14-1「大仕事じゃの」
そのデックスを元に量産された機体が、技術科クルーが集まる大格納庫へ搬入されたのは、クロウ達が艦を離れたすぐ後だった。
デックス、つまりDX-001の量産機、『DA-001』である。その試作検証機であったDX-001がデックスと愛称で呼ばれてしまった事から、このDA-001も『量産型デックス』と呼ばれてしまいそうだ。
当初別の名前を考案していたタイラーもルピナスも諦めてしまった。誰が何と言おうともう『つくば』艦内ではデックスはデックスなのだった。
タイラーは半年ほど前、デックス試作1号機が完成した段階で量産機の生産を月にある軍需企業に委託していた。
いくら優秀なスタッフが揃う『つくば』においても『人型機』である『MAA(Mechanical Assault Armor)』を十二分に量産する事など不可能である。
因みに『MAA(Mechanical Assault Armor)』とはタイラーがその機体の量産をその企業に委託した際に企業が命名した『兵器名』である。
今、デックスの量産を受託した『サクラメント重工業』が技術社員と共に12機の『デックス量産機』を大格納庫に搬入し終えた所である。
そのカバーの外された『デックス量産機』を眺め、宇宙服姿のルピナスは唸る。
「ぬう、『やはり』のう……」
「どうしたルピ坊、珍しく神妙な顔じゃないか」
そのルピナスの隣で、やはり宇宙用の作業服を身に纏ったシドが聞く。
「この図面を見てほしいのじゃシドにぃ。昨日の敵が使用してきた『アヴェンジャー』の何機かを『こうべ』と『けいはんな』のクルーたちが鹵獲して作ってくれた『アヴェンジャー』の復元設計予想図なのじゃ、で、こっちが『量産型デックス』の設計図じゃ」
そのルピナスのリスコンに表示される二機の設計図を見てシドも唸る。因みにこの時ルピナスがシドに見せた『アヴェンジャー』の復元予想図は内部フレームのみである。あのクロウ達が目撃した『アヴェンジャー』の外装は、分解してみればどう見ても『正規』の装甲では無かった。中身に空洞が多すぎるのだ。
ヨエルと名乗った敵パイロットが言ったように、その外見は『偽装』である。そのため、その偽装を取り払った『アヴェンジャー』は、技術科が当初想定していた全長より2m以上も短くなった。その全長はほぼクロウ達のデックスと同じである。
「おいおい、内部構造が似ているなんてもんじゃねぇ。『ほぼ一緒』じゃねぇか」
そして、この二つの図面を見比べたシドの感想である。
「どうやら『サクラメント重工業』は、『ワシら』の他にも『顧客』を持っているようじゃの」
デックス量産機を受注した『サクラメント重工業』は、この月で最大のシェアを持つ軍需産業企業である。その特徴として、月の重力下という特殊な環境を利用した『ルナモリブデン鋼』という特殊な合金を精製、加工する技術を持つ。
その生成方法は完全なる『企業秘密』であり、一般的に真似をしようとしても『出来ない』。
それほどに高度な技術を持つ技術集団である。だが、加工自体は『サクラメント重工業』でなくとも出来るため、試験機であるDX-001デックスにも同社から購入した『ルナモリブデン鋼』をフレーム構造などに使用されている。
流石にDX-001デックスの全身をコレで作るとなると地上ではコストが掛かり過ぎる。そのため、デックスには地上で調達できる装甲(それでもかなり高品質の装甲)が取り付けられ、徹底的な対ビームコーティング加工が施された。
だが、敵が使用した『アヴェンジャー』という機体と、今回同社によって搬入されたDA-001『量産型デックス』は全身が『ルナモリブデン鋼』なのである。
しかも『量産型デックス』の内部フレームの構造はDX-001デックスの構造をさらにフラッシュアップし、さらに『サクラメント重工業』の持つノウハウによって強化されて納入されている。
それは鹵獲した『アヴェンジャー』の内部構造と奇妙なほどに符合してみせた。つまり、『アヴェンジャー』もまた『サクラメント重工業』製なのである。
