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其の三

 エマは表情を改め、ふと心づいた疑問をランマルに向けた。

「それにしても姉様に縁談を勧めてくるなんて、ミノー国王はどういう心境の変化なのかしら? 先の戦いでアジュマン兄様とアドニス兄様が亡くなられて、そのことを理由にミノー国王はわが国を敵視していると聞いていたのだけれど……」

「エマ様はご存じでしたか」

「城の人間なら誰でも知っていることよ。実の甥であるアジュマン兄様かアドニス兄様のどちらかに国王になってもらって、このオ・ワーリ王国を意のままにしようとしていたのに、それをカルマン兄様やフランソワーズ姉様に阻止されて恨んでいるんでしょう、ミノー国王って。なのにどうして縁談なんか持ちかけてきたのかしらね」

「だからこそにございます」
 
 ランマルがミノー国王の思惑を話して聞かせると、エマは得心したようにうなずき、

「なるほどね。今度は姉様を利用しようという考えなのね。王太后様と同じパターンで」

「はい。ただ、あくまでも私の勝手な推測ではありますが、話を勧めてきたミノー国王自身も、今回の縁談を陛下が素直にお受けになるとは思っていないでしょう。おそらくは、断られることを前提とした縁談話のように思われます」

「つまり、ミノー国王には別の意図があるというわけね?」

「さようにございます」
 
 このあたりの察しの良さは、異母姉妹とはいえ姉の女王とよく似ているとランマルは思った。
 
 王女の聡さにランマルで内心で感心していると、後方からなにやら騒々しい声が響いてきた。
 
 何事かと思って振り返ってみると、一人の侍従官が血相をかえて廊下をこちらに走ってくる姿が見えた。
 
 ランマルの部下の一人で名前は……いや、名前などどうでもいい。この後もう登場することはないのだから。
 
 その某侍従官が、廊下を駆けながらランマルに声を飛ばしてきた。

「こ、こちらにおられましたか、ランマル卿。大変でございますぞ!」

「何事だ、騒々しい。内親王殿下の御前だぞ」
 
 というランマルの一語と、そのランマルの後背からエマがひょいと顔を覗かせたことで、ようやくその存在に気づいた某侍従官はたちどころに立ち止まり、恐縮した態で深々と低頭した。

「こ、これはエマ様、失礼いたしました!」

「気にしなくていいわ。それより何かあったの?」

「は、はい。じつは今しがた、北部ノースランド領主グレーザー男爵の急使が城に到着したのですが、その急使によればあの黒狼団どもがまたしてもあらわれて、領内の村々を襲っているとのことです」

「な、なに、黒狼団が!?」
 
 某侍従官の報告に驚いたランマルとエマは、おもわず顔を見交わした。
 
 某侍従官が口にした【黒狼団】とは、おもに国土の北部帯を活動範囲にしている盗賊集団の名である。
 
 その黒狼団。オ・ワーリ国内では盗賊集団として扱われているものの、そのじつ盗賊業のみならず、村々を襲っては殺人や誘拐を繰り返すなど、他の盗賊団とくらべてもその非道さは突出しており、王国内では「最狂最悪の盗賊集団」として恐れられていた。
 
 くわえてその行動は神出鬼没を極め、短期の内に派手に暴れまわったかとおもえば霧のように姿を消し、一転して長期にわたって消息を絶つといった謎の行動を繰り返し、結果、捕縛された賊はこれまで一人としておらず、詳しい正体は今もってよくわかっていない。
 
