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1-5 初めての相手

「……もうっ、本当に恥ずかしかったんだからっ!」

 参拝が終わり、祭壇の前から離れるなり、柚木が赤い頬を膨らませて俺を睨んできた。

「だって、どうしても願いを叶えてほしかったんだもんっ」

「かわいく言ってもダメっ! ほら、月代さんもこんなに恥ずかしがって、顔真っ赤にしちゃってるよ!」

「っ……っく、っ……」

 たしかに、月代先輩の方は顔が赤いだけでなく、完全にそっぽを向いてしまっている。

「あの、先輩、俺が悪かったですから、こっち向いてください」

「柊くん……っ、ふっ、はははっ、ダメだっ、ちょっと後にしてっ……お腹痛いっ」

 回り込むようにして顔を合わせると、先輩は俺の顔を見るなり吹き出し、腹と口を抑えて屈み込んでしまった。

「……すっごい笑ってるんだけど、この人」

「うん、なんとなく月代さんがひろ兄の先輩だっていうのがわかってきたかも」

 なんだか多方面から失礼な事をされている気がするが、ほとんど俺が原因なので何も言えない。

「あっ、弘人っ! じゃあ、やっぱりさっきの声は!」

 動けなくなってしまった先輩の背を柚木と二人でさすっていると、どこかで聞いたような声が俺の名前を呼ぶのが聞こえた。

「お前は……誰だっ!」

「誰だっ、じゃないでしょうが!」

「いや、でも名乗ってくれた方が話がスムーズに進むからっ!」

「何の話よっ!?」

 察しの悪い少女の登場に、俺の隣の柚木は戸惑いを隠せていない。先輩はまだ笑っているからいいとして。いや、よくないんだけど。

「えっと、ひろ兄、その人は?」

 進行に気を使ったのか、柚木から本題を切り出してくれる。

「よしよし、柚木は偉いなぁ。わたあめはひろ兄が奢ってあげよう」

「本当!? やった、じゃあ早く行こう! 月代さん、そろそろ立てる?」

「ああ、うん、大分収まってきた。柊くんの顔を直視しなければなんとか」

 二人と共に屋台の方へと向かう。わたあめを買ったら、次はおみくじを引こう。

「あれ、なんか自然にスルーされてない? 私ってわたあめより優先度低いの?」

 しかし後ろから追ってきた足音が、俺達の前にまで回り込んできた。

「しつこいぞ、可乃。流れに乗れなかった時点で、お前は脱落だ。悔しかったらもっとインパクトのある登場で再挑戦するんだな」

「くそぅ、見てなさいよっ、次こそは合格してみせるんだからっ! ……って、何のオーディションなのよっ!」

「ノリツッコミがなんかやだ、3点」

「やかましいわっ!」

「ねー、ひろ兄、わたあめまだぁ?」

「ああ、ごめんごめん、もう終わったから」

「何も終わってないわよっ!」

 前に進もうとするも、まるでRPGでなぜか絶対に道を空けてくれないキャラのごとく少女が行く手を阻む。

「わかった、クエストかアイテムかどっちだ?」

「クエスト? アイテム? ……あ、アイテムに決まってるじゃない」

「そっか、じゃあ何のアイテムを渡せばいいんだ?」

「え、えっと……ダイヤの指輪、とか?」

「よし、わたあめを買いに行こう」

 どうにも会話が成立しそうな気がしない。二度目でも飛ばせないゲーム内ムービーを見るのと同じくらい無駄な時間を過ごしてしまった。

「ちょっと、無茶振りしといてそれはないんじゃないの!?」

「時に、できない事をできないと言う勇気は必要ですよ。見栄を張って、その結果相手の要望から遠ざかるような事があってはいけません」

「う、すみません……って、なんで私が謝らなきゃいけないのよ!」

「やれやれ、言った傍から」

 流石に無視するわけにもいかないので、屋台に向かう最中に後ろからかけられる声には一応返答しておく。

「見て見て、ひろ兄、いろんな色のわたあめがあるよっ!」

「うをっ、本当だ。柚木はどの色がいい?」