「はん、こいつは『今後ともどうか御贔屓に』って意味だろうな。嫌味が利いていやがる」
今回『サクラメント重工業』が受注した『量産型デックス』の総数は『つくば型』に配備された『つくば』12機、同型艦にそれぞれ20機ずつの合計52機ではない。
それはこの月面に集結する地球連邦軍宇宙主力艦隊、総数40億人が乗るおおよそ350万の大艦隊の艦載機全てに対して総入れ替えをするほどに受注されているのである。
一般的な地球連邦軍宇宙戦艦はこの『つくば』に比べればかなり小さい600m級が主力であるため、『つくば型』のように20機の『MAA(Mechanical Assault Armor)』配備するスペースなどない。
せいぜいが5~6機といった所であろうが、それでも300万を超える大艦隊全てに搭載するためのデックス量産機を『サクラメント重工業』は生産し『終えた』という。単純計算しても今回製造された『DA-001デックス量産機』は2千万機以上である。
「とんでもない『企業』じゃの」
ルピナスがその感想を述べるのも致し方ない。そのルピナスの感想と被るように『つくば型』全乗組員のリスコンが一斉にバイブレーションした。『つくば型』全乗組員に『命令』が下ったのだ。
このリスコンで受信する命令は、書面での命令である事を示している。それは『つくば』に単艦特攻が命じられ、それが取り消され、今度は『つくば』型全艦に『出撃命令』が下されて以来の書面での命令であった。
この時の命令書の内容は『つくば型』全艦の、月の出港日程と目的地を示すものであった。指揮者はオーデル・リッツとなっている。
それによれば、現時刻を持って『つくば型宇宙戦闘艦2号艦けいはんな』の艦長にオーデル・リッツ元帥が、『つくば型宇宙戦闘艦3号艦こうべ』の艦長にルート・リッツ中将が就任。
『けいはんな』を連邦軍旗艦とし、宇宙歴3502年2月10日0800時、『けいはんな』及び『つくば』は火星へと月の政府要人を伴って出港。とある。
その出港の目的は、現在水面下で進められている『地球連邦政府』と、『マーズ共和国政府』双方の実務者協議により調整されている『講和条約』締結と、その『講和会談』会場である火星の連邦会議所までの政府要人の護衛、及び同会議所での会場警備任務である。
実務者協議が進められている事自体、まだ『公』にはされていない。『講和条約』も『つくば型』乗組員達には寝耳に水である。
「ま、『そんなところ』だろうとは思ってたぜ、あのオーデルのおっさんを拾った辺りからな」
その命令書を読み終わって、シドは感想を漏らす。ルピナスも頷いた。
「まあ、『パパ』のやる事じゃ、ここら辺は抜かりないじゃろ」
だが、続けてシドとルピナスのリスコンに新たな命令書受信を知らせるバイブレーションが発生した。しかも見れば大格納庫で作業している『技術科』のクルーのみがそれを受信しているようである。命令者はタイラーであった。
『シド・エデン大尉及び、ルピナス・ツクバ大尉及び、技術科に特命を下す。技術科、及び戦術科の『つくば型』全艦の予算の采配を託す。これを持ってDX-001の改修をせよ。また、『機密格納庫』の実験機の使用を許可する。全力でこれらの完成を出港までに目指せ』
それを見たシドとルピナスは、ヘルメットのバイザー越しに顔を見合わせる。
DX-001デックスの改修については、ルピナスもシドも思うところはあった。航空隊が提出した戦闘記録の映像により、デックスの構造的な脆さが露呈したからだ。
だが、当初の計画ではこの月で受領する『サクラメント重工業』製の『ルナモリブデン鋼』の装甲に換装するだけだった。
それをタイラーは『予算はくれてやるから好きなだけ改造しろ。ついでに『機密格納庫』でお蔵入りしている2機の実験機も使えるようにしろ』と、言っているのである。
「こりゃあ」
「大仕事じゃの」
