事務員をしています。」
アリーシャはペラペラと嘘をつく。俺もアリーシャにならうことにした。
「俺も二十歳で、名前は…カイ。職業は…普通のサラリーマンです。」
「なるほど。良ければ、運転証とか何か、身分証明書を提出してくれる?」
「…今は持っていないです。」
「俺も持ってきていないです。」
おじさんは怪しむような顔になる。
「じゃあ待っているから、持ってきてくれないかな?ちなみにおじさんは、こういう人だから。」
おじさんは手帳を見せてきた。それは〈アジャスト〉の手帳だった。アジャストは治安を守る職業のことで、質問にはなるべく答えることが義務付けられている。
「わかりました。来てください。」
アリーシャがおじさんに背を向けた瞬間、勢いよく走り出した。俺はアリーシャと反対の方向を走り出す。
「あ、ちょっと!!」
おじさんの怒りの声を聞きながら、俺は全力疾走する…が「ヤァーッ。」というアリーシャの叫び声が聞こえて足が止まった。
振り向くと、アリーシャが女の人に取り押さえられていた。俺は慌てて助けに向かう。
…が、俺は待ち構えていたおじさんに袈裟固めをされて地面に押さえ付けられた。
「やっぱり、君はあの行方不明になっていた子だよね。通報が入ってきたから念のために巡回してたんだ。あっちの子は仲間かな?」
「…あの女の人、誰ですか?」
俺の視界には、女の人と取っ組み合いをしているアリーシャの姿が見えていた。
「あれは車で待機していた女性のアジャスト。君たちが逃げ出したからすぐ捕まえに行ったんだ。」
アリーシャが女性の腕に噛み付いた。女性は一瞬怯むも、負けじと馬乗りになる。アリーシャは手と足を激しく動かして更に暴れだした。
「どいてよォー。私のなかに、なかには赤ちゃんがァ…。」
「え?」女性は驚いた顔つきになる。
俺もぽかんとした。赤ちゃん?
「痛いいたいィ…。」
アリーシャは泣いている。女性は慌ててアリーシャから退いたが、アリーシャはお腹を抱えてうずくまっている。
「いたィ、いたいィ………。」
「だ、大丈夫ですか?」
女性アジャストが話しかけるが、アリーシャは無視してぶつぶつと呟いている。
「…っすみません、こっちに来てもらえますか!」
女性は耐えきれなくなったのか、おじさんアジャストに助けを求めた。おじさんも駆け足でこちらに来た。
身動きがとれるようになった俺も、様子を見にアリーシャのもとへと駆け寄った。
ーアリーシャの下腹部あたりから、血が出ている。その血は止まることなく、どんどんでてきた。俺の足元に、アリーシャから出てきた血液が触れるぐらいに血液は広がっている。
「何これ…?」とか細い声で女性は言った。その顔は蝋人形みたいに血の気がない。おじさんもただ呆然としている。アリーシャはごろりと仰向けになった
「ヒィッ。」と女性は恐怖の声をあげる。アリーシャは上目遣いで俺を見ていた。「ごめんね。」アリーシャは俺に言ったようだ。「何が?」と聞くとアリーシャは「スロアとの赤ちゃん、流れちゃったみたい。」実に哀しそうな声だった。
「子供ができていたなんて、知らなかったよ。」本当に知らなかった。気付かなかった。
「もう少ししたら教えようと思っていたの。スロアの誕生日に。」そういえば俺の誕生日はもうすぐだ。十二月三十一日。明日じゃないか。
そう言っている間にもアリーシャの血はどんどん流れて広まりどす黒い血がこれでもかというぐらいに広がっていてみんなの足元はどす黒いものでいっぱいになっていて辺りを見回すとあそこもこちらも赤く黒い血ばかりじゃないか。
「私にはね、神様が取り憑いているの。私のお母さんも、その前のお母さんも、みんな取り憑かれていたの。
そうやって長い年月、私たちは神憑きを受け継いできた。ずっと神憑きでいると、付喪神みたいに力が増していって、神様と同じ能力を発揮できるようになるの。
みんなの苦しみとか恨みとか嫉みとか悲しみとか怒りとか、そういう感情が私の神としての力を強くした。みんなが私に力を与えてくれた。
今ね、アリーシャはとっても悲しいから、力が凄く強くなっているよ。みんなのおかけで強くなれたから、恩返しするね。」
「恩返しって、何するの。」
「この世界を一旦壊して、もっとみんなにとってより良い世界を創りだすよ。」
アリーシャがそう言った瞬間に、物凄く強い風が俺たちを襲った。強すぎて、目が開けられない。
しばらく目を閉じていると、俺の体に異変が起きているのを感じる。だけど目を開けられない。開けようとしているけど、瞼が開く感触がしない。