 屋台の店頭に飾られたわたあめは、白に加えて虹の七色と、やたらと色のバリエーションに富んでいた。遠目には飾りかと思ったが、どうやら普通に売っているらしい。

「うーん……でも、やっぱりわたあめは白がいいかなぁ」

「まぁ、それが無難かねぇ。先輩もわたあめ食べます?」

「その口ぶりだと、もしかして奢ってくれるのかい?」

「安いですし、どうせ買うなら一気に金出しちゃった方が早いですから」

「そうだね……それなら、紫のをもらおうかな」

「また毒々しいのを選びましたね」

 俺の分の白も合わせて、わたあめを三つ買う。色付きは十円高かった。

「ありがとう、ひろ兄っ! 大好きっ!」

「私もありがとう、柊くん。大好きっ、……っ、ふふっ……あはははっ!」

「いや、変なタイミングで自爆しないでくださいよ」

 俺の腕に抱きつく柚木の真似をして、しかし至近距離で俺の顔を見た月代先輩は、またも笑いの発作に襲われてしまった。どれだけさっきの俺の行動がツボだったのだろうか。

「なんで私にだけわたあめ買ってくれないのよっ!」

 和気藹々とした空気に、似つかわしくない棘のある声が響く。

「お前は清々しいほど厚かましいな。柚木だって自分から買えとは言わないぞ」

「うっ……だって、私だけ……」

 流石に自分の図々しさに気付いたのか、可乃の声が小さくなっていく。

「まったく、しょうがないな……ほら、先輩、起きてください、おみくじ引きましょう」

「あれっ? しょうがないから買ってやるかって流れじゃなかったの?」

「おっ、なんだ、本気で厚かましいな。まさかそこまでだとは」

 何度あしらっても諦めないめげなさに、不本意ながら少し感心してしまう。

「大体、お前と俺ってわたあめ奢ったりするほど仲良くなくね?」

「仲良くなくはっ……あれ、仲良くないの?」

「いや、悪くはないだろうけど、一緒に初詣回るほどじゃないというか。そもそも、お前は一人で来たのか? 友達とかは?」

「柊くん、その質問は私にも少し痛いかな」

「大丈夫ですよ、先輩が友達少ないのは元から知ってますから」

「そうか、たしかにそれもそうだね」

「あははは」

「あはははっ、……っ、はっ、ぶっ……がはっっ! あっははっ……ぜぇ、ぜぇ」

 お互い顔を合わせて、あははと笑う。途中から先輩の笑いがひどくなっていたのは、きっとまた笑いの波が来てしまったのだろう。

「私は家族と来たけど、知ってるバカみたいな声が聞こえたから確認しにきたのよ」

「そっか、じゃあ確認も済んだだろうしもう戻っていいぞ」

「家族の事なら、先に帰ってていいって言っておいたから気にしないで」

 割と露骨に追い払おうとしているはずが、軽く受け流されてしまう。

「それで、ひろ兄、結局その人はひろ兄の何なの?」

 そうなると、必然的に二人に可乃を紹介せざるを得ない流れに戻ってしまうわけで。

「こいつは海原可乃と言ってだな、俺のクラスメイトだ」

「……ちょっ、それだけ!? 他にもなんかあるでしょうが。例えば、そう、初めての相手だとか!」

 そうなると、よりにもよってこいつが相手では穏当に行かないのはわかっていた。

「はっ、初めてぇっ!? とも兄っ、こいつの言ってるのって本当にっ!?」

「いやいや、嘘だから。英語で言うとライだから」

「愛っ!?」

「うん、柚木は都合がいいんだか悪いんだかよくわかんない耳をしているね」

「あ、愛なんかじゃないわよっ! ただ初めての相手だったってだけなんだからっ!」

「愛してもいないのに初めてを!? ふけつ、ふけつだよひろ兄っ!」

 二人で相乗的にヒートアップしていく柚木と可乃、そしてこの茶番がまた妙なツボに入ったのか、木に寄りかかって体を震わせている月代先輩。

 勝手に悪化していく状況を止めるだけの力は俺にはなく、やがて誰からともなく疲れて落ち着くまで寸劇は続いてしまった。

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