『緑竜セルジジオス』の姫
それからあっという間に『緑竜セルジジオス』の王都へ向かう日が来て、出発。
『エンジュの町』でカールレート兄さんとおじ様の二人と合流。
三日かけて王都に入った。
「……ここが『緑竜セルジジオス』の王都なのね……」
「そう! 緑の都、『ハルジオン』だ! ハルジオンは建国の王の名前で、『聖なる輝き』を持つ者だったそうだ!」
「へー」
知ってる。
貴族には一般教養だ。
ラナは……前世の記憶を思い出した時の反動で、今世で学んだ事がスコーンと抜け落ちてたりするらしいから、感心してるけど……学んでるはず。
いや、あれはカールレート兄さんに気を遣ったのかも?
まあ、そんな感じで各国王都の名前は初代建国の王のだったり、国に貢献した『聖なる輝き』を持つ者の名前だったりする。
『赤竜ヘルディオス』だけは、先代の族長の名前が首都に名づけられるため、あの国だけは「首都」と呼ばれるけど。
「…………ほ、本当に、緑生い茂ってます、ね」
「だろう!?」
「なんだ!? 気分が悪いのか!? 吐くのか!? 停めるか!?」
「だ、大丈夫です!」
そうは言うが、ラナの顔色は段々と悪くなっているように見える。
「本当に大丈夫?」と声をかけるが、ラナは俺の方をあまり見る事もなく窓の外を眺めながら「ヘーキ」と呟く。
あの手紙の一件から、時々こう、以前にはなかった距離のようなものを感じる。
カールレート兄さんにはすでに勘づかれて「喧嘩か? 早く仲直りしろよ」と肩を叩かれる始末。
喧嘩、なら、まだ理由がはっきり分かるんだけど……。
大体、喧嘩だったとしても俺がラナに勝てるわけないじゃん。
彼女は、どうやら俺が思っているよりもずっと繊細で真面目で優しい人だったらしい。
あんな平然と「オーッホッホッホッホッホッ!」とか笑う一面を持ちながら、だ。
まったく、とんだ猫かぶり……すっかり騙されたなー。
「…………」
ラナの見る景色を、俺も見る。
馬車のガラス窓に映るのは、彼女の不安そうな表情。
その向こう側。
木々が家の周りに絡むように立ち並ぶ。
どの家も木々のように背が高く、聞けば五階建てもザラなのだそうだ。
屋根の辺りには花や背の低い樹木が植えられ、壁には蔦が張り巡っている。
町中に小さなか細い水路が引かれていて、木々を潤していた。
確かに……美しい町だけど……。
ラナの不安そうな表情の原因は、きっとこの木々。
例の小説で、ラナの登場シーンは森の中だったそうだ。
牧場ではモロにその条件に当てはまると思い——王族の招待を断れないのもあるけど——王都まで出て来たというのに、こんなにもりもり茂っていては牧場の方と背景大して変わらねーなー。
まあ、つまりそういう事。
ラナは不安なのだ。
この背景、小説二部のストーリーとやら、自分が悪役令嬢で、アレファルドとリファナ嬢がこの国にいる、もしくはこれから来る事が。
だからこんな顔をするんだろう。
あーあ、どーしたもんだろーなー。
邪竜信仰の教徒なんて、その辺にほいほい歩いてるものでもないと思ってるんだけど……ラナの不安はそう言ったところでぬぐいきれるものでもないだろう。
定められたストーリー通りに事が進む?
そんな事があるのか。
つーか、それなら俺もまたそのご都合ストーリーを成立させるべく巻き込まれるんじゃないの?
