第8話 幼馴染三人、集結・前編
「
前の席に座るほのかと「あ、大志くんって左利きなんだ」なんて取るに足らない雑談をしながら。
「銀臣ー、ここ空いてるよー」
席を探しているのだろうと思って、ほのかは自身の隣を指差す。
それに気づいた銀臣の視線は、ほのかから隣の席へ、それから大志へと移った。
ふいっと顔を逸らし、銀臣はどこかへ行ってしまう。人混みの中から遊一郎を見つけて、その隣へ座った。
「ったく、アイツは……」
「べつにいいですよ。仕事では助けてくれますし」
「まぁ大志くんがいいならいいんだけどさ。人と仲良くすることなんて周りが強制するもんじゃないし」
「そうそう、
「ほんとその点、大志くんは社交的で良い子でカワイイね〜」
「あんまりからかわないでくださいよ」
「頭撫でさせろー!」
「やめてくださいって!」
年相応のじゃれ合いのようなことをしていると、すぐ近くで鼻を鳴らす音が聞こえた。
大志とほのかが顔を上げると、男が一人、二人を
「役立たずのくせにまだいるのか。普通は自分から
「はぁ……すみません」
男は大志と同じくらいの年齢で、どちらかというと色素の薄い髪色をしている。表情や声音、全身で
「ちょっと
「君には関係ない、黙っててくれないか」
すかさず言い返したほのかと男は睨み合う。
ほのかは納得できないながらも大志の意思を尊重し、睨むだけに
それをいいことに、男は続けた。
「全く……
「そうですね、俺もそう思ったのですが、支部局長にはここにいるように言われていて。ですが、他のことではなんとかお役に立てるよう
「……ふん、局長に
笑顔で応対する大志に勢いを
最後にもう一度大志を睨みつけてから、今度こそ去って行った。それを見送ってから大志は何事も無かったかのように食事を再開しようとしたが、ほのかが苛立たしげに声を
「あー! アイツ本当にムカつくんだけど! 家がお金持ちだかなんだか知らないけどアンタが偉いわけじゃないっつーの!」
彼らが出て行った扉の方に向かってべーっと舌を出すほのか。まるで自分のことのように怒ってくれる彼女に、大志は困ったように笑った。
「アイツ、
「戸倉……? なんだかつい最近聞いたような……」
「そりゃそうだよ。てか、毎日どこかしらで支店は見てるんじゃない?
「え、そんなお坊ちゃんがなぜ軍に?」
戸倉財閥。銀臣と初めて市中パトロールに出た日に、大志がホテルと間違えた立派な銀行だ。
総資産額はこの国でも
ほのかはまだ機嫌が悪そうに答える。
「お金持ちなんてそんなもんだよ、家を
「そうなんですか……」
「てかさー、ちょっと銀臣、アンタ自分の後輩があんな風に言われてなんで黙って見てるわけ? アタシが一番ムカついてるのはアンタになんだけど!」
ほのかの大きな声は食堂に響いて、離れた位置の銀臣の耳にも入った。
銀臣は迷惑そうに
無視されたことに気づいたほのかはヒートアップする。大志は困ったように笑いながら落ち着かせた。
「いいんですいいんです、言われても仕方のないようなことしか言われてませんし。柴尾さんを巻き込むのも変な話じゃないですか」
そう、人が良さそうな笑顔に、ほのかも勢いを削がれる。
大志は、なんだか曖昧な印象の男だった。少なくともほのかにとっては。
なによりまず、人に対して苛立ったり感情を
「……ホーント、いい子すぎるのは美徳じゃないよ?」
「心配されるほどいい子じゃないですよ」
大志は相変わらず、笑って場を収める。
それを睨むように見てから、銀臣は遊一郎との会話を再開した。
◇◆◇
帝都中央駅前
「わぁ、すごい、すごい……こんな世界があるんだ……」
瞬きすら
ハッとして口を閉じる。はしたないと一人恥ずかしくなったが、誰も自分なんて気にしていないようだった。皆、目的地へ向かってそこしか見ていない。
派手な
どんな人間も受け入れて、街の一部にしてしまうような光景。
自分のような存在すら受け入れてくれているような
上を向いて歩く。田舎にはあまりない立派な装飾を施した建物に見惚れながら歩く。
そのいかにも上京したての田舎者の
奈都が通り過ぎたすぐ横に立っていた若者は、仲間にアイコンタクトを取る。
それから獣のような足取りで、後ろから数人で奈都に迫る。
「すみません」
意識して人当たりの良さそうな声を掛ければ、奈都はすぐに振り向いた。
「ちょっとお話しいいですか?」
◇◆◇
帝都中央街・路地裏
「………準備はいいか?」
男は仲間に向かって呼びかける。
それを受け、誰もが神妙な
「始めるぞ。
運送業者に
途端に、こもった臭いが広がる。それに若干顔をしかめたが、男たちはすぐにその場を離れた。
中からは、ざわざわと気味の悪い音が何重にも聞こえてくる。それらは辺りの気配に感覚を研ぎ澄ませながら、車から飛び出して行った。
◇◆◇
朝の
市民が警察に通報し事態が発覚。警察から軍に出動要請が入ったことで、南方第二支部も一気に
「最低限を残して全員出動!
