お茶会
「へー、いい感じに改築してもらったんだな!」
「でしょう? そうだ、先にパンを渡しておくわね。これが! 小麦で作った小麦パンです!」
「「おお〜」」
席に着いた二人の前に、朝焼いた小麦パンが二つずつ差し出される。
紙袋には同じ物が山盛りに入れられていた。
そしてラナがティーポットから紅茶をティーカップに注ぐ。
それをソーサーに載せて差し出した。
「うちの紅茶はまだ収穫出来てないから、安物の茶葉で申し訳ないのだけれど」
「そんな! な、な、な、なんだか本当に貴族のお茶会みたいで……!」
「母ちゃん、どもりすぎ」
「だって!」
なんだか緊張しているローランさん。
俺は戸棚から作り置きのクッキーを皿に並べて差し出す。
そしてラナは「これ試作品なんだけど」と、生クリームを添えたシフォンケーキをテーブルに載せる。
ローランさんの瞳が見た事もないくらい輝く。
「素敵……! 貴族様のお茶会みたい……!」
「「い、いやいや」」
貴族のお茶会とは比べ物にならないってば。
と思うのだが、平民からすると紅茶とお菓子を働く時間帯である昼間に飲み食いするという文化がないのだろう。
それなら、今日くらいそういう気分を味わってもらうのもいいのかな?
ラナと顔を見合わせたら、多分同じ事を考えてる。
「これ、シフォンケーキというお菓子なの。初めて作ってみたから、自信がないんですけど……よかったら感想を聞かせてくれませんか?」
「ま、まあ! なんてオシャレなお菓子なのかしら!」
「美味しそう! いい匂いの正体はコレだね!?」
「もー、作るの超〜大変だったんだから」
「お好みでジャムをつけてみてください。ベリーとママレード、お好きな方をどうぞ」
「…………っ」
……ローランさんムッチャキラキラしとる。
顔が母親というよりは乙女になってるな?
俺とラナも席に着き、パンをちぎってジャムをつけて食べる。
うん、今日の小麦パンも美味しい。
こうしてジャムで味を変えれば飽きる事もないし、小麦パンは万能なんじゃないか?
「い、いただきます」
「いただきまーす!」
ワズとローランさんもパンをちぎり、ジャムをつけて口に運ぶ。
口に入れた瞬間、二人の顔は目に見えてほころんだ。
周囲にお花畑が見えるけど、幻覚?
「柔らかい! それになんか甘い! ジャムつけると味が変わってそれも美味しい! 美味しい! すげー美味しい!」
語彙力が死んでる。
「本当に美味しいわ……! パンノミと似てるけど、ふわふわでふかふかで、な、なんて言えばいいのか……ええ、なんかもう、本当にただただ美味しい!」
ローランさんも語彙力が死んでる。
「シフォンケーキはいかがかしら?」
「……俺も食べてみるね」
「ええ」
神妙な面持ちのラナ。
俺もフォークでケーキを一口サイズに切り、口に入れる。
まずはクリームなし。
いや、だが……フォークで割いていた時点で驚いた。
あまりにも、あまりにも柔らかすぎて……!
「……」
口に入れてまた驚いた。
あ、あ……あれだけ砂糖を入れたのに……!
ほんのり甘い、だけ、だと!?
しかし噛めばふっわふっわすぎて……ああ、やっとじんわり甘味を感じ始めた。
でもちょっとふわふわすぎない?
なにこれ、なにこれ!
これは語彙力が死ぬ!
「す、すごい」
「なにその感想……」
「ふわふわすぎて……なんか、語彙力が追いつかない……」
「そ、そう? クリームつけてみた?」
「…………」
ラナに勧められ、生クリームもつけて食べてみる。
「ンッ!」
「え! な、なに、その顔! どうしたの!?」
「…………あ、甘すぎて口の中気持ち悪い……」
「甘いのダメだったの!?」
紅茶を飲む。
それで口の中が少しさっぱりしたけど、思わず口を押さえてしまった。
いや、これは……ちょっと甘すぎやしない?
