修練と国名3
「ふぁ、眠い。何だか外に出たら一気に疲れたような、そんな感じだな。ここはこんなに穏やかだというのに」
手を下ろして息を吐く。流れる雲はゆっくりで、過ぎ行く風は心地いい。しかし、一歩この国の外に出れば殺伐とした世界になっているという。
何だかそれが悲しくて、それでもそれを止める術が自分にはないのがもどかしい。力があればもう少しどうにか出来たのだろうが、まだまだそれは途上。今のところは魔物を創造して修練の相手を頼むぐらいしか出来なさそうだし。
「はぁ。どうしたものかね。もう時間もそれほど残されていないだろうし・・・」
流れる雲を眺めながら思案する。現状は死の支配者と魔物で世界を二分しているような状態だ。そこでここだけポツンと取り残されているようなもの。この状況をどうにかしない限りは、ここの未来も明るくはない。といっても、ボクに出来る事など、己を鍛える事くらいしかないのだが。
その事実に小さく息を吐くと、目を閉じて暫く考える。しかし、突然これといった妙案が思い浮かぶはずもなく、またしても息を吐いた。そして、ゆっくりと上半身を起こす。
周囲は暗くなりはしたが、先程までと何も変わらない。しかし、こちらに歩いて来るプラタの姿が少し先にあった。まぁ、それを察知したからこうして上体を起こしたのだが。それにしても何かあったのだろうか? 焦っている様子は無いので、急用ではなさそうだが。
「御休み中のところ申し訳ありません」
近くまでやってきたプラタは、足を止めて直ぐに頭を下げてそう言った。
「どうしたの?」
特に気にしていないので、プラタに先を促す。急用ではなくとも、わざわざここに来たのだから何かしら用事があるのだろうから。
「はい。もうそろそろ夕食の時間で御座いますが、本日は如何いたしますか?」
「ああ・・・」
そういえばそんな時間か。上空に視線を向ければ、赤い空も大分暗くなってきている。地下に籠っている間はほとんど保存食で済ませていたから、そんな事もすっかり忘れていた。久しぶりに地上で食事をするとしようかな。
「久しぶりに食べようかな」
「畏まりました。それで、今からお召し上がりになられますか?」
「もう食べられるの?」
「はい。準備は行っておりましたので」
「そう」
まぁ、ここは住んでいる人数も多いので、仮にボクが食べなくとも誰かしらの胃袋に納まっていた事だろう。なので、事前に準備していても何の問題もない。
一瞬考えた後、立ち上がって身体についた土や芝を払う。しかし途中で面倒になったので、魔法で服も身体も一緒に綺麗にしておいた。そうして綺麗にした後、プラタの案内で建物の中に入る。
建物の中に入ると、そのまま食堂に移動していく。何だかこういうのも随分と久しぶりだな。
食堂に到着すると、一番奥の席に案内されるがままに腰掛けた。少し待つと、シトリーが料理を運んできてくれる。
シトリーは配膳用の手押し車に載せた料理をボクの前に並べると、そのまま食堂を出ていった。
それを見届けた後、眼前に並べられた料理へと視線を向ける。
机の上に並ぶのは、まずは耐熱用の深皿に入っている焼き目のついた料理。表面は薄黄緑色で、ところどころが焦げていた。
匂いは濃厚で、おそらく乳製品の匂いだろう。濃厚な匂いの中に甘い匂いがしている。ということは、この表面の薄黄緑色は乾酪か。
一緒に置かれた銀色に輝く匙を使って一口掬う。
中からどろどろと糸引きながら、ご飯と茸が出てくる。よく見れば野菜も入っているな。
どう見ても熱そうなので、息を吹きかけて冷ました後に口に入れる。
「あっふ。はふはふ」
