20-1「君は…… めっちゃ、いい奴だな!」
宇宙歴3502年1月21日のクロウ達のVR訓練を契機にして、航空隊はVR訓練を繰り返す事になる。
ミツキ、エリサ、エロワ、ライネ、リィンの歓迎訓練の後、課業終了までその日はVR訓練室を航空隊がほぼ独占する事となった。
因みに、課業の為にVR訓練室を使用する部隊は多い。そのため、VR訓練室は予約制が基本であるが、今回自身たちの専用機体で訓練を実施できない航空隊の為に、タイラーは航空隊にVR訓練室の優先権を与えていた。
これは彼らの生存率に直結する問題でもあるからだ。
そんな訳で、課業終了後、VR訓練室を出た航空隊に入れ替わるように戦術科のクルー達が訓練室へ入っていく。彼らは航空隊と予約がブッキングしてしまったクルー達だった。
クロウは彼らに若干の後ろめたさを感じていたが、他の航空隊員達は平気な様子である。何とか開き直って過ごそうと心に決めた。
「ああ、ユキさん。例の件はどうなったかしら?」
訓練室から航空隊のブリーフィングルームへの道すがら、ミツキはユキに声を掛けていた。
「ああ、お泊り会の件ね。艦長に許可も貰ったし、空いている下士官用の部屋のキーも預かっているから、いつでも大丈夫だよ!」
ユキはそう言いながらミツキへ振り返り、後ろ歩きをしながらミツキと会話をしていた。
「え? 合宿でもするんですか?」
その二人に対して、クロウも会話に混ざろうとするが、ミツキに手で追い払われてしまう。
「アナタはお呼びじゃないわ。男子同士でつるんでなさい」
「うっわ。想像以上に冷たい」
ミツキのその朱い瞳に半目で睨まれて、クロウはすごすごと引き下がる。見れば、ミツキは周りの女子、トニアと、アザレア、それとエリサにも声をかけていた。クロウには彼女らの話題が聞こえない位置まで引き下がるしかなさそうである。
「なぁーにしょげてるんだ大将! 女連中にハブにされた位で落ち込むなよ。俺達ブラザーが付いているぜ!!」
そう言いながらクロウの肩を組んだのはエロワだった。
「君は…… めっちゃ、いい奴だな!」
それを聞いたケルッコ、ライネ、リィンが周りに集まって来ていた。
「クロウ。知っているか? 今君が抱いている同性への感情を、つい数日前まで俺が独占していたんだぞ?」
ケルッコはそう言いながら、エロワの反対側からクロウの肩を組む。
「ケルッコ。知っているか? 僕はいずれ君と決着を付けないといけないと考えている事を?」
クロウはケルッコの瞳をジト目で見据える。
「まだトニアをけしかけた事を根に持っているのか? じゃあ何か? トニアが気にくわないとでも? あの正統派ヒロインを地で行く、ちょっぴりカマトトぶっているトニアがそんなにお気に召さないのか?」
ケルッコは大仰にそう言いながらニヤニヤと笑う。クロウは「君のそんなところが最近鼻に付くんだ!」と言いつつケルッコの顔に張り手を軽く入れる。
「トニアは僕の周りの良心だぞ? 想像してみろ、彼女が居なかったら僕はとっくに精神崩壊を起こしている」
そんなケルッコとクロウのやり取りを後ろに聞いていたトニアは、顔を赤面させ両手で顔を隠していた。
「へぇ、クロウ。面白い事を言うのね。こんなに美人で優しい幼馴染が居るのにいい度胸じゃない?」
そんなトニアの肩を抱きながら、ミツキが振り返りながらクロウに対して小言を漏らしていた。
「ミツキ、僕は君を一番信頼しているけど、君はトニアとは違う方向に過保護じゃないか。君はいつだって僕を守るために、僕の成長を期待して色々やってくれるけど、気が付いていないとでも? もう少し対等に扱ってくれても僕は大丈夫だぞ」
クロウに指摘されたミツキは逆に慌てて顔を前に戻した。翻った彼女の黒髪が渦を巻くように宙に舞う。
クロウの言葉に逆に赤面させられてしまい、それを隠した形となったのだ。
