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第8話 幼馴染三人、集結・後編

「はぁーーーーーーー」
 二人同時に、地面に倒れこむように腰を落とした。
 周りには昆虫たちの死骸(しがい)。ちょうど通った軍の車が、ほとんどを討伐しただろうということを告げ去って行った。しかしまだ警戒中で、潜んでいる蟲がいないかを見回っているらしい。
 銀臣たちはをいうと、逃げる蜘蛛を追いかけていたら奈都たちが逃げ込んだカフェからだいぶ離れていた。
 戦闘中、地面に撃ち落とした蜘蛛にまだ息があった時はしまったと思ったが、すかさず大志が踵落(かかとお)としで頭部を(くだ)いた。いつかの堤の「怒らせないようにしよっと」という言葉が銀臣の頭を()ぎる。
 さすがに疲れた二人は、スーツが汚れるのも(いと)わず地べたに座りこんだ。話す気力もなく息を整える。
 しばらく続いた沈黙の後、銀臣の方から口を開いた。面白いものを見た、とでも言いたげに口の(はし)で笑っている。
「……アンタ、あっちが()だろ」
「え?」
「さっき、幼馴染二人と話してた時」
「あ、あぁ……」
 大志は一瞬、しまったという顔をした。それを見逃さず、銀臣は余計な勘違いをさせないようにすぐに言葉を続ける。
「あれくらいでいる方がちょうどいいと思うぜ」
「え……」
 予想外の銀臣の言葉に、大志は思考を停止したように固まった。ポカンと口を開けて銀臣を見る。
 一方の銀臣は、どこか吹っ切れたような顔をしていた。大志が今までに見たことの無いくらいすっきりした顔だ。
「なぁーんか(ねこ)かぶってる気配はしてたんだよな。人に遠慮してるってより、『人に合わせてる』だろ」
 核心(かくしん)をついたそれには、ドキッとした。大志はどう反応するべきか必死に考える。
「人が心地良いと思えるペースで話して、人が望む返事を探ってる。相手に自分の要求を飲んでもらいやすくする話し方だ。身近だと堤さんがそうだからな、なんとなくアンタもそうっぽいって」
「……べつに、そんなんじゃ……」
「俺さ、兄貴が死んだんだ」
 なんの脈絡も無い言葉。
 意図を()み取れず黙っている大志に、銀臣は気にしていないように続けた。
「任務中に(がけ)から落ちたんだ。その時、堤さんと前道さんもいたらしい。兄さんの同期なんだ。俺はまだ軍の訓練校にも入ってないガキだった」
「………」
遺体(いたい)も見つからなかった。何度も捜索隊が向かって、危険生物ばかりの地帯だったから捕食されたんだろうって。これ以上の捜索は二次災害の恐れがあるからできないって打ち切り。書類上も、つい最近『行方不明者』から『死亡者』に変わった」
「そんなことが……」
 銀臣の口調は、穏やかで本当に吹っ切れた様子だ。
 だけど、どこか悲しそうに聞こえてしまうのは、それが『家族』の話だからだろうかと大志は深読みのようなことをしてしまう。
「兄さんに憧れて、俺もグリーン・バッジに入った。まぁ適性者だったから入る以外の選択肢も無かったんだけどよ。そうだ、武術大会の躰道部門、最年少優勝者はアンタと一つ違いの十六歳って聞いたろ? あれ、兄さんなんだ」
「え、すごいですね!」
「いや、そこはアンタもあんま変わらねぇだろ。だから、ホントはアンタの技を見る度にすげぇ(なつ)かしい気持ちになってた。堤さんと喧嘩してる時の兄さんそっくりだったし」
「そういえば支部局長、よく『みやもっちゃんは怒ったら足出ないよね? 大丈夫だよね?』って確認してきました」
「ははっ、いつも兄さんに負けてたからだよ、それ」
 __失った時が怖くて、誰かと親しい関係になるのを躊躇っちゃうの。心根はすごい優しい奴だから、なおさら。
 ほのかが言った言葉が、大志の頭にふと舞い戻る。
 もしかして銀臣がこのタイミングで自ら兄の話をしたのは、お互い腹を割って話そうということかもしれないと思った。
 大志は盗み見るように横に視線をやる。気の良い同年代。銀臣の顔はまさしくそれだった。
