謎解き
「どこからお話すればいいでしょうか?」
ウルフィラの陰から出てきた、その奇妙な生き物はそう言った。
しゃがれた老人のような声と明るい子供のような声をミックスした声。直接耳にする響きは違えども、間違いなく最初の晩餐で流れたスピーカーからのモノだ。
おそらく彼を最初に見た者の頭に浮かぶのは……グレムリン、ゴブリン、……醜い姿の小妖精。身長は1メートル弱、人体バランスから言えば大きな頭に、長い手足。それは体毛こそ無いが猿をイメージさせる立ち姿。
艶やかな濃い褐色の肌の顔は、皴のある赤ん坊、若くもあり年寄りにも見える。
メイドは我が子の晴れの発表会を影からそっと見守るかのように、微笑みと純粋な目でじっと黙って見つめている。
シラヌイは続けた。輝かせたその大きな瞳は並々ならぬ知性を感じさせる。
「稀代の名探偵を前にして、真相をお話し、経緯を解説する大役を任されるなんて、この上なく名誉なこと! 素晴らしい」
何とか、本当に何とかして気を取り直したクリスが、やっと最初の一言を出した。
「……か、か、カンガルーか! …ウルフィラちゃんは!」
ミッションをやり遂げたという至高の幸福感に包まれている彼女には、クリスの必死のツッコミも空しく、小首をかしげキョトンとしたままだった。
言葉に詰まる探偵。
シラヌイは極めて嬉しそうに続ける。
「私も、あまりの興奮を抑えきれずにすみません。まあ、あなたにとってほんの一週間の出来事かもしれませんが……この作品には……ものすごい労力を使いました。その上で私は、ここまで来ることができたのですよ? ……ああ、やっと筋書きを成功させました……なんと、なんと長かったことか」
マーヴェルの瞳の奥に光るものを見た彼は、一つ頷き続ける。
「そう、私にとっては1週間ではなく……とてもとても長い時間です」
わざと大げさに指を折り数える仕草。
「1、2、3、4……そうですね……この島でのゲームを始めて……5年近くになるでしょうか?」
名探偵マーヴェル。
「!! 時間を戻せる!?」
ニヤリとするシラヌイ。
「その通り」
クリスがボソッと愚痴る。
「くそ~、うち……思ってたんや~!! 今回の犯人、つまらんサスペンスドラマ並みに運がいいヤツやなあって。……もしかしたら、どっかのファンタジー小説の領主のように超幸運なスキルちゃうかと思ったら~」
「ええ確かに、成し遂げるには、少々、幸運も必要でしょうね……」
悔しそうに敗北の弁を付け足した。
「あんたに言うても分からんやろうけど、……今回は探偵モンクが、ジョブモンクにしてやられたということや……」
ゆらゆらと朝日が島を照らし、各々の顔をハッキリと浮かび上がらせる。
深いため息の後、黒髪を一撫でして首を垂れると、マーヴェルは彼に主役を譲った。
「では……お聞かせください。真実を」
「まず、最初にもう一度言っておきたいのは、簡単に成せることではなかった!! このことを強く言っておきたい。皆さんへ最大級のリスペクトを込めて。…………まあ、これは犯行動機にもつながるのですが……」
名探偵には釈迦に説法となってしまうかもしれないが、シラヌイはあえて、くどく語りだす。
「今回のこの事件、いや、やはり作品と言わせてもらいましょう。今回の作品は、人類史上最高に困難な連続殺人とギネス認定してもいい……それを見事完成させることこそ目的。そうでしょう? ただの間抜けな人間を数人殺すんじゃあないんですよ? 知力に長けるのは当然、皆さん一癖も二癖もある海千山千の者。そのうえ、いいですか? そのうえ異能力者!! ハハハハハっ! あまりのハードルの高さに笑ってしまいますね」
じっと探偵を見つめる。
「不可能。絶対! 誰にもできない」
見つめる。
「この私を除いて」
視線を外し、少し考えるように上を向く。
「では、これを成すために、もっとも重要な才能はなにか? 異能力、時を超える異能力、それをうまく使う賢さ? 確かに……だが、私は思う。私が皆さんよりも優れているのは…………精神力、何度も繰り返すことのできる、諦めない心!」
とても人間臭い笑みで。
「ああ、そうですね……こんな青臭い精神論を最後に語る真犯人なんて聞いたこともない? 前代未聞? 何度でも立ち上がる! フフフっ……ヒーローじゃあるまいし、全くクールじゃあありませんねぇ。でも……それが、真実ですから……」
シラヌイはその言葉通り、この7日間を何度も繰り返した。