冷ましはしたがそれでもまだ熱かったようで、口の中が熱く、はふはふと吐き出す息も温かだ。
味は匂い通りに濃厚なのは分かるが、細かな味は熱くて分からない。
暫くはふはふと口の中を冷ましながら食べると、肉とは違った動物の乳の濃さが口に広がる。やや甘みのあるそれは、濃いながらも何処かホッとさせる味わいで、ご飯や茸とも相性がいい。
中に入っている野菜は細かく刻まれており、原形はほとんど残していない。そのおかげで舌触りがよく、苦味が控えめな代わりに野菜の甘味が引き出されていた。
そこに茸の少し野性的な旨みが加わり、ご飯がそれらを包んで一つにしてくれる。
熱いので勢いよくは食べられないが、それでも至福の美味しさが口に広がってくれるので、一口一口味わって食べられる料理だな。
一緒に用意された柑橘系の果実の果汁を少し加えてさっぱりさせた水を飲み、次の皿に目を向ける。
次の皿は平たく厚みの無い皿に載せられた料理で、匂いは少し先程の料理に近い。
観察してみると、平べったいパンの上に様々な具材を載せて、その上に乾酪を敷いて焼いた物のようだ。
既に切り分けられていたので、それを取って食べてみる。少し食べるまで時間があったからか、適度に冷えていて食べやすい。
この料理は、先程と同じ濃い旨みと仄かな甘みの他に、爽やかな酸味が感じられる。並べられている具材も適度に食感が残るように調理されているようで、歯ざわりもいいものだ。
それも堪能すると、すっかりお腹がいっぱいになってしまった。
どちらも量としてはやや多い程度だったので、その分品数が少ないのでそれほどでもなかったと思ったが、かなり満足感があったからかな? もうお腹いっぱいで、やや眠い。
それを誤魔化すように、プラタと話をしながら食休むを挿む事にした。
◆
食休み中はプラタと話をしていたので何とかなったが、食休みを終えて自室に戻る為に転移に使用する小部屋へ移動している最中は特に話もしていなかったので眠かった。
それでも転移してなんとか自室まで戻ると、日課のお風呂に手早く入ったりして寝る準備を済ませて就寝した。
明けて翌朝。
身体の調子を確かめた後、顔を洗ったり朝食を食べたりして朝の準備をしてから、第二訓練部屋へと移動する。
本日の予定は、魔物を創造して、魔物相手に修練する事。最初は魔物を量産してから戦うことにしている。数が居る事で、もしかしたら何か気づく事があるかもしれないので、物は試しとやってみる事にしたのだ。
第二訓練部屋に到着すると、早速魔物創造を行う。今回は魔物の量産が目的なので、前回タシを創造した時とは異なり、簡易的な魔物創造だ。
こちらの魔物創造であれば、ジーニアス魔法学園の一年生でも出来る者が多かったかもしれないような簡単な魔法。一応使用する魔力量は少ないが、こちらは創造する魔物の数によって変動するので、一概には何とも言えない。
そんな量産目的の魔物創造だが、一度に創造出来る数については力量次第だ。消費魔力量もそうだが、かなりの数を創造するには、それを同時進行する技量が求められる。いくら簡易的な魔法でも、そこは当然の話。
ボクの場合はどれぐらい創造出来るのだろうか? 後を一切考えないのであれば結構な数を創造出来るが、創造した後も考えるのであれば、安全を大分とって六十ぐらいかな? 実際にやってみないと分からないが、人間基準で言えば、多分普通は十も創造出来れば十分だったと思う。
現在居る国の基準はよく分からない。実際に魔法を使用しているところは見た事がないし、この国は様々な種族が入り混じっているので、仮に基準を設けようと思っても、基準らしい基準も定めにくいだろうな。
