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第5話 見栄と権力の街で・前編

(つつみ)さん! どういうことですか!」
「いや、そんなん俺に言われても困るよって」

 翌日の支部局長室には、朝から柴尾銀臣(しばおかねおみ)の声が木霊(こだま)する勢いで飛んでいた。
 椅子にどっかり座った堤は、やはり軽薄な口調で答える。が、その顔には少し困惑の色が(にじ)んでいた。彼も、まさかこんな事態になるとは思っていなかったのだ。

失われた叡智(オーパーツ)が起動しないなんてオカシイだろ!」

 前代未聞のこの出来事に、誰も解決法が見出せずにいる。
 話は、昨日まで(さかのぼ)る。



 一通りの案内を終えて、最後に大志を訓練場に連れて行った。
 古城の裏手に、離れのように設立された巨大な施設。ここで日夜訓練が行われている。
 確かに、威勢(いせい)のいい声は外まで()れ聞こえている。中に入れば、広場で格闘術の訓練をしているようだ。二人一組で組手(くみて)をしている。
「……本当に、すごい気迫だ」
「代表選出戦があるからな。気合いが五割り増しだ」
「優勝者にはなにかあったりするんですか?」
「とくに。()いて言えば出世(しゅっせ)に有利になったりするくらい。あとモテる」
「へぇ…………?」
「あんたも優勝すればわかる」
 そうして組手を横目に通り過ぎ、奥へと進む。古城が支部局として改築されてから建てられたここは、壁や床も比較的新しい。市民体育館のような造りになっていて、室内競技場や畳の部屋まであった。主に槍術や空手、柔道の訓練に使うらしい。
 しばらく歩いた先、屋外射撃場に出る。
 青芝(あおしば)が広がる敷地(しきち)の向こうに、丸い的がいくつも並んでいた。
 そこにはすでに堤と三島もいて、三島の手には失われた叡智(オーパーツ)があった。
「ハイハイみやもっちゃん、どうだった、ここは?」
 堤は笑いかけながら大志に問う。
 銀臣と二人きりの気まずさに(まい)っていた大志は、その笑顔に安心して素直に答えた。
「広くて驚きました。町の小さい交番で働いていた身からすると、なんだか落ち着かないです」
「そっかそっか、迷子にならないようにね。そこら中に案内板があるから、まぁそれ見て慣れていって。んじゃ、さっそくだけど」
「これが宮本大志二等軍士のオーパーツよ」
 堤のアイコンタクトで、三島は手に持った物を差し出した。
 鈍い銀色を放つ、大きな箱。一見アタッシュケースのようにも見えるそれが、これからの大志のもう一人の相棒。
「基本、一人一つが原則ね。メンテナンスは国お抱えの専門技師がやるけど、キミに合わせて細かいパーツやトリガーの硬さを調整してくれるから、だんだん手に馴染んでくるはず。破壊された場合はなるべく回収すること。残骸(ざんがい)までね。一応、帝国の最重要極秘技術だから」
 三島からそれを受け取り、大志は縦に横にと(なが)めた。
 見た目の割に軽く、手触りは少しザラザラとしている。妙に馴染む感覚に何度か表面を(さす)った。
「世界崩壊前とは、使ってる材料がちょっと違うんだよーん。今は家畜種(かちくしゅ)小竜(しょうりゅう)の皮膚を使ってる。中のギミックは、残念ながら今の技術じゃ再現不可能でね。誰も(いじ)れない」
「もしオーパーツが全て破壊された場合、代わりになる戦闘器具は用意があるのですか?」
「いい質問。今、国中の技術士や発明家が必死に開発中。もう何回か試運転の実験もしてるのよん。でもオーパーツほどの威力(いりょく)は無くてね、とりま一番出来(でき)が良かったのを生産するかどうかって会議中。んでも、それ(オーパーツ)はまだたっくさんあるからしばらくは大丈夫って感じ」
「なるほど、わかりました」
「よーし、みやもっちゃん。景気付けに一発撃ってみようよ。あそこの的に向かってドーンって。あ、威力は最小ね。間違って『四』あたりで撃ったら訓練場が壊れちゃう」
「昨年の新人の実話です」
「あの時は雷が落ちたのかと思ったぜ」
「ま、壊しても堤お兄さんが本部から予算ぶん取ってくるから大丈夫だけど」
 ケラケラと笑う堤の声の横で、大志は的を(にら)みつける。
 いくつも丸が(えが)かれ、点数が細かく割り振ってあるよくある物だ。
(……よし)
 堤と三島の値踏(ねぶ)みするような視線を受けながら、大志は意気込んだ。
 射台(しゃだい)に立つ。失われた叡智(オーパーツ)のハンドルに手を掛ける。
「オーパーツは生体反応があるものは標的ロックしてくれるけど、無機物はロックできないから使い手の腕次第になる。でも気張らないで気楽にね、みやもっちゃん」
(ならなおさら、的に当てるくらいはしないとな……)
 堤の説明に、大志は逆に強く意気込んだ。
 銀臣は冷めた目で大志を見ていた。
 もしこれがお粗末(そまつ)な結果であれば、それ見たことかと堤にチーム解体を申し出るだろう。
(もう俺の職場はここなんだ、なんとか上手くやっていかないと)
 いまだに納得はしていないが、彼はそれでも理解はしている。今日からここで仕事をすることを。それならば上司である堤に三島、チームである銀臣にも認めてもらわなければ話にならない。
 大志は深呼吸を一つ。そして失われた叡智(オーパーツ)のハンドル内側に付いているスイッチを押す。
 そうすれば僅かな起動音が鳴って、それは銃の形を()す。
 銃の形を__……。


