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ひとつの真実


 「改めまして、シラヌイというのは……間違いなくこの私なんですが……この事は誰も知りません。……彼女も含めて」

 傍らで静かに黙って成り行きを見つめてる、嬉しそうなウルフィラ。

 「デビルちゃんが……シラヌイ様?……え~っと……今回のミッションの協力者じゃあなく……って?」

 今一つ、全容は把握しきれていないようだが、なるほどと少し首をかしげながらも納得している。

 彼女が理解していることは、デビル・ベイブという存在はどれだけ偉大で、誇りに思うものであろうとも、大っぴらに他人に自慢するような低レベルの対象ではないこと。
 二人の平穏な幸せのため、常に彼が並々ならぬ努力をし、陰で多くの人間関係を構築してくれていること。

 理解不能の行動、謎、疑問、会ったこともない名前だけの人物、そんなこといままでもよくあった日常茶飯事。

 つまりはすべての行動を、何の疑いも持たずただ愛で信頼し従うのみ。

 「私の指示のもと、彼女はメイドとしてこの島へやって来た。見知らぬ協力者シラヌイと共に大切な仕事をやり遂げるため」

 ウルフィラはうんうんと頷き、また優しい目で我が子を見つめ続けた。

 「この島へ来てからのシラヌイの指示、つまり本当は私の指示は、基本的に執事のクロミズへマイクを通して伝えていました。そして執事を介してメイドへ」

 執事にとってデビルの声はシラヌイの声であり。ウルフィラにとってはシラヌイに協力しているデビルの声ということになる。
 平たく言えば、最初の晩餐間での演説は、彼女にすれば我が子が正体を隠すためにシラヌイの名を借りて話していたという理解だ。

 「晩餐会では予めセットしておいたレコードを流しました。私はウルフィラと共に皆さんとご一緒の部屋にいたので……。何回かのリハーサルを、時間を計りながらこなし、何とか会話のタイミングを取ることができました……上手くいったでしょう?」

 探偵は頷き、話の先を黙って待った。

 「さてさて、ここまでは結局、準備運動。ゲームで言えば、操作を覚えるチュートリアルにすぎません。その後……皆さんとの勝負……まあ、殺し合い? ここからが、命がけの本舞台の幕開け。いろいろと計画を立て考え抜いた結果をいざ実行する時です」

 そう言って、シラヌイ計画のかなめの全貌を語りだした。



 まず最も厄介なロクロウ君を始末することに。
 彼は能力の凄さで言うと頭一つ抜けてますからね。警戒されるとどうしようもない、手も付けられない、とてつもない難しさとなるボスです。何度殺されるか分かったもんじゃありません。

 せっかく用意した舞台を破壊され、秘密の部屋も早々に開けられてしまいます。
 現に殺害順を間違ってしまうと、彼をひどく怒らせて屋敷が崩壊してしまいましたね。

 そこで、素早く毒殺しました。

 言わずもがなとは思いますが。何回かのテストで、彼が手にする飲み物を前もって把握しておき、それ一本にだけ毒を仕込んだのです。



 執事のクロミズさんも同様の理由です、私の能力には遠く及ばないとはいえ、予知はなかなかに面倒です。他の皆さんと協力体制でも取られると非常にね……なので彼も早めに。

 まるで未来の読み合い、何手先を読めるかという知の戦い。彼が非常に優秀な人で逆に助かりました。
 何故って? 有段者同士の将棋の様に、自分が詰んでしまったことにいち早く気が付いてくれたからです。素人相手だと大変です、実際に王将を取るまでやらないと分かってもらえませんからね。

 ただ自滅に追い込むことはできませんでした。軟な精神力ではなかったということ……こちらの能力、目的などを告げ地下室に呼びだし、自ら手を汚しました。

 毒殺を繰り返しては美しくありません。バラエティーに富んだ殺し方でなくては……作品の完成度としては不十分。
 ナイフで刺殺し、死体の腐敗を少し遅らせるため空調を調節して安置しました。

 そうそう、申し訳ないが、ネタバレになる手記の部分は始末させてもらいました。



 次、ドクターは簡単といえばそれまでですが、あまり甘く見すぎて失敗したことがありましたね、嘘を見破られてしまって。

 そう、たしかあれはウルフィラと部屋へ行った時だったか、見事に共犯者の可能性を探られて、存在がばれました。
 この失敗を受けて、彼女には一切知らせぬままカートに忍び込む方法を発見して部屋へ侵入しました。

 あの時企てた、カメラマン襲撃のかく乱事件。素早く、誰にも見つからないように移動するため荷物運搬エレベーターも利用しましたね。見た目通り、この私の小さな体には十分なスペースですので。