街中に突然現れた怪物が、通行人を
しかも数体いることが確認されている。次々に人を襲い、被害は広がっている。
普段の訓練通り、軍人たちは
大志もホルスターに拳銃をセットしてスーツを羽織った。銀臣は
「宮本二等軍士」
「堤さんよりこれを
大志に差し出したのは、
大きさ、形もほぼ似ていて、違う点といえば色と
「技術研究部が最新で発表した、オーパーツを再現したものよ。適性者でなくても使えるわ。威力も精度もオーパーツには
「わざわざ、俺の為に?」
「研究者たちは、まだ外には出したくなかったみたいだけどね」
「すごいですね。あの
銀臣が後ろで、ここにはいない堤への賞賛を送る。
三島はそれに視線を逸らした。
「説得……説得、うん、そうね、説得、説得だったわ」
ハハッと、どこか遠い目をして笑う三島に全てを察した大志は「一体なにが……」と聞いたが、三島は真顔になって答えなかった。
「とにかく、名目上はモニターということになっているわ。それが研究者を
ハイッと声を
《緊急車両が通ります。通ります、ご協力ありがとうございます》
サイレンを鳴らす車を運転する銀臣の横で、大志は交差点に差し掛かるとアナウンスを流した。
いつもは活発な街も、今日は雰囲気が違った。
慌てて逃げていく通行人たちは、
警察が避難誘導をしている。車に乗っていた人は、緊急車両の邪魔にならないように
帝都は人が多い分、避難に
《通ります、通ります、緊急車両が通ります》
そこで大志は「あれ」と声を
緊急速度で走行する車では、景色は一瞬で過ぎる。それでも大志は振り返って目を
「どうした」
「今の人、支部局長だったような……?」
街の
背の高い建物で
それともう一人。顔までは見えなかったが、堤の横に誰かがいた。
それを銀臣に伝える。
「どうしますか、支部局長だったら拾って同行して頂いた方がいいでしょうか」
「いや、街がこんだけ騒がしいのに、堤さんが事態に気づいてない訳がない。堤さんなりの考えがあっての行動だろ」
信頼して言い切る銀臣に、大志はすぐに納得して「わかりました」と返す。
「一緒にいたのはたぶん堤さんの
聞きなれない単語に、大志は首を傾げる。
「ヤーン?」
銀臣は素っ気ないながらも丁重に説明を入れた。
「協力者の
「それってつまり……」
銀臣は随分さらっと言うが、その言葉が意味することは一つしかない。
「そ、違法手段。べつに珍しいことじゃねぇよ。そうやって
「へぇ……」
「ああやってヤーンと会うのを『ネットする』とか『ネットワークに繋ぐ』とか言うんだよ。軍での隠語だから覚えとけ」
「なるほど、
「アンタも一人くらい持っておいていいと思うぜ。いざという時に自分の代わりに動いてくれるし、情報も入れてくれる。ただし、人選は慎重にな。利用しているつもりが利用されるってことも、誘導されて情報ゲロッちまったり、
「柴尾さんもいらっしゃるんですか?」
大志の問いに、彼は軽く肩を
「俺は駆け引きとか心理戦とか苦手だから
「なんか、妙なところで熱いですね」
「ああいうのは向き不向きがはっきり別れるもんだ。アンタも向いてるならやった方が手柄は拾えるぜ。なにせ世界中に自分の目がいるわけだしな」
「う〜ん……違法行為をするリスクと手柄の兼ね合いが重要ですね……」
違法行為を影で行うなんて、と、あいにくと大志はそんな熱い正義心は持っていない。利用できるならするべきだと肯定的な考えである。
だけど次の銀臣の一言で、彼はドキリとした。
「それで出世するのさ、世の中。堤さんだって、お綺麗なままであの地位にいるわけじゃねぇと思うぜ」
そして思い出したのは、大会会場で
__君からみて、堤凪沙になにか不審な動きは無いか?
協力者と話す堤。それは、前道の言う『不審な動き』に該当するのだろうかと考えた。
だが銀臣の話によれば、わりと誰でも協力者はいるらしい。それ自体は不審なものではないが、もしかしたら危険な人物と繋がっているということだろうか。
そもそも、危険な人物とはどの
思考が迷路に入る一歩手前まで行きそうになったところで、やめた。
(前道さんは忘れてくれって言った。関わる必要は無いし、俺には関係ない)
車が交差点に入る。無駄な思考を全て追い出し、大志はアナウンスに戻った。