12-1「わからないな。敵の敵が僕たちだけとも限らないし」
宇宙歴3502年1月14日2206時。
その時タイラーの居室でもある艦長室に集まっていたのは、医務室からクロウと共に移動してきたタイラー、ルピナス、シド、そして医務室からクロウ達が移動する際にどうすればいいか分からなかったエリサ、さらに何故か元からこのタイラーカフェでくつろいでいたオーデルとルートである。
自室の部屋のドアを開け、オーデルとルートを認めたタイラーは、一瞬部屋を変えようかとも思ったが、この瞬間にこの場所にこの艦内の『高級武官』が揃っているのは都合がいいと感じ、ソファーでくつろぐその二人はそのままでいいという判断を下した。
「あら、タイラー大佐。義父共々お邪魔しております」
艦長室へと入った一同を認めて、佐官以上の将校が着る事を許された将校服の女性用を着こなすルートが言う。
彼女の為に急遽主計科のクルー達が仕上げた将校服であったが、急ごしらえとは思えない程に忠実に軍の規定通りの将校服を再現していた。この艦の主計科には備品を作る設備も存在していた、彼らは日夜この艦に不足する物資を調達する役目も担っているが、無いものは作るのである。お陰でこの艦において物資が不足するという事態は少ない。
その将校服姿のルートを見た瞬間に、タイラーは主計科のクルーに休暇を与えなければと考えていた。
ルートの目の前には疲れ果てたオーデルが、ソファーに力なく座っていた。
ルートがエリサと共に『第四世代人類』への移行手術を行った事と、いつの間にか『復隊』を果たし、末の孫娘のエリサが『入隊』していたという事実確認を行っていたのだ。
可能であれば、パラサの予想とは裏腹にオーデルは二人の入隊を食い止めるつもりであった。だが、ルートとの話し合いの結果、彼女らの『入隊』を食い止められないというオーデルとしては惨敗の結果となった。
そもそも、ルートには特にオーデルは情報を与えていないつもりだったのである。
別邸に軟禁されているルートとエリサを気遣って、連絡は取り合っていたものの、その別邸から何とか連れ出して外で会食などの機会を設けたのはほんの数回である。ローグの彼女らに対する束縛には手を焼いていた。
彼女らを同時に別邸の外に連れ出す事は、オーデルを以てしても出来なかった。
仕方なく、ルートにエリサの近況を聞くに留めていたオーデルだが、その実彼女らの救出も狙っていた。他ならぬパラサの為である。
ローグがルートとエリサを人質に、パラサに接触していることは明らかだった。
それが蓋を開けてみれば、彼女らはオーデルの協力者たるタイラーが身柄を確保しており、ようやくその二人に会ったと思ったら今度は『第四世代人類』になって、二人とも『軍属』になってしまっていた。オーデルとしては複雑な心境である。
オーデルに半ば涙目でタイラーは睨まれるが、今彼と話をしてしまうとクロウの話が聞けなくなる。タイラーはあえて彼の視線に気づかなかった事にした。こういう時に視線が読まれる事が無い仮面は便利だと思いながら。
「クロウ少尉、今朝の出撃前のブリーフィングルームから休憩を取っていないだろう? ついでに少し休んでいけ」
言いながら、タイラーはカウンターの裏の冷蔵庫に常備してあるアイスコーヒーをグラスに注ぎクロウへと差し出した。クロウとエリサ、ルピナス、シドは並んでカウンター席に腰を下ろしていた。
「不思議と色々な事があり過ぎて眠気は来ていないんです。ですが、戦闘に支障が無いように仮眠は取っておきますね」
受け取りながらクロウは「この報告が終わったらですけど」と付け足した。
「僕のデックスから、戦闘記録の映像データを持ってきています」
