始まりの朝
おれ、高橋颯太には学校に行く前に、必ず寄るところがある。
それは隣にある友人の家だった。
とはいえ、その目的は、一緒に通学をするためでは決してない。
いや、通学することを目的としてはいるのだが、現在は不可能な状況になっている。
なぜなら、彼女はしばらく前から不登校になっているからだ。
いわゆる引きこもりで、数ヵ月前、おれたちがまだ中学生だったころから学校には行ってなかった。
中学の卒業も控えていた時期のことだったので、最初は放置していた。高校にもなれば自然と通学を再開する、そんなふうに軽く考えていた。
しかし、そうはならなかった。
おれが高校に入学して一月近く経ったが、いまだに部屋からまともに出てこようとしない。
おれの呼び掛けにも応じず、こうして部屋を訪れてもベットの中に隠れている始末だった。
「今日も来ないのか?」
おれははベッドの横に立ち、そう言った。
「……いかない」
ベッドの中から、声が返ってくる。
上掛けを頭までかぶっているせいで、その声は聞き取りづらいものになっていた。
「どうしてそんなに学校に行きたくないんだよ」
不登校の理由は聞いてはいなかった。
おそらくあれが原因だろうという推測はあったが、本人に問いただすのはなんだか気が引けた。
「颯くんには関係ない」
「誰かにいじめられでもしたのか」
「……」
「失恋でもしたのなら、おれが慰めてやるぞ」
やはり反応はない。ここで核心をつくこともできるが、今日はやめておこう。
「母親だって心配してるんだぞ。安心させるためにも一日だけでも学校に行ってみないか」
「やだ」
「そんなこと言って、いつまで引きこもってるつもりだよ」
「一生」
「ったく、馬鹿なこと言ってるんじゃないよ」
おれは上掛けをつかみ、一気に剥ぎ取った。
その下から現れたのは、小柄な少女だった。寝起きということど髪はぼさぼさだったが、顔立ちは小動物ような可愛らしさがある。
名前は麻倉梨乃。おれの幼なじみだった。
「な、何すんの!」
「いいから、とりあえず起きろ」
上掛けを遠くに投げ、おれは言った。
「いや、行かない」
梨乃は枕を抱えるようにしてベッドの上で丸まった。
「おまえな」
おれはため息をついた。
これ以上何を言っても気持ちを変えるのは難しいことはわかっていた。梨乃の態度は相変わらずで、かたくなに学校に行くことを拒否している。
理由がおれの想像通りなら、無理矢理というわけにもいかない。心の傷というものを癒す時間が必要だ。
幸い、この街では不登校というのはあまり問題にはならない。ずっと学校を休んでいても、教師は何も言わないだろう。
学力や生活態度で評価される日本とは、根本的にシステムが違っている。
「わかったよ。今日は諦めるよ。もし悩んでいることがあるなら、おれに相談しろよ。どんなことでも聞いてやるから」
「……どんなことでも?」
梨乃から反応があった。枕で隠していた顔をわずかにずらしている。
「一応友達だからな」
「うーん、もう少し時間がほしい」
「そうか。一応、また明日も来るからな」
おれはそう言って部屋を出た。