5-2「コレは想像の産物ではない。実際にここに存在する新機軸の『兵器』だ」
ミーチャは始め、ソレがスペースシャトルのように上を向かされた機体だと思った。
だがそれが開くにつれてその表情は驚愕のそれとなる。少なくともミーチャは『そのような機体』をこれまでに見たことも聞いたこともなかった。鈍い灰色に塗装されたそれが格納庫に集う全ての者の前にそそり立った。
だが、それを見て意外な声を上げた者がいる。クロウだ。クロウは首にユキをぶら下げたまま(実際ユキはクロウの肩から首にかけて腕で抱きしめぶら下がっていた。その状態でブリーフィングルームからの階段を駆け下りたクロウもクロウだがユキもユキだ)驚愕の表情で声を上げたのだ。
「馬鹿な、これはまさか!? こんなものを作ったのか、こんなのアニメでしか見たことない!」
それはクロウが好んで見ていた、ロボットアニメに登場する有人人型ロボット兵器に酷く似ていた。クロウも目を疑ったが、そこに聳え立つその姿はまさに彼が知るそのロボットの姿そのものであった。
それを聞いたその場に居た全員がクロウを見た。正確にはユキがぶら下がったクロウをだ。ユキは「いやん」と言いながら棒立ちになるクロウに抱き着いた。クロウは意にも介さず驚愕の表情のままソレを見つめていた。
「違うな、クロウ君。コレは想像の産物ではない。実際にここに存在する新機軸の『兵器』だ」
それに答えたのは艦長であるタイラーだった。
「これは、宇宙空間用人型宙間戦闘機、MAA(Mechanical Assault Armor)。その実践試験機。DX-001だ」
瞬間、クロウにはその機体のスペックが知識として理解できた。DX-001、全高16.5m、本体重量41.5t、出力1,980kW、総推力85,400kg。その機体構造として内部フレームを有し、人体に近い可動範囲を持ち、その内部フレームの動きに合わせて外部装甲が稼働することで高い可動域と防御力を兼ね備えていた。
本来、それらの知識は完全に機密であり、現時点でクロウが知る筈のないものであったが、シドが自室の端末から自身が閲覧可能な情報を全てクロウに『インストール』したため、技術科のデータベースに格納されたこの機体の性能もクロウは知ることが出来たのだった。
「人型、だ、と?」
沈黙を破り、ミーチャは声を出した。ぶるぶると震えたかと思うと、その長い黒髪のポニーテールを翻しミーチャはタイラーへ駆け寄ってその襟首を掴んだ。他の隊員たちが慌てて取り押さえようとするが、タイラーは片手で彼らを制し、自身の襟首を掴むミーチャを見据えた。
「あんたふざけてるのか!? アタシらからファルコンを取り上げたと思ったら、こんなおもちゃに乗れって言うのか? こんなのならファルコンのがマシだっただろうが!!」
ミーチャの剣幕に、タイラーの隣に控えていたルウがその深い海を連想させる蒼い髪を逆立たせて拳銃を抜きミーチャへ構えた。それを気配で察したタイラーは「よせっ!」とルウへ静止の声を掛けるが、ルウは拳銃を下さなかった。
「アタシ達航空隊員はな、それでもあんたを信じていたんだ! この戦争のためにアンタが必要なことをやってるってな! アタシ達が生き残れるように新しい機体を用意してくれているんだって信じて待っていたんだよぉ!!」
ミーチャはここで一旦息を付き、タイラーの横で自身に拳銃を向けているルウの琥珀色の瞳をぎょろりと睨むとつづけた。
「それがどうだ! 待望の新型機ってのが見たことも聞いたこともない『人型機』だってのか!? これのどこに翼がついていやがる! アタシらの翼を返せよっ!!」
言うと、ミーチャは力なくタイラーの襟首から手を放し、その場に泣き崩れた。
「ミーちゃん……」
クロウに引っ付いていたユキは、ぱっとクロウから離れるとミーチャに近寄り泣き崩れるミーチャの頭を抱きしめた。
