伝わらない、伝えない
誰もいなくなった放課後の教室に、同じクラスで幼馴染のあゆみが僕を呼び出した。
呼び出されるのはいつものこと。僕らは秘密を共有し合う仲だった。
僕は自分の机にカバンを置く。あゆみは僕に背を向けて窓の外を眺めながら、ポツリと話し始めた。
「……私、諦めることにしたんだ」
秘密というのは、お互いの恋心。
英語部のあゆみは部活の先輩が好きだった。その相談を週三回の部活動が無い日に、僕を教室に呼び出しては、聞かされていた。し、あゆみも僕の片思いについてアドバイスをくれていた。
英語部とは名ばかりで、校外の活動に力を入れている人が、帰宅部なのもバツが悪いと便宜上入っているだけで、基本的には個人の校外活動の予定がない日にだけ顔を出す人も多いらしい。
先輩もその一人で、中学の野球部には入らずに地元の強い(らしい)クラブチームで野球をやっていた。
モテる人だった。
「……そっか」
僕はそれしか言えない。あゆみがこの恋で苦しんでいたのは十分に知っていたし、何度も悩んでやっと出たであろう解決策を、僕が簡単に否定していいものではないはずだ。
「……先輩、好きな人がいるんだって」
声が少し震えていた。彼女の目元に光る雫を、僕は気づかないふりをした。きっとそれが優しさというものだと思ったから。
「こうたは、私みたいにならないでね」
こうたも好きな人がいるんでしょ、とあゆみが初めて僕の方に振り向いて、微笑みかけた。泣いているのに、泣きたいのに、僕のために無理矢理笑顔を作っているのが分かって、いたたまれない気持ちになった。
「…………愛って、伝わらないよね」
僕が小さく呟くと、あゆみは何言ってるのと苦笑いした。
「私のは、伝わらないんじゃなくて、伝えないんだよ」
私の努力不足、と付け足して、彼女はまた空を見上げた。
夕日に照らされた後ろ姿を見つめながら、僕は気づかれないように小さくため息をつく。
……やっぱり、伝わらないよ。
こんなに君のことが好きなのに。