 銃の形を__…………。


 銃の_____……………。


「あれ?」
 思わず言葉が飛び出る。
 何度スイッチを押しても、失われた叡智(オーパーツ)はうんともすんとも言わない。
 カチカチカチカチと起動スイッチの音が鳴るだけで、大志は後ろに待機していた三人に振り返る。
「起動しない……です」
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
「え、そんなことある?」
 たっぷり四人分の沈黙を流した後、堤が()頓狂(とんきょう)な声を上げた。
 それから横の三島を見る。
「三島チャン、どういうこと?」
「私に聞かないでくださいよ」
「ちょっとちょっとシバちゃーん。いくらチーム組みたくないからって偽物を(つか)ませるのはダメでしょ。アウトだよ」
「あの流れでどうやって俺が偽物掴ませたっていうんですか。そんな技術あったら手品師になって(かせ)いでますよ」
「えー。じゃあオーパーツの故障とか? ヤバイじゃん。人類史上初だよ、(はつ)。やったねみやもっちゃん、人類初めてのことを体験した男だよ」
「え、それって喜んでいいんですか? 故障しないんじゃ?」
「確かにそう言ったのは俺だけど、今まで起きなかったからってこれからも起きないなんてことは無いだろ。俺を見るなよ」
「すみません」
「三島チャーン。別の持って来てちょ」
「わかりました」
 三島が駆け足でどこかへ消えて行き、しばらくしてから戻って来た。
 大志の持っているものと交換して、彼は再び的を向く。
 よし、今度こそと意気込んでスイッチを押したそれは、またもなんの反応も示さない。
 カチカチカチカチ。それだけを虚しく響かせてから、大志はゆっくりと振り返った。
「え、なにこれ。集団感染ならぬ集団故障? それかオーパーツのストライキ? 働かせすぎ的な?」
「堤さん、意味不明です」
 三島が(するど)くツッコミを入れてから、大志をジロリと見た。
「……考えられるとすれば」
 信じられないがと、そう言外(げんがい)に含むような声音。
「宮本大志二等軍士が適性者では無い、ということくらいですが……」
 そして奇妙な物を見るような三人分の目が、大志へと向いた。
 大志はそれに、ただ「へ?」と混乱するばかりの頭でなんとか答えた。