「ごめんねミーちゃん。ファルコンはパイロットになってからずっと私たちの翼だったもんね愛着あったよね、今までずっと我慢しててくれてごめんね」
クロウはユキにも隊長らしいところがちゃんとあるという事に正直ほっとした。半面、今の状況が正しく理解されていない事を危惧した。その灰色の機体を見上げる。
あのVRシミュレータでユキを撃墜してユキ機の残骸が空中に散らばっているのを見ながら、クロウはなんでこの時代の戦闘機は『戦闘機』の形のままなのか、と漠然と考えていたのだった。
空中の戦闘であれば、空力的な観点から考えても推力を揚力に変えられる飛行機の形が合理的であるとも言えたが、それが宇宙空間であるとすれば戦闘機は飛行機の形である『必要がない』。
必要な推力さえあれば、無重力である宇宙空間においてはどのような形でもいいのだ。まして、空中の戦闘でさえ、クロウの乗ったF-5888ファルコンの性能はクロウからすれば規格外であった。3次元ノズルの向きを変えるだけで自機が急転回し、マニューバなどという小手先の技術が廃れるほどのエンジンパワーを持ち、小型融合炉を動力とするその推力は、もはやどのような形の機体であろうとも『一定の速度を維持できる』のが容易に想像できた。そこではた、と思うのだ。
もし仮に、その仮説に自分よりもっと早くに気が付き、それを実現できる機体を作り上げることが出来たのであれば…… と。クロウはタイラーを見つめた。恐らくはこのタイラーはそれらを検証し、実験し、研究し、実践した。
だからこそ、ここは自分が何とかしなければ、とクロウは思った。ミーチャがタイラーを誤解したまま、その可能性を閉ざしてしまうのは『惜しい』とすら思えた。出会って数時間とはいえ、ミーチャは上官としてクロウによくしてくれていた。とも思う。
「ミーチャ中尉。『こいつ』は多分、いや確実に『ファルコンより強いです』」
だから、あえてそう言った。その場に居る全員に聞こえるように。
航空隊の面々はそんなクロウのセリフに、何を言っているのか分からないという表情をし、タイラーは仮面の下の口の端をニヤリと吊り上げ、ルウは銃を仕舞いながらニコリと笑い、ルピナスは何が起こっているのか付いていけていないぽかんとした表情を返し、シドは歯を見せて笑みを返した。
◇
「今更なんだが、本気かよクロウ?」
航空隊員とタイラー、そして技術科からはシドとルピナス、そしてルウを伴って、クロウは自ら提案し、VR訓練室へと来ていた。全部で260人以上もいる技術科のクルーは流石にVR訓練室には入りきれなかったため、大格納庫でモニター越しにこのVR訓練室を見ることになっていた。ミーチャは既にリクライニングシートへ座り、ルウに首元のコネクターへVRケーブルを接続してもらいながらクロウへと問う。
「本気も本気です。ミーチャ中尉は誤解している」
応えながらクロウはシミュレータのリクライニングシートに座り、自らの首筋にコネクターを指そうとして「危ないから」というユキに止められ、ユキにコネクターを刺してもらっていた。
「ユキを撃墜したからって、調子こいてるって訳じゃ無いんだな?」
「はい。技術科の人たちも自分たちが何を作ったのか見たいと思いますし、遅かれ早かれこれには乗らなきゃいけないんですよね? 艦長の許可もすぐ貰えましたし」
クロウのコネクターを刺し終え、シートベルトがきちんと固定されている事を確認するとユキは「ちゅっ」とクロウの頬にキスをして離れていった。
それをたまたま目撃したシドがユキを呼び止める「おい、ユキ! クロウに何していやがる!」、ユキはそれに対して首をかしげオレンジ色の髪を揺らすと「クロウ君は『もう、諦めました』って言っていたよ? それって、僕との関係を消極的に承認してくれたって事だと思うの!」と言う。その茶色い瞳はきょとんとしていた。まるでそれが当然であるかのような言いようである。