 そうだ、襲撃の目的はかく乱、プラス実験ですね。
 実験というのは、オオツさんの記憶を消すため頭部の、どの辺りを殴るべきなのか? どの程度昏睡状態に陥るのかなど、今後の計画のために彼の修復能力を試したということです。

 後、すべてを一人でやらず、他人を利用したのは正直に言うと半分思い付きです。
 このような多少のサプライズを所々で入れたのは……いくら奇妙な閉ざされた空間に人を集めたとしても……フフフ……事件、まして殺人なんてそうそう起きないからですよ、小説と違って現実にはね。

 皆さんとてもまっとうな人達なので……より一層……当たり前ですね。
 私の殺しがなければホントにただの避暑地でのバカンス! 警戒心も強く引っ込み思案の皆様、最終日に振り返ってみれば、まるで何の進展もなく終わってしまった婚活パーティ! ぞれじゃあホストとしての私も心苦しいばかり。

 おっと、少し話がそれましたか。
 え~っと、ただもう半分の目的は……オオツさんを襲うときに、どうしても彼は蘇るために最初の襲撃者の記憶が残る可能性があります。
 そこで私のことを記憶されるわけにはいきませんので。



 真の透明人間と言えるお嬢さんもなかなか大変。何度もチャレンジして相手の行動位置パターンを覚えなければなりませんでした。
 暗視スコープや熱赤外映像特殊ゴーグル等の小細工が利きませんから彼女の透明度は。ええ、もちろん他のセンサーで彼女を捉えられる可能性は否定しません。

 あ、密室ですか? あれは、もしかするとお気づきかもしれませんがダクトから侵入しました。そうです、地下室から直接行けるのです……これも私の体のサイズなら。

 ついでに言うなら、私の運動能力もなかなかなものなのですよ。お見せする機会はもうないでしょうけれど。

 この侵入ルートを作ったのは、おとめ座の間だけです。心配しすぎかもしれませんが名探偵様の部屋にも細工をしてしまうと、何かの拍子でばれるかもしれません。すると屋敷の立て直しからやり直しです……フフフ。

 すべての部屋が秘密裏に侵入可能なんていう、楽をして似た手口を取ってもつまらないですし。同じような理由で、客間にも監視カメラなどと無粋なものは一切仕込んでませんよ。

 彼女を眠らせた後で着替えさせ、自殺を偽装した際にはウルフィラにも手伝わせました…………。



 カメラマンさんは驚異的でしたねえ、下調べで対策を十分練ったことが功を奏しました。少し時間のかかる作業なので作戦開始のタイミングには苦労がありましたけど。

 偽装自殺で少しの間、状況が落ち着いたのでその隙を利用しました。

 抜いた血液は……海に流して捨てました。まさかどこかに? ゾンビフィッシュが発生したりしないといいですね。

 少々、グロテスクな儀式でしたので手を借りるのは心苦しいところもあったのですが、この時も…………。



 大人しい青年の能力も素晴らしい、一歩間違えば一切手を出せない羽目に陥るところでしたが、なんとか最終的に今回は予定通りに事が進みました。

 人の意志というものは、ちょっとしたきっかけや周りの影響で変化するので気を付けなければいけません。彼をあまりに追い込んでもダメ、かと言って……眠る勇気に火をつけ思いもよらない能力の使い方をされても困りものです。

 これもすでにお気づきでしょうが、子供だまし程度のトリックとして……溶ける時間を見計らった氷のボックスに電解質水溶液を仕込んで置きました。



 そして、一番の山場、あのスリング婦人です。
 あれは、まさに映画のクライマックス! ギリギリの戦いでした。ここまで来てのやり直しは精神的にも疲れます。……ああ……もちろん何度もやり直しましたよ。見栄を張っても仕方がないですから、正直に白状します。
 心が折れて、これは順番を変えるべきかとも思いました。

 さてこうして計画の裏をお聞かせし、もう充分ご理解頂けているかと思いますが……もしや……今回の殺人事件、随分……回りくどく、無駄が多く、理屈に合わない、合理的でない……と? 彼女とのデュエルなど、その最たるもの。

 ええ、おっしゃる通り、まだまだ私の力不足……そこは否定いたしません。

 ただ……最初の晩餐で……全員が即、毒死、そして流れるエンドロールって映画じゃあ誰も見てくれそうもありませんよね……フフフフ。私の目的は皆さんをただ殺すことじゃあないのですから!