さて、とりあえず最初は慣らしも兼ねて二十体ぐらいの創造に挑戦してみるか。魔物の量産は初めての経験だから、まずは確実に創造するところからだ。
「・・・・・・」
同じ魔法を複数創造して、意識を集中させる。
魔物創造の魔法へと注ぐ魔力量を決め、魔力を分配して魔法へと同時に注いでいく。そうする事で、注いだ魔力を基に魔物の身体が一気に形成されていくので、あとは魔物の身体が完成するまで魔力をその場に留めておくだけだ。
この管理は意外と頭を使う。とはいえ、世界の眼で日々膨大な情報量を処理しているので、これぐらいはもの凄く簡単だ。寝てても出来そうなほど。
それに二十体なので、魔力消費量もそれほどでもない。タシを創造した時の方が魔力は使用しているかもしれないな。この魔法では、注いだ魔力は基本的に核の形成に使用されるだけなので、それほど膨大な量にはならない。
そうして形成された核を基に、周囲の魔力を取り込みながら魔物の身体を構築していく。そうして周辺の魔力を取り込んで魔物を形成するので、魔物の個体能力はあまり高くはならないのだ。
現在出来てきている魔物達を眺めながら、おおよその強さを確かめていく。出来る魔物は均一という訳ではなく、僅かだが個体差が発生する。これは分配した魔力や周辺から取り込めた魔力などの量の違い、身体の形成時の進行具合など幾つもの要素が絡んでいるので、一概にこれが原因だと断定も出来ない。
それでも大きな差は出来ないので、大して気にするほどではない。一通り視た感じ、創造して直ぐのタシの七割でもあればいい方といったところか。少なくとも五割は超えていると思う。
どちらにしても弱い。人間界でも普通に戦える者が居ただろうぐらいの強さだ。平原に居た魔物の中では上位に位置しただろう程度の強さか。
それが二十体・・・修練相手にもならないな。魔法一発で全滅しそうな弱さだ。
かなり完成してきた魔物を眺めながら、どうしたものかと思案する。このまま戦っても意味ないかもしれない。まぁ、魔法の確認程度にはなるだろうが・・・うーん、手加減しまくった魔法の練習台にはなる・・・かな? それで平原の魔物程度であればどれぐらいの強さで倒せるかの確認が出来れば、成長しているかどうかの確認が出来ると思うのだが。
「うーん・・・それぐらいしか意味ないか」
しょうがないと思いながら魔物創造が終わるのを待つ。まぁ、仮にタシぐらいの存在が二十体創造出来たとしても、大して結果は変わらなかっただろうが。残念ながらタシも未だに弱いからな。
「はぁ」
その事実を思い出して、情けなくてため息が零れる。もう少し強い魔物が創造出来るぐらいにはならないとな。量産型とはいえ、この程度の魔物しか創造出来ないのだ、もう一度タシの時と同様に質にこだわって魔物創造したとて、結果は大して変わらないだろう。
「まぁ、創造する魔物も少しぐらいは強くなっているだろうが、それでもフェンやセルパンには遠く及ばないだろうし、今の少し成長したタシにも勝てないのだろうな」
そう考えれば、魔物は創造して育ててから戦った方がいいのだろうか? そうすれば少しは強くなるとはいえ・・・時間が掛かるな。それに意外と育てるのは苦労するものなので、この思いつきは悪くは無いが却下だ。
他に何か方法はないだろうかと考えながら待っていると、魔物の創造が終わる。二十体なので結構掛かるかと思ったが、意外と早かったな。まぁ、二十体同時進行だったから、実質一体分の創造時間で十分なのか。
創造した魔物は、創造したばかりだからか、何処か虚ろな感じで並んでいる。動く様子は無いが、成功したのだろうか?