 わざと人に冷たくする仮面はもう被っていなくて、世話好きでお人好しそうな顔をしている。
「………悪役、向いてないですよ」
「言うなって。自分が一番思ってんだ」
 ぽろっと出た大志の言葉に、今度は気恥ずかしそうに笑う。
「なぁにが『小難しいことは考えたくねぇ主義』ですか。めちゃくちゃ考えてるじゃないですか」
「アンタが猫被ってるから、俺も意地になってたんだぜ」
「なんで俺の所為(せい)っぽくするんですか、柴尾さんが勝手にやってたんでしょ」
 大志は言い捨て、心底呆れたように睨みつける。
 彼の雑で粗暴(そぼう)な部分が徐々に見えてくるようだった。いつもニコニコ笑って、当たり障りの無いことを言っている彼じゃない。
 大志は「んー……」と(うな)りガシガシと頭を掻く。それから「ま、いいか、バレてるし」と独りごちた。
「俺、捨て子なんです」
 そして、なんて事の無いようにさらりと言ってのけた。
 何かあるだろうとは思っていたが、予想以上に重い事実に銀臣は反応できず黙る。大人しく礼儀正しい彼は、穏やかな家庭で過ごしたのだろうと勝手に思っていた。
「赤ん坊の時に捨てられて、親の顔も知りません。スラム街で盗みをしながら暮らしてました。育ててくれたのは血の繋がらないお(じい)さんで、その人が病気と()えでいなくなってからは一人で。ツバメと出会ったのはその後です。ツバメはその時、親に置き去りにされたばかりでスラムでの生き残り方も喧嘩の仕方も知らない子だった。クスリで頭イカれた浮浪者に殺されそうになってたのを、俺がソイツを殺して保護したんです」
 だから俺、実は犯罪者なんですよ、内緒にしててくださいと、大志はお願いするわりにどこか高圧的な物言いだ。
「その()、国の政策でスラム街の大幅な改善が行われて、特に子供は孤児院に入ることになりました。俺とツバメも地方都市の孤児院に入ったんです。そこで奈都と出会いました」
「なぁ、あの子って……」
 言い出したものの、どう言っていいのかわからない銀臣は口ごもる。それを察して大志から言った。
「えぇ、体と心の性が一致してないんです。だから親に捨てられたって自分で言ってました。でもその孤児院も(ひど)いところで、国の援助金目当ての極悪施設なんですよ。それに俺らみたいなスラム出身や、奈都みたいな子はいじめの対象にされるんです」
「………」
「俺は、せめてツバメと奈都だけでも守ろうと思いました。喧嘩の腕には自信があったので、力で守ろうと思ったんです。ガキですよね。奈都が綺麗に伸ばしていた髪を切った奴を、骨が折れるまで殴って懲罰房(ちょうばつぼう)に入れられたこともあります」
「……そうか」
 銀臣はそれを聞いて、武術大会で難波将が大志の格闘術を「武術というより喧嘩道」と評価していたことを心から納得する。
 幼い頃から生死に関わる場所にいれば、生き残ろうとさぞ必死に腕を(みが)いたのだろう。それこそ、武術大会なんて『ルールのある殴り合い』がお粗末に思えるほど。
「スラムでは奪い合い殺し合い、孤児院ではクソガキと助けてくれない職員相手に暴力で解決しようとしてた。そんな時、もう一人出会った子がいるんです。近所の裕福な家の一人娘で、気が強くて正義感の強い女の子でした。一年前まで軍にいましたよ」
「………」
 いた、という過去形。それはあまり触れてはいけないような気がして、銀臣はそれについて何を言わない。
「初恋だったんです。奈都やツバメのことも守ってくれて、こっそり俺たちにお菓子を持ってきてくれる。(ほどこ)しだったのかもしれないけど、俺にはそれが嬉しかった。その子が周りの大人や町の人に可愛がられてるのを見て、ある日思ったんです」
 大嫌いな奴こそ、利用してやろうと。
 大志は睨むように前を見ている。それは何を睨んでいるのか銀臣にはなんとなくわかった。きっと、世界を睨んでいるのだ。そこにいる人間全ても睨んで憎んでいる。
