2
「怪しいな、はぁあああ」
帰り際、すれ違いざまに手をかったるそうに振ってきたソラを捕まえて、校舎の外だが学校の敷地内である駐輪場辺りを歩きながら、俺はスマートフォンを耳に当てて、電話中のフリをしつつソラに担任の話をしてやると、盛大にため息をつかれてしまった。
学校ではスマホは電源を切ってバックに入れておくのが、まぁ校則なので、校舎内で通話はさすがにできなかった。みんな、通話こそしないが、授業中にメッセージのやり取りをしたり、マナーモードのままスマホはポケットの中にしまっていたりする。真面目に校則を守る人間はほぼ皆無だった。
「幽霊絡んでそうだな、それ。うわぁ、面倒なことするよ、ほんと。階段の数一段増やすとか、モーツァルトの肖像画の目ぇ動かすくらいなら見過ごせるのによー」
しゃがみ込んで、面倒くささを全身から出すソラに合わせて俺も足を止める。
「諦めなって。それに、幽霊の仕業じゃないかもしれないだろ?」
「いや、最近オレの仕事がやけに減ってるんだ」
「みんな素直に成仏してるんだろ」
「違くて。誰かが代わりにやってるっぽい」
「へぇ。ソラの友達か誰か来てくれたのか?」
「わかんねぇ」
「ふーん」
「その、生徒が消えたってのに、関係あるかもしんねぇ」
「はぁ?」
それはあんまりじゃないのか。だってソラの仕事減ってるってことはお前の同僚なんじゃないの? 仕事手伝ってやってるのに、疑われちゃあいくらなんでもかわいそうだろ。
「いや、そう見せかけてるだけっていう線もあるぜ。実は生きた人間を食べてる……」
「失礼なことを言わないでもらえるか」
突然、横から聞きなれない声がした。
声の主の方へ目をやると、見たこともない人が立っていた。
これまた長身。ソラと同じくらいあるんじゃないか? 声の低さから辛うじて男だと判断できた。
辛うじて、というのは、その方は見た目じゃ性別が判別できないような外見をしているのだ。
金髪のロングヘアー。前髪も長く、右側で八対二ぐらいに分けていて、左目が髪で見え隠れしているし、後ろ髪は胸の下ほどまで伸びていた。
髪だけなら、体格とか、顔とかで男だって分かるんだけど。これがまた細い上にものすごい美形。美人すぎて、女の人と言われたら納得してしまいそうだ。もし女装なんてしたらナンパされるんじゃなかろうか。
ただ、着てる制服はスカートではなく、しっかりズボンを穿いていた。だけどウチの学校の指定の服ではなく、水色の半そでワイシャツに首元で少しだけゆるませたネクタイ。俺の学校の男子は学ランで、夏は白ワイシャツオンリーだが、この人が着てるのは、紛れもなくブレザーの夏服だった。
「おっま……、ロク!」
「え?」
容姿に気を取られていると、ソラが驚いていた。
なんだ? 知り合いなのか?
「まった……、なんでお前がこんなとこに……」
「そんなことはどうでもいい。それより、なんなんだ、さっきの話は。せっかく仕事を手伝ってやっているというのに、人を犯人呼ばわりとは……。生きた人間を食べるというのはどういうことだ」
「お前の性癖」
「そんな趣味を持ち合わせた覚えはない!」
「いや、オレ知ってるんだぜ……? 誰にも言えないお前の悪趣味……」
「何が言いたいのだ君は。まったく昔からそうやって人をからかって……。悪趣味なのは君の方じゃないのか?」
「ロクの反応が面白いのが悪いと思うけどな、オレは」
「人のせいにするな!」
クールに登場したと思ったら、突如ソラと口論を始めてしまったロクと呼ばれたその人を、スマホを持つ手をおろし、ついじっと見つめてしまっていた俺の視線にロクさん?は気付いたようで、変顔で顔を近付けてくるソラをどん!と押しのけて、爽やかな笑顔で丁重に俺に頭を下げた。
「これは、見苦しいところをお見せしてしまったね。話は聞いているよ」
誰から聞いているんだろう。
「君が続くんだね。僕の名前はロク。以後お見知りおきを。ソラがいつも世話になっている」
「あ、いえ、ご丁寧にどうも……。藤続です」
俺も思わず頭を下げ返す。俺の名前を漢字で呼んでくれたことに少なからず感動を覚えてしまった。
そういえば、と俺ははっとする。二人の姿は俺以外見えないんだった。じゃあ、今俺は誰もいないところに一人でお辞儀したみたいになってんのか。
割と重大なことが発覚したが、幸い周りに誰もいなかったので、気を取り直して再びスマホを耳にあてた。
「こいつ、何か迷惑をかけてないかい?」
「そうですね、銃で撃たれそうになった事以外は特に」
「それ結構大したことじゃない!?」
「あ、ばか、言うなよ、めんどくさいから」
ソラは嫌そうにしかめっ面をして、ロクさんから顔をそらす。
「貴様……。あれほど一般人には迷惑をかけるなと言われてあっただろう……!」
「いや、それ、わざとじゃないし。不運な事故だよな、つぐ」
そうだな、お前のノーコンに俺が巻き込まれただけだもんな。
「そういう言い方すんなよ!」
「事実だろうが!」
俺とソラの間で小さな喧嘩が勃発しそうになった時、ソラの頭をロクさんがぐわし!と掴んだ。
片手で。
「……貴様、ノーコンは直したと言っていたよな……?」
「いたたたたたっ! 痛い痛い痛い!」
「肉弾戦は得意なんだから、近距離で使いやすいものにしろとあれほど……!!」
「だって銃かっこいいんだもん!」
だもんじゃない。それでこっちは死にかけてるんだぞ。
それにしてもすごい握力だ。
綺麗な顔と力のギャップに、俺は圧倒された。
これをギャップ萌えというのか?