言いながらクロウは自身のリスコンを指して見せる。言われたタイラーはこの場にいる全員にその映像が見えるように、この艦長室にある大型モニターにそれを表示するように指示した。操作に手間取るクロウに、隣からルピナスが操作方法を教えていた。やがて、部屋の大型モニターに『クロウ機から見た』その戦闘の一部始終が流れ始めた。やがて、クロウが敵隊長機と全方向通信で会話する場面となる。
『ははは! そう言うお前もロスト・カルチャーか? だったら殺してやる。俺以外のロスト・カルチャーなどいらん! お前も残りのロスト・カルチャーも第四世代人類もフォース・チャイルドもみんなみんな俺が殺してやる!』
「ここです、艦長の言う通り、敵にはロスト・カルチャーが含まれていました」
この瞬間、クロウは自身のリスコンを操作して映像を一時停止させていた。
戦闘が終わってから、ヴィンツの対応や、急ぎミツキの身柄を確保していたタイラーはまだ戦闘データの確認を出来ずにいた。この当事者であるクロウからの情報はありがたかった。
「助かる、クロウ少尉。『彼』と会話が出来たのだね?」
「はい。彼は明確な意思を持って『ロスト・カルチャー』と『フォース・チャイルド』、そして『第四世代人類』を敵視しているように感じました。そしてこの映像で彼自身も言っているように彼も『ロスト・カルチャー』であるようです。名前はヨエル・マーサロと名乗っていました。彼自身が名乗っている音声もこの映像に残っていると思うので後でご確認ください」
言いながら、クロウは映像の一時停止を解除して画面の再生を続けた。
「僕は最初彼の言動から『彼自身がこの襲撃を企てた』のかと考えました」
画面はちょうどクロウ機とトニア機が連携して、敵隊長機に随伴する敵機2機を撃墜する映像だった。
『軍曹、脱出しろ! 後で拾ってやる』
ここでヨエルは僚機の仲間を気遣って見せている。
これもクロウがヨエルに対して『違和感』を覚えている点であった。果たして、自分の印象通りの『身勝手な男』がこのように僚機を気遣うだろうか、と。
『いい加減止まって! ……うそ、なんて厚い対ビームコーティングなの!?』
さらに、トニア機の放ったビームがヨエルの機体の胸部に命中しても彼を撃墜出来なかった瞬間である。
彼の機体は、明らかに僚機とは異なる処置を施された機体であった。
『トニア、下がれ。こいつは僕が引き受ける!』
『ダメよクロウ君。この敵は得体が知れないわ!!』
『ごめんトニア!』
ここでクロウはトニア機を自機の脚部で蹴り飛ばし、ヨエルと一対一となった。
『はっ! 女を逃がすかロスト・カルチャー? いいだろう! その女は見逃してやる! お前を落としてその機体を持ちかえれば我々の勝利なのだからな』
クロウはここだ、と思った。この瞬間ヨエルはクロウに対して自分の行動が組織的なソレである事を仄めかしている。
この直後である。
『どうして貴方はロスト・カルチャーを、第四世代人類を、フォース・チャイルドを狙うんです!? 僕らが生きていても彼らが生きていても、貴方には関係ないじゃないですか!』
このクロウの質問に対して、ヨエルはこう答えたのだ。
『関係大有りだよ! 俺はお前みたいな奴とこうやって遊ぶためにここにいるんだ! 死ね!!』
この瞬間にクロウはヨエルに対する印象を決定づけてしまっていた。だからその後の会話も……
『バカな、そんなバカな事のために、戦争を始めたのですか!?』
『ああん? バカもかかしもあるかよ、元々お前ら連邦政府が火星に住んでた連中を木星にまで追い出したのが原因じゃねえかよ! 俺が何を目的としようが関係ねえ! 利害の一致って奴だろうが!』
このように続くのだ。この時クロウは戦闘に必死過ぎて気が付かなかったが、これはヨエルのクロウに対して仕掛けた『ミスリード』ではないだろうか。仮に、仮にではあるが、このヨエルの印象を改めずにいたのであれば、クロウは次にヨエルに遭遇した時に『殺される』ことになるかもしれない。だからこそ、あの時あの場所では致命的な『隙』を作ってしまったのではないだろうか?
