20-2「そうでなくって? 貴女達はみんな結局私と同じ」
一方、クロウ達と別れた残りの航空隊女子メンバーである。改めてメンバーを確認してみよう。
ユキ、トニア、アザレア、エリサ、そしてミツキである。彼女達の集まりにまだ名前はない。だが、今回ユキはミツキの提案を受けてタイラーに女子会議開催の許可を願ったため、クロウ女子議員連と呼ばれる事になるが、それはまた別の話だ。
今回ユキが全員で話し合いの場、という名目のお泊り会会場として用意したのは『つくば』兵卒用居住区の一角の空き居室である。兵卒用の居室であるため、この居室は6人部屋であった。
3段ベッドが左右の壁際にそれぞれ1台ずつ。ベッドはカーテンで区切られる構造であり、最低限のプライベートは守られる構造となっている。
ロッカー型のクローゼットが人数分。その他に緊急時に体を固定するためのデスクとリクライニングシートも奥の壁際に人数分並んでおり、兵卒用の居住スペースとはいえ内装は広い。
さらに、クロウやシドの居室と同様に共用のユニットバスとトイレも居室内にあるため、生活に不自由がない構造となっている。
「これは、コレ一回こっきりで使うには勿体ない位にいい部屋ね」
この部屋を一目見たミツキの感想である。
因みにであるが、この部屋はクロウとシドの居室の2階下の真下に存在した。階段こそあるが、その距離は近い。
「ああ、やっぱりそう思う? 私もそう思ってさ。艦長にお願いして人員が足りなくなるまでここは自由に使っていいって許可を貰ってあるんだ。みんなも自由に使っていいよ。多分ここの存在意義はこれから高まるんじゃないかな?」
言いながらユキは手近にあった3段ベッドの一番下に腰掛けた。
「私とアザレアに至っては、こっちに引っ越した方が、効率が良さそうに感じるわ」
「ん、クロウの護衛が捗る」
トニアとアザレアも、ユキと反対側の3段ベッドの一番下に腰掛けた。
「私も主な居室をこちらに移した方が良いかもしれません。パラサお姉さまは優しく接して下さいますが、肉親という事もあってかお互いに無遠慮になりがちなので、規律としては良くないかもしれないと考えていました」
「へえ、意外ね。アナタ達姉妹はお嬢様育ちなのだから、そんなことは無いと思っていたわ」
「それは偏見というものです、ミツキお姉さま。毎日居室に帰る度にシドお義兄様との惚気を聞かされる私の身にもなって下さいまし。最近はお義兄様が格納庫に籠って作業をし続けていますから、パラサお姉さまったら押し掛け妻のように甲斐甲斐しくお手製の弁当や差し入れなんかを持って行っているのですよ? そうでもしないと接点が無いというのは分かりますが、まるであれではストーカーです」
少し疲れた顔をしながら、言うエリサの肩を抱いて、ミツキはユキの座るベッドにエリサと共に腰掛けた。
「さて、改めて。このメンバーだけで集まるのは初めてだね。もう自己紹介の必要もないだろうけど、ここにいるという事は、クロウ君と傍に居たいと願う恋敵であると同時に、『万が一』の時にお互いの意思を引き継ぐバディ以上の義姉妹にも等しい関係だと思う」
それぞれがベッドを席にして座った事を確認してユキは切り出す。切り出したユキの一言はその場に居る誰にとっても真実であるが重みを伴った事実である。
事実、彼女らの想い人であるクロウも、彼女ら自身も、いざ戦場に立てば命を失う可能性はいくらでもありえるのだ。
「あら? でもここに居る誰もが、死ぬ気なんてさらさら無いでしょう? 何としても生き残ってクロウの傍に居たい。そうでなくって? 貴女達はみんな結局私と同じ。とっくに彼にイカレてしまっているのだわ」
言いながら、ミツキはその黒髪を優雅にかき上げて、その朱い瞳でじっと居並ぶ少女たちの瞳を一人ずつ覗いていく。ユキの色素の薄い茶色い瞳。トニアの彼女を象徴するような明るい茶色の瞳。アザレアの黄金の瞳。エリサの青いサファイアを思わせる瞳。
「万が一も、兆が一も私は許さないわ。絶対にここに居る貴女達だけは死なせない。今は効果があるかどうか怪しいけど、その為なら貴女達に私の血を飲ませてもいい」
流石にこれは最後の手段だけどね、とミツキは付け足す。
「ミツキ。前から思っていたのだけど、貴女の在り方はとてもクロウ君のそれに似ている。やはり貴女はクロウ君の番なのね」
そう言うトニアに、ミツキは静かに首を横に振る。
「それは違うわトニア。私は貴女達が気に入ったから、愛せるからそうしたいと願うの。でもクロウは違う。クロウはね、目についた人間なら誰でも助けようとしてしまう。彼の愛は歪んでいるわ。どうしようも無い程に。私は生前からその危険性を十分に理解していたつもりだった。でも、原因までは分からなかったの。もしかしたら私が彼を殺してしまった時にその心を壊してしまったのかと心配になった程よ……」