1日目で見切りをつけ、すぐに引き返すこともあれば……6日目で断念して初日に帰ることもあった。はたまた予定していた作戦を失敗しながらも、成り行きを見届けるために最後の日を屈辱感を抱えながらも迎える、そんな時も多々あった。
マーヴェルをはじめとした如才ない招待客に、隠し通すべき犯行計画を鋭く見破られることは数知れず。その結果を踏まえ、ミスや計画自体を修正。それでもなお起きる予想外の展開、……またやり直し、やり直し、やり直し。
そしてついに! 初めて!! この時が来た。作品完成だと満足できる展開でクリア寸前の状態までやって来たのだ。興奮して当然ではないか。
「あなたの目から見れば、結果、一部の隙もない完全犯罪を行う超天才の知能犯に見えて……その実、何のことはない。ただの不器用な犯人による泥臭い努力のすえ、一番上手くいったルートを見せられていたという事なんです。……たいそう失望したでしょう」
マーヴェルは彼を軽んじてもいない、失望もしていない。
「ここで一度プランの最初に戻り、皆さんをお呼びすることになった経緯も、少し解説しておきましょう」
類は友を呼ぶ、ということで能力者たちが引き合い自然と集まる……そんな可能性もなくはないだろうが、現実にはかなり低い確率、期待するなんて甘すぎる。
そうなると、ここまでのメンバーを集めるのは容易くはないことは想像できた。
「皆一同を島に呼び集めるのは、……まあその後の苦労を思えば……簡単。当然何度か失敗しましたが、やり遂げました。皆さんを見つけたのは私の財力に加え、……ウルフィラの能力です」
シラヌイは軽く目を閉じ上を向くと、遠い過去を思い出すかのように話し出した。
「そうですね……きっかけとなったのは、外科医との出会い」
彼が人間社会におけるステータスアップのために、乗っ取ろうと密かにマークしていた一族がいた。その貴族とは、そう……ウルフィラの生まれ故郷の支配者。
「そこの御曹司に少々狂った男がいまして……ある日、彼の脳に腫瘍が発見されたのです。果たして、頭の異物が悪事をそそのかしたのか……鬼に天が罰を下したのか……まあ、どっちでもよい事ですが……」
財のある父親は、腕の良い脳外科医を国内外問わず探した。そうして見つけたドクター・Tを、手術のために呼び寄せていたのだ。
偶然にも、ちょうどウルフィラと一族の近辺に接近していたシラヌイ。
彼女がふとつぶやいた。
『……デビルちゃん? あのお医者さん……あの方もわたしたちと同じような力がある……』
シラヌイは、異能力を持つものが自分達以外にも存在しているだろうことは、予想してはいた。
だがその人物に実際遭遇したことで確信に変わり。ウルフィラの能力が、ただ単に我が子を認識するだけという、他に大して使い道の無い力ではなかったことを、この日知った。
「その後は、異能力者探しにも非常に興味をそそられまして……力を入れ始めました。ああ、最初は……特に目的はありませんでした。ただ趣味的なウォッチング? 言ってみれば、仲が良かった旧友が今頃どうしているのかな? といった程度の関心ですよ」
豊富な資金と、情報網、繋がりを使って世界中に網を張り探した。
各国のトップシークレット、セレブリティや闇社会の間で囁かれる噂話、不可思議な現象のニュースや三面記事まで。
そしてもちろん隠れた情報だけじゃなく、特出した能力で有名な人物達も。
様々な角度から可能性を探り探した。
最終的な真偽確認は、直接本人と会い、ウルフィラの能力で確定させた。もちろん巻き戻し能力でその出来事は誰の記憶にも残らない、起きてもいないのだから。
「……と、こんな感じで、皆さんの存在を把握していったのです」
シラヌイが莫大な資金と、永遠と繰り返す時間巻き戻し能力を駆使して招待客を世界から見つけ出し、この孤島の屋敷へと誘った経緯が分かった。
シラヌイは長い右腕を高く上げ、人差し指を突き上げた。
「いつの間にか私は……この世界の頂点にいた。本当は誰も知らない……フフフ…ハハハハハ……D.M.シラヌイとして! それで…………退屈? まさか! 他人に何かを求め、何も楽しいことがないと……愚痴る……そんな私だと?」
指先をゆっくりと探偵マーヴェルに向ける。
「さて、次は? 創造しましょう。素晴らしい作品を! ゲームの始まりです」
大人しく話に聞き入っていたクリスは、残念そうに首を振りながら足元の石ころをコツンと蹴って言う。
「もう~やりすぎやわ、あんた……大作映画の台本で収まってくれてたら……よかったのになぁ……つまんない……まあいいわ、種明かしの続きを聞かせてもらおうか……」
シラヌイはニヤリと笑って話を再開した。