「問題ないとは思うが、もう少し様子を見てみるか。それにしても、こんなに量産して言う事聞くのかな? 少し心配だ」
何にせよ倒す為に創造しているので、仮に言う事を聞かないで襲ってきたとしても問題ないのだが、それはそれで失敗という事になるので、今後とも精進が必要という事になるだろう。
逆に成功した場合は、緊急の増援として使えそうだ。囮や盾ぐらいにしか使えなさそうだが・・・それすら無理かも? あまり使い勝手はよくなさそうだな。
ま、試験的な意味だったしいいかと思っていると、何処か虚ろだった魔物の雰囲気が変わる。
キリッとしたというか、何かが定まった様な芯が通った雰囲気を纏いだした魔物達を眺めながら、さてどう動くかと観察する。このまま襲ってきてくれれば、楽ではあるが。
そう思って待ってみるも、創造した二十体の魔物はこちらを見詰めたまま動こうとしない。
「えっと・・・これは成功という事なのかな?」
おそらく指示を待っているのではないかと思うので、とりあえず少し横に移動させてみる事にした。
「右に三歩移動しろ」
そう命令すると、創造した四足の獣達がボクから見て左に一斉に三歩移動した。やはり命令待ちだったようだな。
しかし、こちらを見る魔物達は、しっかりとした雰囲気ながらも瞳に力を感じない。これはやはりあれだろうか、タシの時の様に名前を付けていないからだろうか?
「うーん、流石にこれだけの数を一気に名付けるのはな」
そんなにたくさんの名前は瞬時に思い浮かばないし、名付けたとしても大した事はない。それにこのまま戦って倒す予定なので、変に名前を付けて情が湧いてもしょうがないからな。
「よし! それじゃあ戦ってみるか!」
第二訓練部屋は第一訓練部屋よりは狭いが、それでも十分な広さがある。二十体相手とはいえ、戦闘を行う分には問題ないだろう。
そう思い、創造した魔物全員にボクを攻撃するように命令を下す。その瞬間、魔物達が一斉に襲い掛かってきた。
「むぅ。これは命令の仕方を間違えたか?」
襲い掛かってくる魔物達。しかし全員が全員、牙を剥き出しにして、がむしゃらに突撃してくるだけ。
速度もそれほど速いという訳でもないので、身体強化を施しながら後方へ跳べば、第一波は余裕で回避出来た。
後方に居た魔物達が迂回するようにしてすぐさま側面から飛び込んでくるので、避けずに左右に障壁を展開してみれば、そのまま突撃してきて勢いよくぶつかった。その際に先頭で突撃してきた魔物の一体が、障壁にぶつかった衝撃と後方からの魔物に挟まれて魔力に還元されてしまう。
「・・・・・・」
その光景に頭が痛くなりそうだが、最初に正面から突撃してきた魔物達が追い付いてきて牙を剥く。
一瞬どうしようかと思ったが、これは魔法の修練というよりもどれだけ成長したか確かめる修練なので、この程度の魔物ならば身体強化の確認ぐらいは出来るかもしれないなと考え、足に力を入れて正面の魔物へと突撃する。
魔物は一息に接近したボクの動きに対応出来ず、まだ駆けているだけで迎撃に移行出来ていない。それどころか気づいているのかも疑わしく思いながらも、握りしめたこぶしを魔物の顔に振り下ろす。
大体ボクの腰辺りにあった魔物の顔は、そのこぶしをもろに受けて床に叩きつけられる寸前に魔力に還元された。こぶしに何か硬い物を砕いたような感触が伝わってきたが、骨とは違うような気がする。そもそも魔物に骨があるのだろうか? そういえば、その辺りは詳しくは知らないな。
そんな感想を抱いていると、そこで突撃していた他の魔物がボクの存在に気づく。しかしその頃には、身体を捻って振り返りざまに横に居た魔物の側面を殴りつけて吹き飛ばしてから、元いた場所に戻っていた。
完全に魔物達はボクの動きについていけていない。別段しっかりと武術を習ったとかではない素人の動きだというのにだ。
