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19-6「ちっ、流石英雄様。上手いでやんの!」

「かかった」

 その自機のはるか下を通過するビームの軌跡を見ながら、クロウは呟いていた。クロウは今、商業施設の屋上の構造物に固定したワイヤーを、デックスのマニュピュレータから伸ばして、商業施設の吹き抜けの上の辺りで自機をぶら下がらせていたのだ。

 デックスが直立していると思い込んでいた敵は、まんまと商業施設の下層を撃ち抜いていた。

 一度ここにいないと思い込んでしまえば、敵がこちらの動きを察知する事は困難である。恐らく敵は、こちらの誰かを誘い出すために、あぶり出すための行動を取る筈だ。

 クロウが潜むこの商業施設を撃ち抜くためには、周囲のビル群の構造上都市群の大通りから射撃する必要がある。

 対して敵がこちらをあぶり出すために撃ち抜くであろう、コロニーの窓に対する射角を取るためには、バーニアを使用して空中から撃つか、移動する必要がある。

 クロウは敵が移動するその一瞬を狙う事にした。

 戦場において音というものは重要な情報である。宇宙空間において音は伝わらないため知覚できないが、デックスは大気圏内での活動も視野に入れた設計となっているために音を拾うためのセンサーも勿論装備されている。

 だが、常時それらのセンサーがアクティブであり、コックピット内に音情報をスピーカーで出力していたのではパイロットの負担も大きく、また音量によってはパイロットを負傷させる事にもなりかねない。

 そのため、デックスはそのように意識して脳波コントロールで意識を繋げない限り、音声データをスピーカー出力する訳では無く、全天周囲モニターに情報として表示するのみである。

 だが、今回は相手の動きを探るために、クロウは意識して音情報をコックピットにリンクさせ耳を澄ませる。

 自機を吊るすワイヤーのきしむ音、ダメージを受けた建物の構造物から破片が剥がれ落ち、床へと落下する音、そして建物の外の敵機体の身じろぐ音である。

 敵が一歩下がる音が聞こえた時、クロウは今だ、と思った。同時にデックスのバーニアが吹かされる音がコックピットに音として伝わった。

 瞬時に全センサーを通常状態に、デックスのマニュピュレータに繋がれたワイヤーをパージして自機のバーニアを点火。クロウは商業施設の吹き抜けを射出口代わりに自機を飛び出させていく。

 敵機はクロウの予想通りに、空中にホバリングしてコロニーの窓に向かって照準していた。

「ちっ! 流石に射撃は止められないか!?」

 敵機の頭部がこちらを補足すると同時に、敵のビームライフルは放たれていた。

 コロニーの窓に穴が穿たれるが、こうなってしまえばどうしようもない。1発であればコロニーの自動修復機能で穴は塞がれるだろう。クロウはそう考えて自機の左マニュピュレータに装備されている盾を構えて敵機へと突っ込んでいく。

 瞬間である、コロニーの内部数ヵ所から火柱が上がった。それも窓ではなく地表面からである。

「くっ、外から爆破したな! でも、止まってやらない!!」

 恐らくは、敵機がビームライフルで窓を撃ち抜くのを合図として、クロウ達をおびき出すために爆薬を起動したのだ。クロウは構わず射撃姿勢を取ったまま硬直している敵機に向かって、渾身のシールドアタックをお見舞いしてやった。

「うっわ! 誰だ、クロウ少尉達は軍事的には素人だから、発破でも仕掛ければ動揺して隙が出来るとか言った奴!! って、俺か! 畜生、全然平気じゃねぇか!」

 そのクロウ機のシールドアタックを貰って、吹っ飛ばされたデックス量産機のコックピット内でエロワは叫ぶ。

 エロワは空中で自機のバランスを取り直すと、クロウ機に対面する形で地面に着地する。

「くっそ、ダメージコントロール! ダメか、もろに貰った。左手が死んでる!」

 エロワ機のシールドを装備した左腕のマニュピュレータは、クロウのシールドアタックの一撃で間接部を破損され、今力なく肩から下をぶら下げていた。

 エロワは仕方なく、最早デットウェイトとなってしまった左腕に装備されたシールドをパージして、クロウ機へライフルを構えるが、当然クロウ機はそれをエロワから見て左にホバリング移動して避けていた。

「ちっ、流石英雄様。上手いでやんの!」

 クロウ機から同時に放たれたビームライフルを避けながら、エロワは吐き捨てる。こうなってしまうと、デックス量産機に装備されたビームライフルでは決定打に欠ける。

 エロワは自機の右腕に装備されているビームライフルを投げ捨てると。デックス量産機では腰に装備されているビームサーベル、正確には陽電子サーベルを自機の右手に握らせてクロウ機へ迫った。

「思ったよりずっと上手い! 油断していると持っていかれる」

 クロウは右マニュピュレータのライフルで敵量産機を射撃しながら、その動きに舌を巻いていた。これはクロウの勘であるが、恐らく彼らは昨日食堂でクロウ達と別れた後に、自室かVR訓練室でデックスの操縦訓練を行っていたのでは無いだろうか?