 ……ああ……後、この時の倉庫前のモニター室の監視ですか? ウルフィラに誰も見ていないかどうかは知らせてもらっていました。



 それと……残りは、誰でしたっけ? そう、マジシャンです。大変失礼ながら、ここはいつでも切れる安牌というか臨機応変に対応できると思いました。

 ……いや、でも、振り返ってみると、最も危険というか……何もかもが、ぶち壊しになってしまう可能性もありましたね。お願いしたことも、きっちりやって頂けるのか心配でしたし……。

 アサシンとの死闘をクリアした私は、素早く屋上に上り待ち伏せしました。落石は少々不規則なため失敗覚悟で何度か繰り返す気でしたが……意外とうまく成功しました。



 と、シラヌイはこれまでの経緯を暴露した後、言おうか言うまいか少し迷っているような素振りをして、まあいいかと言葉を呑んだ。

 一度ウルフィラを見て、振り返りまた探偵の方を向く。
 そうして最後に付け足した。

 「そして、もちろんあえてラストシーンに残したのが……あなたです」


 「……なるほど」
 組んだ片手を顎に当て、上目で見つめてそう一言答えた探偵。

 おもむろに着ていた紅い雨具のジッパーを引き下ろし、上空に脱ぎすてる。

 太陽の放つ光線が辺りの水滴を撃ち抜きキラキラ輝かせる。

 空に舞いながら黒い影を生み、画面転換の切り替えエフェクトの様にふたりの間をよぎり去る。
 「最初の違和感は」

 気が付くと、オドオドとしたマーヴェルはいつの間にか消えていた。

 口元に不敵な笑み、まるで知性のたぎるマグマ、蒼く澄んだ瞳が燃ゆる。
 「ウルフィラさんの一声」

 完全に成し遂げたはず! 成し遂げたはずだと確信している真犯人たちの顔に焦りの切っ先が触れる。

 「本能ではありえないと思っているのに、ひっかかる…………名探偵の脳細胞には……」

 優雅な人差し指でこめかみを差しながらマーヴェルは続ける。

 「彼女は……『わたし達』と言った。メイドは彼女一人なのになぜ? 執事とのこと? ……いや違う。あれはもっと密な存在の示唆…………彼女の性格から、あの場面であえて執事を含めてわたし達とは言わない」

 ウルフィラの顔が急に青ざめる。自分の記憶には全くないが、とんでもないミスをしていた、その指摘をひどく恐れる気持ち。

 「僕は……シラヌイとの繋がりを最初に想定した。そこでドクターに頼んでウルフィラさんとシラヌイの関係を再確認した。結果…………白。彼女はシラヌイを自分と同じ立ち位置には置いていない……じゃあ? 誰なのだ」

 シラヌイは感心したように探偵の言葉に耳を傾けている。

 「そうそう! ウルフィラちゃんが一番怪しいのに……犯人じゃあないんや!」

 クリスが、もう我慢しきれず話を継いだ。
 「今回の事件……名探偵と、それ以上の最高の名助手クリス様の目をもってしても、一向にしっぽを出さへん……犯罪現場に手掛かりがない……犯人を示す手がかりが全く」

 「ええ分かっています、今回の事件、常識が通用しないって」

 探偵は思いだす。階段に残っていた血痕を。

 (犯人は事件の痕跡を短時間で見事に消している。このことは計画性を意味する……だが、ミスの無い計画の実行、それも、計り知れない無謀な計画をミス一つ無く実行……現実に可能なのだろうか?)

 マーヴェルは僅かに残っていた血痕を、自らの手で消し去り、胸の内にしまった。ある恐ろしい可能性を考え。

 「操られているような、消せないもやもやした感覚。決められたレールを進むしかない、あたかも運命というものがあるかのような」

 マーヴェルは思考を記憶と脳内で踊らせる。

 「これは、探偵として想像するにも恐ろしい力…………『真実を無にする』能力が関わってるのではないかと……覚悟しました」

 探偵は多くの犠牲の上、自分の超絶推理の結論に絶望した。
 
 「そして執事の残した遺書、そこに隠されていた言葉」

 シラヌイは証拠を消したと言った、だがそうではなかった。
 (あの手記をもう一度よく読み返してみればいい……君のことが書いてある)

 「僕はある仮定をした。能力の発動は胎児にでも可能なのか? と、しかも無意識に」

 マーヴェルは手を腰の後ろに回す。

 「フフッ……結果的に、あまりにも想像以上の現実で、見事外れてしまいましたが」

 完全に勝利を確信したはずなのに、なぜかシラヌイの額に薄っすら汗が滲んでくる。

 その気持ちを振り払うように叫ぶ。
 「ははっは、そうだろ! そろそろ言ってくれ……参りましたと素直に言ってくれ」

 (ここに来ての探偵の態度、なんだ? あの打ちひしがれた様子は演技だったとでもいうのか?)
  シラヌイは焦りを抱えつつ続ける。

 「私がこの作品を仕上げるのに……まだエンディングロールまでは少しあるが……いったいいくら、いやお金じゃあない、どれだけの時間をかけたかわかるか? 5年だ、およそ5年、何度も何度もやり直し今完成しようとしている。……勘違いしないでくれ文句を言ってるのではない、自分で選択した価値あるチャレンジなのだから……」

