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19-4「面白いってなんだ!? 糞っ、他人事だと思いやがって」

 宇宙歴3502年1月22日0830時。

 その日、予告通り、航空隊には3名の人員が補充された。

 エロワ・ラプラード軍曹、ライネ・ピエニ軍曹、リィン・ツクバ伍長の技術科メンバーである。

 彼らは技術科に籍を残しながら航空隊に所属という、異例の人事で航空隊に編入となった。

 つまり、彼らはMAAの整備から操縦まで全てを熟すスペシャリストとして育成される事を期待されているのである。

 彼らを交えてのVR訓練が実施される事となった。

 先日突貫施術で電脳に換装された、トニアを筆頭とするメンバーは既に今日から訓練に参加できるそうで、航空隊は現在入院中のヴィンツを除いた全メンバーが揃っている。

 朝、何食わぬ顔でブリーフィングルームに現れたトニアを見て、クロウは心配して声を掛けたのだが。

 トニアはニヤリとその明るい茶色の瞳を輝かせて彼を見ると、その栗色の髪を掻き分けて頭皮を見せながら言う。

「もう傷口も残ってないわ。びっくりするほどいつも通り」

 それをクロウの横で聞いていたミツキは、溜息を吐いて補足した。

「無駄よ、クロウ。むしろ調子がいい筈だわ。今の彼女に迷いなんかない」

「さっすが、私のライバル!」

 そう言い切ったミツキの腕に、自身の腕を絡めながらトニアはまるで鼻歌でも歌い出しそうな声色でそう言うのだった。

 その彼女の顔色と正反対に、青い顔をして現れたのがケルッコだった。流石にクロウも声をかけようとしたが、彼は近寄るクロウを片手で制した。

「待てクロウ。どうやら俺は『大当たり』だったらしくって、今朝から人の感情がもろに見える。普段接しているガールフレンドの愛憎もそのままにだ。心配してくれているのはありがたいが、ちょっと放っておいてくれるか?」

 クロウは面白いから放っておく事にした。

「面白いってなんだ!? 糞っ、他人事だと思いやがって」

 どうやらケルッコは本当にある程度、相手の感情が感知出来てしまうようであった。

「だらしないなケルッコ。昨日、大見得切った奴とはまるで別人だな」

 言いながら、ミーチャもいつもと変わらない様子でブリーフィングルームに入ってきた。入り口で頭を押さえているケルッコの肩を軽く叩いて通り過ぎていく。

「マジかよ、天使かよ…… くそぅ、今日の俺は本当に頭がおかしい!!」

 そんなミーチャに触れられた瞬間、苦悶の表情を浮かべていたケルッコの表情が一瞬和らぐが、直後に彼は再び頭を抱えていた。クロウは本当に面白いので彼をしばらく観察する事にした。

「そんな、アリの巣が出来る様子をアクリル板から覗くような視線で俺を見るな、クロウ!!」

 そんな事があって、技術科からの出向組である3人とマリアンもブリーフィングルームに集まった所で、航空隊名物の新人歓迎VR訓練を実施する事となったのだが、少しだけ問題があった。

「あ、ユキ。お前が懲罰房に入っていたせいで、ミツキとエリサの歓迎訓練やってねぇじゃねぇか! どうするんだ!?」

 その事実は、その場に居るクロウ以前の航空隊メンバーがすっかり忘れていた事実でもあった。ミツキもエリサも、そして技術科から来た3名も何の話題なのかさっぱり付いて来れていない。

「うぁー、しまった。すっかり忘れてた。えっと、新しい人たちに説明するとね。これは航空隊の伝統で……」

 指揮官席に座るユキは、慌ててミツキを含む新人たちにその訓練の趣旨を説明する。

「ふーん。要すれば新人いびりみたいなもんか? 勝てないだろって勝負を仕掛ける訳だ。航空隊の連中もなかなか性格がひん曲がってるな」

「ちょ、パイセン! 思っても口に出しちゃダメっす! うあ、もう。航空隊の皆さんめっちゃ見てるー」

 何の気も無しにエロワが感想を口に出し、隣に座っていたリィンが慌てて彼を諫める。

「いいじゃないか、リィン。所詮我々はここでは外様だ。ならば、一度はこのように彼らと相対するのも面白いだろう?」

 言いながらライネは眼鏡の端を指で上げる。

「彼らはやる気満々みたいね。結構なことだわ」

「えっと、お姉さま。先ほどの趣旨だと、彼らと共闘して航空隊の皆さんと戦うという事でしょうか?」

 そんな技術科3名の様子を見てミツキは微笑むが、隣のエリサは状況がよく掴めていない。いや、正確にはその場にいる全員がこの事態をどう収拾しようかと思案していた。

「ああ、じゃあこうしよう! 技術科出向組のエロワ、ライネ、リィン組と、ミツキ、エリサ、クロウ組で、対戦で!」

 と、唐突にユキが思い付きで言い出した。

「え? ユキさん僕は関係無くないですか?」

 慌てて抗議の声を上げるクロウだが、ユキは極めて真面目に答える。

「クロウ君は女の子二人と、男の子三人で戦わせてフェアだと思う? 私は思わないな。だから航空隊の一番新参のクロウ君を、隊長である私の代理として出して三対三。ほら、平等でしょ?」

