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芹沢の提案

梨乃が初めて高校に登校したこの日、朝のホームルームで担任の佐々木から一つの発表があった。

「というわけで、一月後、模擬戦が開催されることになっているんだ」

高校では定期的に契約者同士が実戦を想定した模擬戦が開かれることになっている、と佐々木は言った。

クラスから代表者を選び、それぞれが契約したモンスターの力を使って相手を打ち負かす。

「危険だ、と考えるやつもいるだろうが、こういうことを経験しておかないと出張でも役に立たないかもしれないだろ。おまえらはまだ高一。向こうに呼ばれた経験のないやつがほとんどに違いない。だからこそもしもの場合に備えて練習をしておくんだよ」

「でも、契約者は召喚をされれば後は自動で能力を使うんですよね?」

クラスの一人がそう質問をした。

おれもそう聞いていた。術の執行者はあくまでも召喚師。

どのように契約者を使うかも向こうが勝手に決めるもの。おれたちが戦闘経験を積んだところで意味はないはずだが。

「確かにそうだが、契約者の心と言うものは多少なりとも術に影響を与えるものなんだ。契約者が召喚されたことや戦いにびくついてたら、召喚そのものが最後まで実行されない可能性もある。その対策の一環として模擬戦を行うんだよ」

教室には戸惑いの空気が漂っていた。もしかして自分が戦わされるのか、そんな疑念が浮かび、ひそひそ話が急激に増えた。

モンスターと戦ってきたとはいえ、人間相手だと事情が違う。力の加減などもしなくてはならないし、間違って相手を傷つけてしまうかもしれない。

そんな中、おれは一人、教室の喧騒とは無縁だった。おれには関係のない話だった。フリーの状態なら選手に選ばれる心配はない。

「まあ、安心しろ。これはあくまでもテストだし、相手も同じ一年に限られている。教師もしっかりと見張っているから、大怪我をするなんてことはまずない」

「その人はどうやって選ぶのですか?」

芹沢が手をあげて質問をした。

「一応、立候補だな。そういう意思のあるやつはいるか?ないならこっちで選ぶことになるが」

「推薦でも構わないのですか?」

「なんだ芹沢、誰か有望なやつがいるっていうのか?」

「わたしは高橋颯太さんを推薦したいと思います」

クラスが騒然とした雰囲気に様変わりした。

ここは狭い街、おれがフリーであることはみんな知っている。

いや待て、冷静に周囲を観察している場合じゃない。いま芹沢はおれに模擬戦に出て戦えと言ったのか。

「えーと、そうだな、おまえはまだ聞いてないのかもしれないが、そいつはまだフリーなんだよ。つまり、まだモンスターとは契約をしてないってことなんだ」

「わかっています。だからこそ、推薦したいのです」

「ど、どういうことだよ、おまえ」

おれは隣の芹沢を見上げた。

「いまのままでは何も前には進まないからです」

芹沢の主張は、ある程度の期限が決められていれば、おれの中に焦りが生まれ、その結果うまく契約ができるのではないか、というものだった。

「颯太さんと話をしてみて、わたしはどこかのんびりしたものを感じました。他の人とは違い、颯太さんには契約者として生きる覚悟がまだ生まれていないようなのです。ですから期限を決めることで真剣に契約者としての自分に向き合い、隠された本能を呼び起こすことが必要なのではないかとわたしは考えます」

「おまえ、本気で言ってるのか」

「本気です。そもそも颯太さんはこのままでいいと考えているのですか?」

「それは……」

「はーい、あたしもさんせーい」

そう芹沢に追随したのは一つ離れた席に座る紗英だった。ニヤニヤしながらこっちを横目で見ている。

「颯太くんはこのままだとあまりにも惨めなので、誰かが背中を押してあげないと行けないと思いまーす」

「おまえなあ」

「そいつもまあ、悪くはない発想だが」

佐々木が大して興味もなさそうに頭をポリポリとかきながら、おれの方を見る。

「どうだ、高橋、模擬戦に出てみるか?」

「いや、無理ですって。だいたいその間に契約ができなかったら、おれはどうすればいいんですか?」

「そうだな。そうなったら素手で戦うしかないな」

「冗談ですよね」

「なら、予備にもう一人追加しておくっていう手もあるぞ。これは正式な大会とは違うからな、特にルールなんかも決まってはないんだ」

佐々木は紗英の方に目を止め、

「この場合は相沢、お前に頼むしかなさそうだな」

「は? なんであたしが!」

「他人を推薦した以上はその責任を取らないとな。芹沢は契約者ではない以上、お前しか残ってないだろ」

紗英が恨めしげな目でこちらを見ている。いや、この場合は自業自得だろう。

「よし、これで決まりだな。高橋、この一月がおまえの運命を決めるかもしれないんだ。手を抜かずに真面目にやるんだぞ」

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