シドとルピナスは声を合わせて呟いた。次の瞬間である、シドは大きく息を吸い、ルピナスはヘルメットに装着されている集音マイクのスリットをギュッと押さえた。シドが大声を出すのをルピナスは経験上知っていたからだ。
「野郎ども! 喜べ、大仕事だ! 頭数集めやがれ! 誰か他の『つくば型』に行って技術科の乗組員連れて来い! 全員だ!!」
大格納庫にシドの叫びに等しい命令が響き渡った。
◇
その命令書をパラサはブリッジで受け取っていた。ブリッジには今、ルウとタイラーを除く主力メンバーが揃っている。
「ルウ、貴女これを知っていたわね……」
そのパラサの呟きに応える者はこのブリッジにはいない。ルウは今、ミツキとパラサの妹のエリサの特訓の真最中である。
パラサがため息を吐くと同時である、船務長アンシェラ・ベークマン大尉がパラサに声を掛けて来た。
「『副長』、『艦隊旗艦けいはんな』から通信です」
艦長であるタイラーがブリッジに不在である今、パラサは艦長席に副長として座っている。
「繋いでちょうだい」
パラサが指示すると同時、ブリッジの上部にある大モニターに映像通信としてそれは表示された。
『『つくば』聞こえるか、オーデル・リッツだ。その場にタイラーはいるか?』
表示されたのは『けいはんな』の艦長席に座る、パラサの祖父たるオーデル・リッツ元帥その人である。
「いいえ、『艦隊総提督』。艦長は現在不在です。差支えなければ要件を伺いますが?」
パラサは努めて事務的に声を出すと、祖父を睨んだ。オーデルはそれを見ていかにも悲しそうに眉を顰める。
『パラサよ。確かに今儂とお前は上司と部下だが、そこまで事務的に接する必要はないぞ?』
「いいえ、『総提督』。孫娘である
言いながらパラサは艦長席の肘宛に肘を付き、こぶしに顔を置きながら足を組んだ。
セリフと態度がまったくかみ合っていなかった。セリフの声色には含めるだけの嫌味と悪意を詰め込んでいた。それを中継するアンシェラは苦笑するしかない。彼女がもう一つの『つくば型』からの通信を受信したのはそんな時だ。
「『副長』続いて『こうべ』からも通信です」
「構わないわ、このまま『全艦双方向通信』で繋いでちょうだい」
大モニターに表示されたのは『やはり』というか、『こうべ』艦長に就任したパラサの母ルート・リッツ中将である。
『ああ、パラサ。丁度よかった。エリサの所属なのだけど、『つくば』と『こうべ』どちらがいいかしら? 『お母さん』はどちらでも構わないけど、一応パラサの意見を聞いておこうと思って』
開口一番これである。パラサは肘を付いていた手を、思わずいつものように頭に持って行ってしまった。
「どちらでもよろしいのでは無いでしょうか、『中将閣下』? 一兵卒の所属など些事でしょう? 面倒なので『エリサ二等兵』は私がこのまま預かります」
『そう? なら、エリサは『つくば』所属ね。じゃあ『お母さん』は急いで『こうべ』の航空隊の子たちの『MAA』機種転換訓練をしないとね。ああ、パラサは『アレ』VRで乗ったかしら? 楽しいわよ? 私用に一機調達しようかしら?』
『えええ! ルート、『アレ』乗ったのか!? いいなぁ! 儂も乗ろうかな?』
雑談を始めた家族に、パラサは我慢の限界を迎えた。
「アンシェラ大尉、双方向通信閉鎖。通信を切って頂戴……」
「了解。通信切ります」
『ちょっとま……』
その最後に放たれたオーデルのセリフは、最後まで『つくば』ブリッジクルーに伝わることはなくぶっつりと通信は切れた。
「みんな、見苦しい所を見せたわね。今後、『こういう事』が増えると思うわ。勘弁してちょうだいね」
深いため息を吐きながらパラサは言う。アンシェラは彼女に対する同情を禁じえなかった。パラサとアンシェラの付き合いも長い。アンシェラもまたパラサとシドと同じ頃から『つくば』に乗船する古参乗組員の一人だった。
「パラサ、顔色が悪いわ。少し休んだら?」
だから、声を掛けた。部下としてではなく、友人としてである。
