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校外学習と過去の因縁⑨




日中 夜月班


昼食を終えた夜月たちは、女子が行きたいと言っていたある店まで来ていた。 みんなで一緒に中へと入っていくが、一通り見終えた男子たちは一度外へ出る。
そしてなおも店の中で楽しそうに商品選びをしている女子たちを見て、未来が溜め息交じりで呟いた。
「何で女子は、こうも買い物が長いんだろうなー」
「行きたい場所を聞かれた時、未来が『どこでもいい』って答えたのが悪いだろ」
「だからって一つの店を、こんなに時間をかけなくてもいいだろ!」
「女子は買わずに物を見るだけで、満足するとも言うからね」
中にいる女子たちが買い物を終えるのを、外で待っている男子3人。 夜月は、未来と悠斗のやり取りを近くでぼんやりと眺めていた。 
彼らのくだらない会話を聞いて、どこか心地よさそうに感じていると――――

「なぁ」

「?」

突然背後から声をかけられ、夜月は後ろへ振り返る。 そこに立っていたのは、3人の大人の男たちだった。 容姿を見るだけでも、夜月たちより少し年上だと分かる。
どうやら話しかけてきたのは真ん中にいる男のようで、夜月のことをじっと見つめてきた。 それに、夜月も鋭く見据え返す。
この彼の見た目は――――一言でいうと、不良。 髪は派手な金髪でピアスもたくさんしており、まさに都会の不良といったところだ。
だが喧嘩を売られるような憶えはなく、何も言わずに男から出る次の言葉を待っていると、彼は不審な目付きで夜月のことを見据え静かにこう口を開いた。

「お前・・・もしかして夜月か?」

「・・・誰ですか?」

自分の名を躊躇いもなく言い当てられてしまい少し動揺するが、必死に平然を装い相手のことを見据え返しながらそう尋ねる。
相手が自分の名を知っているということは知り合いの可能性が高いのだが、夜月には見覚えがなく思い出すことができなかった。
そしてその問いを聞いた男は、不審な目付きから一瞬にして柔らいだ表情へと切り替える。
「否定しないってことはやっぱり夜月か! 久しぶりだなー。 会わないうちにこんなに大きくなりやがって」
「・・・」
まるで子供のように、久しぶりの再会を素直に喜ぶこの男。 そんな声に、この場にいる未来と悠斗もやっと彼らの存在に気付き、意識をそちらへ向ける。
そして――――男は無邪気な笑顔から今度は不気味な笑みに切り替え、夜月に向かって口を開いた。
「丁度いい。 夜月に話があるんだ。 少しの間でいいから、俺に付き合ってくれ」
そう言って夜月の腕を引っ張りこの場から連れていこうとすると、その光景を見ていた未来が大きな声で口を挟む。
「おい待てよ! 勝手に夜月を連れていくな! それに俺たちは今校外学習中だから、一人だけグループから抜けるなんてことは許されねぇ!」
今は学校行事中だという本当の理由を言い、相手の行動を止めようとする。 そんな未来を見て、男は尋ねた。
「あ? お前らは今制服じゃなくて私服じゃんかよ。 本当かどうか、信じられねぇな。 今は学校行事だという証拠、何かあんのかよ?」
「証拠・・・?」
突然『証拠を見せろ』と言われ、必死に頭をフル回転させ何か証拠はないかと考える。 そしてあることがひらめいた未来は、自分のバッグからあるモノを取り出した。
「これだ! これが今の、校外学習のしおりだ!」
そう言って、男の目の前にしおりの表紙を突き出す。 そこには鎌倉という地名と、校外学習の日である今日の日付が書かれていた。 これは疑いようもない証拠である。
その表紙に一通り目を通した男はしおりから未来へ視線を戻し、ニヤリと笑って口を開いた。

「へぇ、校外学習中っていうのは本当なんだ・・・。 つかお前、もしかして未来か?」

「え」

未来の名も淡々と当てられ、未来本人は言葉が詰まり何も言えなくなる。 その様子を見て、もう一人の少年に視線を移した。

「つーことは、お前は悠斗か! 久しぶりだなー。 未来は相変わらず元気でうるさいし、悠斗はそんな未来に今でもちゃんと付いていっているんだな」

「ッ・・・」

「つか、夜月は身長高くてお前らは身長低いとか、それも全然変わんねぇな。 てより・・・お前らは今でも、仲がいいんだな」
「どうして・・・」
この場にいる少年3人の名を見事に当ててしまった男に、未来たちは驚いた表情を隠し切れずにいる。 そして彼は、もう一度夜月の腕を引っ張った。
「まぁ、とにかく夜月は借りていくぜ」
「嫌ですよ。 知らない人に勝手に付いていく程、俺は馬鹿ではありません」
冷静な口調でそう言いながら、掴まれている手を軽く振り払う。 そんな夜月を見て、男は小さな声である言葉を放った。