 それゆえ王城に勤める人々の間では、件の盗賊団に対して「ミノー兵擬装犯行説」がまことしやかに囁かれていた。
 
 領土を接する北部帯のみで暴れまわり、捕縛の手が迫ったらさっとミノー領内へ逃げこむ。これならこれまで一人として捕まえられないことも説明がつくからだ。
 
 賊らしからぬ統制のとれた集団行動力といい、襲撃の際の殺傷力の高さといい、限定された出没範囲といい、ランマルなどは個人的に限りなく「クロ」だと思っている。
 
 いずれにせよ、その黒狼団が久々にあらわれた。それも女王に縁談話が持ちこまれたのと前後して。

 鼻がひん曲がるほどのキナ臭さをランマルが感じたのも当然であろう。
 
 とはいえ、連中があらわれたというのなら好機ともいえなくもない。
 
 今度こそ一人でも賊を捕縛して奴らの正体を暴き、件の説を立証したいところだが……。

「いかがされますか、ランマル卿?」
 
 某侍従官の声で思案の淵から脱したランマルは、

「よし。ともかくも陛下のご裁断を仰ごう。すべてはそれからだ」
 
 そう言うなり踵を返し、女王の執務室に駆け戻っていった。
 

 
        †



「……以上が、グレーザー男爵からもたらされた報告にございます」
 
 ひととおりの説明を終えてランマルは静かに椅子に腰をおろした。
 
 そして眼球だけを動かして、さりげなく周囲を見まわす。
 
 ここは王城内にある重臣専用の会議室である。

 盗賊団【黒狼団】出没の報告を受けて今、フランソワーズの招集をうけた文武の重臣たちが集まり、会議用のテーブルを囲んでいた。
 
 その顔ぶれは、上座席のフランソワーズから見て左側の席には宰相カルマン大公とダイトン将軍が座り、右側の席にはヒルデガルド、パトリシア、ガブリエラ、ペトランセルの四人の騎士団長が顔をそろえている。

 ランマルが着席したのと前後して、彼らはまるで示し合わせたかのように上座席の女王に視線を走らせた。
 
 彼らの視線の先でフランソワーズは、硬く厳しい表情の彼らとは対照的になんとも落ち着きはらった態で紅茶を飲んでいたのだが、やがてカップをテーブルにおくとカルマン大公に視線を転じた。

「それでは、まず宰相殿のご意見を伺いましょう」
 
 意見を求められたカルマン大公は、明快な口調で即答した。

「賊が出没し、領民に被害が出ている以上はすみやかに軍兵を派遣し、一帯の治安回復をはかるべきと存じます」
 
 カルマン大公の言葉にフランソワーズは首肯して見せたものの、

「宰相殿の考えには私も同意ですが、しかし、ただ軍を派遣するだけではまたしても彼らに逃走を許し、いずれまた出没するという、これまでのイタチごっこを繰り返すだけになるでしょう。いっそこの機に、かの盗賊団を完全に一掃すべきと私は考えます」

「すると、陛下には何か妙策がおありで?」
 
 どことなく猜疑の響きを含んだ声で訊ねたのはダイトン将軍である。
 
 否、それは声だけではない。

 フランソワーズに向けられている将軍の表情は、みるからに「ふん、できもしないことを言いよって」とでも吐き捨てたげである。
 
 それも当然かもしれない。

 なにしろダイトン将軍自身、これまでに何度か黒狼団討伐の任務を自ら買ってでたことがあるのだが、しかし、そのたびに討伐するどころか、盗賊一人すら捕まえることができずに失敗に終わった過去がある。
 
 言うなれば現在の「イタチごっこ」状態を許している当事者の一人と言えなくもないので、女王の一語が自分への嫌みに聞こえたのだろう。
 
 そんな将軍の心情を知ってか知らずか、フランソワーズは微笑まじりに応じた。

「もちろんですわ、将軍。今度こそかの盗賊団を一掃し、ひいては、かねてから噂されていたミノー王国の関与を白日の下に晒してみせますわ。さすればわが国は、かの国に対して大義名分を得られるのですからね。この機を逃す手はないでしょう」
 
 大義名分という四文字を耳にしたとき、ランマルの脳裏にある種の不安がよぎった。

(まさか、この女王様。アレを口にするつもりじゃないだろうな?) 
 
 いくらなんでもあんな荒唐無稽な寝言にもひとしい構想をこんな公の場で、しかも重臣相手に口にするほど、女王は愚かでも非常識でもノータリンでもイカレポンチでも(以下略)――ともかくランマルは胸中で膨らみ続ける不安を必死にかき消そうとしたのだが、そんな期待や願望を平気で踏みにじるのが自分の主君であることを、あらためてランマルが思い知ったのは、カルマン大公がいぶかしげにフランソワーズに質したときである。

「今、陛下は大義名分とおっしゃられましたが、それはなんのことにございますか?」

「むろん、ミノー王国に攻め入るためのですわ。わが国に対してヨコシマな野心を抱くミノー国王の首級を獲り、それをもって栄光ある天下布武の第一歩にしましょうぞ。ホホホ!」

「テンカフブ……?」
 
 興がった笑声をあげる女王をよそに、カルマン大公とダイトン将軍、ヒルデガルドら四将軍がそれぞれ「テンカフブってなに?」とでも言いたげな視線を交わしあった。
 
 ちなみにランマルはというと、海よりも深い絶望と失意に、今にも泡を吹いて卒倒寸前である。




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