「オーパーツが使えねぇとか話にもならねぇよ!」
 銀臣は机をバンと叩いて、興奮したように堤に詰め寄る。
「いやいや、全くその通りなんだけどね、うん。てかシバちゃん、キミ、ホントにちゃんと見たの? みやもっちゃんがオーパーツを使うところ。あの件のあの場での生き残りはキミと東雲(しののめ)さんしかいないんだけど、東雲さんは意識半分飛んでたらしいし、え、キミ、ホントにちゃんと見た?」
「見ましたよ、なんで俺を(うたが)う方向にいったんですか! それに意識飛んでた東雲さんでも、間に合わなかった役立たずの俺でも無いなら誰がジェヴォーダンの獣を倒したって言うんですか!」
「そうだよね、うん、それにみやもっちゃん自身もオーパーツを起動したってちゃんと言ってたし」
 じゃあなんでだろーねぇと、銀臣よりか幾分(いくぶん)も緊張感の無い声で堤は頭を()く。
 銀臣は内心で苛立ちを(つの)らせた。堤にでは無い。この状況にだ。
 いきなりチームを組まされ、相棒となる男は武器を使えない。その理由も今のところ解明できそうにない。
 銀臣自身にとっても目まぐるしい環境の変化に、心が追いついていなかった。
「とにかく、武器が使えない奴なんて俺は認めません。チーム結成の話は無かったことにしてください」
「ヤーダ」
「なんでですか!」
 なんとか落ち着いた声音で申請(しんせい)したのに一瞬で破棄され、銀臣はまたも声を荒げる。
 堤は「ど〜ど〜、そんなに興奮しないで、堤お兄さん困っちゃうよ」と茶化(ちゃか)す。しかしそれは、今の銀臣には完全に火に油だ。
 堤は今度は落ち着いた声音で、銀臣をまっすぐに見る。
「確かに、状況から考えるとみやもっちゃんは『適性者では無い』と言える」
「だったら__……」
「でも適性者で無いなら、なぜ一回でもオーパーツが反応したのか。奇跡的に誤作動を起こしたのか、それともみやもっちゃん自身になにかがあるのか。それを確かめなきゃさ」
「確かめる必要なんて無いでしょ。アイツは適性者じゃない。武器は使えない。これが全ての結論です。さっさと警察に返しましょう」
「も〜そうやってすぐに捨てるような真似(まね)をさぁ。女の子にもしてるの? そういうのね、ヤリ捨てって言うんだよ〜?」
「なんで女の話になったんだよ、アンタの頭そればっかりか!」
 そうしてまた机を叩いて、ダメだ冷静になろうと、銀臣は静かに深く呼吸する。
「………俺は認めませんよ、チームなんて。しかも武器も使えない役立たず」
「じゃあ認めてもらえるように、みやもっちゃんにはガンバッてもらおうか。それにシバちゃんもね」
 その言葉に、銀臣は眉を寄せる。
「………なんで俺が頑張るんですか」
「人を認めるのって、けっこう勇気がいることなんだよ。勇気を出すなんて、五股がバレた男の修羅場より大変なんだから。シバちゃんもガンバらないと」
「………五股がバレたことあるんですか?」
「今の忘れて。んじゃ、チーム結成後初勤務。励みたまえよ少年!」
「…………チッ」
 チーム解体を真剣に取り合う気は無いなとすぐにわかった銀臣は、一旦引き下がることにした。
 それにあまりにしつこくすれば、堤は(かたく)なに「大丈夫」を連呼し始める。
 こうなったら多少長期戦になるのを覚悟して、毎日じわじわと文句を言って根負(こんま)けさせようと考えた。
 そんな自分の算段とは裏腹に呑気(のんき)に手を振って送り出す堤。容赦なく扉を閉めて、銀臣は本日の勤務(きんむ)に入る。

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