「~~っ!! クロウのくせに! クロウのくせに!」
小さく呟きを繰り返すミツキに、今度は隣のトニアが彼女の肩を抱いた。
「心中お察しするわ『お姉ちゃん』。アレは卑怯よ、彼も気が付いていないフリは達人ね」
言いながら今度はトニアが振り返ってクロウをジト目で睨んでいた。
「あーあ、何だかこんがらがっているな、色男。お前さんが噂通りにただちやほやされている訳じゃ無いのはよくわかったぜ!」
言いながらエロワは空いた手でクロウの脇腹をくすぐり始めた。
「うわ、ちょ、止めろエロワ!」
「くそう、調子に乗りやがって。俺からも積年の恨みだ喰らえ!」
それに同調したケルッコもクロウの脇腹に手を突っ込んでくすぐり始める。結局クロウは航空隊のブリーフィングルームにたどり着くまで横隔膜を強制的に鍛えられる事となった。
ブリーフィングルームに航空隊が勢ぞろいするとは言っても、既に課業終了時刻を回っているため、後は解散するだけである。
そのまま、ここに来る道すがら自然に分かれたグループごとに散っていき、その場にはマリアンとミーチャだけが残された。
「なあ、マリアン」
「何です? ミーチャお姉さま」
ぽつねんと残された二人は何とはなしに会話を始める。
「この疎外感が納得いかないんだが……」
「ああ、わかりますぅ。あっ、ヴィンツのお見舞い行っていいですか?」
「うっわ。この裏切り者!」
こうして駆け出したマリアンを見送ったミーチャだけが、ブリーフィングルームに残る事となった。
一方、ブリーフィングルームを出たクロウは食堂を目指していた。何故か両脇をケルッコとエロワに抱えられてである。
「なあ、そろそろ離してくれないか? なかなかにむさ苦しいんだが」
「まぁたお前は、いつも周りは女子だらけですよ自慢ですか!?」
「おいおい、クロウ。たまには付き合えよ」
エロワとケルッコはそれぞれ言いながら、クロウを無視してずんずんと廊下を進んでいく。途中他のクルーたちとも行きかうが、二人の勢いに気圧されて道を譲ってくれる有様だった。
「あ、悪い。購買部寄っていいか? 俺のバディがまだ入院中なんだけど、差し入れは持って行っていいらしいんだ」
途中ケルッコがそう言いだして、エロワとライネが元気よく「いいともー!」と叫ぶとクロウごと足をそちらに向けていた。
「クロウ少尉、なんかすみません。パイセンたち、なんだかよく分からないんですけど、クロウ少尉の事気に入っちゃったみたいで」
後ろからリィンに話しかけられるが、首の可動域が制限されているクロウには彼の顔を見る事が出来ない。
「いや、いいんだ。言われてみれば、生前のクラスメイト達もこんな感じだったなぁと思うと少し嬉しい」
「はい、重い事言うの禁止―」
ライネは言いながらクロウの頭にデコピンを入れていた。
そうこう言っている間に、クロウ達一行は購買部へたどり着いていた。
「あーりゃ、また珍しい取り合わせね。どったの?」
購買部へ入ってきた一同を見ながら、購買部店員のカエデが声を掛けてくる。
「ああ、カエデさん。この間はありがとうございました。お陰様で入院していたパイセンがたは元気です」
「ああん? いつもの店員のねーちゃんじゃねえか。俺達今日から航空隊。そこんところよろしくぅ!」
リィンが先日のプラモデルの件でカエデにお礼を言っている隣で、エロワはカエデにメンチを切っていた。
「うっわ。マジで!? アンタら技術科『三バカトリオ』じゃない!」
言われてライネもカエデに食って掛かった。
「何おう! 我々は技術科が誇る自由の申し子『三羽ガラス』だ!! 断じて三バカなどではない!!」
「うわぁ、いつの間にか数に含まれている。僕が乗艦した時はまだ『二羽ガラス』だったのに」
ライネの一言に、リィンは一人落ち込んでいた。