「ここまで言っても分からないのか。 俺はお前たち3人のことを知っているんだ。 ・・・お前が、俺のことを忘れているだけじゃねぇのか?」

「え・・・?」

その一言に夜月が返事に詰まってしまうと、またもや未来が口を挟む。
「だったら俺たちも夜月に付いていく!」
「いや、夜月だけでいい。 ちゃんと今日中には、未来たちのもとへ返すから。 んじゃ、またな」
「え・・・。 あ、おい! ・・・行っちまった」
夜月は黙って男たちに連れていかれ、未来たちはどうすることもできずただこの場に立ちすくんだ。 
最後まで連れていかれることを止めなかったのは“連れていかれたのが夜月だから大丈夫”だという気持ちもあり、相手はこちらのことを一応知っているということから、
無理にでも止める気にはなれなかったのだ。
「なぁ・・・悠斗。 アイツ誰だか分かるか?」
「・・・分からない」
「だよなぁ。 見覚えのねぇ奴だったし。 ・・・あ、もしかしてストーカー?」
「何で男である俺たちをストーカーするんだよ」
「あー・・・。 そっか。 まぁ、夜月なら無事に戻ってくるっしょ」
そう言って、未来は身体の向きを変え女子たちのいる店へ戻ろうとした――――その時。

「関口! 見つけたぞ!」

「ん? ・・・やばッ」

突然名を呼ばれた未来は、振り返って名を呼んできた相手を見ると――――一瞬にして顔色を変え、悠斗を盾にして後ろへ隠れ込んだ。
「え・・・。 どうして」
目の前からは、悠斗たちの担任の先生が走ってこちらへ向かってきている。 そんな先生を見て、悠斗は複雑そうな表情を浮かべた。
「中村の後ろに隠れても無駄だぞー!」
そのような声が聞こえると、未来はなおも悠斗の後ろに隠れたまま口を開く。
「昨日俺が喧嘩に巻き込まれたこと、悠斗言ったのか!」
「いや、言っていないし、そもそも言うわけがないだろ!」
「くそッ。 じゃあアイツらがチクりやがったのか・・・!」
未来と悠斗が小声でそのようなやり取りをしていると、担任の先生は悠斗の目の前で足を止めた。
「関口。 その顔にできている傷のことで、話があるんだ」
真剣な表情でそう口にされると、悠斗も口を挟む。
「あ、だったら俺も」
「悠斗はいい!」
またもや後ろから、小さな声でそう遮られた。
「関口、ゆっくり話し合おうか? カフェにでも入ってな」
怖いくらいの笑顔で先生がそう言い放つと、未来は舌打ちをして悠斗の後ろから笑顔で姿を現す。
「ちッ・・・。 先生ー、カフェで奢ってくれんなら俺は行きますよー?」
「え、でも未来!」
「ユイたちにバレるくらいなら、今説教食らって済ませておいた方がいいだろ。 話が終わったらまた連絡する」
悠斗に向かって真剣な表情になり小さな声でそう伝えると、未来は再び笑顔になって先生と一緒にこの場から離れてしまった。 

そして――――この場に一人取り残された悠斗は、呆気に取られて動くことができなくなる。
「一人に・・・なっちゃった。 これからどうしよう」
同じ班員である夜月と未来がいなくなり、この先のことを考え焦り出した。
「悠斗くんー? あれ、夜月くんと未来くんは?」
悠斗が一人になると、背後からは店から出てきた女子たちがたくさんの袋を持って姿を現す。 そして悠斗の姿が目に入るなり、周りをキョロキョロしながらそう尋ねてきた。
「えっと・・・。 二人共、連れていかれた」
「そうなの?」
そう聞き返されると、小さく頷く。 そんな一人でいる寂しそうな悠斗を見て、違う女子が提案を持ち出した。
「あ! 悠斗くん、男子一人は気まずくて嫌でしょ? だったら、違う班と合流しない?」
「違う班・・・?」
そして彼女は、少しの間考え込み――――

「そう! んー、そうだなぁ・・・。 あ、隣のクラスの椎野くんと北野くんって、悠斗くんと仲がよかったよね。 その班と合流しようよ!」

笑顔で、そう言葉を発した。


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