ーいや、瞼が無いのだ。どこを見ても暗闇だ。違う。俺が暗闇なのだ。手も足も全て暗くどす黒い。
瞳はないけど、何が起きているのかは分かった。ぼんやりとした靄の中、アリーシャが何をしているのかが手に取るように伝わってくる。
アリーシャの肌は、あの赤い瞳のように赤い肌をしている。アリーシャのあの額の三日月型の模様は完全に開眼していて、第三の眼になっていた。アリーシャの足は四本に分かれ、手は強風を呼び起こす翼になっている。
その翼はとても頑丈で、誰かがアリーシャに銃弾を当てているけど、全く効果がない。翼の鱗は鋭い刃となり、辺りを切り裂いて粉々にする。
アリーシャの口からは炎が絶え間なくでていて、アリーシャが吠えると炎は一斉に地上へと降り注いだ。その炎を浴びるたびに、人が百人、二百人……だめだ、数えきれない。
第三の眼からは光が放射されている。その光はあらゆる物体を焼き尽くし、どろどろに溶かしつくす。
……アリーシャともう一体、何かの気配を感じる。これはきっと……アリーシャの子供だ。俺たちの子供だ。
さっき死んでしまったけど、アリーシャの力で蘇ったのか。でも完全な姿ではない。人の姿をしていない。
片目が空洞だ。きっと蘇るときに落ちてしまったのだう。不完全だから。手にはどこから拾ってきたのか、鎌を持っている。
その鎌をぶんぶんと振り回して遊んでいる。遊び相手に選ばれた人は大変だ。あの子はどこまでも追ってくるから。鎌で切るまで追ってくるから。
……きっと鬼ごっこをしているような気持ちなのだろう。楽しんでいるが、俺には分かった。
俺の方は……俺の中に人がうじゃうじゃといる。俺を見た奴は、みんなおれの中に収納されてしまうのだ。俺にもどうしようもない。アリーシャがそういう風に俺を改造したから。
俺の中にいる人たちはみな地獄の苦しみを味わっている。何故かといえば、俺が苦しみや悲しみや恨みとか嫉みとか、そういった物を纏っているせいだ。
この暗闇はそれを表している。可哀想だ。早く何とかしてあげたいけど、アリーシャがまだ動いている。アリーシャが許可を出さないと、俺にはどうにもできないのだ。
……あ、俺の親はここに入るのに相応しい人物じゃないか。親の姿を探すけど、既にアリーシャの炎でやられてしまったようだ。残念。
俺が恨みを思い出すと、この暗闇の苦しさも一層増した。おっと、いけない、いけない。アリーシャに攻撃していた者たちが、みな次々と諦めるのを感じた。 この破滅を受け入れよう。そういう感情で皆が一致した。……ああ、あれはリアとメイミじゃないか。俺のクラスメイトたちも沢山いる。みんな、アリーシャや俺たちの子供にやられてしまったようだ。俺の中にも、同じ学校の生徒や先生が何十人かいる。申し訳ないけど、仕方がない。しばらくはのたうち回ってもらうしかない。
地上の人々、万物の生命が完全に感じられなくなった。一体、ここまでくるのにどれくらいの時間が経過しただろうか。
半年か、一年か。もっと早いかもしれない。あらかた地上を一掃し、アリーシャは満足そうだ。アリーシャが嬉しそうだと、俺も嬉しい。
皆の命はもうないけれど、意識はそこら中に漂っている。皆はどうするか迷っていたようだが、アリーシャの力に恐れをなしたようだ。
アリーシャに服従し、アリーシャと一体になることを選んだ。何十人何百人何千人何万人何億人もの意識がアリーシャに吸収され一体化する。
みなはアリーシャに吸収されていく中で進化していく。進化した意識は苦しみや怒りや恨みや悲しみ妬み嫉みの感情から解放されていく。
俺の中にいた人たちも吸収され進化していく。やがて俺たちの子供もアリーシャと一体となり、俺も吸収されていく内に暗闇がどんどん晴れていった。人生で最高の瞬間だった。
あらゆる万物を吸い込み、俺も吸収したアリーシャは最後の仕上げとばかりに、雷という名の鉄槌を数えきれないほど落とし地上を浄化させた。全てがアリーシャと一つになった。
アリーシャは全てをやり直す事にした。
アリーシャはまず宇宙の原則や物理法則を消去した。アリーシャが消えろと言えばそれは最初から無かったことになる。アリーシャが闇よできろと言ったらその瞬間に闇ができる。
アリーシャは暗黒の闇に地と水と風と火と空の要素を生みだした。そして地と空を上下に分けて水を浮かべた。風は火の周りを通る。アリーシャは水辺に無限に近い数の種を蒔き、育つのを待った。
何億年かかけて育った種はやがて光り輝く黄金の卵に成長した。
アリーシャが卵に触れると、一斉に割れて光が満ちた。
卵はまた何万年もかけて成長し、実体化していった。
そして