『へえ、本当にそう思うかよ。Extra(エクストラ)システム起動』
『まさか、そんな危険なシステムを再現したのか! ヨエル!!』
極めつけが映像も終盤のここある。その映像で見ても禍々しい気配を放って見せるヨエル機の姿をルピナスとシド、そして戦闘など見たことも無かったであろうエリサが食い入るように見ている。
タイラーはあごに手を添えながらじっとその一部始終を眺めていた。
この直後にヴィンツ機は撃破され、その反応炉を搭載した上半身ごとヨエルに鹵獲されている。
その危険なシステムは、クロウとタイラーが知るそのSFロボットアニメの世界観において公式とされる映像作品には存在しないシステムである。
それが登場したのはそのアニメのスピンオフ作品であるマイナーなゲームだけなのだ。
だが、問題はそれを知る『ロスト・カルチャー』が存在したという事実ではない。この危険なシステムを模したシステムを搭載した機体を敵が使ってきた事が問題なのだとクロウは考えている。
「艦長。僕には彼の一連の言動とその行動。そしてこの彼が『
「のうのう、クロにぃ。このクロにぃが映像で言っている『
聞いてきたのはルピナスである。彼女もクロウが提供した映像作品しか見ていないはずでその意味を理解できない一人であろう。
「ああ、これの元になったシステムは劇中で『エスパー』とでも呼べそうな特別な能力を備えたパイロットを打倒・駆逐するために作られたシステムだよ。このシステムが搭載された機体が登場するエピソードは映像化されていないんだ。特徴としては人間の脳波を電磁波として捉え、その中のいわゆる『殺意とか敵意』を判別し敵パイロットの位置の特定や攻撃の瞬間を察知して回避するといった機能を持つんだけど、パイロットの脳に直接その戦場の『殺意であるとか敵意であるとか』を集める事になるから、結果的にパイロットが精神崩壊を起こして暴走する危険性もあるシステムなんだ」
「なるほどのう。似たようなことは確かに出来ると思うぞ」
ルピナスの答えはクロウには予想できていた。おそらく技術的にできるから搭載されているのだ。
「そうだろうね、でも問題なのは『なんでそんな危険なシステム』をわざわざ搭載してきたのかっていう点なんだよ。この時代に『エスパー』なんて存在はいないのにだ」
言いながら、クロウ自身も便宜上『エスパー』と呼ぶ概念を完全に理解できているわけではない。『エスパー』と呼ばれるキャラクターは総じて『常人とかけ離れた強い脳波を発する』という点だ。
これによってテレパシーのような通信機を使用しない意識の交換やコミュニケーション、そして脳波を使用した遠隔攻撃兵器の使用や果ては予知能力を持っている者さえいた。
「恐らく、『エスパー』と似た特性を持った者がいるのだろう。しかも『彼ら』の敵として」
タイラーはそのやり取りを見てそう断言する。それはクロウも感じていた感想でもあった。
「確認しますが、艦長はこの『時代』に目覚めてからそのような存在を目撃したことはありますか? シド先輩はどうです? 例えば宇宙歴の始まりに人間が宇宙に進出する事でそれに適応するために進化し始めたみたいな噂はありませんでしたか?」
「いいや、目撃したこともなければ、そのような『情報』を手に入れた事もない」
「いや、俺も見たことも聞いたことも無いな。だいたい、あんな便利なもんあったら、とっくに軍事利用されている」
シドの答えを聞いてクロウは頷く。ルートとオーデル、そしてエリサに至っては会話の内容についていけていない。当然だ、今この空間は現実の概念とクロウの時代のサブカルチャーの概念が飛び交っている。それを見たクロウは、ルート達リッツ家の人々にも分かるように説明する。
デックスを始めとした一連の『人型兵器』がクロウの時代のサブカルチャーであった映像作品を元に着想されていること。
その作品の中に『エスパー』と呼べるような超常の能力を持った人間が登場する事、それらは人間が宇宙に進出した際に広大な宇宙空間の環境に適応し進化した人類という設定であり、『テレパシー』や『サイコキネシス』に等しい超能力を有すること。
そして、先ほどから話題に出ているこの敵機のシステムはその『エスパー』に対して特化した攻撃能力を有したシステムであること。
それを利用してきた敵の意図が分からないこと。
結局その場に居た誰もが、『エスパー』のような存在が居たという事実を知らなかった。
「わからないな。敵の敵が僕たちだけとも限らないし」
「現段階で結論を出す必要はない。ともかく『敵がそのようなシステム』を使ってきたというのは重要な情報だ。これに関しては対策をしなければなるまい。それ以上の事は私も調べておくので一旦保留にしてくれないかクロウ少尉?」
クロウは静かに頷いた。この場ではそうするより他に無いのである。
「所で、オーデル元帥。スペース2の地球連邦軍勢力に関してなのですがおおよそ3割、約10億がこちらと合流する意思を示し、既にスペース1に向かってきています」
「うぬ、思ったより多かったと見るべきか、少なかったと嘆くべきか、ともかくこれで……」
タイラーの続けた言葉にオーデルは大きく頷く。
「……ええ、『マーズ共和国』との交渉は出来そうですね」
これこそが、タイラーとオーデルの共通の目的であった。