ラナが言うには、俺はその因子らしいもん。
それはそれで冗談抜きでヤなんだけど〜。
「着いたぞ! 我が家の別邸だ!」
叫ぶおじ様。
聞こえるってば、そんな大声出さなくても。
王都のドゥルトーニル家別邸。
王妃と王女への謁見は明日の予定。
お二人の反応によっては、数日滞在する事になるお邸だ。
おじ様たちの家の使用人たちが荷物を持って入っていくのを眺めながら、城の方を見上げる。
真っ白なレンガで作られたのか、白塗りなのか、とにかく城は真っ白。
いや、シャレとかではなく。
それに蔦が無数に絡みつき、そして数階おきに空中庭園があるのか緑がもさもさしている。
『青竜アルセジオス』の城は茶色のレンガに、水路が無数に張り巡っているので『緑竜セルジジオス』は緑が城を覆う事で守護竜への尊敬と、国民にその権威を表してるんだろうな〜、とぼんやり思う。
「明日は王妃様と姫様に会うんだ。しっかり休んでおけよ!」
「あー、そーだねー。はいはーい」
「相変わらず軽いな〜。エラーナ嬢は問題ないか?」
「は、はい。多分……」
元気はないな。
カールレート兄さんは「そんなに緊張しなくても二人なら大丈夫だ!」と見当違いな慰めをしているけど……。
「そ、それもあった……」
「え?」
「あ、な、なんでもございませんわ!」
……忘れてたんかーい。
***
そんな翌日。
王妃と姫に会いに登城したわけだが、応接間で一時間ほど待たされている。
おじ様は陛下に挨拶があるとかで部屋にはおらず、いるのはカールレート兄さんとレグルス、俺たちのみ。
城の使用人すらいない。
いいのか、それ。
「なんだかバタバタしてる感じネェ? なんかあったのかしらァ?」
「ね」
「そうだなぁ? もしやとは思うが、『青竜アルセジオス』の王子が到着したのか?」
「!」
「えー、タイミング悪〜」
実にあり得る。
そうでなければ仮にも国境沿いの辺境伯を待たせるのに、使用人も一言もないのはおかしい。
いくらおじ様が挨拶に行ってるからって、その間その子息を放置するとか危機意識なさすぎでしょ。
つまり、その危機意識が吹っ飛ぶほどやばい事になってる?
しかし、リファナ嬢はともかくアレファルドは王族として最低限の教育はされてるはずだ。
他国に来て自国より踏ん反り返るような性格でもないし……プラスなにか予想外の事が起きた、と思うべきかな?
なんだろ、賊かな?
こんな真っ昼間に?
しかも近日他国の王族が来ると分かってて、警備が強化されてるであろうそんな時に?
バカじゃん、そんな賊。
「様子見てこようか?」
「いやいや、お前が行くくらいなら俺が行くって! 親父も帰ってこないしな」
「まあ、確かに。挨拶だけではない感じ?」
「うーん?」
国境を守る辺境伯は王家からの信頼が厚くなければ成り立たない。
『緑竜セルジジオス』の陛下もおじ様の事は頼りにしている、からこその積もる話でもあったのかも。
『青竜アルセジオス』の陛下の体調が芳しくない件は、さすがにカールレート兄さん相手でも話せないけど……でも、親父がこの情報を国外……俺に漏らしたって事は……。
「…………」
やだなー、『青竜アルセジオス』は完全に宰相筆頭にアレファルド人気ガッタガッタの急降下絶賛落下中って事じゃーん。
親父も困り果てて俺に『外からなんとかならない?』って匙投げてる〜。
いやいや、俺になんとか出来るわけないでしょ〜〜!
ダージスの無茶振り追い返すのもクソ面倒くせー、とか思ってたのに親父もかよ〜。
大体国王の体調不良とか国の外に漏らしたら絶対ダメな情報じゃん〜。
それとも……、……それとも親父はそれでもいいと思ってるのか?
親父がそう判断してしまうほどにダメダメなのか!? アレファルド!
クッ……だ、だとしても、それをなんとかするのは当代である親父の仕事、役目だろ〜?