ここから話す話は決して他の人に聞かせないで、とミツキは続ける。
「でもね、こうしてこの『つくば』に来てようやく合点がいったわ。歪んでいたのはクロウじゃない。彼が理想として目指していた八郎さん。あなた方が艦長と、そしてタイラーと呼ぶその人よ。そして、彼を人間に戻すのは私でも、ましてやここに居る貴女達でもない。私達に出来るのは、その歪みがこれ以上クロウを蝕まないようにする事だけ」
ミツキはそう言うと静かに目を閉じた。
「話が逸れたわ。私は貴女達に提案するためにユキさんにお願いしてこの場を設けたの。全員が安心して生き残ってクロウの傍に居る為の話よ」
だから、この話はもうお終い。と、ミツキは念を押す。
そのミツキの話をユキは確信を持って聞いていた。そして、そのタイラーの歪みを何とかするのはこの場に居ない一人の少女の役目であるとも。
トニアもまた確信を強く持っていた。クロウとタイラーの関係性の事実確認、そしてクロウに対する接し方の是非。それは彼女のテーマでもある。
アザレアはそれを聞いても心を動かすことはない。彼女にはその事実はあまり重要ではない。今彼女の中にあるのは最初と変わらずに如何にしてクロウを守るかという一点なのだ。
そしてエリサはこの後の話で、自分が中心人物になるとは思っていなかった。この時はまだ、この頼もしい姉たちと共に道を歩けば、彼女達とクロウと共に居られるであろうという確信しか持っていなかったのである。
こうして彼女たちの夜もまた更けていく。
一方その頃クロウ達は、購買部で買い込んだお菓子やらジュースを担いでヴィンツの病室へ見舞に行っていた。当然であるが、そこにはブリーフィングルームで別れたマリアンも居る。
彼らは渡すものだけ渡すと、さっさと退散する事とした。これ以上彼の近くに居るのは野暮というものだ。
「うっわ。クロウ少尉もケルッコ曹長も、いくらヴィンツが何でも食べられるからってずいぶん買い込んで来たわね」
彼らが去ってから、ヴィンツのベッドの周りにうず高く積み上げられたビニール袋に入ったお見舞いの品を見ながらマリアンはぼやく。彼女はその中から冷蔵が必要なものをより分けて病室に備え付けられている冷蔵庫へせっせと仕舞っていた。
「ああ、マリアン。いいっすよ。自分、後でやるっすから」
「いいから、あんたは黙ってそこで座ってなさい。まったく、目を離すとなんでも自分でしようとするんだから」
とは言われるものの、ヴィンツはこの医務室で待機を命じられているだけで暇を持て余していた。ケルッコにお願いして自分の端末を持ち込んでゲームや読書などをしてみるが、どうにも手持無沙汰感は拭えない。
そもそも、何故自分は、この出身地が一緒だというだけの少女に甲斐甲斐しく世話を焼かれているのだろうか?
彼女とは確かに家が近所であり、幼い頃はそれこそよく遊んだ幼馴染であり、また良き友人でもあった筈だが、この『つくば』で同じ航空隊に所属するまでは疎遠になっていた筈なのだ。
実際、再会してからも会話らしい会話をした覚えがヴィンツにはなかった。
「あんたさ、約束覚えていないでしょう?」
マリアンに唐突に言われて、ヴィンツはギクリと肩を揺らす。
彼女に約束と言われて、思い当たる節などヴィンツには一つしかなかった。
「え? まさかマリアン。あの約束はまだ失効して無かったっすか!?」
そのヴィンツの答えを聞いたマリアンは鼻でため息を吐く。
「するわけないでしょバカヴィンツ! 面と向かって言われたならともかく。あんたはもっと女の執念って奴を覚えた方が良いわ。ミツキ少尉なんか見なさい。あの人は数千年も一人を追いかけ続けたのよ? 私もあの人の立場だったら同じことをしたでしょうね」
ヴィンツは困ったように自身の頭を掻く。
「いやぁ、参ったっす。自分はてっきりマリアンは忘れているとばかり。それならそうと再会した時にでも言ってくれればよかったのに」
「あんたが覚えているかどうかもわからないもの。言う訳が無いでしょう? バカヴィンツ! でも覚えているなら話は早いわ。大人になったらちゃんとお嫁に貰って貰うわよ? いいわね?」
マリアンはそう言いながら、ヴィンツと顔を合わせないようにそっぽを向きながら赤面し、ちらちらと横目でヴィンツの表情を覗き見るという器用な動作をして見せていた。
「はぁ、自分としては願ったり叶ったりなんすけど。マリアンがそれでよければ」
ヴィンツがそう言うと同時に、マリアンはヴィンツに抱き着いて思い切り彼にキスをしていた。