それに、いくら弱いといっても素手で魔物を殴って魔力に還元出来るこぶしの威力も凄い。元の位置に戻る前についでに殴り飛ばした魔物は、他の魔物を巻き込んで吹き飛んだが、それで衝撃が和らいだのかまだ生きているようだ。それぐらいは耐えてくれないとと思ったが、もう立つ事も出来そうにない。
「・・・しょうがない」
そのままでは可哀想なので、その魔物は魔法を放って魔力に還元しておく。
「さて、あとは十七体か」
そう思って周囲を見回すも、側面から突撃していた魔物は一部が弱っている。最初に魔力に戻った魔物と同じ状況だったのか、既にふらふらだ。
それも邪魔だし可哀想なので、魔法を放って先に消しておいた。これで後は十四体か。思った以上に弱いな。それとも、それだけボクが成長したという事だろうか。だったら嬉しいが、さてはて、それはどうなんだろうね。
そう軽く疑問に思いながらも、左右の障壁を消す。このまま魔法で殲滅するのは容易いが、もう少し素手で頑張ってみよう。今後何が起きるかは分からないからな。
周囲の魔力を鋭敏に感じ取りながら、こぶしを握り構える。足にも力を溜めて、いつでも移動できるようにしておく。といっても、所詮は素人。どこまでできるか分からないが。
左右の障壁を消すと、すぐさま反応した一体が左側より飛び込んできた。
全身黒い身体の口らしき部分を開けて、一際色の濃い牙を覗かせている。先端が鋭利な形状なので、おそらく牙で間違いないのだろう。
ずらと並んだその牙を確認して、噛まれたら痛そうだなと思う。魔物の速度は今のボクとってはそれほど速くはないので、これを避けようと思えば簡単に避けられる。しかし、先程身体強化による攻撃力の増加を確認したばかりなので、今度は防御力について調べてみようかとの考えが浮かぶ。
鋭利な先端をこちらに向ける口には恐怖を抱くが、これは大事な事と自分に言い聞かせ心を強く叱咤すると、口を開いて飛びついてくる魔物へと腕で防御するように突き出す。
先程魔物を殴った時に痛みは無かったので大丈夫だとは思うが。そう思いつつ、必死に瞑りそうな目を開けて魔物の口が腕を捉えて閉じられるのを見る。
「ッ!!」
視覚的に腰が引けそうな中で閉じられた口だが、肝心の牙は少し腕に食い込んだだけで止まってしまう。
「あ・・・服は別のを着ておくんだったな」
牙が腕に刺さって少し痛いが、ちょっとチクチクする程度。血だって出ているか疑わしいほどだろう。しかし、腕に牙が届いているという事は、丁度着ていた袖の長い服の布地を貫通したという事になる。
大した手応えが無かったからか、口を離して少し下がる魔物。そうして明らかになった腕の部分は、それほど大きな穴ではないにせよ、鋭利な刃を突き刺した穴が幾つも開いていた。
この服はお気に入りという訳でも、特に思い入れがある訳でもないが、それでも穴が開いてしまったのは悲しい。しかし、もう開いてしまったのはしょうがないと思い直すも、次に右側から襲い掛かってきた魔物に対して服の恨みとばかりに、身体を捻って裏拳を理不尽な想いと共にぶつける。
グォッっという呻きを上げて、跳びかかってきた魔物は地面に叩きつけられて床を滑っていく。そうして滑る勢いが止まると同時に、そのまま身体が消滅した。どうやら助走をつけていない力任せの殴りでは少し威力が落ちるようだ。
右の魔物を殴りつけた後、左側と正面から魔物が跳びかかってくる。左側に至っては一体が跳びかかり、その下を別の一体が足下に噛みつかんと駆けてきていた。
魔物の攻撃自体は、先程の腕への攻撃が証明している様に効果は無いのだが、それでもむざむざ攻撃を受ける趣味はない。服だって穴が開いてしまうし。