「笑って相手に合わせて、いい印象を与えておけば、俺になにかあっても三人のことは守ってくれるかもしれない。そばに置いておけばいつか利用できるかもしれない。なにかあった時、身代わりに使えるかもしれない。だから俺が猫被ってるってのは正解です。俺は自分と、家族が守れればそれでいい。国の未来も市民の平和も子供の笑顔もどうでもいいです。三人を守れればそれで良かった。だけど、それをぶち壊した奴がいる」
 大志はそこで、一年前のテロリスト処刑場襲撃事件の名前を口にした。そこに、軍に入った幼馴染がいたことも。
「目の前で殺された。その瞬間、俺の人生に目標が一つ増えた」
 いつもの大人しく礼儀正しい大志の姿はなかった。人を私怨により殺せる、背筋がゾッとするような冷たい目。
「そいつを捜し出して、必ず殺します。だから軍に編入するのも、ある意味『都合がいい』と考えました。情報が入って来ると思って」
「復讐ってやつか」
「はい、憎悪(ぞうお)を込めた」
「その殺された家族は、お前にそんなこと望んでないかもしれないぜ」
「死人に口はありません。ハルカが望んでいるかいないかなんて関係ない。俺が納得できればそれで」
 でも、どちらにしろお前は傷付くぞ。きっと。銀臣はその言葉を言わずに、喉の奥で消した。
 それに家族でもなんでもない銀臣の言葉なんて、きっと大志は聞きもしない。
 家族を失った気持ちがわかる優しい彼は、それを無理矢理止めることもできなかった。
 銀臣は懐のホルスターから拳銃を取り出す。
「俺、最初の頃は銃がド下手でよ。目も当てられないくらいだったぜ、今のお前より全然下手だった」
 手に持った銃に視線を落として静かに語る銀臣の表情は、優しげだ。
「堤さんには苦笑いされるし、ユウにも『向き不向きがあるから他を磨け』って言われてさ。意地と根性でやっと今くらいになった。俺がコイツの扱いに執着するのは、俺なりに信念があるからだ」
 安全装置を下ろしているそれを構える。片目をつぶって誰もいない空間を、フロントサイト越しに見据えた。
「俺より速く飛んで行けるコイツが、誰かの命を救えるかもしれねぇって」
 純真(じゅんしん)。まさにそんな言葉が相応しい声の響き。
 全てが純真そのもので、大志は「あぁ、この人は本当に優しい人なんだな」と確信する。優しすぎるから、きっと見も知らぬ他人の傷にも涙してしまうような人。だから自分を守るため、他人から嫌われようとわざと冷たくする。
 大志は、自分とはまるで正反対であると悟った。そして銀臣もそれに勘付いたことも。
「……こういうの、凸凹(でこぼこ)コンビって言うんですかね?」
「だからこそ、どこかで噛み合ってるだろ」
 それにお互い短く笑って、それから立ち上がる。
 大志がスーツの土埃(つちぼこり)を払っていると、銀臣はニッと笑った。それは今までになく親しげで、この男本来の気の良さが伺えるようだった。
「銃、俺が教える」
 あんなに嫌がっていたのに、この短時間で心情の変化が凄まじい銀臣の提案。大志は嬉しいはずの言葉なのに、キョトンと表情を落とした。
「銃は使えて損することは無い。お前がソイツを殺したいってなら、それくらいの協力はする」
「あ、ありがとうございます!」
 優しいこの人は、復讐に直接手を貸しはしない。大志はなんとなくそう思った。
 大志の意思も尊重するし、復讐なんてやめとけという気持ちも同時に存在しているのだろう。だけど優しすぎるが故に、兄を失った悲しみがわかるが故に、彼はなにも言わない。
 蟲の死骸を蹴って道の端にやった銀臣は、やはり気の良さそうな顔をしていた。あの似合わない仏頂面の仮面は、もう無い。
「とりあえず、あの(にぎ)やかな二人を迎えに行くか、宮本くん」
「……そうですね」

 大志はあることに気づいたが、あえてそれには触れず銀臣の隣を歩く。
 なんだか勢いで話して勢いで認め合ったような、そんなチームの始まりだった。

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