「それは無いと思います」
「それは無いと思うわ」
「それは無えと思う」
それを聞いたルウと、いつから来ていたのかパラサ、同時にシドが声をハモらせて断言する。クロウは『先輩方もっとユキさんに言ってやってください!』と心の中で力いっぱい懇願した。ユキはもはやクロウが何を言っても聞き入れてくれなかった。
シドの隣にさり気なく立つパラサをクロウは見ながら、あれくらいの距離感ならいいんだけどな、と心底思う。そして同時に二人はあの距離感が今は『ちょうどいい』のだろう。と、ふと感じた。
シドはユキの首根っこを掴んで、ルウとパラサと共にクロウに対する態度についてユキに事情を聴いていた。戦術科と航海科と技術科の長がもはや尋問のように問いただせば、あるいはユキは自分との関係を考え直してくれるかもしれないと、クロウは淡い期待を覚えた。
「のうのう、クロにぃ!」
いつの間にか自分のシートの傍らにルピナスが来ていた。その銀色の髪の毛の頭がクロウの視界の端に見えていた。
「クロにぃは、DX-001の操縦方法を知っているのかの?」
ルピナスはその黄金の瞳を心配そうにさせながら、クロウにそう聞いてくる。
「ああ、シド先輩がインストールしてくれたから知っているよ」
と、クロウは正直に答えた。
それを聞いたユピナスは「あちゃあー それは、シドにぃが機密漏洩で営倉行きの事案じゃ」とクロウにしか聞こえない声の大きさで言う。
どうやら現時点でクロウがDX-001の操縦方法を知っているという事実は大変都合の悪い事であるらしい。ルピナスはそっとクロウの耳に囁いた「クロにぃ、悪いのじゃが、DX-001の詳細は『今』ワシがインストールした。という事にしておいてもらっていいかの」と。クロウは黙って小さく頷いた。それを見たルピナスは「助かる」と小さく囁きクロウに少し大人びた表情で微笑んで見せた。
「艦長! クロウにDX-001の操縦方法を『インストール』したのじゃ!」
と、ルピナスはタイラーへ向かって元気よく声を上げた。
タイラーは大きく頷く。
「それでは、DX-001性能試験VRシミュレータ訓練を実施する。各員準備はいいか?」
DX-001のセミVRモード用のコントローラーはまだVR訓練室に実装されていないため、クロウはリクライニングシートの手すりに手を預けたまま、残りの航空隊員はセミVRモード用の操縦桿とスロットルレバーを握りながら全員が肯定した。
クロウが提案したのはDX-001に乗る自分と航空隊隊員『全員』との模擬戦闘訓練だった。勿論舞台は無重力下、航空隊員は宇宙戦特化型戦闘機のF-5889-Sコスモイーグルに乗った状態で、である。
「あれ、お前は飛ばないのかよ?」
と、シドは未だ自分が首根っこを掴んだまま、激しくルウとパラサに揺さぶられているユキへと問う。
クロウが提案したのは航空隊全員対クロウ単機での戦闘だ。当然そこにはユキも含まれる。そのシドの一言にユキに食って掛かっていたルウとパラサもはたと気づき動きを止めた。問われたユキは少し寂しげ、悲しげとも取れる表情をしながら言う。
「ああ、『私』はいいんだ。艦長にも辞退するって言ったし、クロウ君にはさっき撃墜されたばかりだし」
言いながらユキはクロウの座るリクライニングシートを見る。ユキの位置からはクロウの体はシートに完全に隠れてしまい、リクライニングシートの背しか見えなかったが。
「不思議とわかるんだ。多分全員でかかってもあの機体に乗ったクロウ君にコスモイーグルに乗った私たちは勝てないって」
そんな、ユキの確信めいた言葉がクロウの耳に微かに届くと同時。
「では、訓練開始!」
タイラーの宣言と共にクロウは意識をVR空間へと没入されていった。