 そうでなければ今の彼の動きが説明できない。流石に量産機のその機体だけでは誰が中に乗っているかまではクロウには分からないが、とっさの動きといい、今の回避運動といい、彼らの練度は航空隊員と比べても遜色無いようにクロウには映っていた。

 事実、シールドを欠いた今、射撃戦では決定打に欠けると判断した敵は、ライフルを投げ捨ててビームサーベルを装備してクロウに向かって突進を仕掛けて来ていた。

 クロウは自分から見て右側、敵機の壊れた左腕の方向にデックスの重心を傾けると、敵機のサーベルの向きに合わせてライフルを構えていた。

「なんだよ! もう使ってくるのかよ、銃剣サーベル! くっそ、いいなぁ。量産機のライフルにも付けておくんだった!!」

 今、エロワのビームサーベルの一撃を、クロウはビームライフルの先に仕込まれた銃剣型のビームサーベルで受け止めていた。

「これは便利だな。後で技術科に感謝しないと」

 言いながらクロウは、自機を滑らせるように敵機のさらに左側へとスライドさせていく。

「くっそ、やっぱり破損側狙うよな、リィン! ライネ! まだかよ! あくしろ!!」

 エロワが自ユニットの通信チャンネルをオープンして叫ぶと同時である、クロウに向かってビームライフルの射撃が飛んでいた。

 クロウはそれをコックピットの警告で察知、シールドで受け流しながらエロワ機と距離を取る。

「くっ、危ない! ここまでの連携をしてくるなんて」

 言いながらも、クロウはエロワ機から目を離さない。距離を取ったつもりが、エロワ機はさらにクロウを追撃してきていたのだ。

「ライネ! おせぇぞ! 後で、購買で、何か奢れグズ!」

 エロワは通信に叫びながら、クロウに対する追撃の手を休めない。それらの全ては銃剣サーベルと、シールドで弾かれるがそれでいい。

 エロワの役目はここで、この明らかにクロウが乗っていると思われる機体を足止めする事にあるのだ。

『うっせ! お前のツッコミが早すぎるんだこの早漏が! 僕らだって爆破からコロニー内への侵入は最速だったってーの!』

 通信でエロワの声に応えながら、ライネはクロウ機がエロワから離れようとする度にビームライフルでクロウを追撃していた。

『ライネ先輩! 釣れました! 左側、森です!!』

 今、ライネ機とリィン機はエロワが侵入してきた反対側の円筒の端にある宇宙港からコロニー内に侵入してきていた。そこはちょうどクロウ達が最初に居た自然区画の辺りである。

 その、敵機から見て左側の森の木がざわめき、その木々に止まっていた鳥たちが一斉に飛び立っていた。それを目撃したリィンが素早く通信でエロワ達にそれを知らせてライフルを構えていたのだ。

「バカ、リィン! デコイだ! やられるぞ!!」

 それを遠目に目撃していたエロワは慌てて叫ぶが、その森の木々からソレが起き上がるのと、リィンがそれに向かってビームライフルを射撃したのは同時だった。

 それは精巧に作られた、デックスを模したバルーンだった。

 それが森の木々の間から膨らみつつ直立すると同時に、リィンが放ったビームが直撃してバルーンに穴を穿つ。中に充填された発火性のガスがビームによって引火してバルーンが破裂する。

「リィン下がれ!」

 ライネがリィン機の肩のアーマーを、左のマニュピュレータで掴んで引くと同時である。ライネ機のコックピットが背後からビームによって貫かれていた。

「一機、貰ったわよ」

 森とは逆方向の湖にデックスを沈めていたミツキが、ライネ機をビームライフルで照準していたのだ。

「う、あ? あ、あああああああ!」

 ライネ機が、力なくリィン機の肩を掴もうとしたままの姿勢で倒れていく、それを目撃したリィンはその怒りに任せてデックスの盾を構えてミツキに突撃しようとし、それを察知していたミツキにビームライフルで機体の脚部を撃ち抜かれて転倒していた。

 リィン機が転倒したのを確認して、ミツキは湖からデックスを離水させると、ビームライフルを投げ捨てて、転倒したリィン機の背中を脚部で踏みつけビームサーベルを突き付けていた。

「ライネ! リィン!」

 クロウをけん制していたエロワは、瞬間身を翻してリィン機に近寄ろうとするが、それを真横から狙撃した機体があった。リィン機が撃ったバルーンの真下に、伏せ撃ちの姿勢で狙撃体制を取っていたエリサ機である。

「目標を破壊しました。クロウ様、ご無事ですか?」

 リィン機の主要なセンサー部を含む頭部は、その狙撃のビームによって破壊され、リィン機は視界の大半を失って転倒する。

 戦力をこの瞬間まで温存し、一気に効力としたクロウ組の作戦勝ちであった。

「びっくりした。ミツキもエリサも初めて乗ったとは思えないな……」

 クロウは言いながら、ユキへと状況終了を知らせる通信を繋ごうとしていた。

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