 これはシラヌイらしからぬひどく間抜けなセリフ。

 ゴールを目の前にして、ここから奇跡的大逆転など起こりようがない、まさかあり得ない! そんなの彼のプライドが許せない。高まる焦りが結論を急がせる。

 「おしゃべりはこのぐらいにして、そろそろエンディングに進もう! ……いやいやまったくもって失礼、初めてのシーンなので思わず肩に力を入れすぎてしまったかな……」


 ザッ、前に突き出された両手、マーヴェルが銃を構える。

 「!!! どうしてその拳銃を持ってる!?」

 「拾ったんや、倉庫で」

 「ああ……だが……ウルフィラがさっき……身体検査はしたはずなのに」

 屋敷を停電にし、その隙にこっそりとウルフィラと合流した。あの直前、メイドの部屋で彼女が探偵の体を拭きながら、持ち物は調べたはずだ。

 「隠し持ちやすいようサイレンサーは外しました。別に銃声が鳴っても支障はありませんから」

 「素っ裸にされる前にうちが止めたし」

 シラヌイがあっぱれと笑う。

 「おお……、もうこれは流石としか言いようがありませんね……」

 「やめて!! 危ないから! やめてください!! いくらマーヴェルさんでも許さない! そんな、そんなもの向けるなんて!!」
 ウルフィラが強い口調で言う。

 ここはシラヌイと探偵の二人だけの舞台、彼女は舞台裏で黙って見つめるのが与えられた役割。そのことは重々承知で、じっと黙って聞いていたが。

 「動かなくていい! いいから」

 すぐにでも前に飛び出そうかという母親は、デビルの静止に何とか踏みとどまる。

 (……そう……そうよ……あの子のいう事は正しい、いつも正解、いつも絶対。わたしはただ言う事を聞く……あの子の言うことが絶対……何も考える必要はない……)

 ウルフィラは何度も何度も繰り返し頭の中で自分に言い聞かせた。
 時折ある、どうしても躊躇してしまうような、絶対にしなければならないことをしてきたときと同じ様に。



 「ほら撃てばいい。私を撃ち殺せばいいさ、それであなたのプライドが満足するなら。……だけど、ちょっとがっかりですね、何の解決にもならないこと、あなたなら分かるかと思ったけれど……まあいい。そうですね……また長い長いやり直しかと思うと気も少々滅入るが」

 言葉と裏腹に、笑顔のまま楽しそうに言う。

 「あかん!」

 「いや、法律でも、能力でも彼の犯罪は止められない」

 デビルに向けられた銃口を見ると、どうしてもその射線の間へと、我が子の前へと進みたい! 気持ちが抑えきれないウルフィラ。

 「まあ確かにその通り…………マ……ウルフィラ! 大丈夫、動かなくていい! 私は不死身だ、守ってもらう必要などない! 分かってるだろ!」

 友達の前でも何かといらぬ世話を焼こうとする母親のように疎ましく感じ、イラつき語気が強くなる。

 「……非常に残念だけど……探偵さんは理解できてないんだ……いや……受け入れられないのか、時を戻すということを。……次はその銃をちゃんと始末して、完全勝利を収めるしかないか…………」

 努めて冷静さを取り戻そうと、ウルフィラから探偵に視線を戻す。

 「あなたが、ここまで諦めが悪いとは……悪あがきが過ぎるとは思いませんでしたよ……無駄だと分かってるはずなのに!」

 「そう……かな……試してみる価値はある」

 そう言ったマーヴェルの揺ぎ無い眼差し。

 「!?」
 シラヌイの顔色が明らかに変わった。子ザル並みの身体能力、クナとの死闘で見せた飛びつくスピードは超人的。しかし銃弾の速さにはかなわない。

 「今、試してみよう」

 銃口をゆっくり向ける。

 「だめ!」

 「や、やめろ」

 「あかん」

 「やめるんだ!」

 (僕はどんな犠牲も払うと決めた)

 探偵の引き金にかかる指に力が入る。


 「やめろ~!!!」

 絶望。

 「撃つな!!」

 銃口の先にはウルフィラの顔。

 「よせぇ!!」

 名探偵マーヴェルの射撃は正確無比、メイドの額を弾丸が打ち抜いた。

 一瞬で絶命し、後ろ向きに倒れていく。

 (なんて愚かな)

 (お前はこの世で一番愚かな探偵だ)


 「名探偵クリス・マーヴェル!!」

しおり