32話 心寧との勉強会
階段を上って2階の刀祢への部屋へ向かう。扉を開けて刀祢の部屋へ入る。
刀祢の部屋は純和風で、机、洋服ダンス本棚ぐらいしか置いていない素っ気ないシンプルな部屋だ。洋服ダンスの上には道着が置かれ、部屋の隅には木刀が3本置かれている。
刀祢はどこかの部屋から座卓を持ってきて、部屋の中央に座卓を置く。刀祢の左隣りに心寧が座る。刀祢は鞄の中から国語、古典の教科書を座卓の上に置いて、ノートを用意する。
「今回、欠点を取ってしまったのは国語なんだ。5教科の中でも国語は苦手な教科の1つなんだ。特に古典が苦手でさ」
「うん、わかった。古典からやっていこうか」
心寧は深く頷くと上品に微笑む。
心寧の説明では、国語は積み重ねの勉強が重要な教科だという。確かに刀祢は中学生の頃は国語は悪い点数ではなかった。
段々と下降線を辿り、高校2年生になって欠点を取ってしまった。積み重ねを疎かにした結果だという。
「国語は積み重ねの教科なの。その点では他の教科と違うのよ。中学の時から、授業中に居眠りしているから、こうなるのよ」
「俺も失敗したと思ってる。そこを心寧の力で、なんとかしてほしいんだ! 頼むよ。協力してくれ!
「仕方ないわね。いいわよ。任せて! 何とかしてみせるから!」
心寧は頬をピンク色に染めて、恥ずかしそうに刀祢を見つめる。
刀祢なりに国語の勉強を夜にしていたが、心寧の指摘では基礎ができていないから、きちんと理解していないらしい。
特に古典は苦手で、同じ日本語だとは思えなかった。どこか違う国の言葉のように受け捉えてしまう。
「古典は現代語の延長線上にあると思ってね。別に考えると余計にわからなくなるから。古典も日本語の一部よ」
「国語の一部と言われてもピンとこないんだ。どうしても別の言語に見える」
「そうよね。刀祢から見れば別の言語にみえるよね。その気持ちは理解できるわ」
古典は、一旦、現代語訳に変換して、物語全体を把握した後に、それを基にして、1行1行の文章を理解していくことが大事と心寧は優しく教えてくれる。
心寧は刀祢のノートに古典の現代語訳をきれいな文字でサラサラと書いていく。その真剣な横顔はとても美しく、刀祢の目を惹きつける。時々見せる悩んでいる表情も可愛らしい。
「刀祢、あまり見つめないで。恥ずかしくなっちゃう」
「―――ゴメン。つい見惚れた」
「そんなこと言わないで、勉強ができなくなっちゃう」
慌てて刀祢が自分のノートへ目を移すと、古典の現代語訳が完成していた。これなら刀祢も読めるし、理解することも覚えることもできる。
ノートと教科書を照らし合わせて、古典文を理解していく。
心寧が身を乗り出して、指でノートの現代語訳と古典分の同じ箇所をきれいな指でなぞって教えてくれる。
心寧の手は肌が絹のようにツルツルしていて、指は長く、手が細長くて形が良い。そしてとても柔らかそうだ。剣術をしている手とは思えない。刀祢は心寧の美しい手に見入ってしまう。
「そんなに手を見ないで。私、手は自信がないの。恥ずかしいよ」
「そんなことないよ。心寧の手はとてもきれいだ」
心寧は手を隠して、恥ずかしそうに頬をピンク色に染めて口を少し尖らせる。その表情がとても可愛い。今まで心寧を見ても、こんな気持ちは湧いてこなかった。刀祢は自分自身の変化に驚く。
刀祢は心寧を真似て、古典文を現代文に訳してノートへ書いていく。段々と古典文の難しい言葉も理解でき、語訳できるようになってきた。
現代語訳と古典文を照らし合わせて、自分で同じ箇所を確かめていく。
刀祢が少し悩んでいると、心寧が身を乗り出して、指でなぞって教えてくれる。きめ細かい肌がきれいだ。思わず吸い寄せられるように心寧の手を取って両手で握る。
心寧の手は柔らかくてツルツルしている。剣術している手とは思えなかった。
「剣術をしていると、何度も手のマメが潰れたの。その時は手全体が硬くなっていたんだけど、今まで稽古しているうちに段々とマメができなくなって手が元通りに戻ったの」
「そうなのか? 心寧の手も指も剣を握ったことがあるように見えない。とてもきれいだ」
「へんな所を褒めないでよ。恥ずかしいでしょ」
心寧はそう言って、ゆっくりと刀祢の両手から自分の手を抜いて、隠してしまった。恥ずかしそうに刀祢から視線を逸らす。
心寧をあまり困らせてもいけない。刀祢は気分を切り替えて、国語へと教科を移す。
心寧の説明では、国語は全ての回答が教科書の中に載っているという。その答えを見つけ出す感覚を磨くことが大事だという。刀祢は初めて、そんな説明を聞いた。
心寧は刀祢のノートに地の文1つ1つの要点を書いてくれる。真剣に取り組んでいる横顔はスマートでとても美しい。
心寧の顔のきれいな造形がよく見える。刀祢は心寧の顔に見惚れて、視線を外せない。
心寧が刀祢のほうへ顔を向ける。その顔は目が潤んでいて、頬が上気している。さっきよりも顔と顔の距離が近い。
心寧の甘い吐息が刀祢の顔にかかる。刀祢の胸がドキドキと高鳴る。刀祢も吸い込まれるように顔を近づけていく。
「刀祢、どうしたの? 顔が近いよ! 恥ずかしいよ!」
「あ―――心寧の顔を見ている間に、段々と顔を近づけてしまった。すまない」
「キスするのかと、ドキドキした」
(キス――――! 俺はもう少しで、心寧にキスしようとしていたのいか!)
心寧は顔を赤らめて照れている。そんな心寧を見て、刀祢も顔を赤くして、照れる。
「ごめん。今度から気を付ける」
「私も、刀祢とは――― でもまだ、恥ずかしい」
「俺も照れる。恥ずかしい。」
お互いに見つめ合ったまま、顔を赤らめた。
「勉強の続きを始めるよ」
「ああ、頼む。俺も冷静に勉強に集中する」
そして国語の勉強の続きを始める。
「では、この会話文の「これ」とはどれを指しているでしょうか?」
心寧が即興で問題を出してくる。心寧が書いてくれたノートに地の文の要点が書かれている。心寧の問題の答えを探す。要点の中に書かれていた。刀祢は心寧に答えをいう。
「正解」
心寧が次々と質問を出してくる。刀祢はノートに書かれている地の文の要点を探して、次々と正解を言い当てていく。
確かに心寧の言った通り、国語の答えは全て教科書に書いてあった。そのことがわかっただけでも刀祢にとって進歩だ。思わず、刀祢は心寧の手を両手で優しく握りしめる。
心寧が傍にいてくれると安心した気持ちになる。刀祢が心寧の手を握り続けていると、心寧は頬を赤らめて顔を上気させる。その顔がとても愛おしかった。