なので、右足を軸にくるりと回転するように身体を捻って避けて、そのまま左足で駆けてきていた魔物を思いっきり蹴り飛ばす。
すると当たり所が悪かったのか、一瞬で魔物が消滅する。
「これで残りの十二。まだ半分以上残っているのか。魔法を使わないと殲滅は大変なんだなっと」
跳びかかってくる魔物を身を捻って交わしつつ、一体ずつ確実に迎撃していく。それで少しずつ数が減っていくも、全てを避けきれる訳もなく、幾度か魔物の噛みつきや突進を身に受けてしまう。
傷自体はほとんど無いが、服は穴が開くし、踏ん張りきれずに少し飛ばされたりで体力が消耗していく。
それでもこちらの攻撃はかなり重いらしいので、少なくとも二発攻撃が入った魔物は確実に消滅している。現在は半分を大幅に割って、魔物の残りは四体。
四方を囲むようにしており、今すぐにでも跳びかかりそうなほど体勢を低くして足に力を溜めている。
直ぐにでも四体同時に跳びかかってくるだろうが、それをわざわざ待つ必要もないので、床を蹴って正面の魔物との距離を一気に潰す。
魔物は反応しきれず、やっとボクが突撃してきた事に気がついた時には、目の前に蹴り上げたボクの足が迫る。そのまま蹴り上がり宙に浮いた魔物は、天井に激突して消滅した。
それを合図にしたかのように、一斉に魔物がこちらに殺到してくる。しかし、攻撃する為に移動した後なので、四方からではなく振り返った正面から残りの三体が跳びかかってきた。
「ほいっと」
流石に何度も跳びかかってくる魔物の相手をしたので、魔物が跳び上がった瞬間に懐に潜り込む事にも慣れたものだ。
しゃがむように背を低くして一体の魔物の下に滑りこむと、そのまま両足で床を叩き、跳びあがるように足を伸ばして腕を上へと上げる。それにより、腹の下を思いきり殴られた魔物は消滅した。
「残り二!」
前に少し跳んで振り返ると、着地した二体の魔物が機敏な動きでこちらに顔を向けていた。
その息の合った行動に、こぶしを握ってすぐさま構える。もう十分身体強化の実戦は出来たので、そろそろ魔物には消滅してもらうとしよう。
そう思い床を蹴ると、ちょうど魔物達も床を蹴って駆けてきていた。
口を大きく開けて跳びかかってくる魔物と、斜め前から足へと突っ込んでくる魔物。
相手の攻撃は効かないが、それに頼るのは避けたいところ。かといって変に躱そうとしても、逆に隙を作ってしまう。
二体相手に同時攻撃は不可能ではないが、体重の乗っていない中途半端な攻撃になってしまうので却下だ。
かといって、武術素人のボクに何が出来るという訳でもないので、ここは開き直って床を蹴る足に力を入れる。
跳びかかってきた魔物の下に潜り込むつもりで身体を前に倒して駆けると、魔物の身体の下までは無理でも、腕を上げればこぶしが魔物の顎の辺りを捉えられるところまでは入り込めた。
そのまま身体全体を使って下から上へと思いっきりこぶしを突き上げて殴り飛ばすと、魔物は少し浮かんで消滅した。
残った魔物は、ボクが一気に速度を上げた事で照準がずれたようで、予期せぬ移動に思わず手が出たといった感じで振り上げられた爪が裾の端の方に掠っただけで終わる。
それでも服の裾が少し裂けたので、まだまだ未熟という事か。
最後の魔物と向き合うと、正面からぶつかり、これを消滅させる。一対一でなら問題なく倒せるぐらいには成長した。
二十体の魔物を全て殲滅し終えると、自分の身体に目を落として確認する。
「うーん・・・穴だらけ。結構裂けてもいるし、これじゃあ駄目だな」
今回は相手が圧倒的に弱かったから何とかなったが、もしも魔物が噛まれたら傷を負う程度には強かったら敗けていたかもしれない。
それでも、これぐらいの魔物が相手であれば、何の問題もないぐらいには成長出来たようだ。大体人間界が在った頃の平原では、身体強化以外に魔法を使用しなくとも敵なしといったところか。