クリームなしが俺にはちょうどいい。
……弟たちには、このぐらいがいいのだろうけど。
「……ある程度は平気だけど、これはちょっと無理だったっぽい」
「自分の限界に挑戦してたの? なにしてるのよ、全く……。フランてたまに変な事するわよね」
「仕方ないじゃん、甘いものは弟たちにあげてきたんだから、自分がどの程度甘いの平気かなんて知らなかったんだもん」
「……弟、そういえばたくさんいるんだっけ」
「ああ、まあね。でも、俺より優秀だから、今頃親父の仕事を手伝うようになってるんじゃない」
「ふーん」
紅茶を飲み直す。
うーん、まだ少し、口の中に甘さが残ってて……クリームをプラスするのはやめておこう。
クリームだけ、試しに口に入れてみる。
うん、クリームだけなら……単体ならいける。
一緒にすると甘さの相乗効果でヤバい。
「美味しい……甘い……生きててよかった!」
「ンンンン〜! 甘い……すごい、柔らかい、ふわふわ、美味しい、ケーキ、美味しい……! 甘い! ふわふわ!」
……そして目の前の親子はやはり語彙力が死んでいる。
いや、気持ちは分かるけど。
シフォンケーキは語彙力を殺す。
間違いない。
「ラナはどうなの? 理想のシフォンケーキになったの?」
「うん、思ったより成功してた!」
それはなにより。
と、ラナはシフォンケーキの残りをテーブルで切り分け、それも別な紙袋に入れると親子の前に差し出した。
「よろしければ、ナードルさんにも」
「いいんですか!?」
「ええ、フランが意外と甘いのダメみたいなので。それに、今日は本当に試験的に作ったんです。もう少し改良してみたいと思います」
「こ、こんなに美味しいのに、まだ美味しくなるんですかっ」
ローランさん、もはや人相が違うんだけど……。
ああ、ちなみにナードルさんはローランさんの旦那さんでワズの父親。
腰が悪くて思うように働けず、ローランさんとワズが主に家畜屋で働いている。
働き盛りだろうに、大変だよな。
「そういえば、ナードルさんってどうして腰痛が酷いんですか?」
「ぎっくり腰だとメリンナ先生に診断されました」
メリンナ先生。
『エクシの町』で薬師をしている若い女性だ。
元々王都の方で学者をしていたらしいのだが、『青竜アルセジオス』と距離の近いこの付近は、王都と種類が違う薬草が豊富な為、研究目的で滞在しているんだってさ。
おそらく、二匹の守護竜の影響で、やや特別な植物が多いのだろう、との事。
まあ、俺にはよく分からないんだが……変な人であるのは間違いない。
「ぎっくり腰! 大変ですね、分かります!」
……ラナはぎっくり腰やった事あるのか?
拳つきでそこまで激しく同意するなんて。
「ぎっくり腰は基本腰回りの筋肉のコリが原因ですから、腰の運動をするといいんですよ」
「腰の運動?」
「ええ。ベッドに横になったあと、足を曲げて膝を立て、その膝を右、左と左右に動かすと腰回りの筋肉がほぐれてぎっくり腰には効果的なんだそうです」
「まあ……」
「ぜひ試してみてください」
「ええ、夫に話してみますね」
ラナって変な事も知ってるんだなぁ。
それにしてもシフォンケーキ、柔らかすぎない?
いや、マジで。
二人がホクホクとした幸せそうな表情で帰っていくのを見送ったあと、ラナに『ハンドミキサー』の特徴や機能性を聞いてとりあえず設計図を描き出す。
その後、木材を削り、形を整え、残っていた鉄を金槌で叩いて加工。
うーん、まあ、とりあえず……道具の方はこんな感じだろうか?