……………違う気がする。
「ふん」
「いってぇぇ……。少しは手加減しろよなぁ……」
ようやく解放されたソラは、涙目になりながらロクさんを睨みつけた。
ロクさんはソラなんて気にも留めず、俺に向き直って、黒い小さな笛を渡してきた。
ソラにもらったのと色違いの物だ。
「ソラの笛を吹いても僕も行くけれど、僕個人を呼びたい時はそっちを吹くといい」
「へぇ……」
「言っとくけど、黒い方吹いてもオレも行くからな」
まだ痛むのか、頭を押さえつつソラが付け足した。
二人ともどっちの笛の音も聞こえるのか。
俺は渡された笛を見る。なんで黒いんだろ。イメージカラーでいえば、ロクさんってそんな色じゃないと思うけど、好きな色なのだろうか。
「あぁ、それは確かにイメージカラーだね。悪魔って、ピンクや水色よりは、黒って感じがするだろう?」
「あー、なるほど、それで……、って、え?」
ロクさんって、悪魔なの?
一瞬納得しかけたが、ソラなんかより全然天使っぽいのに。
俺はもう一度、ロクさんをまじまじと見てしまった。
「? どうしたんだい?」
「……いや、どっちかっていうと、ソラの方が悪魔っぽいから……」
「失敬な」
ソラが遺憾の意を示してくるが、その反応に遺憾の意だ。強制成仏の方法とか、やる気のない口調とか、こいつは自覚がないのか。
天使っていうと、夕食のピーマンを残しても怒らない、聖母マリアさんのような穏やかな性格を想像していただけに、ソラは悪い意味で俺の期待を裏切っていた。
「そうだね、説明すると、悪魔も天使も仕事は同じなのさ。会社っぽく言うと、姉妹店みたいなものかな」
天国と地獄が一気に身近なものに感じられる不思議ワード、姉妹店。
「同じチェーン店に天国ばかりから社員を派遣すると、天国本社の方が人員不足になってしまうから、地獄からも同じ数だけ派遣するというわけだ」
大学行って、就職活動とかすると、当たり前のように聞きそうな単語をつらつらと並べてくるロクさん。
分かりやすい例えなんだけど、天国も地獄もなんだか安っぽく思えてしまう。
「誰が派遣されてもいいように、かつ、本社でもちゃんと動けるように、天使悪魔関係なく、最初は育成学校に五年くらい通うんだ。平均的には四年で卒業するが、早い人は二、三年、遅い人は五、六年かかる」
飛び級と留年ってことだろうか。
「で、僕たちはそこの同期」
社員ワード、同期。まあ、この人たちにとってはお仕事だもんな。
というか、話からすると、ロクさんは地獄から新しく派遣されてきたってことになるのか?
「そういや、生徒が何人か行方不明になってるって話」
ソラがぼそりと呟いて、思い出した。
あぁ、そうだった。最初はその話をしていたんだ。
「お前なんかしらねーの?」
ふてぶてしくロクさんに視線をよこすソラ。
「それは僕も噂には聞いていたんだけど、どうやら図書室に入ってから出たところを目撃されてないみたい」
「……要するに?」
「図書室に何かがあるということだ」
ソラにまとめを求められ、ロクさんは呆れた風に教えてあげた。
「そーか、そこまで分かってんなら、お前一人でも大丈夫だな」
「は……」
「頼んだぞ。これ以上犠牲者出すなよな」
ソラは偉そうにロクさんの肩にぽんと手を置くと、どこかへ行ってしまった。
これはつまり……?
「今回、あいつは関与しないということだろう」
今度は俺が説明を求めると、ロクさんはため息をついた。ソラに向かって。
「まったく、面倒なことはやらない主義だからな、あいつは。続くんも大変だね」
「そうですね……」
ロクさんから憐れみの視線と、この件は任せてくれという心強い言葉を受け取った俺は、悠々と暑い日差しの中、自転車に乗ってまっすぐ帰った。