「あの頃よりは成長しているようだけれど・・・」
まだ人間界に居た頃は、魔法を使えば何の問題もないぐらいの相手ではあったが、今回みたいに身体強化を使用したとはいえ、素手のみで戦えたかと考えれば、おそらく不可能ではなかったが、今回ほど余裕ではなかっただろう。
少なくとも、噛まれたら血ぐらいは出たと思う。なので、やはり成長はしていると思われる。実感はまだ無いが。
まぁ、今回はその実感を少しでも抱けるようにするのが目的だったのだから、それは成功したと言えるだろう。
次はどうしようかと思いながらも現在の時刻を確認してみると、もう夜になろうかという時間であった。朝にここに来て修練を始めたから、魔物創造と魔物との戦闘で半日ほど経過してしまったようだ。
時の流れとはかくも早いものかと思いながらも、これ以上の修練は次回に持ち越す事にして、今日はもう自室に戻る事にする。
第二訓練部屋から自室へ移動すると、まずはお風呂に入る事にした。ずっと動き回っていたから汗かいたもんな。
「しかし、この服どうしようかな」
脱衣所で身体に視線を落として、服を見ながら考える。ボロボロ過ぎて脱ぐのも大変そうだ。
とりあえず脱いで見るも、少し引っ張るだけで穴が拡がったり、裂けたりする。ただ服を脱ごうとしているだけなのだが、何だか服を破いている様にしか思えない。
そんな風に四苦八苦しながらもようやく服を脱ぐと、端切れの塊の様なそれに視線を落とし、服としてはもう終わりだなと思う。裁縫は大して得意ではないからな。
とりあえず籠にそれを入れて綺麗にした後、着替えの用意などを済ませて浴室に移動した。
お風呂は相変わらず少し熱かったが、お風呂上がりに寝台に腰掛けて一息つくと、何だか筋肉が解れた様な感じがする。
「思っている以上に今回は身体に負担を掛けていたようだな」
まぁ、身体強化を施した後に、ずっと素手で魔物と戦っていたのだからそれも当然か。ボクは別に格闘家とかでもないのだから、普段からそんな風に身体を酷使している訳ではないし。
そう思えば、むしろ身体強化を施していたとはいえ、今日はよく身体が最後まで動いてくれたものだ。
「うーん。何だかそう自覚したからか、急に身体中が痛くなってきたぞ」
細かく震えている手に視線を落として、息を吐いて寝台に横になる。
手足が急に痛く重くなってきてだるさも増したので、今日はもう大人しく寝るとしよう。そして、明日にはこれが治っている事を祈って、就寝する事にした。
◆
パチィという静電気でも発生したかのような小さな音が響き、オーガストは扉へと伸ばしていた手をゆっくりと引っ込める。
その後に引っ込めた手へと視線を落として、感心したように呟いた。
「僕を拒むか。それほどの結界が存在しているとは。・・・面白い」
表情は変わらないが、纏う雰囲気を楽しげなモノに変えたオーガストは、もう一度扉へと手を伸ばす。
――パチィ。
ゆっくり伸ばした手を拒絶する小さな音が響き、オーガストの手に小さな痛みを送る。無論、その程度の痛みなどオーガストには何でもないのだが、手を拒まれたのは事実。
オーガストは満足げに頷き、観察するように扉を見た後、もう一度手を伸ばした。
先程同様にゆっくりと伸ばされた手だが、今度は拒絶されずにすんなりと扉に手が届く。そうすると、オーガストは残念そうに小さく息を吐いた。
「まぁ、少しは楽しめたかな。誰も居なくなった世界に、僕を拒絶する結界が存在する世界。これは両方始めりの神の仕業かな? という事は、なるほどまだ楽しめそうだ。しかし、別の何かが介在している気もするな・・・」
ふむと小さく零すと、オーガストは扉を開けて中へと入りながら思案していく。どうやら世界にはまだ自分にも見えていない何かが存在するようだと期待を膨らませながら。