ラナに聞いてみると手を叩かれて「そうそう!」と言われたので、合ってるらしい。
あとは小型竜石に設計図通りエフェクトを刻み、完成。
持ち手の下に竜石核を置き、血を垂らす。
「って、早!? もう出来たの!?」
「これは早急に必要だと判断したからね」
「……(混ぜるの相当大変だったんだな)」
なにやら生易しい微笑みを向けられたが次は実動するかどうか。
ラナに聞いてみると、嬉しそうに手を叩かれた。
「生クリームを作り置きしておきましょう! 明日ケーキを作るわ!」
「え、また?」
「今度は別なケーキよ! パンケーキとか、ショートケーキとか、クレープとか……」
クレープはケーキじゃないのでは。
楽しそうなので突っ込まないけど。
「シュークリームとか、ワッフルとか、パウンドケーキとか、スコーンとか、パイとか、プリン、マドレーヌ、タルト、マカロン、アイス……」
止まんねーなァ。
「チョコレート!」
「チョコレートは高級品だろう? 隣国『黒竜ブラクジリオス』の特産品の一つ。ここなら手に入りやすいとは思うけど、あっちの商人は貴族にしか売らないって聞くしね」
「そ、そうなの!?」
「そう」
この国、『緑竜セルジジオス』と俺たちの出身国『青竜アルセジオス』と隣接するもう一つの国……『黒竜ブラクジリオス』。
名の通り黒竜が守護竜の国だ。
鉄や石炭、コーヒー豆やカカオ豆などが特産品で、『緑竜セルジジオス』から木材を輸入し、木炭に加工して輸出している。
まあ、全体的に『黒いもの』とか『黒っぽいもの』が有名。
ちなみに『黒竜ブラクジリオス』の人は邪竜と守護竜ブラクジリオスを一緒くたにされるとすげー怒る。
まあ、無理もない。
そしてあの国はがめついのでも有名。
ここは『青竜アルセジオス』とも『黒竜ブラクジリオス』とも隣接している国境付近だから、レグルスは『緑竜セルジジオス』で地盤を固めたら両国にも手を広げるつもりだろうな。
立地最高だもん。
「……じゃ、じゃあ……」
「うん?」
「カカオから育てなきゃダメって事……?」
「…………」
諦める気がゼロ……?
「チョコレートってカカオから出来るんでしょ? カカオって、燻れば良いの? コーヒーと作り方は一緒よね?」
「……ちょっと俺もそこまでは……」
「チョコレートの作り方調べなきゃ……!」
もしやこれはうちの牧場でカカオ豆も生産される日が来る?
カカオ豆からチョコレートを作るような?
「…………」
まあ、いいか。
ラナが望むなら……。
俺も調べておこう。
コーヒーと作り方が同じでいいんなら、コーヒー豆を焙煎する竜石道具を作る時、応用が出来るようにすればいい。
ああ、あと他にも色々作らなきゃいけないんだっけ。
「とりあえず家畜たちを小屋に戻してくるね」
「て、手伝うわ!」
「キャン!」
あ、シュシュも手伝ってくれるのか。
さすが牧羊犬。
「さーて、明日からまた色々作りますか〜」
「私も! 明日からお菓子作り頑張るわ! シフォンケーキはフランに合わなかったみたいだし……」
「え? そんな事ないよ、美味しかったよ」
「んー……でも、甘いのが苦手なんでしょう?」
「いや、俺も自分が苦手だと思わなかったし」
食べ慣れてないだけかもしれない。
と、フォローして甘いものオンパレードになったら乗り越えられるか?
自問自答して、『キツイ』と思ったので赤らんできた空を見上げた。
「無理しなくていいわ! 大丈夫! フランにも満足いくようなお菓子を絶対作ってあげるから!」
「え、えぇ……」
「牧場カフェで出すメニューにしたいしね。甘いものが苦手な人にも楽しんでもらえるような、そんなメニューがあった方がいいでしょ」
「……貴族とは思えない発言」
「いいのよ、もう貴族じゃないんだもの。最近は記憶の方もだいぶ落ち着いて整理出来てるし」
「……整理?」
なんの話?
牛と羊を牛舎に入れ、ルーシィの水を替えて餌箱に干し草を追加する。
一緒に放牧される仲間が増えてルーシィもちょっと今日は興奮気味だなぁ。
ブラッシングして落ち着かせながら、ラナを見る。
「前世の記憶。人一人の一生分だもの……ちょっと整理が大変だったの」
「え……そうだったの?」
「ええ、でも最近は落ち着いてきた。前世の私とこれまでの私。そして、今の私」
気づかなかった。
言ってくれれば……、……いや、ラナの頭の中の事だ。
俺にはなにも出来なかっただろう。
……でも、きっと大変だったはず。
ああ、俺、なんの役にも立ってない。
「心配しないで! ……あー、なんか……」
「?」
「いや、なんか……前世から合わせても……こんなに毎日笑ってるのって久しぶりなの。やっぱり私って貴族が性に合わなかったのかしら? 人を使うよりも自分が動いた方が楽しいなんて、社蓄根性が魂にまで染みついてる感がしてちょっとやだけど……」
「ラナ……」
しゃちく?
「自由に生きられるって幸せだね」
「…………、……うん、そうだね」
それは心の底から同意する。