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第1話 出会い

「ぐあぁあぁぁああああっ!!」
「むぅ~、失敗かぁぁ……それじゃー次はぁあ……これだぁああっ!」
「も……もう、やめ――――ぅあぁあぁぁあああああっ!!」
「にひひひひひっ♪ 今日はねぇぇ、いーーっぱいあるから楽しぃイイぃいなぁあああっ♡」

 じめじめとした薄暗い地下牢。
 怯え、苦しみ、叫ぶ囚人を前に、声を弾ませて目を爛々と輝かせる一人の少女。
 その小さな背中を見つめながら、俺はただ愕然として立ち尽くしていた。

 やべえ……やべえよ。
 何がやべえって、残虐で非道な行為を喜々としてやってのける狂気の沙汰――も、そうだが、何より…………。

 このキチ女が、俺の嫁だってことだ。



 一か月前――。

 俺の祖国であるグラジオラスは、数多くの国を侵略して勢力を伸ばしているアルストロメリアとの戦争を回避するため早々に和睦……いや、降伏した。
 だって勝てねーし。
 戦おうものなら、一方的に虐殺されるのがオチだし。
 ゆえに、絶対服従の証として、あるいは建前として、俺は自ら進んで政治の道具となった。
 その結果として行われたのが、グラジオラス王子シオンとアルストロメリア第十六王女リナリアとの婚姻。
 平たく言えば政略結婚だ。
 何不自由なく……というには貧しすぎる小国で育った俺は、何もかもが初めて見る物ばかりの先進大国に足を踏み入れたその日、平和のために我が身を捧げたことを若干後悔するくらい不安でいっぱいだった。
 そして、その不安は誠に残念ながら大正解だった。

「おやおや、辺境で育った田舎者は食事のマナーも心得ていないらしいですなぁ」
「無骨な剣を振るうしか能のない野蛮人には困りましたね……。しかし、ナイフを扱えることには驚きました。オークよりは知性があるようで助かったと思いませんか?」
「くすくす……」

 一年で最も大規模なグラジオラスの建国記念日の祭事ですら食べたことのない豪勢な食事。
 煌びやかで馬鹿広い食卓に所狭しと並べられた見知らぬ料理を目前にしながらも、俺は祖国に恥じないよう振舞っていたつもりだった。
 アルストロメリアの文化やマナーは予習済みだったため、決して失礼はなかったはずである。
 にも関わらず、新たな家族となった王族からの陰湿な嫌味は初日から全開だった。
 随分なご挨拶だ。
 遠路はるばる嫁いできた花婿に対して、召使いの出迎えすらなかった時点で予想はしていたが……やはり歓迎はされていないようだった。

「それにしても……リナリアの奴は今日も姿を現さないのか。まったく、困ったものだ……」
「いやはや、婿殿は大変ですなぁ。愚妹がご迷惑をおかけするでしょうが、まあ根気強く面倒を見てやってください。あなた程度の手に負えるとは到底思えませんがね、ハハハハハッ!」

 あー、うぜえ……殺してえ……。
 という衝動を見事な自制心で押し殺した俺は、父と母と一緒に食べた故郷の味を懐かしみながら、高級なだけの料理を手早く済ませた。
 その後、国王による一ミリも祝う気のない上辺だけの祝辞を聞き流し、俺はこれから妻となる……いや、すでに妻となった女性の部屋を訪れた。
 身内にすらボロクソに言われる始末だ……どんな女であっても不思議ではない。
 俺は覚悟を決めて三度ノックし、返事のない部屋の扉をおそるおそる開ける。

「は、はじめまして! 俺はグラジオラスの王子シオン! あ、あの、えと、その……ほ、本日は非常にお日柄も……よく……絶好の…………」

 緊張で収まらない鼓動の爆音に邪魔をされながら、緊張を吹き飛ばすつもりで声を張り上げてわけの分からないことを叫びだした、まさにその最中。
 俺はその場でぽかんと口を開けたまま固まってしまった。
 その理由は……。
 逆に落ち着かないほど全てが整然としている王宮の一室とは思えない、驚きの…………汚さ!!
 元は綺麗だったはずの壁には、子供の落書きのように殴り書きされた理解不能な魔法用語。
 床には、絨毯の模様が分からないくらい大量に散らばった本。
 無造作に転がっているド派手な色の液体が入った瓶。
 さらには…………気色悪い魔物のグロテスクな目玉、牙、尻尾。
 
「な……なん、だ……こりゃ……。って、ん…………?」

 唖然とする俺の視界の端。
 高い本の山に埋もれてかすかにしか視認できないソファーに、彼女はいた。
 だらーっと仰向けに寝転がった小柄な少女。
 よれよれの地味なネグリジェと腰まで伸びた長い銀髪が滝のように床に落ち……。
 小枝みたいに細い腕で十キロはありそうな分厚い本を持って……。
 宙に放り出した足をぶらぶらと揺らしながら、驚愕する俺を一顧だにせず一心不乱に読書に励んでいる。
 俺は足元に散乱する物を何とか避けて近づき、彼女の顔を覗き込んだ。

「あ、あのー……君がリナリア……なのか……?」

 難解そうな古びた魔法書の影で光を放つ、宝石のようなワインレッドの大きな瞳に俺は思わず吸い込まれそうになった。

「ん~……? だあれぇ~~……?」

 その瞳がすぐそばで立つ俺の方を向くことはなく、代わりに眠そうな間延びした声が投げかけられた。

「え……っと……俺は、君と結婚することになったグラジオラスの――――」
「ああぁ~、なーんか言ってたなぁ、そーだったそーだったぁー。じゃー、まぁ……よろしくねぇ~」
「あ…………あぁ……よろしく………………」

 ……。
 …………え?
 それだけ?

 結婚相手がやってきたというのに、少女は出迎えることもなく。
 ソファーから起き上がることもなく。
 ろくに挨拶を交わすこともなく。 
 あまつさえ、この期に及んで本から目を離すことすらもなく。

 放置された俺は、ただただ所在なく呆然と立ち尽くした――――。

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