「え? あれ? 何か正論な気がしてきた……」

 それを聞いていたトニアは、眉を顰めて近くに座っていたミツキに耳打ちする。

「ちょっとミツキ。クロウ君、時々チョロくない? 悪い大人に引っかかりそうで怖いんだけど」

「あらトニア、ようやく気が付いたの? このお人よしはね、放っておくと明後日の方向まで人助けに奔走する阿保よ? 誰かが付いていないと危険なの。どうして私が彼にそういう姿勢を崩さないのか分かったかしら?」

 ミツキは極めて小さい声でそれをトニアへ語ったが、結局そのセリフはエリサとトニアの耳に届いていた。

「ああ、だからミツキお姉さまは、ユキ先輩と相談して今のクロウ様への監視体制を提案されたのですね」

 クロウが護衛だと思っている日替わり随伴少女は、その実ミツキの発案によるクロウの監視なのであった。

「クロウは馬鹿だから言ってはダメよ、エリサ。駄犬のリードを引くように、しっかりと手綱を握りなさい。夫に対する躾のようなもの。これは私達全員に取って損になる話ではないわ」

 そのミツキのセリフを聞いたトニアとエリサはしっかりと頷いた。

 因みに、この発案段階でミツキは、ユキにその必要性と趣旨についてしっかりと説明して同意を得ている。その場にアザレアも居合わせたため彼女にもである。実際にはもう一つ提案しているが、それは彼女達全員が集まった時に議題になる事となる。後の第一回女子会議である。

 そのような経緯で一同はVR訓練室へ移動していた。

「えーっと、今回はまずミツキ少尉、エリサ伍長、エロワ軍曹、ライネ軍曹、リィン伍長にMAAの操縦をインストールする所からだね。希望すれば、クロウ君からのフィードバックも一緒にインストールしちゃうけど、これはまあ聞くまでもないか。全員インストールしちゃうよ? 異論がある人は今言ってね」

 VR訓練室のリクライニングシートに先に座ってコネクターを首に接続した5人を見回してユキは言う。反論は特に出なかったので、ユキはそのままインストールを立ち上げる。

「ありゃ、またフィードバックデータが増えている。クロウ君、ちゃんと寝てる? 自室でこっそりフィードバックデータ作っているでしょう? 日記みたいに毎日増やしちゃって。君も人の事言えないくらい過保護だからね?」

 言われて、ユキの隣に立っていたクロウはギクリと体を揺らす。

「いや、それはテストパイロットとしてですね……」

「言い訳はいいの。あーあ、VR上でデックスMK-Ⅱにも、ライトニングにもウインドにも乗っているじゃない。艦長に許可貰って無いでしょ? 後で一緒に謝ってあげるからちゃんと許可貰わないとダメじゃない」

 事実、クロウはVR訓練データが更新される度に、それらを実際に動かして使用感をレポートとして技術科に提出していた。

 シドがライトニングとウインドの情報を開示してからは、シドとクロウの自室の端末からそれらの情報はクロウにも閲覧できるようになっていたのだ。

 因みに昨日追加されたライトニング、ウインド、そしてデックスMK-ⅡのVRデータについても、今朝それが追加されたとリィンが証言するはるか以前にクロウはチェックしていた。

 最早、プレイしているネットゲームのバージョンアップを日々待つハードゲーマーのようにクロウはそれを心待ちにしていた。居室に帰ってそのデータをチェックするのはクロウに取って日課になりつつあったのだ。

 自室の端末からでもVR訓練は実施可能である。シドがクロウに最初に行ったように、だ。単に各居室に設置されているシートでは固定が不完全であるために、激しいGなどの負荷が掛かると本当に椅子から転げ落ちる事があった。

 そこでクロウは、自室でVR訓練を実施する時に補助的にゴムバンドを自身の身体に巻き付ける事にした。シド最初のVR訓練で自身に施した粘着テープによる固定の応用である。最初は粘着テープも試していたのだが、常備服が汚れる事に気が付いてすぐにやめた。

 そうした地味なクロウの試行錯誤の結果、月に到着して以降もVRによるクロウのMAA検証データは蓄積されていったのである。

「ありゃりゃ、これはちょっと容量大きいな。全部インストールすると5分位掛かっちゃうや、新人5人には悪いけどちょっと我慢して貰わないとダメかも」

 インストールはその実行時に電気信号として何とも表現しがたい苦痛を伴う。技術自体はとても便利なのだが、その苦痛を伴うプロセスだけは未だに改善されていなかった。

 インストールが実行される5人は、それぞれ諦めを含んだ表情で頷く。

「クロウ、そのデータが役に立たなかったら後で覚えていなさい」

 インストールが実行される間際、ミツキのそんな脅迫めいたセリフがVR訓練室に木霊した。

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