「いいのよアンシェラ。貴女もいい迷惑でしょう? まさか身内と艦隊通信で話す日が来るとは思わなかったわ。しかもそれを中継するのが友人だなんて、どんな冗談でしょうね?」
そう言ってパラサはまた深いため息をついた。
アンシェラはパラサを心配し、パラサの近くへ行こうとするが、更なる通信の受信が彼女の行動を阻害した。
「光学モールス通信受信。『けいはんな』からです。これは……」
その通信内容を見てアンシェラは絶句した。それをパラサに伝えるべきかどうか迷ったのだ。
「ん? どうしたのアンシェラ。読み上げて頂戴」
アンシェラは躊躇するが、今、パラサは艦長席に座る『副官』である。彼女は仕方なく読み上げる。
「『元、『つくば型』総旗艦、『つくば』乗組員へ。ねえ、今どんな気持ち?』です……」
それを聞いたパラサは、その発信源を流石にオーデルだとは思わない。
恐らくではあるが、オーデルは『けいはんな』の副長に命じたのだ。自分が返信せざる得ない通信をするように、と。
そしてその『けいはんな』の副長は、パラサと因縁のある少女だった。
その少女の名をリーディア・リン大尉。年齢はパラサと同じ18歳でパラサと同じ士官学校の同期である。そして、パラサは主席で卒業し、彼女は次席での卒業だった。
士官学校時代からパラサをライバル視しており、とうとう士官学校時代パラサを抜かすことが出来なかった少女が、首席で卒業し、『つくば1番艦』へ乗艦を果たしたパラサを挑発しているのだった。
「『副長』、『けいはんな』が返信を促しています。『ねえ、ねえ、どんな気持ち?』だ、そうです」
パラサのここ数日のストレスは限界に来ていた。それが今発散の瞬間を迎えようとしている。
「……かめ、よ」
「は?」
小さく呟いたパラサの発言を、アンシェラは聞き逃した。パラサは顔を上げると叫んだ。
「『バカめ』と言ってやりなさい」
「は、はい!」
瞬間その返信はアンシェラの手によって光学モールス信号で『けいはんな』へと伝わる。因みにその時『こうべ』船務長も『やりとり』の一部始終を受信していた。
一拍間を置いて、『けいはんな』の一番主砲の砲塔が回頭し始めた。なんと『つくば』を照準している。それは横に並ぶ『つくば』のブリッジからも目視で確認できた。
「ま、まさか?!」
アンシェラが裏返った声を上げたと同時である。『けいはんな』一番主砲から一発の砲弾が『つくば』に放たれた。それは『つくば』の右舷の中心主砲と主砲の間にある装甲へと着弾した。
衝撃が『つくば』の船体を揺らす。
「ダメージ確認! 被害状況は!?」
パラサは咄嗟に叫ぶ。
「ダメージ無し! 模擬弾です!」
それを聞いたパラサは胸を撫でおろすが、既にパラサの我慢の限界はとっくに超えている。
「パラサ、ダメよ抑えて……」
アンシェラは祈るように友人を諭すが、パラサは決断した。
「いいえ、『売られた喧嘩は倍値で買う』のが艦長の教えよ? 忘れたのアンシェラ?」
次の瞬間である、アンシェラの手元のコンソールにタイラーからのメッセージ文が届いていた。
『やるなら、とことんやれ』
それはブリッジクルー全員のコンソールに表示されていた。
同時に『こうべ』からも文章通信が届いていた。アンシェラの手元にそれは表示され、アンシェラは即座にパラサにその文章を読み上げる。
『我が艦に交戦の意思なし。やるならそっちだけでやれ』
「へえ、自分たち『だけ』高みの見物を洒落込もうって訳…… カミラ中尉! 一番主砲。照準『こうべ』中央!」
パラサはルウの代わりに火器管制席に座るカミラ・ナウマンに命令した。『つくば』一番主砲と、『けいはんな』一番主砲が『こうべ』に向かって模擬弾を発射したのは同時のタイミングだった。
「いいわね、みんな! これは『模擬戦』よ! 照準出来る主砲担当手は全員持ち場へ! それ以外の戦術科乗組員及び保安科乗組員は艦にいるだけ集めて! 帯刀、小銃、月面陸戦装備! 半殺しまでは許可!」
こうして、完全に頭に血が上ったパラサの宣言によって、月面で『つくば型』の陸戦乗組員による模擬乱戦が始まった。