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結論から言おう。
その日、俺は勉強ができなかった。
結論から言おうと言ったが、これはまったくの結論ではない。
さて、真面目に本題に入ると、行方不明になった生徒達は、ソラとロクさんが元に戻して、自宅へと帰していった。
行方不明者達は今までどこで何していたかをどう説明するんだろうか。正直に、図書室で人形にされていたと証言するのだろうか。
どうせ誰にも信じてもらえないとは思うけれど。
昼休み、これまた人のいない教室の後ろのベランダで、俺は来る期末に備えて、一応古典の教科書片手に三人でだべっていた。三人っていうのは、ソラとロクさんと俺。内二名は普通の人は視認できない。
教室の中にいるクラスメイトに一人でなんかやってる危ないやつなどと思われるのは大変不本意なので、教室から見えないように座って話をしていた。
それにしても、ロクさんの強制成仏のやり方。なんか、記憶にあるな、と思ったら前にソラが言っていた友達のことだったんだ。
「友達ぃ? 僕とソラが?」
そのことを伝えると、ロクさんはあからさまに嫌そうな顔をした。
「ソラはそう言ってましたよ」
友達に強制成仏で、花渡すやつがいるって。
「あぁー、そういえば言った気がする。よく覚えてたなお前」
ソラと対照的すぎたから、印象に残ってたんだよ。
「ところで、どうしてこっちに派遣されちゃったんですか?」
それとなく疑問をぶつけてみると、ロクさんは愛想よく答えてくれた
「天国に人数不足という意見書が提出されたらしくて、地獄の方から派遣してやれということになったのだ」
意見書なんてあるのか。もう本格的にただの会社だな。
ソラはロクさんの台詞を聞いて、ぽんと手を打った。
「それきっとオレが出したやつだ。へー、あれ採用されたんだ。てっきり捨てられてるかと思ってた」
「貴様、僕は前の持ち場がかなり気に入っていたのに……。たった一枚の紙切れの所為で異動に……!」
前の持ち場?
「じゃあ、その制服って……」
俺が水色のワイシャツを指差すと、ロクさんはこれかい?と引っ張って見せた。
「前の持ち場の服だよ。捨てるのももったいないし、新しくここの制服着る義務もないし、せっかくだからと思って」
ソラはロクさんを眺めて、にやにやしながら俺の頭をもしゃもしゃと掻きまわした。
なにするんだよ。
「お前どうせ手伝うならその人がよかったって言ってたじゃん。よかったな、夢叶って」
頼むから黙っててくれ。
「ごめんね、女の子じゃなくて。しかもこんなでかいし」
どうやら聞こえてしまった上に、鋭くも事情を察したロクさんが気を遣った笑いをしてくれる。
「そういう意味じゃないですって」
焦って否定する俺の横からソラが口をはさむ。
「え? 違うっけ?」
「お前は余計な事を言うな!」
しゃがんでいるため、近くにある長身の頭をひっぱたくと、掴みかかってきたので、その両手にこっちも応戦する。ガッ、と左右の手をお互いに握り合い、ぎりぎりとその状態のまま動けなくなってしまった。
「まあ、地獄でもよく間違えられるし……」
ソラとの取っ組み合いに気を抜かずに、頬をぽりぽりと掻くロクさんにすかさずフォローを入れる。
「ロクさんは別に女じゃなくてもいい人だと思いますよ、俺は!」
「あー、いいやつだよな、ロクは」
俺の拙い褒め言葉に取って付けたソラのお世辞を、ロクさんはあっさりと鼻で笑った。
「褒めても何も出ないぞ」
「ちっ」
「本当に物目当てか貴様!」
ソラの舌打ちがロクさんの神経を逆なでする。俺はまたしてもフォローを入れようと試みるが、
「でも、性別とか見た目とか気にしないで下さいね、ほんと。ロクさんほどいい人ってなかなかいませんよ」
数少ないボキャブラリーでは、さっきと同じことしか言えなかった。
「よし、そこの自販機で何か買ってあげよう」
相変わらず爽やかな笑顔で、ベランダから飛び降り、渡り廊下の下にある自販機へ向かうロクさん。
マジか、飛び降りちゃうのか。何でもありだな、この人たち。しかし本当に何か買ってきてしまったらどうしよう。
俺はソラの顎の下から頭突きを食らわすと、四階から飛び降りるなんて芸当は普通の人間である俺には不可能なので、大急ぎで教室から出て、階段を使ってロクさんの元へと駆けだした。
「何か出たじゃん! ちょっとおいてくなよー!」
とか言いつつ、ソラは俺については来ず、ベランダから一人悠々と飛び降りた。