俺を巻き込むなよ〜。
「お、お待たせ致しました!」
慌ただしいノックのあと、きちっと髪を結ったメイドが入ってくる。
お城のメイドとは思えない慌てぶり。
やはりなんかあったんだな。
それは確定と見ていいだろう。
静々と入ってきたのは十代前半の女の子。
濃い緑色の髪と、翡翠の瞳。
髪は一度後ろへ結い上げられ、そこから下に垂らされている。
丸見えのおでこと、強めのウェーブがかかった髪。
自信満々の表情は、年不相応なほどに見える。
「お待たせして申し訳ないわ。わたくし、ロザリー・セルジジオスと申します。この国の第一王女ですわ」
ああ、やはりこの子がそうなのか。
ロザリー・セルジジオス。
年齢は十二歳で、五人いる王女の一人で、長女。
『緑竜セルジジオス』に男子はおらず、自国と隣国で彼女の夫探しが過熱している。
とはいえ、歳が近い王子は『青竜アルセジオス』にも『黒竜ブラクジリオス』にもいないので、自国の貴族が有力。
「マァマァ、初めましてェ!」
「初めまして」
俺の横に座っていたラナが、立ち上がる。
その空気の変化。
先に立ち上がったレグルスが眼を見張るほど。
歳不相応なほど堂々とした姫に、ラナは一切物怖じせずに対峙すると、スカートの裾を摘み上げてお辞儀をする。
「わたくしはエラーナと申します。まあ、なんと……ロザリー姫様にお会い出来るなんて光栄ですわ。こちらはわたくしの夫でユーフラン、あちらはわたくしたちが取引している商会の商人でレグルスと申しますの。よろしくお願い致します」
「ええ、今日はよろしくお願いするわ。……本当ならお母様や妹たちも一緒にお話を聞きたかったのだけれど……」
さっきまでの自信満々な表情を引っ込めて、頰に手を当てると溜息を吐くロザリー姫。
十二歳とは思えん仕草。
これはかなり立派な次期女王になりそうだな。
「なにか急な来客でも?」
カールレート兄さんが挨拶もそこそこに続けて聞く。
ストレートに聞いちゃう辺りがこの国のすごいところ。
『青竜アルセジオス』ならとても聞ける空気にはならないだろうな。
「ええ、まあ……」
言葉を濁す、という事は俺たちに教える必要がないのか、または触れるな、という意味かな?
まあ、こっちもそこまで興味があるわけじゃないからいいけど。
サクッと呼ばれた理由……仕事をこなしてサッサと帰りますか。
「え、っと、では、こちらへどうぞ。商品のご説明を致しますわ」
さすが、そこはラナが空気を読んでロザリー姫を手前のソファーへ促す。
あはは、俺とカールレート兄さん無能かよ。
「確か、ご希望は商品の説明と新商品について、ですわよネ?」
「ええ! そうよ!」
突然表情を明るくするお姫様。
手を胸元で叩き、瞳をキラキラさせながら「石鹸がね、肌がツルツルのふかふかになったのよ! それに香りもついてるし、洗うととてもいい匂いになるの!」と一気に年相応になった。
なんだか拍子抜けする勢い。
まあ、俺そこまでガチガチに緊張してたわけじゃないんだけど。
「それにドライヤーは素晴らしいわ! わたくし、ストレートな髪質にずっと悩んでいたの。でも、ドライヤーとその使い方を覚えたメイドに髪を整えてもらうようになったら見て! こんな事も出来るようになったのよ!」
口調、口調まで変わってるよ。
ああ、こっちが素なのね。
ま、年相応でいいんじゃないの?
「ふふふ、それを考案したのはこちらのエラーナちゃんなのヨ。ドライヤーを作ったのはそっちの色男だ・ケ・ド」
「やめてくれるー?」
「ふ、二人とも姫様の前でいつも通りすぎるわよ」
ラナに怒られてしまった。
しかし、当のロザリー姫は石鹸とドライヤーの話をしただけで、すっかりリラックスしたのかクスクスと笑っている。
それは主に「そちらのお兄様はわたくしの乳母のような話し方をするのね」とレグルスが笑われてるっぽい。
そんなお姫様は、ドライヤーを使った髪のおしゃれの仕方を色々知りたがった。
俺は知らなかったんだが、ドライヤーは髪を乾かすだけでなく、髪に癖をつける事も出来るんだそうだ。
ラナとレグルス、そして彼女の侍女によって、ロザリー姫はおもちゃのようにいろんな髪型にされていく。
そしてどんどん盛り上がっていく。
え? 俺とカールレート兄さん?
「「……………………」」
お分かり頂けただろうか?
もちろん放置である。